何の前触れも無く突然消えた明かり。一瞬にして闇に包まれた周囲に、明るさに慣れた瞳には何も映らない。動揺と困惑から、混乱が室内に渦巻いていた。


「!?」

「あだっ、ちょ…どこ…」

「ぎゃああ」

「何だッ!?」


突然の出来事に取り乱し自由に動き回る塾生達。誰かに押されるもの、誰かにしがみ付かれる者、身体を襲う痛みに呻く者、其々だった。暗闇の中で飛び交う声。そんな中、特に取り乱しもせずに正座したまま動かなかっただったが、誰かの腕が飛んで来たのだろう、肩に当たって傾く身体。反動で囀石が転がり落ちたのか、膝の上にあった重みが消え去り、すかさずは体制を整えようと伸ばした手は、床に着く前に体が何やら硬い何かにぶつかった。


「っと、」


耳元で聞こえた声と、優しい吐息。抱き留める様に腰に回された腕に、ぶつかったのは誰かの身体であった事に気付く。否、誰かの身体と言わずとも其れが誰なのか分からない訳ではない。の隣には一人しか座っていなかったのだから。


「えーっと…あった!」


の身体を抱き留める人物が、何やらゴソゴソと身を捩っており、何かを探している様で、目当てのものが見つかったのだろう、安堵の滲んだ明るい声を上げた。混乱が漂う部屋に突如明かりが溢れる。志摩が己の携帯を取り出し、スライド式の画面を開いて光を照らしたからだ。


「神木さん痛いです!」

「えっ、あ…!」

「志摩!お前どさくさに紛れて何やっとんねん!!」

「そういう坊こそ顔真っ赤ですよ?」

「!!!」


顔を出雲に蹴られている子猫丸が、きゅっと目を瞑りながら訴え、出雲は慌てて其の足を退ける。燐は声こそ上げていなかったが、足をぶつけたのか踏まれたのか、兎に角顔を歪ませて痛む足を抱えながら涙を流していた。しえみは暗闇が怖かったのか泣いており、直ぐ隣に居た勝呂の腰にしがみ付いている。そんなしえみの行動に顔を赤くし照れる勝呂は、寄り掛かるを片腕でしっかりと抱き留める志摩に声を怒鳴らせるのだが、志摩が悪戯っぽく笑ってしえみを見ながら笑ってやると、勝呂はしえみと志摩を交互に見て言葉を詰まられるのだ。泣いている女子を無下に扱う事など、勝呂には出来ない所作だった。


「あ…あの先生、電気まで消していきはったんか!?」

「まさか、そんな…」

「停電…!?」


気を取り直す様に、勝呂は話を突然消えた照明へと移す。其の頬は未だ僅かに赤い。志摩に倣い、勝呂と燐も携帯を取り出して辺りを照らせば、しえみは泣くのを止めて勝呂から離れ、出雲も子猫丸を申し訳なさそうに盗み見し、子猫丸は出雲に蹴られた衝撃でずれた眼鏡を正す。しえみが離れた際、ほんの少し名残惜しそうにしていた勝呂はやはり年頃の男子だ。


「あいたっ!」

「………。」

「そない怒らんでも…」


腰に回る志摩の腕を、ぺしっと軽く叩いてからが払い除ければ、叩かれた腕をぶらぶらとさせて志摩が緩い笑みを浮かべた。油断も隙も無い男である。床には無造作に囀石が転がっており、塾生達はこぞって周囲を見渡した。最早正座で反省会をしている場合では無い。


「いや、窓の外は明かりがついてる」

「どういうこと?」

「停電はこの建物だけってことか…?」


窓の外の景色を眺めれば、其処に映るのは淡い光を放つ数々の建造物。この様な状況でさえなければ、美しい夜景だと見惚れていたことだろう。


「廊下出てみよ」

「志摩さん気ィつけてナ」

「フフフ」


携帯の画面で足元を照らしながら、志摩は雪男が出て行った扉へと近付く。そんな志摩に心配の声を掛ける子猫丸だったが、志摩は笑い声を零してそっと扉へと近付き、施錠された鍵を解錠すると待機している面々に向かって笑みを浮かべるのだ。


