其の後、花太郎は蝮の治療にあたり、治療後は他の祓魔師達の看病を熱心に行ったという。同じく看病をしていた祓魔師達が花太郎の腕を絶賛していたのだ。あれほど花太郎を訝しんでいた面々も、ころりと掌を返し、感謝の言葉を口にしながら花太郎の背中を笑顔で叩けば、勢いが強すぎたのか受け身も取れずにすっ転んだ花太郎が顔を引き攣らせていたのを、は廊下の角から目撃していたのは秘密である。花太郎は夕刻には帰って行った。治療は粗方手伝ってもらった後で他に手伝える事は精々雑用程度で、あまり此方に長居しては向こうの業務に差し支えるからである。グリムジョーはいつの間にか居なくなっていた。何時彼方の世界に帰って行ったのか、誰も知らない。誰にも知らせず、誰にも見られず、姿を消したのだ。一夜が明け、志摩の発案により京都観光をする事になった面々は、虎屋の門前に各々が持参していた私服を着て集合していた。


「やっぱベタがええやろ…まずは金閣寺さんかいなあ?」

「なにゆーてんの志摩さんは。まず虎屋から近い東寺さんやろ!道順考えて目的地行かんと全部回られへんで!他ここは行きたいてとこあったら教ぇてや」

「わ、私!あんみつとかくずきりとか甘味が食べたいな…!」

「私は伏見稲荷。一度参ってみたかったから…」

「舞妓を紹介しろ!!」


笑みをぶら下げ無難な観光名所を上げた志摩を、スマートフォン片手に位置を確認し予定を組む子猫丸。次いでしえみ、出雲、宝が行きたい観光名所と欲求を申し出れば、今度は勢い良く燐が挙手をする。


「お・れ・は!!京都タワァー!!」

「言いよった」

「え、京都タワー!?京都他に見るとこあるよ?」

「ほらな」

「頼む!来る前から目ェつけてたんだーッ」


必死にせがむ燐に対し、勝呂は呆れ顔で、子猫丸は驚きが隠せない。京都に来てわざわざ京都タワーに行こうというのがレアなのだ。両手を合わせて頼み込む燐の隣で、勝呂は小さく息を吐く。


「サタンの息子たっての望みやし聞いてやりぃ。燃やされるで」

「!?俺まだそんな印象」

「わかりました…サタンの息子さんの仰せのままに…」

「子猫丸まで…」


勝呂に続き、子猫丸が合掌すれば、明らかに困り顔になる燐。燐には見えなかっただろう、傍に佇む勝呂がやけに優しい顔になっていた事を。


「勝呂」

「ん?」


不意に名を呼ばれ振り返った勝呂の頬に触れた冷たい手。驚愕に目を見開けば、其の間に其の手は温かい光を放ち、痛みが遠退いて消えていった。


「まだ治してなかったからね」

「お、おう…」


燐に殴られた頬は未だ赤く腫れたままで、其れを手早く鬼道で治癒したは、其れっきり勝呂を見る事は無かったが、勝呂は治った頬を手で覆いながら挙動不審そのもので、呆然とを見ていた。


さんは行きたいとこあらへんの?」

「抹茶が飲みたい」

「わかりました」


スマートフォンを巧みに操る子猫丸がに問えば、簡潔に告げたに頷き、再びスマートフォンの画面への視線を落とす。そんな子猫丸から離れ、ふらりとに近寄るピンク頭。


ちゃん、その私服可愛いなあ!センスええわあ」

「世話になってた神父が買ってきた服だけどね」

「えっ!」


服を褒めるという常套テクニックを笑顔で披露した志摩だが、生憎には通用せず、仏頂面の返事が返された。明らかに戸惑いを見せた志摩に、の私服はほぼ全てと言っても過言では無く獅郎が買い与えた物だと知っている燐と雪男は、志摩とのやり取りに隠れて小さく笑うのだ。其れからは子猫丸の考えたプランに沿って、各々が希望した場所や食事、京都なら外せない観光地を順に巡る。平日だからか其れ程、他の観光客は少なく、スムーズな観光だった。子猫丸の組んだ移動経路、順番も良かったのだろう。最後に一行が訪れたのは燐の希望した京都タワーで、高所から見渡せる京の景色をが眺めていれば、不意に声を掛けられ振り返る。刹那、カシャッ聞こえるシャッター音。


「盗撮で訴えるよ」

「えええ!殺生な!」


目の前に見えたのは志摩の私物であるスマートフォンで、何の了解もなく撮影された事が明白だった。写真が嫌いな訳では無いのだが、無許可な点が不服ではまるで汚物を見る様な目付きで志摩を蔑むのだ。


「ただの記念撮影やんか!」

「勝手な撮影は盗撮であり犯罪」

ちゃん写真撮ろーゆーても絶対断るやん」

「断るから無許可の撮影が許される訳じゃない」


志摩は眉を下げて言い訳を口にするが、蔑んだ瞳はより深く軽蔑の色を濃くさせ、最もなの言い分にしどろもどろになる。が、突如閃いた様に顔を明るくさせたと思えば今度は満面の笑みとなり、の隣に並ぶのだ。


