京都に向かうべく出向いた最寄駅。ホームには既に燐を連れて来たシュラの姿があり、最小限の数少ない荷物を詰めた鞄を肩から提げながら、は到着し乗客を待つ新幹線の出入り口前に佇む二人へと歩み寄る。
「!久しぶりだな、つーか今迄何処行ってたんだよ!」
「適当にふらふらと」
「返事も適当だな!」
と同じく肩に鞄を提げ、手には以前がシュラに手渡された物と同じ京都の観光ガイドを広げ、頭の上にクロを乗せた燐が、久しぶりに目にするの登場に驚きつつも、何処か嬉しそうに表情を綻ばせた。
《!だ!!》
「久しぶり、クロ」
《おれ、しろうのまたたびしゅがのみたい!》
「今度作るよ」
《やった!》
クロは嬉しそうに頬を赤らめ、身軽に燐の頭を蹴るとの頭へと飛び乗って肩へと降りれば、甘える様にの頬に頭を擦り付ける。そんなクロの首元を掻いてやれば、クロは気持ち良さげに喉を鳴らした。
「ふぇーい、シュラ」
『…シュラさん?大丈夫ですか…?』
「朝早くて吐きそうなんじゃけど」
『…しっかりして下さいよ。右目の方の増援部隊の隊長になったって聞きましたよ』
「そうそう。すげー断ったのに、あのピンクの水玉が嫌がるあたしにムリヤリ…」
突如シュラの携帯に着信音を知らせるメロディーが流れだせば、二日酔いなのか非常に顔色の悪いシュラが気の抜けた返事を返す。電話の相手は雪男の様で、僅かに漏れて聞こえる声は相変わらず落ち着いた声だった。
「うっへへへへ!京都かぁー。は何処行きたい?」
「特に無いよ」
「何だそれ!つまんねー!」
「…遊びに行くんじゃないからね?」
業務連絡か、雪男と通話するシュラの傍らで、燐はガイドブックを開きながらに問う。シュラに貰ったガイドブックを暇潰しがてら一通り目を通しはしたものの、此れと言って興味をそそられるものが無かったのは、が物事に対してあまり関心が無いからだろう。
「俺、中学ん時修学旅行行かなかったから京都って初めてだ!やっぱしバナナはおやつに入るんだよな?」
「入っても持って来ないでしょ」
「…気持ちいいまでに行楽気分を隠さないな」
何時の間にか通話を終えたシュラが、何気無い燐との話に加わり、何処か遠くを見る様な穏やか表情を浮かべる。きっと、皆の気も知らずに浮かれている燐に呆れているのだろう。
「なぁ。」
「?」
「死神のお前に聞くのも可笑しな話だとはアタシも思うんだけどな。その、なんだ。お前治癒の術とか使えねーの?」
京都に胸を膨らませ、一人興奮し、盛り上がる燐を尻目に、シュラは囁く様にに問う。死神と言えば、死を奪う印象があるのは当然の事だろう。故に自信なさ気に、けれど何処か期待した様子で言葉を詰まらせながらも尋ねるシュラに、は不審に思いながらも事実を告げた。
「使えない事は無い。けど専門じゃないから期待はしない方がいい」
「そうか。じゃあ頼りにしとくにゃ」
軽く一同の肩を叩いて、意味深気な笑みを浮かべたシュラには眉を寄せる。追求してもはぐらかすであろうシュラに口を閉ざしていれば、シュラは新幹線に向かっての肩と、燐の背中を軽く押した。
「燐、遊びじゃないぞ!ほれ、入れ。確か3、4号車貸切だ」
「塾の奴らもう来てるかな?」
促されるまま燐が新幹線へと乗り込み、其の後にクロを肩に乗せたが乗車する。最後にシュラが乗り込めば、4号車に繋がる引き戸を引いて車内へと足を踏み入れた。車内には既に多くの祓魔師達が着席しており、疎らに空いた席が目立つが、燐とを見ては小声で囁き合う祓魔師の様子を見れば、空いている席に自由に座れる様では無いらしい。
「…俺ってどこに座ればいいんだ?やっぱ奥からつめた方が」
「………。空気読んでお前は前の方に座っとけ。分かってるだろうがもな」
シュラが笑顔で燐の首根っこを掴み、前から2列目の三席連なった席に無理やり座らせる。廊下側の端に座った燐に、は不躾な視線を向けてくる祓魔師達へと目をやれば、息を飲む音や小さな悲鳴を微かに耳は拾った。サタンの息子である燐は勿論のこと、死神であるも十分恐怖の対象の様だ。
「あたしはちょっと3号車の方見て来るから、お前等はここで大人しく座ってろよ!」
「わかった!」
は燐と同じ列、一番窓際の席へ座ってクロを膝の上に乗せて背を撫でながら、シュラが主に燐に向けた指示を聞き流し、窓の外を見る。鞄は邪魔になるので足元へと置き、燐は閉じていたガイドブックを再び開くと、遠足前の子供の様に無邪気にはしゃいで目を通した。