「俺、こういうハプニング、ワクワクする性質なんよ。リアル肝試し…」


鍵の開いた扉をゆっくりと押し開ければ、響く軋んだ音は更に不気味さを漂わせる。開いた扉の隙間から志摩は向こう側を横目に見ると、表情をぴたりと硬直させるのだ。


「………」


闇から薄っすらと見える不気味な顔。其の顔に幾つもある縫合痕は痛々しく、嫌な臭いが鼻を掠めた。志摩は暫し其れを凝視すると、口を噤んだまま静かに扉を閉める。まるで何事も無かったように自然な動作で、しかししっかりと扉を閉めたのだった。同じく扉の向こうに潜んでいた姿を目にした勝呂と燐に、嫌な汗が溢れ出す。


「…なんやろ、目ェ悪なったんかな…」

「現実や現実!!!!」


勝呂が身動き一つしない志摩に声荒げた瞬間、扉を突き抜けて飛び込んで来る腕。弾け飛ぶ扉の破片に反射的に飛び退いた志摩だったが、もしも其の場に呆然としていたままだったなら危ない所だっただろう。つい先程まで志摩が立っていた場所には、昨日女子風呂に現われた屍の姿があり、屍はおどろおどろしい声を上げて、部屋の隅に固まっている塾生達を見る。


「昨日の屍…!!」

「…!」

「魔除け張ったんやなかったん!?てか…足痺れて動けな…」


屍の姿に目を見開く塾生達、そんな中勝呂は半泣き状態で変わらず床に尻をついたままだった。どうやら長時間正座をしていた所為で、すっかり足は痺れてしまったらしい。


「ひ」

「きゃ!」

「!!!!」


突如、屍の顔の隣にある頭の様な突起物が内部から音を立てて膨れ上がり、一気に破裂する。飛び出した体液は四方八方へと飛び散り、塾生達の方へも容赦なく吹き飛ぶ。まるで血の様な其れを目にした瞬間、は素早く立ち上がると瞬時に勝呂の背後へと回り込んで身を小さくさせるのだ。


「ニーちゃん…!ウナウナくんを出せる」

「ニーッ、ニ゛〜〜〜〜!!!」


体液が飛び散る中、しえみが自身の周りを飛んでいた使い魔に指示を出せば、使い魔はきゅっと顔を顰めて力を練る。飛び散る体液が止んだ頃、しえみの使い魔から太く大きく立派な木が勢い良く飛び出すのだ。其れは屍へと襲い掛かり、急激に成長していき部屋中を埋め尽くす。屍と塾生達の間に壁を作るかの様に木は張り巡らされ、皆は呆然としえみと使い魔を見つめた。


「「す…すげぇ…」」

「ありがとね、ニーちゃん!」

「ニー!」


しえみの掌の上で笑顔を振りまく使い魔に燐と勝呂は感心の声を漏らす。こんなにも小さな可愛らしい使い魔が、見た目に反してとても心強く見えるた瞬間だった。しかし突然目の前がぐしゃりと歪むと、立っていた面々は自然と其の場に腰を下ろし座り込む。心なしか、呼吸も荒くなり始めていた。


「…あれ?」

「…くらくらする…」

「ゲホ」

「あ、熱い」


突如一斉に不調を訴え始めた面々に、燐は戸惑いながら咳き込む苦痛に顔を歪ませる皆を見渡す。燐一人を残して皆が苦しみ出したのだが、困惑するのも当然の事だっただろう。


「え!?…皆どうした?」

「さっき弾けた屍の体液、被った所為だわ…。あんた…平気なの…!?」


彼方此方から咳き込む声が聞こえ、同じく屍の体液を被った筈の燐だけが平然とした態度で立っており、出雲は驚愕の声を上げるが燐は其れに返事が出来ず口を噤む。どう考えても、燐がサタンの血を引いている事が、平然としていられる原因であったからだ。そんな皆が不調に苦しむ中、はひょっこりと勝呂の背に隠していた顔を覗かせる。勝呂は、はっとなって勢い良くへと振り返ると、顔を歪ませながらも声を荒げるのだ。


