通されたオペラ座法廷は、とても豪華な作りで華やかな印象だった。比較的歳をとった男女が傍観席へと並び、小声で現れた燐を見ては囁き合う。嫌な空気だった。


「そこに跪け」


多くの観客へと場違いにも一礼をするメフィストの隣で、エンジェルが前へと押し出すように燐の背中を乱暴に押す。しかし、燐はエンジェルに従うよりも、先ず人の多さと向けられる数多の瞳に意識を奪われた。


「早く」

「げっ」


直ぐに跪かなかった燐に追い打ちを掛ける様に、エンジェルが燐の背中を蹴ったのなら、体制の崩れた身体を支える様に反射的に燐は床に両手をつき、エンジェルは腰の大剣へと手を添える。


「大人しくしていろ」


迷い無く燐の右足首へと突き刺される銀色に輝く鋭利な刃。筋の切れる嫌な音を耳は確かに拾い、は理性も吹っ飛んでエンジェルへと向かう。


「落ち着きたまえ」


目にも留まらぬ素早さでエンジェルへと向けられた手は、メフィストの手でしっかりと止められ、ギリギリと鈍い音を立てての手首を締め付ける。何故止める、そんな責め立てる感情を隠しもせずには殺気の篭った瞳でメフィストを睨み付けた。


「放せ」

「今はお前の番では無い」

「…後にあたしの番が来るとでも?」

「ええ。其の時は止めません」


暫しの睨み合い。殺意を持って交わされる瞳は空気を張り詰めさせるには十分なもの。そして、メフィストの手は緩む事は無くの骨を折らんばかりに今も尚締め付けた。


「何てことを…!」

「またあのように暴れられては困るからな。どうせすぐ治癒する」

「相変わらず聖人面して鬼ですね」


咎めるシュラを、悪びれる様子も無く返すエンジェルにメフィストが笑った。笑顔の割に、締め付ける力は強い。は舌打ちを零すとメフィストの腕を乱暴に振り払えば、が折れた事を確認してからメフィストは愉快気にを見やる。が、は直ぐにそっぽ向くのだ。


「静粛に!被告人は陳述台へ」

「被告人?…って私か!」


尋問官に促され、メフィストが場に似つかわしく無い態度で陳述台へと向かって階段を上る。其の足取りの軽さは、まるで此れから起きる事に対して浮かれている様にさえも見え、緊張感は全く無かった。


「これより被告人、メフィスト・フェレス正十字騎士團日本支部長の懲戒尋問を開廷する!!」


陳述台にメフィストが上り、其の下では跪く燐と、そんな燐の足首に剣を突き刺すエンジェル。其の数歩後ろにとシュラが佇んで懲戒尋問は開廷された。


「今しがた、日本支部正十字学園にて起こった事の映像を此処にお集まりの方々に見ていただいた所だ。フェレス卿、ここに映っているのは…今其処にいる悪魔で間違いないかね」

「はい」

「では率直に尋ねる。その悪魔はサタンの仔かね?」

「左様で御座います。今更申し開きもありません」


尋問官な緊迫の面持ちで率直な問い掛けをすれば、メフィストは勿体振る事もせず、あっさりと事実を肯定する。途端、観客席からのざわめきは大きくなり、法廷内は雑音に飲み込まれるのだ。


「藤本獅郎のもとで秘密裏に育てていたのです。仔が炎を受け入れる準備が整う其の時まで」

「何の為に?」

「何が目的だフェレス卿!!」


すらすらと嘘偽り無い事実を、まるで事前に用意していた台本を読み上げるが如く話すメフィストに正十字騎士團の最高顧問、三賢者が声を荒げて尋ねた。待ってましたと言わんばかりに、其の問いにメフィストの笑みが深まる。其の表情は、正しく悪魔そのものだった。


「…サタンと戦う武器とする為に」


観客席の傍観者達が息を呑んだ。生まれる反論が出て来る前に、メフィストは両手を広げて狂気的な笑みで演説を始める。


「…ここにお集まりの皆々様!!私と賭けをなさいませんか!?」


捲くし立てる様に紡がれる言葉は、遮る事は許されず、流れは既にメフィストにあった。此の場に集まった皆へと視線を滑らせて、メフィストは皆の耳に届く様に甘い言葉を囁く。


