幾年の時が流れた。とは彼此数十年も会っていない。自分自身、現世には降りず虚圏に留まっているので当然といえば当然だった。会う事の無かった数十年は、自身に大きな変化をもたらした月日である。更なる強さを求めて仮面を外し死神の力を手に入れ、肉体は人間と同様の姿となった。藍染の下へと下り、指示に従い行動する日々。虚夜宮内を一人歩いていると正面から胡散臭い笑みを浮かべた男が歩いてくる。


「まさかと親しいとはね。ああ、別に叱っているわけじゃない。唯の世間話だ」


会話も無く擦れ違うかと思いきや、擦れ違った瞬間、耳を掠めた名前に思わず立ち止まり振り返る。すると藍染は酷く可笑しそうに笑みを深めた。嫌な笑みだった。嫌な予感しかしなかった。


「何を驚いている。彼女は死神、顔くらい合わせた事があるのは当然だろう」


藍染の言う事は最もなのだが、だからと言って易々と納得出来る訳がなかった。元々藍染の隊に所属していたのかは分からない。仮にそうだったとしても、違ったとしても、藍染が気にかける人物だとは思えないのだ。大人しく、影が薄く、ただ呼吸をしているだけで死んでいるも同然な死神。数十年前に会った時は未だ生を感じさせる瞳になってはいたが、基本的に其の印象は変わらない。何故藍染がの名を、そして会っていた事を知っているのか。尾行はされていなかった筈だった。


「“<ruby><rb>黒焔柳</rb><rp>(</rp><rt>こくえんやなぎ</rt><rp>)</rp></ruby>”。能力解放と共に斬魄刀全体から巨大な黒炎を発し、?熱系二番手の高い攻撃力を発揮する」


藍染は冷たい瞳を細め、ほくそ笑む。不気味な笑みを見るのは初めてでは無かったが、気味が悪く感じたのは初めてだった。何時から藍染は気付いていたのだろう。死神や虚の目を掻い潜って密かに会っていた事を。


「其れが彼女の斬魄刀だ」


嫌な予感が益々濃くなり、脳内に警告音を鳴らす。何故、の斬魄刀の名と能力を知っている。自分も知らない情報を、何故。


「彼女は臆病だ。戦いを避ける傾向がある。しかし其れが無くなった時、敵対する事になった時、其の力は我々の脅威になるとは思わないか?」


脳裏にの困った様に笑う顔が浮かぶ。


「脅威の芽は摘んでおくべきだ」


今の内に。そう呟いて背を向け去って行く藍染に何も言えず拳を握る。そして強く地面を蹴った。



















「…グリムジョー?」


久方の現世は以前に比べ少し景色が変わった様に思える。街並みに目を向けている暇は無かった。現世に居るかは分からない。僅かな望みをかけて降りた現世で探す霊圧。彼女は、居た。其の身の最速で感じ取った霊圧の元へ駆ける。目の前に突如現れた破面に素早く斬魄刀に手を掛けた彼女だったが、感じ取った霊圧に困惑しつつも名を呟き、柄から手を離すと、やはり困った様に笑うのだ。


「なんか変わったね」


最後に会った時は未だアジューカス級だった。破面となってからは一度も会っていないのだから、容姿の変化に驚くのは当然だろう。の浮かべた笑みの真意は、破面となり死神の脅威になる俺と敵対しなければならない事実に困ったのか、はたまた別の理由か。どんな理由であれ、何方でも良かった。そんな事は、今はどうだって良かったからだ。


「藍染がを狙ってる」


戦う為では無い。ずっと昔に救われた命の恩とも言える。忠告をしに来ただけだった。前置きも無く直球に要件を述べれば、は目を見開き言葉を失う。しかし直ぐに目を細めると口元に笑みを浮かべて瞳を閉じた。


「そっか」


まるで予測していたかの様な納得の早さだった。否、驚きを通り越してしまったのかもしれない。現世に比べれば尸魂界の方が未だ安全だろう。早く帰れ、と再度口を開こうとするが、先に言葉を発したのはの方だった。


「そっち側にいるんだね。藍染も、市丸も」


俺を見るは、俺では無く、俺越しに誰かを見ている様な気がして胸糞が悪かった。故に自然と持ち前の口の悪さが出る。口から出た声は酷く冷ややかだった。


「逃げろ」

「逃げないよ」

「死ぬかもしれねぇんだぞ」

「逃げたって一緒だよ」


の言い分は最もだった。尸魂界と言えど安全な場所では無い。此の世界に藍染の手が及ばぬ場所など無いだろう。藍染が其の気になれば何処までもを追い、其の首を確実に斬り落とすに違いない。けれど、けれど、沸き起こる感情を抑える事が出来なかった。


!!!」


の前で吼えたのは初めてだった。目を見開いたは素直に驚いている様で、俺は奥歯を噛み締める。藍染の下に居るが故に嫌でも理解させられる。己の力では藍染には遠く及ばない事を。


「お前を!!」


だから、負け犬さながら、ただ吼える事しか出来ないのだ。


「お前を殺すのは俺だ!!!」


死ぬな。死ぬな。奴に殺されるな。死ぬならば、殺されるのならば、俺の手で。俺の手で死ね。俺に殺されて死ね。


「分かった」


儚く、悲しげに微笑むを見るのは初めてで。余計に苛立ちが増した。



















「行かなくていいのかい?」


虚夜宮内を歩いている時だ。何処からか聞こえた藍染の声に足が止まる。声が聞こえたのは彼方からか。足音を立てず静かに近寄り、壁に背を預けて息を殺した。


「僕が行かんでも事は進むでしょ」

「最期くらい見届ける事が昔馴染みの優しさなんじゃないのかい」

「酷いこと言いますわ。僕の名前、勝手に使って誘き出すやなんて。恨まれるん僕ですよ?」


藍染と一緒に居るのは市丸らしい。何の話をしているのだろう。聞こえる会話は全く主旨が掴めない。会話に興味を無くし、其の場から離れようとした瞬間、凍り付くのだ。


「ギン。君がと馴染みで良かったよ。こうも簡単に処理出来るとは思っていなかった」


血の気が引く、というものを初めて体験した瞬間、足音を殺す事も忘れ、一目散に駆けた。唯闇雲に探す。彼女の霊圧を。現世に降り、手当たり次第駆け回り霊圧を探したが見当たらない。見つからない。次いで向かったのは流魂街だった。広い町だが、微かに感じた霊圧は他ならない彼女のもの。駆けて、駆けて、駆けて、漸く其処に辿り着くものの、もう其処には何も無かった。赤い血溜まりしか残っていなかった。


「お前を…殺すのは俺だ…ッ!!」


言葉ならない怒りの咆哮が周囲に木霊し、木々の葉が揺れた。


「勝手に…死ぬんじゃねぇ!!!」


土に染み込んだ赤に力一杯握った拳を叩き付ければ、衝撃に耐え切れず砕け散る地。視界の端を飛ぶ血で固まった砂。脳裏に過る、最後に見たの顔。初めて出会ったあの夜、色の無い双眼で自身を見下ろし踵を返した小さな背中が脳裏に焼き付いて離れなかった。










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