蝉が鳴く暑苦しい夏。学園や居住区から外れた場所にある遊園地、正式名をメフィーランドの入口前にて、塾生達は待ちぼうけを喰らっていた。飾られたメフィストの銅像の足元の段差に其々が腰掛け、未だ姿を見せない面々をただ待つ。


「皆さん、初任務どうしたはりました?」

「…どーもこーも…」


既に集合していた勝呂、志摩、子猫丸は重い息を同時に吐き出した。流石地元も同じく昔からの知り合いなだけあって、その息はぴったりである。そんな彼等を一段高い所に座っていた燐が見下ろし、祓魔師の制服を纏う雪男の隣ではカキ氷を食べていた。


「僕は蝦蟇のオリの掃除でした」

「俺は山奥の現場まで物資運ばされたわ」

「俺は多摩川に囀石採りに連れてかれました」

「任務やなくて雑務ばっかやな!」

「そんなまだ候補生なったばっかなんやさかい、しゃーないですよ」


次々と口から出てくるのは不満ばかりで、口にすればするほどに表情が曇っていく京都三人組。相当散々良い様にコキ使われていたらしい。


「俺はひと足先に悪魔倒しちゃったぜ!」

「…はぁ?」

「しかも、その後俺の使い魔にしたんだ!」


夏の熱気に滲む汗を手の甲で拭いながら、嬉しそうに自慢げに言う燐に勝呂は眉を顰めた。実際、クロは燐の使い魔となったので事実は事実なのだが、其れを勝呂や志摩、子猫丸に話した所で真実味など全く無く、三者は挙って疑わしげに燐を見ていた。


「じゃあ今召喚してみい」

「えっ…?寮に置いてきたよ」

「………。」


当然と言わんばかりに置いてきたという燐に勝呂が口を閉ざすと暫し流れる沈黙。最初から気にも留めて居なかった志摩は何処吹く風で、勝呂は最早燐を関心の外へと押し出した。子猫丸は言葉こそ出さないが冗談だと捉えている様で其の表情は苦笑いが浮かんでいる。


「…まぁコイツは置いといて」

「オイ!嘘じゃねーんだぞ?なぁ、!ホントだよな!?」

「………まぁ」

「何やねん、その長い間は」


同意を求める様に熱い視線と共に燐に問われれば、長い長い間をあけて何とも腑に落ちない返事をは返す。勝呂は呆れた様子でカキ氷を食べ続けるを一瞥すれば、隅で人形と向き合う宝と、相変わらずゲーム機で遊んでいるフードを目深く被った男、山田を睨んだ。


「それより、俺はあいつらまで候補生に上がりよったのが納得いかんわ!」

「意外と俺らに見えへんとこで頑張ってはったのかもしれませんよ?」

「何や!見えへんとこて!見えるとこできばれや!」


外見に反し真面目な勝呂からすれば、宝と山田が候補生に上がった事がどうしても許しがたいのだろう。二人は以前の試験の時も行動一つ起こさず、そもそも言葉すらあまり発さない為、未だにどういった人格の持ち主なのかすら把握出来ていないのだ。其れが余計に勝呂の癇に障るのだろう。


「ん」

「…自分で捨てなよ」

「………。」

「一応、僕先生なんだけど…」


勝呂が志摩に宥められているのを尻目に、空になったカキ氷の器をは隣に佇む雪男へと差し出した。本を開き、椿と打合せをしていた雪男は眉を顰めて突き付けられた器を返すのだが、はじっと雪男を見つめて其の手を下ろさない。雪男は眉間に皺を寄せ、重い息を吐き出したのなら渋々と其のゴミと化した器を受け取り、宝の傍に設置されたゴミ箱へと捨てに足を運ぶのだ。


「…てか女子遅ない?来てはるんさんだけやし」


ちらりとを一瞥し、志摩が声を漏らした。全員集合が掛けられ、早数十分が経過するが、未だに以外の女子達の姿は無い。出雲に関してはいつも時間前には必ず現われるものだから、余計に不信感を抱く訳だが、其れは直ぐに晴れる事となる。


「すみません!」


前方から聞こえて来る謝罪の言葉と、不在だった出雲としえみが其処にはあった。慌てた様子で駆け足にやって来る辺り、遅刻の自覚はあるらしい。そんな駆けて来る遅刻の女子二人を目にし、男性陣は違和感を覚え、其れがしえみによるものだと直ぐに気付くのだ。いつも着物を着ているしえみが、制服を着ている。


