死は、平等に皆に与えられたものであり、必ず最期に訪れるものである。たった一度の生であるように、死もまたたった一度の死だ。にも関わらず、死は二度経験し、生は此れで三度目で、いずれ三度目の死がを迎えに来る事だろう。死神である自身にすら訪れる死。先の話だ、今から気にしても仕方がない。けれど気にしてしまうのは生きていて、死ぬ事を知っているからだ。死は恐ろしい。沢山の死を、三度の人生の中で見てきた。年数で言えば200年以上の月日。沢山の誕生を見たが、其れ以上の命の消失を目にしてきた。沢山の仲間が目の前で死んで逝った。穏やかな死に顔もあれば、もがき苦しみながら死んだ者もいる。遺体すら、戻って来ない事もあった。大半がそんな死に方だった。沢山の人が泣く。誰かが死ねば、悲しむ者は数多く、そんな悲しみも踏み越えて、また戦場を駆け抜けるのだ。傷付いた上司の背中を眺めながら、後ろに控える部下を護る為に刀を握る。戦いは嫌いだ。自ら死に近づく様な馬鹿な行為だとすら思う。なのに刀を握り続けたのは生きる為だった。生きる為に刀を握り、任務をこなし、報酬を受けて、また刀を握る。けれど、何も其れだけが理由では無かった。




「お前、こんな所で何やってんだ」




己の隊に居心地の悪さしか感じず、何処か遠くに行きたくて、消えてしまいたくて、化物退治だってしたくなくて、全てから逃避する様に隊舎の裏で身を縮めて居た時。頭上から降って来た声はとても低く、威圧的で直ぐに誰か分かったものの、身を正す気力も無くて虚ろに其の人を見上げた。逆立った毛の先に付いた鈴が、風に揺られて可愛らしい音を鳴らす。




「そんな死んだみてーな目をしやがって」




呆れた様に見下ろす其の目は刃物の様に鋭くて、嗚呼、斬られるかな、なんて思った。其れでも良いと思ったのは、もう全てに疲れてしまったからだ。野蛮で好戦的で名の知られる人ではあるが、腕は確かなのは身に付けた白い羽織が保証していて、苦しまずに楽にしてくれと懇願すれば叶えてくれるのでは無いかなんて、巫山戯た事を考えた。




「うちの隊に来い」




差し伸べられた手に喉を締め付けられる様な気分になった。何故、よりにもよってこんな情けないあたしを。戦う事を放棄しようとしているあたしを、貴方の隊に勧誘するのか。言葉の出ない口を間抜けに開きながら見上げれば、大柄な其の男は不気味に口許を緩ませる。




「お前、名前は?」




彼の名を知っているのは、彼がとても有名な人物だからだ。悪評目立つ隊を纏める彼は、其の代表なだけあってする事成す事全てが基本的に悪い印象で人に伝わる。けれど、彼の纏める隊士達は、心より彼を慕い、敬愛し、着いて行ってる事を知っていた。そんな彼が、あたしの名を知る筈が無い。唯の何処の隊にも居る数多い平隊士の一人。嗄れた声で名を名乗ったのは何故だったか。きっと、恐れ無く前へと突き進み、我武者羅に無茶苦茶に敵を薙ぎ倒していく彼を眩しいと思ったからだ。こんな自分も、貴方と同じ死神なのだと、天と地程の差があるが、同じ死神だと思って、知って欲しかったからか。




、お前の根性叩き直してやる」




彼の様な、そんな強さがあれば、こんな苦しみも知らないまま楽に生きれただろう。勝手な推測は余計に自分を虚しくさせた。




「だから俺の隊に来い」




自分は不幸だと苦しい辛い逃げたい消えたいと汚い負の感情で飲まれる自分を、彼は構わず誘った。背を向けられた事で見えた十一の文字は、其の大きな背中に抱えた沢山の重みが見える。其の背中に、彼の抱える重みの一つになっても良いのだろうか。こんな、あたしでも。




