今朝のニュースの天気予報では晴れだった。実際其の通りで晴天で、洗濯物が良く乾きそうな暖かな気温である。絶賛山の中の高速道路を走行する普通自動車は、他に車が居ない為に此の高速道路を貸し切っている様な錯覚をさせた。周囲は目に優しい緑が溢れ、硝子越しに差し込む陽気な日差し。最近話題の海外ゾンビドラマを徹夜して一気に見たにとって、此の状況はもう完全に眠りを誘っていると言っても過言では無い。


「いやぁ…悪いねぇ!!ベルツリー急行で散々な目に遭わせてしまった埋め合わせに…伊豆高原の別荘に招待してくれるとは!」


運転席でハンドルを操作する小五郎が上機嫌で言った。助手席にはコナン、後部座席に園子、蘭、が座り、小五郎の運転により此の車は現在園子の別荘へと向かっている。


「でも別に埋め合わせなんて良いのに…」

「って言うのは次いでで…実はテニスの特訓をしに行くのよ!」

「特訓って大会近かったっけ?」

「大会よりもビッグなイベントが舞い込んで来ちゃったんだから!兎に角これ見てよ!」


蘭の問いかけに取り出したスマートフォンを差し出す園子。蘭が其れを受け取り、が横から画面を覗き込めば顔立ちの整った色黒の男性と外国人男性がラケットを手に写っていた。


『園子さん、お元気ですか?最近自分は空手のトレーニングにテニスを取り入れておりまして…今度帰国した折には是非お手合わせして頂きたくビデオメールにした次第で…』

「わぁー!京極さんだ!!」

「園子ちゃんの彼氏?」

「まーね!」


頬を赤らめて自慢気に頷く園子は、京極と言うらしい彼氏の事が大好きらしい。


「何これ!テニスデートのお誘いじゃない!!」

「ラブラブだね、うわーいいな青春…」

「そーなのよ!2人っきりのテニスコートでラブラブよん」

「でも、それなら特訓しなくても…」

「馬鹿ね!私はテニス部員よ!!素人に簡単に捻られる訳にはいかないんだから!!」


蘭とと話している際は上機嫌な園子だが、前方、助手席からコナンが呆れ顔で特訓の必要性を問えば、表情は一変し園子は青筋を浮かべながら言う。小学生相手にそんなムキにならなくても、なんてが思ったのは内緒である。


「だったらテニス部の先輩とかに頼めば…」

「あーんな弱っちィ連中じゃ役に立たないわよ!」

「でも私もお父さんも園子に教える程うまくないよ?」

「其の点は大丈夫!ね!小五郎おじ様」

「おう!丁度良いスペシャルコーチをゲットしたからな!」


部活の先輩の事を酷評する園子に少々驚きつつも聞いていれば、どうやらコーチを別に準備しているらしい。となれば完全にや小五郎、蘭にコナンは遊びに行く様なもので、無料で別荘に泊まらせてもらえ、テニスも、テニス用品を所持していないには用品を此れまた無料で貸してくれるというのだから、逆に少し申し訳無くのだ。


「でもあたしまでお邪魔しても良かったのかな…」

「良いの良いの!ガキンチョから聞いたんだから!さんが八号車を切り離してくれてなかったら今頃どうなってたか分かんないし!」


お礼も兼ねてるんだから楽しんで、とウインク付きで言われて仕舞えば此れ以上は何も言い様が無く、は小さく照れ笑いをする。“暴力”に怯えられる事は多々あれど感謝される事は無いに等しいのだから。


「園子ちゃんはお金持ちなんだね」

「お金持ちって…おいおいちゃん知らねーのか?」

「え?」


別荘を所有し、他人の用品レンタル代まで肩代わりすると言う彼女は、実に裕福な家庭で育ったのだろう。絶賛金欠で苦しむからすれば、そんな家庭羨ましい限りで、いいなあと零して笑えば、バックミラー越しに小五郎がを見て呆れていたのだから、も戸惑う。すると助手席から顔を覗かせたコナンが、そんなにも分かる様に説明するのである。