「このサタンの仔が虚無界の大魔王となるか!!はたまた騎士團の…いや!物質界の救世主となるかを賭けるのです!!!!勿論賭けの間は最後まで見届けるのが条件ですがね」

「この詐欺師に騙されてはいけません!皆様、まさかお忘れではあるまい。こやつの身の上を!これは奴らお得意の甘言です。こやつは藤本獅郎と共謀し、サタンの仔を育てた!これは紛れも無い事実!!」


メフィストに反論する様にエンジェルが呼び掛け、法廷内のざわめきはより一層増して煩わしい。


「騎士團を欺き、内側から転覆せしめるつもりだったに違いない。欺いていたのは期を待っていたからです」

「そうだよ」

「しかし」

「狂気の沙汰だ!」

「メフィストを罷免しろ!」


好き勝手な事を言い、飛び交う言葉や耳に届く人々の本心は、少しずつ、また少しずつ苛立ちを積んでいく。そして蓄積された怒りは、爆発した。


「うるせえ!!!!」


空気を震わす燐の憤怒は一瞬にして法廷内に静けさを取り戻し、音を口にする事も阻まれ跪く悪魔を皆が見下ろした。


「てめーら、さっきから…ゴチャゴチャゴチャゴチャうるせーんだ!!人のこと好き勝手言いやがって…俺は武器でも魔王でも救世主でもねぇ!!!奥村燐だ!!!!」


ふつふつと溢れ出した青い炎は、燐が腹の底から吐き出した言葉と共に一気に膨れ上がり、放たれる。降魔剣で封じているにも関わらず溢れる炎は燐の身体から熱を放ち、煙を上げ、尖った犬歯を剥き出しに燐は叫んだ。


「いずれ最強の祓魔師になってやる!!ここにいる全員覚えておけ!!」


青い炎に悲鳴を上げて混乱が生じる法廷内で、誰よりも近く燐の傍に居たエンジェルが、大剣を燐の首筋へと添わせて今にも其の細首を撥ねんとばかりに柄を握る。


「最強の祓魔師だと?…は。つまり聖騎士になるということか?忌まわしいサタンの仔が笑わせる」

「そーいや聖騎士ってみんなそのカッコなのか?」

「………なに?」

「いや、俺も聖騎士になったら、そのダッセー格好しなきゃなんねーんなら最悪だと思ってさぁ」


燐の問いかけにエンジェルは眉間に皺を深く刻めば、ゆるりと燐の瞳にエンジェルの顔が映った。其の瞳に柔らかさが欠片も無いのは、燐が今、怒りに満ちている事と、エンジェルを挑発しているからだ。


「…残念ながら、この服は俺の特注だ」

「やめなさいエンジェル!」

「皆も静粛に!」


大剣を引き、今にも燐の首に刃を突き刺さんとしたエンジェルを、高い場所から制止をかける三賢者の一人。騒ぐ観客席達へと尋問官が静まれと声を荒げれば、次第に悲鳴とざわめきは落ち着きを見せ始め、再び小声での囁きはあるものの、元の静けさを取り戻す。


「確かに悪魔は事実上我々…物質界の敵。が、しかし古から騎士團が悪魔より知恵を学び、その対抗策を得てきたのも…また事実」

「しかし事は前例の無い大問題だ。…フェレス卿の背信の嫌疑も晴れてはおらぬ」

「ですがフェレスト卿には二百年に渡り騎士團に協力していただいている信用がある」


三賢者の会話を誰もが耳を澄ませて聞いた。三賢者と呼ばれるだけあって、他の感情で動き発言する者達とは違い聡いらしい。三賢者の中で話が一先ず纏まれば、静寂の法廷内に一つの提案がされた。


「皆さん、此処はフェレスト卿の言う“賭け”に乗るか乗らぬか、多数決を取りませんか」










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