「…村くん、奥村くん」

塾には新たに杜山しえみという着物を着る和風美女が増え、塾は今日も授業を進める。燐の隣にはしえみが座り、当初こそ真面目な授業態度だった燐は頻繁に居眠りをするようになっていた。


「スキヤキ!?」

「………起きなさい」

「ス…スンマセン」


そして塾に通う生徒達にも、ちょっとした波紋が生まれ始めていた。


「なんやアイツ…何しに来てん。帰れや!」


勝呂竜士。塾生随一の厳つい顔立ちをした秀才は、日に日に燐に対して嫌悪感を強めていった。



















「それでは、この間の小テストを返します。志摩くん」

「ほぉい」


授業は雪男が担当する悪魔薬の時間だった。気怠そうに立ち上がり、教壇に立つ雪男の元へと歩いて行く男子生徒の背中を見届け、は一番前の席で仲良く座る男女の背中を見る。燐はしえみと何やら話しており、此の短期間で随分仲良くなったのだと感じた。毎日自然な流れで隣同士に座る二人を一番後ろの席では見守る。しえみが塾生として増えた其の日、しえみは迷うこと無くとは反対側の燐の隣に座ったのだが、其れを見た日からはそっと燐の隣から離れ、二度と隣に座る事が無くなった。勿論燐やしえみが嫌で席を離れたのではない、例えるならちょうとした子離れの様なものである。


「また見てはんの?」


目の前に影が掛かり、は遮断された二人の背中に目を細め、影を作った人物を見上げる。雪男が採点した答案用紙を丸めて立つ、ピンク色の髪をした男子生徒がを見て緩い笑みを浮かべていた。


「最初の授業の時から、あの子と一緒やったのに新しい子が来てから隣座らんくなって…喧嘩でもしたん?」

「喧嘩なんかしてないよ」

「にしても距離取りすぎやない?」


男子生徒は苦笑いを浮かべ、肩越しに前の席に座る二人を見る。一番前の席と、一番後ろの席。其の開き過ぎた距離に違和感を感じた様で男子生徒はまたへと視線を戻すと、へらりと笑うのである。


「なあなあ。良かったら俺等と一緒に…」

さん」

「………。」


自分達が固まって座る方を指しながら、誘い文句を言おうとしていた時である。教壇から雪男の呼ぶ声が掛かり、男子生徒は開いた口のまま固まると、其の隙にとは立ち上がり教壇の方へと歩いて行く。雪男の前まで来れば、雪男はとても良い笑顔で答案用紙を差し出した。


「合格点です。ちゃんと授業を聞いているみたいですね」

「どういう意味?」

「そのままの意味ですよ」


答案用紙に記入された回答の大半には丸印が付けられており、右上には88点の文字がある。授業を聞き流す様な態度が良く見られるを、燐程では無いが気にしていた雪男からすれば其の点数に安心して笑った。


「杜山さん」

「は、はいっ」


続いて新しく塾に加わったしえみの名が呼ばれ、は踵を返すとすれ違い様、しえみがを気にする様にチラチラと見ているのを気付かないふりをしては机と机の間の通路を歩いた。途中、呼び戻されたらしく席に戻っていたピンク頭の生徒がひらりと手を振ったのが見えたが、は無視して席へと戻る。


「植物にオリジナルの名前を付けるのは良いですが、テストでは正確な名前を覚えて書いて下さいね」

「!!!」


爽やかに笑いながら雪男がしえみの答案用紙を返した所、は椅子に腰を下ろす。一番後ろに座るの席から見える、46点の文字。頭を金槌で殴られた後の様に身を硬直させて答案用紙を受け取ったしえみは、落ち込んだまま自身の席である燐の隣へと座った。


「ぶっはは!?得意分野なのにな!」

「奥村くん」


肩を落として落ち込むしえみに吹き出して笑う燐を咎める様に静かに雪男が燐を呼ぶ。軽い足取りで教壇の前まで来た燐に渡されたのは正解が2点分しかない答案用紙だった。


「胃が痛いよ…」

「………スンマセン」


片眉を吊り上げる雪男に素直に謝罪を口にする燐。雪男と言えば対・悪魔薬学の天才とも言われる人物なのだが、双子だと言うのに燐と雪男はあまりのも対照的な二人だった。


「勝呂くん」

「はい!」


続いて雪男に名を呼ばれ、元気良く返事をして立ち上がった勝呂は通路を歩く。丁度席に着こうとした燐の隣を通り過ぎようとした際に、誰もが顔を引き攣らせるような剣幕で燐を睨めば、視線に気付いた燐が顔を上げた。