「じゃあ一緒に写真撮ろーや!」


の肩を抱き、馴れた手付きでスマートフォンを構え、シャッターを押す。カシャッと聞こえる機械音、が有無を言う前に行われた素早い其れには呆れ顔で志摩を見た。


「良いなんて一言も言ってないけど」

「まあまあ、そー言わんといてぇや」


そう言ってへらへら笑う志摩は撮影したばかりの写真を見る。笑顔の志摩に対し、仏頂面のは何処と無く不機嫌にさえ見えたが、其れでも満足なのか志摩は至極機嫌が良く「これ待ち受けにしとこー!」なんて言って、早速ホーム画面に設定をするのだ。何から何まで同意を得る事なく行われ、最早言っても無駄だと確信したは溜息を吐いた後、後は固く口を閉ざすのである。


「志摩さん、さん!そろそろ行きますよ」


子猫丸の呼び掛けに2人して振り返れば、志摩は、もうそんな時間かぁ、と零し、は子猫丸の元へと向かえば後から早足で志摩が付いて来るのだ。全員が集まった所で最後にお土産屋に立ち寄り、燐はぬいぐるみに心を惹かれるものの値段を見た後に結局ストラップを買い、一行が京都タワーを後にしようとした時、其れは視界の中に入ってきた。


「みんな!あ…あのさ、頼みがあるんだ。俺、こんな奴だけどこれからみんなと…ここで一緒に撮ってもらってもいーかな!」


京都タワー展望記念、そう書かれた文字の前にあるのは京都タワーのイメージキャラクターのゆるキャラである。可愛いような、そうでも無いような、そんな微妙なキャラクターを指しながらやけに燐は目を輝かせていた。そんな燐を見やって面々は嫌がる様子は無く、各々で口を開くのだ。


「チッ、断ってサタンの息子に燃やされたらかなわんしなぁ」

「サタンの息子の命令ならしょーがないわね…」

「そんな遠慮がちにゆーても脅迫にしか聞かれへん」

「サタンの息子さんの仰せのままに…」

「まだそのネタひっぱってんの!?イジメ!?」


半泣きになりながら、面々の言葉に悲鳴にも近い叫びを上げる燐だが、勿論皆も本気で言っている訳では無いのだ。ぞろぞろと燐へと歩み寄り、ゆるキャラの前へと集まる。其の間に子猫丸は近くに居た従業員を呼び止め、持参していたデジカメを手渡し撮影を頼んでいた。


「いや、むしろそこ生かしてかんとー!折角のキャラがもったいないやん!」

「つーか、そこイチイチ許可取らんでもえーわ!」


勝呂が笑いながら燐の肩を優しく叩く。其の時の燐の表情を横目に見ていたは小さな微笑みを口元に浮かべ、中央前列に膝をついた燐の隣に座るしえみとは反対側に立てば、其の隣には宝が並んだ。


「じゃ、撮りますよー」


従業員がデジカメを構え、声を掛けた瞬間、背後が小声で何やら話し、もぞもぞと動く。何気なく後ろを振り返ったは、彼等のとるポーズを見ては、くすりと笑った。そんなの様子に気付いた燐が今度は振り返り、目をひん剥くのである。


「はいっ、チーズッ!」


響くシャッター音。撮られた写真には後列に並ぶ5人が決めたポーズは勿論の事、目をひん剥く燐と、くすりと笑ったの横顔がしっかりと収められていた。


「おい!!!まさかSATAN!?」


勝呂がS、出雲がA、子猫丸がT、志摩もA、そして雪男がNを身体を使って表現していたのだ。恥ずかしそうに皆がポーズを決める中、雪男だけが何故か無表情なのがまた面白い。京都観光は、そんな和やかな締めくくりであった。



















京都観光を終え、戻って来た虎屋。日の沈んだ夕刻は空を烏が飛び鳴く。そんな中、はとある一室の中央に佇んでおり、目の前にはにこにこと笑う虎子がいる。全ての始まりは厨房で夕食作りの手伝いをしていた所に虎子がやってき、此処へ呼び出されたのだ。


「やっぱ私の目に狂いは無かったわ!よー似合っとるわぁ」


そう褒めちぎる虎子には曖昧な笑みを浮かべた。此処は虎子の自室であり、桐箪笥の引き出しは幾つか開かれたままで、は虎子の着物を着せられていた。群青色がベースの赤い椿の咲く着物はとても繊細な柄の施しがあり、上品な仕上がりで、帯は金色がベースの菱文模様でとても華やかな物である。虎子は着物のみならず、の髪も後頭部で団子にして纏め、着物の柄と合わせるように赤い椿の簪を挿した。


「女将さん」

「この着物なぁ、まだ若い頃に買おたやつやねんけど、もう歳が歳やからこんな華やかなん着るのは勇気がいるんやわぁ。せやけど処分するんも勿体無いし、ずっと仕舞おてててんけど…まさか着物もまたこうして袖通されるとは思てへんかったやろなぁ」