「園子姉ちゃんは鈴木財閥の令嬢だよ」

「…嘘でしょ?」

「本当ですよ」

「鈴木財閥ってアレだよね?ベルツリー急行の…」

「そうよ、アレうちの」


困惑するに蘭は頷き、園子が肯定する。前を向けばコナンは真っ直ぐを見ており、小五郎は素知らぬ顔で運転に集中していた。嘘でも冗談でも無かった。


「お嬢様じゃん!!」

「そうよ」

「うわああ…あ、八号車壊してごめん…!」

「いいのいいの、アレくらい!さっきも言ったけど其のお陰でみんな無事なんだから寧ろ感謝してるのよ」


脳裏を過ぎったのは吹っ飛んで地面に落下し転がっていく蹴り飛ばした八号車。弁償なんて請求された所で払える訳もなく、勿論保険にも加入していない(むしろ此の場合は何保険が適用されるのかも分からない)は、未知なる金額に完全に血の気が引くのだが、流石天下の鈴木財閥のお嬢様と言うべきか、金銭感覚が違うのか片手を振りながら軽く笑い飛ばすのだから良かったものの、何だか胸がチクチクした。


「どうかしたの?」

「いや…なんて言うか…人って平等じゃないんだなぁって改めて思ってね…」

「あはは…」


微妙な顔をしたにいち早く気付いたコナンの問いに、何とも言えない感情を素直に吐き出しながら遠い目をしたにコナンは乾いた笑みを浮かべた。此の世に生まれた時から人は既に平等では無い。其れを今ダイレクトに体感した。


「それにさんとはもっと色々話してみたかったし。今日暇してくれてて良かった!」

「まあ…常に暇みたいなものだから…」


園子から向けられる熱い眼差しを、ひしひしの感じながら目を泳がす絶賛無職で求職活動中の貧乏人は今強烈に居心地が悪かったのは言うまでもない。忙しくなれるのであれば喜んで忙しい人生を歩みたいのだが、なかなか現実はそうはいかないのだ。なので徹夜でドラマを一気に見て、朝から遊びの誘いを受ければ応じる等、長期休暇中の学生の様なライフスタイルを送っているのだが、残念ながら十代ではない肉体は睡眠を欲していて元気であるとは言い難い。


「でもびっくりした。いきなりコナン君から電話来たんだから」

「えへへ。園子姉ちゃんが番号分かるなら掛けろって言うから」


ドラマを見終えた後、何とも言えないロス間と余韻浸りながら寝ようと布団に潜った時に鳴り響いた着信を知らせる黒電話の音。表示された番号は見覚えの無いもので、こんな朝から誰だ!非常識だぞ!なんて思いながら文句の一つや二つつけてやると意気込んで出た電話はコナンからの電話で「これから伊豆高原の別荘に遊びに行くから一緒に行かない?」と誘われたのだ。


「そう言えば、あたしコナン君に連絡先教えたっけ?」

「昴さんに教えてもらったんだ」

「昴さんに?」

「だっての姉ちゃん、ベルツリー急行で昴さん達と乗ってたんでしょ?だから当日合流する為にも連絡先は交換してるだろうなって」

「なるほど」


実際はベルツリー急行に乗る前では無く、帰って来た後で交換した(渡された番号をスマートフォンに登録した際、番号を知ってもらう為に一度電話を掛けただけで、他に連絡を取り合ったりは特に無い)のだが、結果的にはコナンの推理通り交換していたので小学生なのに凄い洞察力だな、なんて感心するのである。


さんの連絡先、私にも教えてよ」

「あ!私も知りたいです!」

「じゃあ交換しよっか」


その後、の連絡先は蘭と園子にも渡り、の数少ない電話帳には新たに2人の電話番号が登録された。



















別荘に到着し荷物を各部屋に持ち込んだ後、テニスを楽しむ為に動きやすい服装へと着替えた。テニスウェアなんて所有している訳が無いは、グレーのTシャツに黒のジャージのロングパンツという味気ない格好に着替えると別荘の玄関へと向かう。其処には桃色のテニスウェアを着た園子と、水色のワンピースタイプのテニスウェアを着た蘭に、やはりテニスウェアを其々着たコナンと小五郎が既に待っていた。


「みんなウェア持ってるんだね、コナン君も良く似合ってるよ!かっこいー!」

「ありがとう」

さんは…なんて言うか地味ね」


園子の目が頭の先から足の先までの装いを観察し、目を細める。明るい色合いの服装を着用する蘭や園子からすれば確かにの服装は地味以外の何でもないのだろう。


「せめてズボンくらいショートパンツ履いて足出せばいいのに!」

「現役女子高生の生足の横を歩けるほど綺麗な足じゃ無いから…!」

「何言ってんの!大して歳変わんないでしょー!」


べしべしと力強くの背中を叩きながらテニスコートへと歩き出した園子に苦笑をしながら追うと、笑いながら園子を宥める蘭。更に其の後ろをコナンと小五郎が続く。割と別荘からテニスコートは近いらしく、直ぐに見えたコートには既に他の客達が出入りしていて賑わっていた。


