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そして男は言うのだ。 「そうか」 たった、一言。たったの、一文。そして再び足を動かせたのなら迷わず幼女の目の前に膝を着いて視線を合わせる様に屈むのだ。ふわり、男が巻いていたマフラーが幼女の首元に巻かれる。暖かい。 「なに、して…」 「こんな所いつまでも居たら風邪引いちまうだろ。とりあえず連れて帰る」 「連れて帰るって…」 薄手の長袖、ワンピースの衣服を一枚着ていただけの身体は、この短時間ですっかり冷え切ってしまい、指先に関してはぴくりとも動かない。男は手際良くコートのボタンを外せば、幼女を抱き上げ、コートの中で温められていた身体に押し付ける様にして抱きしめる。そして冷たい外気から幼女を守るようにコートで覆えば、男は踵を返して走り出すのだ。 「降ろして!」 「バカヤロウ!降ろしてお前、このまま凍死でもする気か!?」 温かさに包まれながら、幼女は男の固い胸板を悴んだ手で作った拳で叩く。痛くも痒くもない、幼女の精一杯の反抗に男は全てを吹っ飛ばすような笑みを浮かべた。 「別に俺は怪しいもんじゃねぇよ。ただの神父だ」 「…“ただの神父”は嘘でしょ」 ぽつり、幼女が零した言葉に男の表情が強張る。一瞬の沈黙の後、男は優しく幼女に微笑むのだ。 「詳しくは身体温めてからだ。俺もお前に聞きたい事がある」 「………。」 男はとても眩しい笑顔を見せる男だった。此れが、男、藤本獅郎との出会い。この世界での全ての始まり。一月二日の事だった。 |