「おま…俺を盾にしたやろ!?」

「一番身体が大きかったから丁度良くて」

「………!!」


悪びれも無く平然と言ってのけたに苦虫を噛んだ様に勝呂の表情が歪む。しかし今はそんな事よりも目の前に屍が優先で、勝呂は湧き上がる文句を飲み込むと、己を落ち着かせる様に一度息を吐き出せば、ゆっくりと口を開く。


「まあ…なんとか…杜山さんのおかげで助かったけど…杜山さんの体力尽きたら、この木のバリケードも消える…そうなったら最後や」


行き成り強い力を使ったからか、しえみの体力は他の面々よりも消耗は激しく、既に大粒の汗が浮かんでいる。眼前では巧みに組み合わさった木々で行く先を阻まれた屍が、一つずつ、また一つずつと確実に木を圧し折って塾生達へと近付いて来ていた。誰かの咳き込む声と共に、木が折れる音、屍の呻き声が混ざり合い、塾生達の心は不安に煽られる。事態は非常に深刻だった。


「…雪男の携帯にもつながらねー…!」

「すごい勢いでこっち来てる…!」

「屍は暗闇で活発化する悪魔やからな…」


燐が雪男に助けを求め様と電話を掛けるが繋がらず、其の間にも屍は木のバリケードを破って距離を詰める。近付いて来る屍を見る塾生達の表情は次第に焦りと不安が入り混じり、兎に角時間が無い事は明白だった。結局の所、危機は如何にか回避したものの、其れは先送りに出来ただけに過ぎない。燐は一度しえみを見て、強く奥歯を噛み締めながら眼前に迫る屍に再度視線を向けた。其の横顔にはすかさず立ち上がる。


「二匹か…!」


呻き声を上げながら近付いて来る屍二匹を燐は見据え、奥歯を強く噛み締めて顔を上げる。言わずとも、声に出さずとも容易に燐が何を考えているかには分かった。燐はいつだってそういう生き方だったからだ。


「俺が外に出て囮になる。二匹ともうまく俺について来たら何とか逃げろ」

「!?」


決意を固めた強い意志の篭った瞳は真っ直ぐ前を向いており、言葉を投げかけられた勝呂は呆然と燐を見上げた。燐の言葉が理解出来なかった訳ではない、只々困惑して言葉が出なかったのだ。


「…ついて来なかったら、どうにか助け呼べねーか、明るくできねーかとか、やってみるわ」

「はァ!?何言うとるん!?」

「……バ…バカ!?」


勝呂と出雲の制止も聞かず、燐は張り巡らされた木の一本に触れると、其れに向かって空いた隙間から身体を忍ばせようと身を屈める。其の燐の肩を力強く掴む、手。燐は引き止められた肩に、己の背後へ視線を向けると、其処には仏頂面で燐の肩を掴むの姿があった。


「何だよ」

「駄目」

「大丈夫だって!」


笑おうとしているのだろうか、中途半端に顔を歪めて笑う燐には更に肩を掴む手の力を強める。すると燐も思う所があるのか、と正面から向かい合うと肩に乗せられたの手に己の手を重ねるのだ。


「あいつ等の目的は…俺なんだ…!」


苦々しく紡がれた言葉。何故燐がそう思っているのかは分からない。しかし心当たりがあって、そんな事を言っている事くらいはにも分かっていた。だからこそ、燐は此の場から離れて皆を危険に晒せまいとしているのだろう。は燐の肩を掴む手を下ろす。すると燐もの手に重ねていた手を下ろした。しかし、其れではい分かったと引き下がるでは無い。はっきりとした声色で言葉を紡ぐのだ。


「一緒に行く」


凛とした声は、張り詰めた危機的状況下の此の場に似つかわしく無い程に澄み透る。燐は言葉を詰まらせ、真っ直ぐ己を射抜くを凝視した。そして僅かに、表情が緩む。自身が狙われている事を分かっていながら、共に行くと迷わず言ってくれるのが、只々燐は嬉しかった。