「強く、なれますか?」




こんな怖がりでどうしようもない、あたしでも。死の恐怖に震える事も、他の色んな嫌な事に悩み苦しむ事も無いくらいに。




「ああ。だからついて来い。何回も言わせんな」




不機嫌そうに顔を歪めた彼の背中に遅れない様に、慌てて立ち上がって追い掛けた。あんなにも重かった身体は簡単に立ち上がって、鉛の様で動かなかった足は、こうも簡単に彼を追う。強面の悪人面の彼だが、こうして人の心を掴んでいるのだろう。嬉しかった。逃げる事の出来ない沼の中でもがき苦しむ自分に手を差し伸べてくれた事が。刀を握る事が怖くなったあたしが、また刀を握ろうと思ったのは、きっと彼があの日、あの時、あの場所で蹲るあたしに声を掛けてくれたから。何れか一つでも欠けてタイミングが違ったなら、きっとあたしは“ダメ”になっていた筈だから。



















「やっと見つけた。探したんだぞー?」


学園校舎内の中で一番の高さを誇る塔の上。辺りを一望出来る屋根の上で風に吹かれながら黄昏ていれば、ひょっこりと顔を覗かせて隣にやって来たシュラを一瞥する。


「塾には来ない、寮にも戻らない。燐はギャーギャー五月蝿いし、雪男も心配してたぞ」


相変わらず露出の激しいシュラは、其の大きな胸を揺らして腰掛けるを見下ろして頭を掻いた。相当、あの双子がの行方を案じているらしい。何処か疲れた様にも見えるシュラをほんの少しだけ同情した。


「まあ、燐がサタンの仔だって事がバレた様に、お前も死神だって事が周りに広まっちまったからな。燐みたいに塾に顔を出すのは他の塾生に混乱を招く。暫く燐とお前は別カリキュラムって事になってるからな」


の隣に腰掛けて、吹く風に赤い髪を揺らしながらシュラは現状を語る。燐は塾生達の前で炎を出し、も鬼道を使った。法廷では包み隠さず己の正体を宣言したので、周囲に知れ渡っている事は予想済みである。


「何考えてたんだ?」


少し前からシュラの霊圧は感じていた。様子を伺う様にを見ていたので、も特にシュラに声を掛ける事なくやり過ごしていたのだが、こうして改めて問われると、やはり見ていたんだなと思う。


「昔の事を思い出してただけ」


そう、ただ昔の思い出に浸っていただけ。過去になった、大切な思い出に。


「任務だ」


遠くを見ながら答えるに、シュラは曖昧な小さな笑みを一つ零すと、何処からか京都ガイドと書かれた観光用のパンフレットを取り出してへと差し出す。何故パンフレットと疑問に思いながらが受け取れば、シュラはにっと口角を吊り上げた。


「これから京都遠征に同行する事になった」

「燐は?」

「行くよ」

「なら行く」

「過保護か!」


燐が行くなら行く。行かないなら行く必要は無い。それは過保護と捉えても仕方の無い理由なのかもしれないが、獅郎に託されているのだから仕方が無い。受け取ったパンフレットを適当に捲り眺めれば、用は済んだとばかりにシュラは立ち上がり腰に手を当てる。


「まあいい。とりあえず準備しとけよ」


シュラもまた、獅郎が残した言葉の通り燐に剣を教えている。魔剣に精通しているシュラだからこそ頼んだに違いない。いずれ燐が、降魔剣を振るう事になるだろうと事前に予測して。


「わかった」


ふと、昔獅郎に剣が握れると言った時、もう少しデカくなってからだと笑っていた獅郎の横顔を思い出した。もしかしてあの時、燐に剣の指導をにも頼もうとしていたのでは無いか。今になっては分からないあの日の事を、今になって考える。


「(剣道もちゃんと学んだけど、結局は独学の実戦向きの型なんだけどね)」


其れでも良いのなら。


「(今度シュラと一緒に燐の稽古をつけてやっても良いかもしれない)」


少しでも燐の為になるのなら。最低限己の身を守れる為に、己の自信に繋がる様に。恐怖に怯えず前を向いて生きていく為に。過去にあの人から貰った強さを、今度は燐へと渡せれば良い。そしてまた、燐は其の手で誰かを守り、誰かに強さを与えられれば最善だ。人はそうして、人の心と人生を受け継いで行く。










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