今日は皆が待ちに待った終業式。つまり一学期無事に終了し、明日から夏休みが始まる。燐は大きな欠伸をしながらゆったりとした足取りで校舎を後にし、其の後ろ少しの距離を開けては歩いていた。


「奥村くん!さん!」


背後から呼び止められ、燐とはほぼ同時に振り返る。階段を駆け下りてくる子猫丸が、燐とに追いついた所で足を止めた。


「塾やなくて高等部で会うの初めてやねー」

「子猫丸!」

「終業式終わったら“正十字中腹駅”に集合やろ」

「奥村くんとさんも一緒に行こ」

「うん」


子猫丸の後ろには勝呂と志摩の姿も有り、どうやら京都三人組で歩いていた所、前方に燐との姿を見つけて子猫丸が走って来たらしい。


「そこのバカ5人、早くしないと遅刻するわよ!」

「…チッ、うるせーまゆげだな」


遥か前方を一人歩いていた出雲が、燐達に気付いたのか振り返って声を荒げる。顔を歪めて舌打ちをするのは言わずもがな勝呂だ。出雲は待つつもりが無いのか声を掛けるだけ掛けて、後はさっさと背を向けて正十字中腹駅へと向かって早足に進んでいく。遠ざかる出雲の背中を眺めながら、一向はほんの少しだけ歩くスピードを速めて、同じく正十字中腹駅へと向かうのだ。


「なぁなぁ、さん」


背中を指で突かれ、は溜息を吐きながら顔を向ける。そんなの態度にもめげずに志摩はへらりと緩い笑みを浮かべると、僅かに首を傾けてを見つめた。


ちゃん、て呼んでもええ?」


其れには強く不快そうに顔を歪ませ、志摩を睨みつけるという形で返事を返した。



















「皆さん、今日から楽しい夏休みですね!」


待ち合わせ場所の正十字中腹駅には、雪男と共に、今日も露出度の高いシュラの姿もあった。夏真っ只中の高気温にも関わらず、涼しい表情で微笑む雪男は、ボタン一つ緩ませずきっちりと祓魔師の制服を着こなしており、長袖のロング丈のコートはどう考えても暑いだろうに、暑さを感じさせず汗一つ浮かべない雪男は最早異常だ。


「ですが候補生の皆さんは、これから“林間合宿”と称し…“学園森林区域”にして3日間実戦訓練を行います。引率は僕、奥村と霧隠先生が担当します」

「にゃほう」


手を開いては握って、挨拶するシュラの衣服は雪男とは反して涼しげである。必要最低限の布しか纏っていない体は、当初こそ男性陣も目のやり場に困っていたが、今では平然としていられる程に慣れていた。


「夏休み前半は主に塾や合宿を強化し、本格的に実戦任務に参加できるかどうか細かく皆さんをテストしていきます。この林間合宿もテストを兼ねていますので気を引き締めていきましょう」


「「「「はい」」」」



















「…祓魔師いうか…」


蝉が鳴き、息切れの声が響く。兎に角、暑い。正十字学園最下部の学園森林区域の山道を、ひたすら全員が大量の荷物が詰め込まれたリュックサックを背負って徒歩で登っていた。何処まで続いているのかも分からない山道を、暑さに苦しみながらひたすら坂道を歩き続けるのは精神的にも、身体的にも疲労が増す。


「…行軍する兵隊みたいな気分やな…」

「重い暑い」

「しんどい…」

「はぁ、はぁ」

「蚊が多い…」

「うおーい!滝だ!!」


皆が揃って文句を零す中、一人元気なのは並外れた体力を持つ燐一人だ。滝と称するには些か小さすぎる其れに手を出し、手を濡らす燐のはしゃぎ様は小学校低学年の子と近いものがある。


「おーい!ちっちゃい滝あるぞー!飲めっかなコレー!!」

「止めなさい、奥村くん」

「何でアイツあないに元気なんや」


先頭を歩く雪男の後ろで始終騒ぎながら進む燐を唖然としながら勝呂が零す。皆が疲れの色を見せている中、汗こそ滲ませているものの燐は元気だ。其れを訝しむ様に皆が燐の背中を見つめるが、周囲に気を取られている燐は全く其の疑いの目に気付かない。


「何気に奥村くんて体力宇宙ですよね」

「何かピクニックみてーだよなー!」


今度は目の前を飛んだ蝉に声を上げて騒ぐ燐を一同は呆れた表情で見やる。列を成して進む行進の最後尾を歩くは、そんな彼らには目もくれず黙々と歩を進めた。暑さで滲む汗が顎を伝って滴るのを、手の甲で拭う事もせず、固く口を一文字に噤んで歩行する。


「おいおい、もう疲れてんのかにゃー?」


ずんっ、と重くなる背負ったリュックサック。ジト目で目を向ければニヤニヤと笑うシュラの顔が直ぐ近くまで迫っており、シュラは可笑しそうに笑みを深めるとの耳へそっと囁くのだ。


「“死神サマ”も疲れたりするんだな」


目を正面にやれば、シュラの囁きは聞こえていなかったのか相変わらず騒ぐ燐を呆れ顔で見つめる面々の背中が見える。其れに小さく息を吐いたなら、はリュックサックの上に腕を置いて体重を掛けるシュラの腕を振り払い、正面に向き直って足を動かす。


「連れないなァ」


楽しげに笑うシュラの言葉は、聞こえない振りをした。


「さて、ここでテントを張ります」


先頭を歩く雪男が広々とした空間に出て漸く立ち止まれば、後を歩いていた塾生達も自然と立ち止まる。疲労感に志摩は其の場にしゃがみ、出雲は汗を持参したタオルで拭い、は背負っていたリュックサックを其の場に下ろした。軽くなった肩に腕を回せば、凝り固まっていた筋肉が音を立てて解れる。