「2点とか狙ってもようとれんわ。女とチャラチャラしとるからや、ムナクソ悪い…!」

「は!?」


勝呂が燐に吐き捨てる様にして言葉を吐けば、困惑しながら燐は席に着く。雪男から答案用紙を受け取ると、勝呂はにやりと不敵に笑って雪男から受け取ったばかりの答案用紙を燐に見せ付けるかの様に掲げる。98点、一問不正解だけの優秀な結果だった。


「ばばばかな。お前みてーな見た目の奴が98点とれるはずが…常識的に考えてありえねーよ」

「なんやと!」


動揺を隠し切れない燐が立ち上がり、答案用紙を掲げる勝呂に目を回すと、失礼にも程がある燐の発言は見事に勝呂の怒りに触れるのだ。


「俺はな祓魔師の資格得る為に本気で塾に勉強しに来たんや!!塾におんのは、みんな真面目に祓魔師目指してはる人だけや。お前みたいな意識の低い奴、目障りやから早よ出ていけ!!」

「な…何の権限で言ってんだ、このトサカ!俺だってこれでも一応目指してんだよ!」


怒りのままに溜め込んだ文句を勝呂がぶちまければ、言われたまま黙っているはずもない燐が勝呂に言い返す。其れが余計に勝呂の怒りを買い、身体を小刻みに勝呂が震えさせれば、流石に不味いと感じたのか勝呂と何時も共に居るピンク色の髪をした男子生徒、志摩廉造と小柄な坊主頭の三輪子猫丸が同時に勝呂の下へと駆け出した。


「お前が授業まともに受けとるとこ見たことないし!」

「授業中ですよぉ坊…」

「ぼ、坊…落ち着いて…」

「いっっっも寝とるやんか!!」


勝呂の右腕を志摩が抑えつけ、燐を真っ直ぐ指差す左腕を子猫丸が抑える。二人に引き摺られる形で席へと戻って行く勝呂に対し、言い訳をしながら今にも暴れだしそうな燐を雪男が笑顔で羽交い絞めにしていた。


「お、俺は実戦はなんだ!体動かさないで覚えんの苦手なんだよ!」

「うんうん、正論だ。…どんどん言ってやって下さいね」

「だあッーーー!お前どっちの味方だ!!」

「さて、どっちでしょうか」


勝呂の肩を持つ雪男に半泣きになりながら取り押さえられていた腕を振り払い雪男に声を荒げる燐。刹那、教室に響く授業終了の鐘の音。雪男が授業の終わりを告げれば、次の授業が実技の体育故、体操服に着替える為に生徒達は普段よりも早い足取りで教室を後にして行く。其の流れに乗る様に、未だしえみと一緒にいる燐を見もしないでは教室を後にした。



















「うおォおおおおお」

「ぬウぐおおおお!!!」

「おせーおせーキヒヒ!アタマばっか良くても実戦じゃ役に立たねーんだよ!」

「…くッ」


遥か下の競技場には鎖で繋がれた蝦蟇と追いかけっこをしている燐と勝呂がいる。授業は言わずもがな体育で、悪魔の動きに体を慣らす訓練のはずなのだが、何故か燐と勝呂は蝦蟇そっちのけで徒競走を始めていた。


「何あれ」

「さあ」

「はは…坊も結構速いのにやるなぁ、あの子」


訓練を終えた生徒達は呆れた表情で二人の徒競走を見守っていた。志摩は勝呂の前を走る燐を見て、其の足の速さに感心し、素直な感想を零す。燐は確かに頭は悪いが、運動神経だけは昔から並外れて良く、肉体も悪魔に変化してからより其の能力は向上したように思えた。


「実戦やったら勝ったもん勝ちやあああ!!!」


突如勝呂は強く地面を蹴り、燐の背中へ飛び蹴りを食らわす。受身も取れず地面に倒れこんだ燐に勝呂はにやりと笑って着地をするのだが、後ろから追い掛けて来ていた蝦蟇の姿が背後、直ぐ傍まで迫っており、己に向かって大きく口を開いているのに気付いたのならば、表情を一変させて悲鳴を上げるのだ。


