無事に京都到着し、各自荷物を持って新幹線を降りれば、ホームを出て改札を抜けた先の出入り口には、手書きの看板を持つ着物に身を包んだ若い男が立っていた。男は祓魔師のコートを纏う団体を見つけたなら、小走りに近付いて来て先頭に立つシュラの前で立ち止まる。


「あ…!日本支部御一行様ですか?お待ちしておりました!!私、京都出張所の使いの者で土井と申します」

「日本支部増援部隊隊長、霧隠シュラです」

「ようおこしくださいました…。バスを用意致しましたんで取り敢えずは逗留先に荷物を預けて落ち着いて頂ければと思とります」

「判りましたー。よろしくお願いします」


土井と名乗った男に誘導されるがままバス停まで歩けば、逗留先まで直行便のバスが用意されており、一行は速やかにバスへと乗り込む。直ぐに走り出したバス車内には先程の事もあり候補生達は皆揃って口を閉ざし、重い空気が漂う。


《りん!!あれみて!!》


燐の頭上に乗るクロは窓の外の景色を見ては指差し興奮気味に声を上げた。けれど不機嫌で不細工な顔をする燐はクロに返事を返さず、はクロの指差す先に視線を向けるだけで同じく口を閉ざしたままだ。


「い…いやー、重い…。重いわー、空気…ニガテ…」


通路を挟んだ反対側で、両手で顔を覆う志摩がか細い声で悲鳴を上げる。けれど誰も反応を示さず沈黙は続き、志摩は居た堪れないと顔を覆ったまま深く項垂れた。外からは時折鐘の音が聞こえ、バスは京都の中心部から和の建物が並ぶ静かな街並みの方へと走る。暫く走行すればバスは二階建ての広く大きな旅館の前へと停車したのなら、扉が開いて順に祓魔師達はバスを降りた。逗留先である虎屋旅館に到着したのである。


「正十字騎士團日本支部御一行様、いらっしゃいました」

「遠くからようおこしやす」


土居が声を掛ければ、旅館の暖簾を潜り、微笑を携えた女性が現われ深く頭を下げる。上げられた顔には優雅で上品な微笑みが浮かべられ、心から祓魔師達の来訪を歓迎している様だった。


「私、この虎屋旅館の女将でございます。御逗留中は完全貸切にさせてもろてますんで、ゆっくりしとくれやす。ささ、こちらへ」


上級祓魔師から順に女将に案内されて旅館内へ移動が始め、其の一番最後尾に候補生達が並ぶ。粗方祓魔師が旅館内へ入ったところで、旅館の従業員達が制服を身に纏った候補生達の姿、主に勝呂を見ては一同にぱっと顔を明るくさせた。


「坊!」

「坊や!!」

「坊!?」

「よう戻らはりましたなぁ!」

「お帰りなさいませ!!」


動き回っていた従業員は皆一度足を止め、勝呂に笑顔を向けた後、ほっとする様に安堵の色を見せる。けれど勝呂の表情は何処か険しく、反して志摩や子猫丸の表情は穏やかだ。


「坊!!ようお帰りにならはった!」

「子猫丸に廉造くんも」

「やー、こらめでたいわ!女将さん呼んで来て女将さん!」

「やめぇ!!里帰りやないで!たまたま候補生の務めで…聞け!!コラ」


勝呂を志摩や子猫丸と同様に坊と呼び、笑顔を見せる従業員達は慌ただしく走り回る。そんな彼等を慌てて止める勝呂だが、誰も言う事は聞かずに奥へと走り去って行く。そして聞き付けて来たのだろう、祓魔師の案内で奥に居た女将が息を切らして姿を見せた。


「竜士!!」


名前を呼ばれ顔を引き攣らせる勝呂に、女将はほっと肩を落として歩み寄る。そして手の届く距離まで間合いを詰めて向かい合ったのなら、女将の表情は一変し、鬼と化した。


「…とうとう頭染めよったな…!!…将来ニワトリにでもなりたいんかい!アンタ二度とこの旅館の敷居またがん覚悟で勉強しに行ったんやなかったんか!?ええ!?」

「…せっ、せやし偶然候補生の手伝いで借り出されたゆうてるやろ、大体鶏て何や!!これは気合いや、気合い!!」

「何が気合いや。私が何の為に男前に産んでやった思てんの!許さへんで!」


目を吊り上がらせて捲し立てる女将と、同じく目を吊り上がらせて言い訳を口にする勝呂。口論する二人の横顔は似たところがあり、親しげに言い争う二人に事態を飲み込めない燐と出雲は微妙な顔をして、子猫丸は何処か強張った顔で二人を見守り、其の後ろで志摩が吹き出して笑う。