「…よーし、ワクワクすんな!俺、学園町離れんのも初めてだ!」
「燐、もう少し静かにして」
後ろに座る祓魔師達は静かで、談笑する声は無く、やけに燐の声が車内に響く。これから任務に赴くというのに、観光気分全開の燐に、少しは空気を読むよう遠回しに告げるも、燐にはイマイチ伝わらなかった様だ。
「ん!?何だこれ、京都タワー!?京都にもタワーあんのか!ここは押さえとかねーとな!ほらも見てくれよ、京都タワーだって!」
「………。」
京都タワーの特集ページを開き、燐はとの間の空席に移動すると、其のページを見ろと差し出してくる。は呆れて冷めた目で燐を見れば、燐は不思議そうに首を傾げた。
「しえみちゃんだっけ。“予防接種”受けたかい?」
「!?予防接種」
不意に前からシュラとしえみの声が聞こえ、燐は勢い良くガイドブックから顔を上げた。釣られても正面を向けば、久し振りに見るしえみがシュラと向かい合っている。燐はガイドブックを空いた隣の席に置き、勢い良く立ち上がった。
「これから行く場所は菌類に憑依するタイプの悪魔で汚染されている可能性がある。候補生は3号車でワクチン接種受けてもらってるから」
「あっはい!」
「しえみ!」
勇気を振り絞り、燐はしえみの名を呼べば、明から様に戸惑った様子でしえみの瞳がシュラから燐へと向いた。
「オハヨ」
「あ………!!」
他愛の無い挨拶なのに、言葉を詰まらせ動揺するしえみの態度が燐の心を乱す。
「…おはよう!」
顔を逸らし、逃げる様に車両から出て行くしえみは言い逃げも良い所で、ショックを隠しきれない燐はぎゅっと拳を握り、燐は再び着席する。ほんの少し、同情した。
「…な、何だよ!!」
少し前迄はあんなにも仲が良かったのに、サタンの息子と分かった途端此の様だ。一変する態度、向けられる拒絶、滲み出る畏怖の念。からすればサタンの息子だから何なのだという話だが、年頃の青年達や、頭の固い大人達はそうもいかないのだろう。くだらないと怒りを通り越して呆れながら、一定のリズムでクロの背を撫で続ける。今度はしえみとは入れ替わりに予防注射を終えた子猫丸、勝呂、志摩が姿を見せ、燐は気を取り直して笑顔を見せた。
「おーっ、お前ら元気そうで何よりだ!」
「………」
「なぁ、京都タワーって知ってるか?他、京都でどこがオススメか教えてくれよ!」
ガイドブックを開き、燐は明るく振舞って京都出身の三人組に話し掛けるが、勝呂は答えず表情を険しくさせ、強く歯を噛み締める。我慢の限界を迎えた時、勝呂が口を開き掛ければ素早く後ろに控える子猫丸や志摩が勝呂を引き止めるのだ。
「わ…わかっとる!」
「!?」
ぐっと堪え、燐から視線を外し目の前を素通りして燐やの座る後ろの列に座れば、勝呂の態度に燐は戸惑い、其の後ろで立ち尽くす子猫丸を見る。
「子猫丸…!」
しかし子猫丸は名を呼ばれた事に肩を跳ねらせるだけで燐を避けるように顔を逸らすと足早に勝呂に続いて隣に速やかに着席するのだ。
「!!!!」
「うわ、子猫さん。そんなあからさまな…」
子猫丸にも無視をされ、大いにショックを受ける燐の前を引き攣った表情で志摩が通る。其の際、一度に視線をやった志摩だったが、はちらりとも顔を向けずにクロを撫でていれば、志摩は直ぐに視線を外して子猫丸の隣に腰を下ろすのだ。
「な、何で普通にいてはるん!?また、あ…暴れはったら、どうするつもりなんや!」
「上の偉い人が決めはった事やからなぁ。触らぬ神にしとったらええんですよ」
「志摩さん、よくそんな平気でおれるな」
後ろから聞こえてくるのはヒソヒソと子猫丸の潜めた声と、さらりと酷い事を言う志摩の会話。会話は至近距離という事もあって一字一句、聞きたく無くとも聞こえてくる。力が抜けて項垂れる燐を尻目にはすっと目を細めると、クロの背を撫でていた手で燐の頭に手を置いた。
「燐」
「…ん?」
躊躇いがちに顔を僅かに上げ、落ち込んだ瞳を向けてくる燐の頭をぐしゃりと撫でる。長く伸びた前髪が目の前で揺れて燐は目を細めると、は燐の頭から手を離した。
「味方があたしだけじゃ不服?」
唐突な問い掛けに、燐は目を丸くする。言葉の意味が分からなかったのか不思議そうにする燐に、は後ろの三人にも聞こえる様に言うのだ。
「所詮十年其処ら生きただけの人間の言葉なんて聞き流しな。胸を痛めるだけ無駄」
「十年其処らって…もだろ?」
《はおれよりながいきだぞ!にゃくごじゅっさい、くらいっていってた!》
