しんしん。粉雪が空から舞い落ちる。口から漏れる息は白く、冷たい空気に鳥肌が立った。




一月二日。




一年が終わり、新たな年度を迎えて一日。其の日は彼女の生誕の日である。同僚には己の誕生日等、疾うの昔に忘れた者が多い中、生前の誕生日を忘れる事無く彼女はずっと、何十年も、何百年もの長い月日、憶えていた。




死を迎えるのは、此れで二度目だった。




初めて死を体験した時は、とても驚いた記憶がある。天国や地獄等、そういった類の話は何度か友人等とした事はあるものの、そういった世界が実在するとは到底思っておらず、実際自分自身が“其処”に行くまで信じちゃいなかった。とは言えど、天国という場所は想像していた様な場所では無かったが。


彼女は恐ろしかった。
死ぬ事は恐ろしい。
今でも相変わらず、死は恐ろしい。


命が消える瞬間の薄らいで行く意識、激痛が無痛に変わり、全てが沼に沈んでいく様な感覚。二度経験したとはいえ、慣れるものではない。彼女は酷く死を恐れていた。




「(また…生きる…?)」




小さな紅葉の様な手が小刻みに震える。見れば直ぐに分かる。生身の、人間の手だ。霊体ではない、生きた身体。何百年振りの肉体だろうか。




「こんな所で何やってんだ!」




雪を踏みしめる音と同時に聞こえた、焦りを滲ませた声に振り返る。神父を思わす黒い服を纏った男が、顔を歪ませて此方を見ていた。


「そんな薄着で…裸足じゃねぇか。雪も降ってこんな寒いってのに…風邪引くぞ!」


まるで心配するように、路上の真ん中に座り込んでいる幼女に向かって男は雪を踏みしめて駆け寄る。しかしある程度近付けば、その足はピタリと止まるのだ。困惑した様に、幼女の動向を窺う男。幼女は男から視線を逸らさない。


「…お前、」


男が絞り出すように、漏らした声は、先程の声よりも威圧的で低い音。まるで何かを警戒するように、見透かそうと何かを見つめる視線。そして吐き出された言葉が、幼女はまるで理解出来なかった。


「“悪魔”か?」


その問いに幼女は直ぐに答える事が出来なかった。悪魔等、言われた例が無い。しかし強いて言うならば、つい先程までは、幼女はそういった“架空”と言える存在だったのだ。


「否」

「じゃあ、お前何なんだ」


無表情だった幼女の顔に、不気味な笑みが浮かぶ。口角が上がった唇を震わせ、吐き出された言葉は空気を揺らした。




「死神」




男は一文字に口を噤み、幼女を見下ろす。漆黒の髪に、陶器の様に白い肌。長い睫が作る影は、幼いながらも何処か艶やかさを感じさせる。幼女は笑い、哂い、嗤った。幼い容姿から不釣合いな雰囲気が溢れる。男は何も言わなかった。




彼女は渇望する。
此れが最後の生であり、最後の死である事を。
人間の幼女の姿をした死神は、自らの新たに与えられた命を嘲笑う様に嗤った。










渇望する神は嗤う









そして男は言うのだ。


「そうか」


たった、一言。たったの、一文。そして再び足を動かせたのなら迷わず幼女の目の前に膝を着いて視線を合わせる様に屈むのだ。ふわり、男が巻いていたマフラーが幼女の首元に巻かれる。暖かい。


「なに、して…」

「こんな所いつまでも居たら風邪引いちまうだろ。とりあえず連れて帰る」

「連れて帰るって…」


薄手の長袖、ワンピースの衣服を一枚着ていただけの身体は、この短時間ですっかり冷え切ってしまい、指先に関してはぴくりとも動かない。男は手際良くコートのボタンを外せば、幼女を抱き上げ、コートの中で温められていた身体に押し付ける様にして抱きしめる。そして冷たい外気から幼女を守るようにコートで覆えば、男は踵を返して走り出すのだ。


「降ろして!」

「バカヤロウ!降ろしてお前、このまま凍死でもする気か!?」


温かさに包まれながら、幼女は男の固い胸板を悴んだ手で作った拳で叩く。痛くも痒くもない、幼女の精一杯の反抗に男は全てを吹っ飛ばすような笑みを浮かべた。


「別に俺は怪しいもんじゃねぇよ。ただの神父だ」

「…“ただの神父”は嘘でしょ」


ぽつり、幼女が零した言葉に男の表情が強張る。一瞬の沈黙の後、男は優しく幼女に微笑むのだ。


「詳しくは身体温めてからだ。俺もお前に聞きたい事がある」

「………。」


男はとても眩しい笑顔を見せる男だった。此れが、男、藤本獅郎との出会い。この世界での全ての始まり。一月二日の事だった。










進ム

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