「それで結局朝まで飲むんですか?」 「勿論!」 「なら直ぐ其処に酒屋があるんで寄って行きましょうか。此の時間も開いてますし」 「いいですねー」 安室とを乗せた車は夜道を走る。移り変わる景色を眺めていれば、どうやら到着したらしい。酒屋の看板を掲げた店舗の前にある駐車場に車を停めたなら安室とは店内へと入るのである。見渡す限り、酒、酒、酒。既には大興奮だったのは勿論酒が好きということもあるが、これ程の品揃えの良い店は初めてで、何より商品の下に記載された値段が相場よりも格安だったからだ。マンションからも程近く、今後酒を買う時は此処に来ようと固く誓った。 「色んな種類ありますね!」 「ええ、好きなものを選んで下さい」 「安室さんは選ばないんですか?」 「僕はさんと同じものを飲みますよ」 「じゃーあー…日本酒とー、ビールとー、ジントニックとー、梅酒とー、ウイスキーとー」 籠を持って微笑む安室に意気揚々と陳列された商品を手に取っては籠に入れていく。そしては笑顔で安室に振り向くのだ。 「バーボン!」 手に取ったボトル、バーボンを籠の中へ。にこりと笑う安室はすっかり重くなった籠を物ともせずに歩き回るの後を追うのだ。 「良いですね」 「氷有ります?」 「買って行きましょうか」 籠に溢れんばかりに詰め込まれた酒の山。其の上に販売されている氷を乗せてレジへ。定員が商品の会計をしている間に鞄から財布を取り出せば、其れを止める様に上から手で抑えられる。言わずもがな安室の手だ。 「誘ったのあたしなんで、あたし出しますよ」 「いえ。女性に、しかも無職の方に払ってもらうのはちょっと」 「安室さん何気酷いですね」 鋭い刃物で胸を突き刺された様な感覚に涙目になる。今のには最も効果的な攻撃だった。そんなを尻目に笑って、さっさと支払いを済ませれば、袋に酒と氷を次々と入れていき再び車へ。車を走らせマンションに着けば、せめて持つくらいは、と思いが手を伸ばすものの、素早く攫う様に酒の詰め込まれた袋は全て安室の手の中に収まれば、結局は何もしないまま安室の後に付いて行くだけでエレベーターに乗り部屋へと向かうのだ。 「荷物置いてからそっち行きますね」 「その間に準備しておきます」 「お願いします!」 お互いの部屋の扉の前で一時的な別れをしてから、は自室へと入る。鞄をテーブルに置き、ストックしていた未開封のつまみを根こそぎ抱きかかえれば、リビングにあるタオルを捲って隣の部屋へ入室するのだ。 「お邪魔しまーす!」 「どうぞ」 「安室さんの口に合うか分かりませんけど、おつまみ持ってきました」 「ありがとうございます。あ、其れ僕も好きですよ」 「本当ですか?良かった!」 抱きかかえたつまみを見て笑う安室に安堵して、は酒と氷が置かれたローテーブルにつまみを置く。安室の部屋にあるテレビはの部屋とは違い大画面で、其の前にガラスのローテーブルがあり、二人掛けサイズのソファーがある。クリスの映画を見ながら晩酌。最高じゃないか。そんな事を思いながらは床に座り、今朝から置かれている位置が変わらないリモコンを手に取って途中で止めていた映画を再生するのだ。 「さん、何か割ります?水とお湯と炭酸水ならありますよ」 「ロック派なんで大丈夫です!」 分かりました、なんて言って安室はグラスを持って来れば、グラスはテーブルの上に置き、の斜め右に腰掛ける。互いにテーブルの上に並んだ数ある酒の中、最初の一杯を選んでグラスに注いだなら、はグラスを片手にわざとらしい咳払いをしてグラスを突き出すのだ。 「ではではー、これよりの無職可哀想の会を始めます。かんぱーい!」 「乾杯」 カラン、と音をたててぶつかるグラス。同時にグラスに口をつければ流れ込むアルコール。其れは喉を通過し胃に落ちて、体の内側から熱を感じた。 「だはーっ、身に染みるう」 「男の人みたいなことを言いますね」 「其処はオッサンみたいって素直に言わないんですね」 美味いー!と満面の笑みを浮かべて、ソファーに凭れ掛かり、頭を乗せる。目の前のテレビ画面ではクリスが演じるクリスティーナが不敵な笑みを浮かべている。思わず見惚れてしまうのは仕方がない。