は此処にいてくれ」

「此処に残る必要が無い」

「皆いるんだ、いてくれ…」


懇願する様に燐はに頼み込む。情けない顔をしているだろう事は自覚済みだった。の申し出は有り難いものではあったが、其れでも燐はを危険に巻き込みたくないという思いの方が勝るのだ。


「俺の事は気にすんな。そこそこ強ぇーから」

「バッ、おいッ!奥村!!」


に背を向け、木々の隙間に身体を滑り込ませる燐に勝呂は慌てて吠える。屍の体液を被った所為で、怠い身体では満足に動く事が出来ず、強引に燐を引っ張り戻す事すら叶わない。


「戻って来い!!!」


勝呂の訴えは虚しく響くだけで燐の意志を揺るがさない。も立ち尽くしているだけで、再び燐の肩を掴んで引き止める事をしなかった。ふとした時、燐の脳裏には獅郎の最期を見ていたの顔がちらつく。普段からあまり表情を変えないが、顔を強張らせ、血の気が引いた真っ青な顔色で目を見開いて、拳を強く握り締めていた、あの姿を思い出すのだ。はきっと、誰よりも獅郎に懐いていた筈なのに、一言だっては燐を責めない。あの現場に?椹たというのに、文句の一つだって、一言も無かった。誰よりも燐を怨んでいても可笑しくないというのに、獅郎がいなくなってからは何時も気遣うように燐の傍にいた。最近こそ、行動は共にしないものの、気付けば何時も自分を見てくれている事を燐は知っている。


「―――何かあったら」


だからこそ、燐はを遠ざける。しかし返ってくる言葉は、やはり燐の想像の斜め上を行くのだ。


「直ぐに行く」


僅かに惹かれるYシャツの裾。視線だけを其方に向ければ、が真っ直ぐ燐の目を見て裾を掴んでいる。暫しの沈黙、交差する瞳と瞳。燐は口元に少しの笑みを浮かべると、小さく一度頷いて正面に向き直れば、も掴んでいた裾を手放した。燐の姿は木と木の間を縫って少しずつ遠ざかって行き、最後の木を潜り出た燐は、バリケードを越えると屍を強く睨む。刹那、標的を燐へと変えた屍は勢い良く方向転換し、燐は扉の破損した出入口から廊下へと飛び出すと迷わず屍は其の後を追って行く。遠ざかる呻き声と慌しい足音。どうやら燐は上手く逃げ、其の後を屍は追いかけて行った様だ。


「…なんて奴や…」

「結局一匹残ってますけどね!!」


二匹居た内の一匹を連れて飛び出す事に成功した燐に唖然とする勝呂。しかしもう一匹は燐には付いて行かず部屋に残ったままで、今も尚呻きながら木を破壊して着々と距離を詰めて来ている。はそっと部屋の隅へと移動すると、状況を傍観しやすい部屋の角へと寄った。勝呂は一度視線を木のバリケードを作ったしえみへと映す。其の横顔はとても苦しそうで、瞼を瞑り、ひたすらに木のバリケードを維持する事に集中している。今にもバリケードを解いて楽になりたい筈なのに、しえみがそうしないのは、自分の身を保身しているという理由もあるだろうが、其れ以上に此処には勝呂や志摩、子猫丸に出雲、そしてが居るからだ。しえみの戦う姿に、勝呂は覚悟を決めるのである。


「詠唱で倒す!!」

「!!?坊…でもアイツの“致死節”知らんでしょ!?」

「…知らんけど屍系の悪魔は“ヨハネ伝福音書”に致死節が集中しとる。俺はもう丸暗記しとるから…全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」