「お、女将さん。子猫丸です。御無沙汰してました」

「どーも女将さん。お久しぶりですっ」

「猫ちゃん!廉造も!よう帰ってきたなァ。…無事で何よりや…竜士のお守りも大変やったろ!」

「お守り言うな!!」


控え目に歩み寄って女将に声を掛ける子猫丸と、続く緩い笑みを浮かべた志摩に女将は穏やかに微笑んで二人を迎える。そして其の後方に呆然と立ち尽くす燐や、出雲にしえみ、宝を見ると一連の流れを見られていた事に頬を赤らめ照れ笑いをした。


「あらっ、いやや。私ったら!あちらは塾のお友達やね」


さっと身体を立ち尽くす面々に向けて正し、にこりと微笑みを携えて女将は軽く会釈をした。


「初めまして、竜士の母です。いつもうちの息子がお世話んなってます」


畏まって自己紹介する女将の後ろで恥ずかしそうに顔を真っ赤にして止めろと言う勝呂。道理で顔が似ている訳だとは一人納得する中、驚きが隠せない面子の中で特に衝撃を受けた燐が女将を凝視した。


「母!?…え…この人、勝呂の母ちゃん?」

「あー、旅館、坊のご実家なんや」


勝呂の母ならばと、勝手に膨よかな体型でパンチパーマの女性らしさが見え無い女性を想像していた燐は、目の前の物腰柔らかい美しい女性に目を疑う。戸惑う燐に補足する様に志摩が此処、虎屋旅館が勝呂の実家であると告げれば、燐は頭上にクエスチョンマークを浮かべるのだ。


「…え!?でも勝呂ん家、潰れた寺じゃなかったっけ」

「そうそう。うちの寺は結局立ちゆかんくなってもーて。私がこの実家の旅館継がしてもろたんよ。元々寺なんて観光収入も檀家さんも少なきゃ副業やっとるとこが殆どやさかい」


口元に手を添えて眉を下げて微笑む女将は寺だけの収入では苦しい実態を告げる。そして燐の斜め後ろに立っていた出雲は吹き出すと小さな声で呟いた。


「坊坊って呼ばれてるから何かと思えば本当に旅館のボンボン…」

「聞こえとるぞ神木ィ」


顔を真っ赤に、けれどしっかり青筋は浮かべて笑う出雲に勝呂は食って掛かるが、母親の前だから幸い喧嘩に発展する事はなかった。丁度其の時奥からは引き返して来たシュラが後ろに数人の祓魔師を引き連れて女将に歩み寄れば、シュラは手に持つ品を差し出す。


「女将。この度は長期間お世話になります」

「いいえぇ。正十字騎士團さんにはいつもご贔屓にしてもろてますんで」


包装紙に包まれた粗品を渡し、シュラが全員の代表として女将に挨拶をする。そして後ろに控える祓魔師達を親指で指せば、業務報告をするのだ。


「さっき所長さんにご挨拶させて頂いたんで私らは早速出張所の応援に行ってきます。医工騎士を半分置いていきますんで魔障者の看護に使ってやって下さい」

「ありがとうございます。それで、あの…」

「ああ…!」


困り顔で言葉を詰まらす女将に、素早く事を察知するシュラは頷き、立ち尽くす候補生達へと振り返れば、先ずは三人固まっていた勝呂、志摩、子猫丸に目を向けた。


「勝呂、三輪、志摩!お前らは久々の故郷だし…少し身内に挨拶でもしてきたら?」

「!?」

「「…はい」」

「杜山、神木、宝、奥村はこの湯ノ川先生について看護のお手伝いしてきなさい。着いて早々なんだがキビキビ働いてくれたまえ!」


次いで残りの面子にも指示を出し、最後にシュラは燐を指差してお茶目にウインクを一つ。


「燐!面倒起こすな!あたし、お前を信じてる」

「はぁ?それでいいのかよ」

「こういう修行なんだよ」

「本当か!?」


雑なシュラの言い分に戸惑う燐だがシュラは受け流し、シュラと共に引き返して来た祓魔師の内一人が率先して京都出身三人以外の誘導を始める。後を付いて行く燐等を尻目に、はシュラへと近付けば、シュラの目がに向いた。