其れだけ彼女は綺麗だから。 「ああ…クリスになりたい」 「本当に好きなんですね」 「そりゃあもう!あたし写真集も持ってますよ」 クリスの出演した映画は全て見ているが、DVDを全て所持している訳では無い。其れでもファンだと言えるなら、は根っからのクリスのファンだ。リビングにおいてある本棚の中には過去、クリスが出した写真集を全て揃えている。何年経っても変わらない美貌、抜群のスタイル。色っぽい声。一日中見ていたって飽きないし、むしろ憧れの気持ちは強くなるばかりだ。 「会ってみたいですけど、会ったら失神するかも」 「それは大変だ」 画面の中のクリスを眺めながら、はグラスに口を付ける。アクションシーンのある此の映画は、今まさに激しいバトルシーンを映している。クリスの戦いっぷりは唯の演技には見えない様な身のこなしで、本当に強そうで、本当に敵を吹っ飛ばしているように見えるのだから、本当に大女優だ。 「安室さん」 「何ですか?」 「安室さんはあたしが怖くないんですか?」 の暴力は圧倒的だ。静雄程、沸点は低く無いので、ある程度は自制が効くが、一線を超えてしまうと気付いたら手や足が出ている。正当防衛だったとしても、過剰過ぎると判断されても可笑しくない様な其れは、大体目にした人を恐怖のどん底に落とすのだ。 「あたし、自分で言うのも何ですけど意外と怖がられるんですよ。大体みんな寄り付かなくなりますし」 “強い”なんて言葉じゃ収まらない程の強さ。暴力を人の型にしたかの様な。もしもが唯の人間であったなら、絶対に近寄らない。誰でも自分の身は大事なのだから。 「吃驚はしましたよ。でも怖いとは思いませんね。だってさんは無闇矢鱈に見境なく人を傷付けている訳じゃないじゃないですか」 「勿論です!むしろ暴力は好きじゃないです」 「だから怖くないですよ。そう思うさんだから僕はこうして隣に立って座れるんです」 そう言ってグラスを傾けてバーボンを飲む彼はとても絵になった。 「でも、強いて言うなら怒りをコントロール出来るようになれば良いですね」 「それなんですよね、こう、いつもカッとなっちゃって気付いたら手遅れなんです」 「少しずつで良いと思いますよ」 無差別に人を傷付けている訳じゃない。怒りや悲しみが人よりも強くて感じやすく、其れが過剰に行動として現れやすいだけ。誰だって感情的になる事がある。唯、は体質故に限度を軽々と超えてしまうのが問題なだけであって。は嬉しかった。怯えないで居てくれるだけで無く、理解してくれているのが。そして安室と共有する時間も。普通に話、笑って、酒を飲んで。まるで、まるで其れは。 「(普通の友達みたい)」 学生時代には少なからず居た友人。彼女らと過ごした時間は今過ごす時間と、とても酷似していた。卒業式を機に失った友人達、残った友人と呼べる存在は、彼彼女等には失礼だろうが平凡な人間と呼ぶには些か難しい様な人、又は妖精しか残っていない。唯の普通の人間の友人。嬉しくて、此の時間が楽しくて、幸せで、失いたくないと強く思うのだ。 「安室さん本当に良い人ですね、お隣さんが安室さんで良かったです。あたし23年生きてきた中で今一番感動してます」 「大袈裟ですよ」 「大袈裟じゃないですよ、とりあえずハグして良いですか?」 「ええ?」 此の感情をどう表現すれば、そう考えて出たのは海外では日常的に行なわれる所謂ハグ。グラス片手に両腕を広げたに戸惑う安室の返事を待たず、彼の腕に飛び込んだのなら、優しく彼の身体を抱き締めた。此の気持ちが伝われば良い。 「安室さんイケメンなだけでなく良い匂いもするんですね」 「唯の柔軟剤の匂いだと思いますよ」 「いや、絶対其れだけじゃないです。体臭もありますよ」 「体臭…なんだかその響きは微妙ですね」 「そうですか?」 安室がどう感じているかなんて分からない。其れでもは嬉しかった。友人の様に接してくれる彼が。いつまでもこうした関係で居たいと強く願う。おばさんになって、お婆ちゃんになっても、隣で笑って一緒に酒を飲んで、昔はこうだったね、なんて他愛の無い話をする。そんな穏やかな時間を、ずっと先の将来に夢を見るのだ。 |