「わああ!!」

「コラァーーーーッ」


今にも勝呂が蝦蟇に噛み付かれそうになった瞬間、此の授業の担当教師の、とても濃い顔をしている椿薫が慌てて蝦蟇の鎖を繋ぐレバーを引いた。物凄い勢いで引き戻される蝦蟇はあっという間に檻まで引き戻され、勝呂は安堵の息を吐き、燐はゆっくりと上体を起こす。


「何やってんだキミタチはァ!死ぬ気かネ!」

「バカみたい」

「阿呆くさ」


競技場に降りたままの勝呂と燐に向かって椿は声を荒げる。そんな一連の流れを傍観していた生徒達は、呆れた顔をする者や、腹を抱えて笑う者もおり、は其の中でも人一倍、呆れて言葉が出ないといった風に冷めた目で椿に叱られている勝呂と燐を見ていた。


「この訓練は徒競走じゃない!悪魔の動きに体を慣らす訓練だと言ったでショウ!」


必死に説明をする椿だが、話もろくに聞かず競技場では殴り合いの喧嘩を始める勝呂と燐。全く椿の言葉は全く耳に届いていないようだ。


「いい加減にしタマエーーー!!!」


喧嘩を止めぬ二人に青筋を浮かべて声を荒げる椿。其の間にも勝呂と燐の喧嘩はヒートアップし、二人は容赦ない攻防を繰り返す。二人の間に割って入り、喧嘩の仲裁を試みる椿だが、二人は互いの敵から意識を離さず仲裁すら受け入れない。痺れを切らした椿は競技場の上に控える生徒達に突如振り返ると、すっかり怒鳴り過ぎの所為かやや掠れた声で叫ぶのである。


「其処の君達!降りてきなサイ!!」


必死に二人を止めながら叫ぶ椿は、其の頬に勝呂のものか、燐のものか判らないが拳を貰い、ぶはっと噴出しまた青筋を浮かべる。そんな不毛な椿にほんの少しの同情が浮かんでは息を吐き出し、志摩は頭を掻きながら零した。


「しゃーないなぁ…あれ、さんも行くん?」

「先生が可哀相だし」

「まぁ…せやなぁ」


喧嘩を止めない二人を止める為、と志摩、続いて子猫丸が競技場へと降りて行く。燐の元へが向かい、勝呂の元へ志摩と子猫丸が向かえば、燐は服をに引っ掴まれ、首根っこを椿に捕まれて勝呂から引き離され、勝呂は志摩と子猫丸に両腕を抑えられて燐から距離を取る様に引き摺られて行く。しかし二人の口喧嘩は止まる事はなく、二人は相変わらず暴言を荒々しく吐き散らしていた。


「燐」

「なんだよ!!」

「お口、チャック」

「ガキ扱いすんなよ!?」

「まだまだガキ」


ぺしん、と景気の良い音を立ててが燐の頬をビンタすれば、赤くなった頬を押さえてに牙を向ける燐。漸く燐が勝呂から意識を外した所で、勝呂も志摩と子猫丸に宥められたのか漸く二人は喧嘩を止めて静かになるのだ。そんな二人を見て椿は深く深く息を吐くと、勝呂に向かって声を掛けるのである。


「勝呂クン!こっちに来てくれタマエ」

「?はあ」


椿に呼ばれ、競技場の隅へと二人並んで歩いて行く勝呂の背中を眺め、すっかり機嫌を取り戻した燐は不思議そうに首を傾げる。競技場には椿と共に競技場の端で話し込む勝呂と、取り残された燐、、志摩、子猫丸が待機していた。


「何でアイツだけ?」

「さあ…」

「つーか何なんだアイツ…」


何気なく零した燐の疑問に同じく首を傾げる子猫丸。心配そうに勝呂の背中を眺めている事から、学園に入学する前からの知り合いなんじゃないだろうかとは思った。燐は唇を尖らし、忌々しそうに見ながら文句を零せば、其れを聞き取った志摩が軽く笑いながら燐に謝罪を言うのだ。


「堪忍なぁ。坊はああ見えてクソ真面目すぎて融通きかんとこあってなあ。ごっつい野望もって入学しはったから…」

「野望?」


志摩の語り口により燐は疑問に首を傾げる。それに志摩は、燐の疑問に対して頷く様に首を一度縦に振ると更に言葉を繋ぐのだ。


「坊はね、“サタン倒したい”いうて祓魔師目指してはるんよ。笑うやろ?」


そう言って志摩は、可笑しいといった風に笑い飛ばすのだ。










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