「シュラ、あたしは」

は勝呂達と一緒に女将に着いて行け」


の背中を軽く押し、シュラは女将の前にを立たせると、女将は首を僅かに傾け、は説明しろと言わんばかりに横目にシュラを見る。シュラはにっと笑みを見せたのなら、勝呂や志摩、子猫丸には聞こえない様に声を潜めて女将に向かい合った。


「女将。彼女は正式な医工騎士の称号は持っていませんが、腕の立つ医療術が使えます。彼女を所長さんの治療に」

「ええ…。ありがとうございます、助かります」


行きしなに医療術が使えるか聞かれたのは此の為かと納得し、女将は一言二言勝呂に声を掛ければ歩き出し、最後にが続いて歩く。後を付いて来るに子猫丸は動揺しつつも女将の手前、怯える訳にもいかず感情を押し殺し、視界にが入らぬよう前だけを向いて、けれど背後に緊張しながら歩を進めた。


「何処行くんや」

「症状も軽ないし、何せ所長さんやから別部屋にしたはるんや」


女将が摺り足で歩き、其の後ろを足音を立てて歩く勝呂、志摩、子猫丸。最後尾には静かに歩くが居り、子猫丸は耐え切れず小さな声を漏らした。


「何でさんついて来はるん…!」

「先生の指示らしいですよ」

「霧隠先生も何考えてはんの…!!」


困惑と動揺に苛立つ子猫丸に、あっけらかんと答える志摩に子猫丸は奥歯を噛み締める。決して子猫丸と志摩は後ろに居るに振り返る事は無かったが、二人がどんな顔をしているかなど容易く想像出来た。


「死神を付かせるやなんて…!縁起悪いわ…!!」


明らかな批判。言葉に込められた感情は軽蔑。しかしは顔色一つ変えず、ただ後を追って歩く。女将は直に襖の前で膝を着くと、静かに襖を開いて中の者に声を掛けた。


「八百造さん、入るえ」


広い畳の和室の中央。一人分の布団が敷かれ、傍に点滴を置いて寝込む男が女将の声掛けに反応を示し、身を起こす。


「…!おおっ、坊!…グッ、」


京都出張所所長であり、上一級祓魔師、僧位は僧正の志摩八百造が顔や首にガーゼを貼り付け、勝呂に目をやる。身を起こすも直ぐに激しく咳き込む八百造の容態は女将の言う通り、あまり良くは無い様だった。


「八百造…!」

「お父!」


負傷する八百造に勝呂を追い抜いて志摩が傍に駆け寄る。何処と無く顔が似ている辺り志摩は父親似の様で、志摩に続き子猫丸、勝呂と女将が入室して八百造の傍で膝を着いた。


「八百造さん、起き上がらんでええから」

「…何、大した事あらへん。あと二週間で治るいう話ですわ」


心配気に女将が横になるよう促すが、八百造ははっきりと断りを入れて身を正す。そして部屋の外で佇むに気付いたのなら、は軽く会釈をし、八百造は女将に視線を向けて問うのである。


「?此方は…」

「竜士と同じ塾の候補生さんや。何や腕の立つ医療術が使えるとかで付いて来てもろたんよ」


女将の紹介に勝呂は眉を寄せ、子猫丸は表情を強張らせる。志摩は表情一つ変えずにに目をやるだけで何を考えているのか分からなかった。八百造は再度視線をへと向けたのなら、ほんの少し、柔らかい表情を浮かべてを招くのである。


「そうか…。何や廉造と同じ歳の子やのに凄いんやな。どうぞ、入ってくれて構わへん」

「…失礼します」

「あっ…!」


八百造の許可を得て和室に入室し、は八百造から見て左側、勝呂の正面、志摩の隣へと膝を着き腰を下ろす。正座の姿勢で背筋は伸ばし、ちらりと八百造の身体に目をやるに子猫丸が声を漏らせば、女将はそんな子猫丸に首を傾げた。


「どないしたん?猫ちゃん」

「い、いえ…!」


慌てて何でも無いと否定をし、縮こまる様に身を小さくする子猫丸はを警戒する様に見つめる。勝呂はを注意深く睨んで、志摩は志摩でを横目に一瞥するのだ。死神と知らぬ女将と八百造だけが平然としている中、死神と知る面々は明らかにの行動に警戒していた。


「あたしはこの手の専門じゃありません。医術は使えるが期待はしないで頂きたい」

「ああ」


最初に事前に断りを入れ、八百造が頷いたのを確認し、は八百造へと手を伸ばす。片手を胸に、もう片方を支える様に、けれど触れずに背へと回しては僅かに目を細めた。










戻ル | 進ム

inserted by FC2 system