「この森は日中は穏やかですが、日が落ちると下級悪魔の巣窟と化すので日暮れまでに拠点を築きます。男性陣は僕とテントの設営と炭熾し。女性陣は霧隠先生の指示に従ってテント周囲に魔法円の作画と夕餉の支度をお願いします」


皆が荷物を降ろした所で、雪男は肩で息荒く呼吸する面々を見渡しながら今後の指示を飛ばした。BGMはもっぱら蝉の鳴き声で、照りつける日差しは一向に和らぐ様子は無い。これから行うべき作業を各自把握した所で雪男は纏う祓魔師のコートへと手を掛ければ、やけに爽やかな表情で其れを脱ぎ捨てるのだ。


「じゃ、始めましょうか!」

「お、脱ぎはった」

「流石に暑かったんやな。超人なのか思たわ」


眼鏡を光らせて仁王立ちする雪男を、感情の無い目で見る勝呂と、笑い飛ばす志摩。雪男は手早く持参したテントの道具を取り出すと、立ち尽くす勝呂や志摩、子猫丸と燐を呼びつけ早速テントの設置に取り掛かる。一方、女子達はシュラに連れられ少し離れた場所で持参したコンパスと墨で地面に直接魔法円の作画を行っていた。


「あはは、楽しそうだね!」

「…何が?暑苦しいだけじゃない」

「ふふふ…男の子って不思議だよね」

「………」


決してにこやかとは言い難いが言葉を交わしながら出雲としえみは作画の作業を男子達を見ながら手際良く行う。成績も優秀な秀才の出雲がコンパスを用いて魔法円の下書きをし、しえみが其れを墨でなぞって清書するという役割分担だ。


「不思議なのはあんたでしょ」

「え?なぁに?」

「何でもない!あんたも早くそっち描いちゃってよ!」

「あ、うん!」


眉を顰め、男性陣から目を逸らして作画の作業に戻る出雲。意味深げな言葉を零した出雲にしえみは明るい表情で尋ねるが、出雲は直ぐに話を逸らしてしえみの作業を急かすのである。日が暮れる前までに魔法円を描き終え、夕食も作らないといけないのだ。のんびりしている時間は無いのである。


「それにアンタも!ちょっとは手伝いなさいよ!」


不意に出雲が、木の幹に凭れ掛かり腕を組んで傍観の姿勢を取るに牙を剥く。今の今まで何も言わず作業に取り組んでいたというのに、終盤になってから言われても、結局にはする事が無い。コンパスも一つだけ、墨も筆も一つずつしか無いのだ。手伝うも何も、出来る事がなければ見ているしかない。実際、する気も無かったのでも何も言わず眺めるに徹していたのだが。


「おっ出来たー?早いなァ、優秀優秀」

「(この女教師も…!!)」

「はい!」


しえみが最後に墨を入れ、完成した魔法円。が寄りかかる木の枝の上で寛いでいたシュラは大きな態度で頬杖を付きながら出雲としえみを褒めるのだが、素直に喜ぶしえみとは違って出雲は大変立腹の様である。


「んじゃ飯ー。材料は持ってきてっから、あとは調理するだけな。メニューはカレー、簡単だろ?」


男子達もテントの設置が完了したのか、今度は炭熾しの作業に移っている。其の傍らでシュラは調理器具及び食材一式をリュックサックの中から取り出し出雲としえみに指示を下せば、後は宜しくと言わんばかりに持参したゲームの電源を入れ始めるのだ。


「アンタはそっちやって。こっちはあたしがやるから」

「う、うん!」


用意された包丁を手に、ボールに入ったじゃがいもを手に取った出雲は震える手で何とも危なっかしい持ち方でじゃがいもの皮を向いていく。どうやら料理経験は豊富では無い様で、皮が繋がるどころか、食べれる実の部分を大きく削ってボロボロと落としていく始末である。出雲に指示されたものの、しえみは人参や玉葱には手をつけず呆然としており、は思わず口元を引き攣らせた。


「いた!」

「かれー?」


予想通り出雲の指に包丁が刺さり、しえみは呆然とカレーのルーが入った箱を眺めて首を傾げた。シュラを横目にが様子を窺うが、ゲームに夢中なのか事態の状況には全く気付いた様子は無い。このまま彼女達に任せていれば、どんなカレーが出来上がるだろうか。そんな事を考えて口を噤む。奇跡が起きれば食べれるカレー、運悪ければ食べられない可能性も捨てきれない。


「俺、やろうか?」


そう思っていたのはどうやらだけでは無かった様で、男子達と炭熾しをしていた燐が不安げな表情で戸惑う出雲としえみへと寄って来る。出雲の手から包丁を受け取り、じゃがいもに添わせた燐は手元のじゃがいもを見ずに、するすると皮だけを切って剥いていくのだ。


「うまい!」

「お前らサラダ作れよ」

「うん!」


燐の手先を眺めて出雲は驚愕の表情で魅入り、燐がしえみと出雲にレタスを顎で指しながら言えば、しえみはレタスを両手にとって頷く。出雲も燐の慣れた手付きに任せるのが無難だと判断すると、しえみと揃ってレタスを千切る作業に取り掛かるのだ。


「大丈夫かアレ!?」


炭に火が点き腰を上げた勝呂が、女子と混ざって調理する燐の姿を見て心配の声を上げる。しかし燐は自信満々の笑みを浮かべると皮の剥き終わったじゃがいもを掲げて言うのだ。


「大丈夫!任しとけって!」

「ホンマかいな…」


余裕綽綽に次のじゃがいもの皮剥きを始める燐を、浮かない表情で見つめる勝呂。しかし直ぐに自分達の仕事に意識を戻したのなら、次の作業へと移るのだ。










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