「…女将さ」

「せやけどほんま似合うわあ!昔着物よく着てはったん?」

「…そうですね、着物しか着るものが無かったので」

「通りで立ち振る舞いが綺麗な訳やわ!せやけど着物しか着るもの無かったやねんて、えらい変わった御家庭やってんねぇ」


施された繊細な柄や、肌触りからして、高価な着物であるのは一目瞭然で、万が一にも汚してしまっては申し訳ないと虎子に着替えを訴えようとするが、知ってか知らずか虎子はに話す機会を与えず1人盛り上がるのである。困ったと小さく虎子に気付かれない様に息を吐いただが、更に困惑する事になるのだ。


「ほな皆に見せびらかせに行くで!」

「え」

「最初はやっぱお友達からやんなぁ」

「いや、あの」


が引き留めようとするが虎子はさっさと廊下に出てしまい、早く付いて着ぃ、と手招きするのだから、は渋々虎子の後を歩く。度々すれ違う顔見知りの虎屋の従業員達からは凝視されたり、似合ってるなぁ!なんてお言葉を貰いながら、虎子は歩みを止めず先を進む。


「ああ!竜士と猫ちゃんに廉造!丁度ええとこにおったわ!ちょお見てぇな!」


廊下の先で横切った三人を見つけ、素早く虎子が呼び掛け引き留める。振り返る三人は虎子を見、其の後ろを歩くを見れば、虎子はにやりと笑ってを己の前へと押し出すのだ。


「どおや、よう似合ってるやろ?」


露わになる着物姿のに、三人の目は丸くなる。結い上げた黒髪に映える赤い椿の花。華やかな着物も同じく椿をあしらったもので、金の帯がアクセントになり、とても上品で美しい。其れを一切駄目にせず完璧に着こなすに最早三人は言葉が出なかった。育った環境故に着物には慣れていたものの、此処まで美しく着物を着た人を見るのは初めてで、何も言葉が出なかったのだ。


「何やの、綺麗やなぁとか言われへんの?其れとも綺麗過ぎて何も言われへんか?」


目を見開いたまま何も言わない三人を見て、眉を顰めて虎子が零す。其れに見惚れていた事に気付いた勝呂は「お、おう…」なんて会話になっていない言葉を吐き、子猫丸は素直に「綺麗やなぁ」とはにかんだ。けれど志摩だけは何も言わず、をただ見開いた目で見つめているだけで、はそんな志摩を見る。


「………。」

「………。」


視線は合わさっているのに2人の間に会話は無い。すると自然と虎子や勝呂、子猫丸も口を閉ざし2人を、否、志摩の様子を窺うのだ。志摩が反応を示したのはもう暫く経ってからで、志摩はゆっくりと歩を進め、の目の前で立ち止まるとの両手を取って、優しく両手で包みこむ様に握る。


「今日俺と一夜を過ごしませんか」

「馬鹿じゃないの」


正に一蹴。真剣な表情で志摩が放った言葉は、そんなとんでもないものだった。コンマ1秒で斬り捨てたに、勝呂と子猫丸と虎子は呆れ顔で、虎子は「何ゆーてんの」と呟いた。


「ほな次行こか」

「何処行きますん?」

「こんな綺麗やねんから皆に見せびらかしたろ思ってなぁ」


何処か誇らしげにそう言った虎子に、志摩は顔を一変させる。強張った顔で大きく口を開いたのなら、廊下中に響くんではないかと思う程の声をあげるのだ。


「あかん!」


思わず其の場にいた全員が驚いて目を丸くさせる。誰かが声を上げる前に志摩は一気に捲し立てるのだ。


「あかんあかん!女将さん、もおええやん!ちゃん着替えさしたろ!ほら、ちゃんもはよ着替えたいやろ?」

「まあ」

「ほら!もう直ぐ飯やし、着物やと動き難いやろし汚してもーたらあかんやん!」

「別に私の着物やし、汚れても…」

「あーかーん!!ほら、さっさと着替えしてきて!」


借り物の高価な着物を着て彷徨くのはとしても出来れば避けたい事で、志摩の言い分に反対する理由が無く、志摩が言い出した言葉は驚きつつも頷けば、志摩は未だ納得していない虎子を言いくるめると、さっさと行けと言わんばかりに虎子の背中を押すのである。虎子は不思議そうに志摩を見るものの、女の勘を働かせたのか、にやりと笑みを浮かべるとに微笑んで「せやな、ほな部屋戻って着替えよか」と声を掛け、来た道を戻るのだ。着物を早く脱ぎたいとしても有り難い事なので其の後を追えば、虎子との居なくなった廊下で未だ立ち尽くす勝呂は、志摩に尋ねた。


「お前、いきなりどないしてん」

「そうですよ志摩さん、あんな必死なりはって」


勝呂に続き子猫丸が驚愕をそのままに戸惑いながら尋ねれば、二人に背を向けていた志摩が振り返り、横顔が見えた。其の横顔を見て、勝呂と子猫丸は察するのである。


「なんか他の人見られたくないやん」


そう言った志摩の頬は赤く色付いていた。










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