「さっき連絡があってな、もう着いてるらしいんだが…お!居た居た!おーい!こっちだ!」

「え?」


やたらと周囲を見渡して落ち着きの無い小五郎が、とある一点を見つめて大きく手を振り叫ぶ。其の方向を見やって、は思わず声を漏らすのだ。


「あの人って…」


続いて蘭が其の人物を見て呟くと、徐に其の人物は高くテニスボールを投げるとラケットを構えた。一定の高さまで上がったボールは重力に従って真っ直ぐと落下してくると、其れを勢い良く振り上げたラケットがボールを捉え、強烈なサーブが放たれる。ラケットを持っていたものの構える間も無くコナンの真横を黄色いボールが目にも留まらぬ速さで飛び抜けた。


「すっごーい安室さん!」

「ナダルみたい」

「いやぁ、中学の時以来ですからお恥ずかしい!」


安室を凝視して立ち尽くすコナンの隣に蘭、園子、小五郎が集まり、遅れてが続けばコートを越えて安室も近付いて来て女子高生組からは拍手が沸き起こった。


「ジュニアの大会で優勝したらしいってポアロの店長に聞いて驚いたよ!」

「まぁ其の直後に肩を痛めて、このサーブ数は打てないんですけど…教えるだけなら支障はありませんから…」

「よろしくお願いしまーす!」


小五郎が呼んだスペシャルコーチとは安室の事だったらしく、ポアロの店長から安室の事を聞いた小五郎が連絡をして頼んでいたらしい。頬を染めて園子が安室を見つめればら安室はにこりと笑い返した。


「でも大丈夫なんですか?体調を崩されたって聞きましたけど…」

「ちょっと夏風邪を引いただけですよ!週明けにはポアロのバイトにも復帰しますし…」

「夏風邪なんか引い」


蘭と安室の会話に引っ掛かりを覚えては無意識に口を挟む。と言うのも、隣人でしかも一部壁が貫通している事もあり、大体が互いの生活が筒抜けの状態なのだが、安室が咳や鼻水といった症状を患っているような様子は感じられなかったからである。しかも何だかんだ、ほぼ毎日顔顔を合わせているのだから気付かない筈が無く、唯々純粋に疑問で口にしたのだが、見間違いなのか安室に妙に圧のある笑顔でにっこりされ何となくは変な所で言葉を区切り口を噤んだ。そして気付くのである。あ、仮病か!と。そして激しく嫉妬するのである。仮病をしても余裕な暮らしが出来る事を。


「しかしギャラリー多いですね…」

「どっかのプロテニスプレイヤーが来たと勘違いしてんだよ…」

「いや、安室さんの美貌に惹き寄せられてるんですよ絶対…」

「ええ?まさか」


にこにこと笑みを絶やさない此の容姿端麗な男を何となく殴ってやりたい衝動に駆られたのは内緒である。天は二物を与えずという諺があるが、此れは間違いなく嘘だ。


「ではサーブから始めましょうか!」

「ボール危ないから下がってて!」

「いや、危ないのはボールじゃなくて…」


何処から集まってきたのか分からない程の沢山のギャラリー(スマートフォンを握りしめた女性陣)から園子へと視線を移し微笑んだ安室に、ラケットを抱えた園子が歩み寄り、コート内に居ると小五郎は速やかにコートの外へと移動を始め、蘭がコナンに声を掛けて外に出ようとした時だった。


「危ない!!」

「へ?」


表情を一変させてコナンに叫んだ安室。刹那、コナンの頭に勢い良く飛んできたラケットが直撃し、コナンは頭を抑えて倒れた。


「コ、コナン君!?」

「大丈夫!?」


青褪める蘭に、も血の気が引いて慌てて駆け寄れば、意識が遠退いているのか徐々に閉じていく双眼に、子供だし、頭だし、と嫌な予感ばかりが過って頭にカッと血が登り、感情のコントロールが効かなくなるのだ。


「このラケット誰の!!」


周囲の人々に向かって怒鳴れば、反応を示した女性を捉えてが拳を握り大股に一歩踏み出した瞬間、瞬時にが取る行動を素早く察知した安室が速やかにを羽交い締めして取り押さえた。









BACK | NEXT
inserted by FC2 system