「マジかよ!!!」
目を飛び出さんばかりに驚いて、驚愕に声を荒げた燐に周囲は何事かと意識を向ける。クロは悪魔で燐とにしか言葉が分からないのだから、まるで燐の独り言にも聞こえる言葉は、周囲から異様な目を向けられるのも当然だった。
「ババアじゃん!」
「あ?」
素早く威嚇を兼ねて睨み付けば、冷や汗を浮かべて目を逸らし、蚊の鳴くような声で紡がれる謝罪の言葉。そう言えば昔、獅郎とも同じ様なやり取りをしたな、なんて過去の思い出に浸った。
「出雲ちゃん、こっち座らはったら?」
「…フン」
次いで予防注射を受けた出雲が車両に現れ、三列シートに並んで座る勝呂、子猫丸、志摩と、其の前の列に座ると、やけに顔色の優れない燐を見て出雲が立ち尽くす。気付いた志摩が通路を挟んだ隣側に出雲を誘えば、出雲は不快そうに眉を寄せ、鼻を鳴らし、迷わず燐の隣へと腰掛ける。
「…?」
「…何よ」
「えっ、いや…」
隣にわざわざ座った出雲に燐が出雲に視線をやれば、出雲は横目に燐を睨み付け、口籠る。そんな二人を視界の端で捉えながら、は小さく出雲の優しさに笑みを零した。
「全員揃ったかー?そろそろ発車するぞ」
予防注射を終えたしえみと共にシュラが再び車両に現れ周囲を見渡す。大方埋まった席に特に不在者を上げる者も居らず、扉は閉ざされ、発車の笛を鳴らし、新幹線はゆっくりと京都へと向けて走り出した。
「へい、ちゅうもーく。あたしは今回ムリヤリ増援部隊隊長押し付けられた霧隠シュラです!ヨロシク!ふんじゃ一先ず情報管理部の佐藤くん、現状説明頼むわー」
「え、あ、はい!」
徐々に加速する新幹線の中、車両の前方でシュラが慣れた様子で場を仕切る。早速任務についての話を進めるシュラに説明を促された祓魔師は指名された事に驚きつつも起立して皆に聞こえる様に現状説明を始めた。
「7月22日午後1時20分頃、騎士團基地“最深部”内にて“特別危険悪魔部位”に指定され封印されていた“不浄王の左目”が何者かに奪われました。今回は“最深部”元部長、上二級藤堂三郎太の手引きだった事が判っていますが…。その目的や共犯者の見当もつかず現在調査中です」
「そー、そして同時刻。西に離れた“京都出張所”の深部も何者かに襲撃を受けた。此方は未遂に止めたが…狙われたのは“不浄王の右目”…!」
任務の内容を詳しく聞いていないでも、此処までくれば任務が不浄王の右目と左目に関わるものだと分かる。行き先は京都なのだから、大方不浄王の右目の護衛関係だろう。大半が不浄王に関して事前に下調べしてきたに対し、何も知らされていない候補生達は講義でも未だ其の悪魔の話は出て来ていない。出雲は速やかに挙手をすると、其の詳細を問うた。
「あの!“不浄王の右目”とか“左目”って何なんですか?習ってません!」
「そう、この悪魔はメジャー扱いされてない。…その割に逸話の方は穏やかじゃないぞ。んじゃ“不浄王”について…悪魔歴史学講師の足立先生お願いします」
「へ!?…はぁ。“不浄王”は江戸後期…安政5年頃に流行した熱病や疫病を蔓延させたとされる上級悪魔で…当時、4万人以上の犠牲者を出した元凶といわれているんです。“右目”“左目”とは“不浄王”を討伐した“不角”という僧侶が…討伐した事を証明する為に抜き取ったというもので…目だけでも強烈な瘴気を発し、大変危険な代物です」
不浄王の実態に候補生達は事の重大性に顔を歪める中、燐は何処が違った意味合いで眉を寄せており、は何処吹く風と窓の外を目紛るしく移り行く景色を眺めた。
「…兎に角、敵の目的はまだ謎だが、その“右目”と“左目”で何か悪さをしようとしてるのは確かだ。“右目”を守る京都出張所はまた襲われる可能性がある。“左目”の二の舞になる事だけは避けないとな。つまり今回の任務は京都出張所で負傷した祓魔師の看護と手薄になった警護の応援。候補生はそのお手伝いをしてもらう」
明確な此れから取るべき行動と、其れに関わる指示がシュラから言い渡され、其々が気を引き締める。新幹線はあっという間に県を越えて行き、直に京都に到着する事だろう。
「ふんじゃ、まぁ皆力合わせてがんばってくれ!そんであたしに楽させてくれ…」
「え…?」
締めくくった最後の台詞はシュラらしい本音で誰かが戸惑いの声を上げた。
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