「遅れました…!!」

「し、しえみ!?どうした?キモノは?」

「キモノは任務に不向きだからって…理事長さんに支給していただいたの…。神木さんと朴さんに着方を教わっていて遅れました…!」


男性陣が挙って抱く疑問を燐が逸早く問い掛ければ、しえみは制服を着用する事になった経緯と、遅刻した理由を速やかに雪男へと告げる。どうやら洋装の着方を、しえみは知らなかったらしい。袖を通してボタンを留めるだけの動作ではあるが、初めてならば手間取っても仕方なかった事だろう。


「へ…変じゃないかな?」


短いスカートを気にする様に伸ばしながら、いじらしく問い掛けるしえみに男性陣の表情は瞬く間に緩んで、志摩は鼻の下を伸ばすのである。


「えーよ、えーよ!杜山さんかわえーよ!」

「あ…ありがとう!」


下心満載の志摩に素直に礼を述べるしえみは、着物姿が見慣れている所為か、すっかり見慣れた制服も何処か新鮮に見えた。此の制服は似合う似合わないが極端に分かれるものだとは認識している。がしえみの様にボタンを一番上まで留めてリボンを付け、ブラウスをスカートにインをし、白のニーハイソックスなんて履こうものなら、燐や雪男なら噴き出し、似合わないと笑っていた所だろう。


「ど、どうかな!さんっ」


其れが分かっているからこそ、は制服を着崩してでしか着なかった。ブラウスは絶対に第一ボタンまでは留めずに首元を緩く開け、飾り程度に存分に緩ませたネクタイ。最初から短かった為にどうしようもないスカートはそのままで、ブラウスをスカートの中にインする事は無かった。黒のニーハイソックスを履きはするものの、ピンク色のブレザーはどれだけ肌寒かろうが着る気になれず未だに未使用である。


「似合うよ」

「!!あ、ありがとう!!」


指名されて問われれば、素直にはしえみに感想を述べる。すると忽ち気分を良くしたしえみは更に頬を赤らませ、可愛らしい笑顔を見せた。そんなしえみを見ていると、不意に視線を感じてが其方に目を向ければ志摩との目が合う。


さんもかわえーよ。ってか、キレイ!」

「………。」


聞いてもいないのに笑顔で親指を立てて言う志摩に、は無言で圧力を掛けた。即座に消沈する志摩に、皆の哀れみの目が一斉に向けられる。


「…えー、では全員揃った所で二人一組の組み分けを発表します。三輪、宝。山田、勝呂。奥村、杜山。神木、志摩。さんは椿先生と御願いします」


事前に組み合わせは決めていたのだろう、手に持つノートを見ながら雪男は名前を読み上げる。組み合わせの相手に不満を垂らす者や、嬉しそうにする者と反応は様々であったが、雪男は特に気に留めずに此れから行う任務について機械的に説明を始めるのだ。


「今回はここ、正十字学園遊園地、通称“メッフィーランド”内に霊の目撃・被害の報告が入った為、候補生の皆さんにその捜索を手伝ってもらいます」


学校終了後に集められたメッフィーランドは、全く人の気配は無く、既に人払いが済まされている事を物語る。放課後の今頃、本来なら此処は生徒達で賑わっているからだ。


「…この霊はランド内のいたる所で目撃されており、出現場所を特定できないタイプ。外見特徴は“小さな男の子”で共通、被害は現在“手や足をひっぱる”程度。…ですが、このまま放置すると悪質化する恐れがあり危険です」


雪男の説明を聞き流しながら、は不意に顔を上げた。メッフィーランド内の大きな建物の頂上に、微かに見える人の様なシルエット。遠すぎて良く見えない其れを、目を細めて見つめる。


「先程分けた二人一組で方方に散り、日暮れまでの発見を目指します。見つけたら直ぐ椿先生が僕、奥村の携帯に連絡する事。質問がある人は挙手して下さい」

「外見の特徴はもっと他にないんですか?」

「見つければすぐそれと判るので説明不要だネ」


見間違いとも思える其れは、霊圧を探れば直ぐに実際に存在するモノだと分かる。感じる霊圧からして人間では無い事は明らかなのだが、雪男が言う小さな男の子にしては身体が大きすぎた。まるで此方を観察するようにジッと窺っている敵か味方かも分からぬ其の存在に、の眉間には自然と皺が寄る。


「どうかしたかね?クン」

「…いえ」


の様子に気付いた椿が問い掛けるが、は其の不審人物から目を逸らすと何でもないと呟く。気にするだけ無駄かと、敵意や殺気といったものも感じられなかった為、は自身に言い聞かすように納得をして意識を雪男へと戻した。


「…では他に質問がなければ…以上、解散!」


晴れた夕方の空の下、簡単なものではあるが候補生達による任務が始まった。










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