勝呂の発言に戸惑いを隠しきれない志摩は正気かと言わんばかりに勝呂を見つめる。そんな志摩に勝呂が言い放った言葉は、まさに途方も無い無謀な策だ。致死節が集中しているからといって、其処に必ず屍の致死節があるとは限らない。詠唱も一つ唱えるのに数十秒の時間を要するのだ、木のバリケードがそもそも持つかどうかも分からない、無謀な賭け。しかし、其れに賭けるしか方法がない事も、また事実だった。


「全部?二十章以上ありますよ!?」

「…二十一章です…」


驚愕に声を上げた志摩に静かに訂正を入れる子猫丸。振り返り見れば、体に付着した屍の体液による影響が酷いのか、子猫丸は己の身体を抱きしめる様にして座っており、とてもじゃないが平気そうには見えなかった。


「子猫さん!」

「僕は一章から十章までは暗記してます。…手伝わせて下さい」

「子猫丸!頼むわ…!!」


子猫丸の申し出に勝呂はほんの少し表情を和らげて頷く。話が纏まり、勝呂と子猫丸が詠唱を唱える事を決めた時、今迄黙っていた出雲が困惑した様に声を荒げるのだ。


「ちょっと、ま、待ちなさいよ!詠唱始めたら集中的に狙われるわよ」

「言うてる場合か!女こないになっとって男がボケェーッとしとられへんやろ!」


勝呂が指差す先には肩で呼吸をしながらも必死に木のバリケードを消えてしまわぬ様、意識を集中させるしえみの姿がある。しえみの其の懸命な姿に胸を打たれない程、勝呂は非情では無かった。そんな勝呂の男らしい発言に志摩は漸く笑みを浮かべるのである。


「さすが坊…!男やわ」


シャツを捲り、服の内側に提げていたホルスターから志摩は何やら取り出すと、仕込んでいた分解型の錫杖を手馴れた動作で組み立て構える。其れが志摩の獲物である事は歴然で、志摩も覚悟を決めた事を示していた。


「じゃあ俺は全く覚えとらんので、いざとなったら援護します」

「志摩。おお、仕込んどったんか!」


志摩が錫杖を仕込み持ち歩いていたとは知らなかった勝呂は、志摩のその準備の良さにほんの少し感心の声を零す。誰もが屍の相手をする事を覚悟し、決意し、そういった空気が流れ出す中、其れでも出雲はあくまで反対の意を唱えるのだ。


「む、無謀よ!!」

「………。さっきまで気ィ強いことばっか言っとったくせに…いざとなったら逃げ腰か」


勝呂は地面に座り込んだままの出雲を見下ろす。其の表情に怒りは無く、勝呂はとても落ち着いた声色で出雲に言う。出雲から視線を外し、其の場に膝をついて胡坐を書くと、其の隣に子猫丸が腰を下ろす。其の二人の前に志摩が屈みながら錫杖を構えた。


「戦わんのなら引っ込んどけ」


最後に冷たく吐き捨てられた言葉に、ついに出雲は口を噤む。何を言っても無駄なのだと、本気で屍を相手にしようとしている事が分かったからだ。出雲は不安に手を胸の前で握り、不安気に自身の前に座り、屍を前に対峙する勝呂と子猫丸の背中を眺める。


「子猫丸は一章めから。俺は十一章めから始める。つられるなよ!」

「はい!」

「いくえ」


勝呂と子猫丸は目を閉ざし、静かに息を吸い込んだ後、其々唱えるべき章を読み上げた。


「“太初に言ありき!”」

「“此処に病める者あり…!!”」


二人同時に唱え出し、緊張感が部屋の中に漂う。勝呂と子猫丸の詠唱を聞きながら、志摩は錫杖を握り締めたまま部屋の角で佇むに問い掛けた。


「奥村くん、行かして良かったん?」


は志摩を一瞥しただけで視線を落とすと、腕を組んで瞼を閉ざした。遠ざかっていく燐の霊圧を見失わない様に兎に角意識の中で追いかける。志摩は返事の無いに苦笑いを浮かべると、屍に再び意識を戻すのだ。燐の霊圧が少しでも揺らぎ、危機が迫れば此の場に居る全員を見捨てて燐の元へ駆け付けられる様にと。










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