女子全員の手によって作られた大量の冷やし中華は、あっという間に空腹の人間達の胃袋の中へと消えていった。汗ばむ様な高い気温では、冷たくあっさりとした味わいの麺はとても食べ易いのも理由の一つだろう。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「お粗末様でした」


洗剤で泡立てたスポンジで食器を洗っていれば、食器を下げてきてくれたらしい安室が素敵な言葉を笑顔と共に提供してくれた。そういう行動と感想を口にするのは大変ポイントが高いのを自覚した上でやっているのなら、この目の前の爽やかイケメンはとんだ策士である。


さんが料理をする所、初めて見ましたよ」

「あたしだって歴としたレディですから!料理くらい、ちょちょいのちょいですよ!」

「よく言うわよ、タレ作ってる時ありえない量の醤油入れたの私見てたんだから」

「それ言わない約束…」


安室から食器を受け取り、軽く水で流してから洗剤で洗う。其の間、他にする事が無いのかキッチンから離れずに話を振る安室に、汚れが落ちた食器に付いた泡を流しながらドヤ顔で言うを、鼻で笑いながら園子が口を挟むのだ。異常に醤油を入れ過ぎた所為で濃い所か辛くなったタレは琴音や蘭によって口に出来る味に修正されたものの、もしも料理上手な人間が居なかったら今頃昼食の冷やし中華はとんでもない事になっていたと言っても過言では無い。


「苦手なんですね、料理」

「安室さん基準で言うなら苦手な上に下手くそです」


泡を洗い流した食器を園子に渡せば、園子は手に持つタオルで食器を拭き、乾いた其れを琴音に渡せば琴音が食器棚へと其れを片付ける。あっという間に終わった片付けに濡れた手をタオルで拭きながらは肩を落として答えた。安室程の腕前となれば、の料理の腕は考えられないレベルだろう。そしてそんな時にリビングへと戻った来た蘭を見ては首を傾げるのだ。蘭の手の中には、二階で眠るコナンの分の冷やし中華が未だあったからである。


「コナン君まだ寝てた?」

「多分…返事が無かったんで…」

「じゃあ冷蔵庫に入れとこっか。起きた時に食べれるように」

「そうですね」


困った風に笑う蘭に「麺くっ付いちゃうかもだけど」と冷蔵庫の中の物を整理して皿一つ分入る程度のスペースを作れば、蘭は其処にコナン用の冷やし中華を入れて扉を閉めた。


「私これからシャワー浴びに行くけど、みんなどうする?」

「行きまーす!」

さんも一緒に行きません?」


片付けを終えた事で琴音が提案をすれば、直ぐさま頷く園子に、蘭がに視線をやって尋ねる。確かに夏という事もあって汗は掻いているし、シャワーを浴びたい気持ちはあるのだが、ちょっとした抵抗もあってははにかみながら頷けば、そんなに園子が呆れた様子で言うのだ。


「何照れてんのよ」

「いやあ…冷やし中華食べ過ぎちゃって下っ腹がちょっと…」

「そんなの誰も気にしないっつの!さ、行くわよー!」

「園子ったら!強引過ぎ!」

「ふふふ、仲が良いのね」


強引に連行するかの様にの背中を両手で押しながら進む園子に、園子を笑いながら後を追う蘭。下腹部を摩りながら照れ隠しをするを微笑ましそうに眺める琴音が廊下に出てバスルームまでの道を案内すれば、リビングに残る安室は「いってらっしゃい」と笑って見送った。


「タオルはあるし、石鹸もあるから自由に使って。クレンジングオイルもあるから」

「ありがとうございます」


此処よ、木製の扉を指して扉を開けた琴音に続き、中へと、園子、蘭の順に中へと入れば、其処は更衣室で正面には曇り硝子の扉があり、その向こうが浴室なのだろう。備え付けの棚には籠が用意されており、一番上の棚にはバスタオルが積み重ねられている。空の籠の中に着ていた服を脱いで入れていく琴音や園子、蘭に倣って、もTシャツを脱ぎ、ズボンに手を掛けた時だった。


さん…」

「え、何?」

「下着まで地味ってどういう事なわけ…」

「え…」


半眼で園子に呼ばれ、呆れた様子全開で言われればは言葉を失った。自身を見下ろせば小さくも大きくもない標準的大きさの胸を包むレースや柄も何も入っていない無地のグレーのブラジャー。ワンポイントとして中央に小さなリボンが付いてるだけの其れに、レースひらひらの豪華な下着を身に付けた園子が両手を腰にやりながらに詰め寄るのである。


「悪いけど、どういうつもりでそんな下着を買う気になるの?」

「や、安かったから…」

「しかも下着の上下がバラバラなんて有り得ない!!」

「ちょ、園子…!」


園子の視線が、脱ごうとズボンをずらした際に露わになったが現在着用している紺色の無地のパンツに向き、其れを指差しながら声を荒げれば、話題が話題だからか僅かに頬を赤く染めた蘭が慌てて園子を止めにかかる。因みに蘭の着用する下着は上下揃った薄桃色に白のレースをあしらった可愛らしいものだった。


「普段からちゃんとしてなくちゃ、いざって時に困るわよ!」

「いざって時がまず無いから…」

「そんなの分かんないじゃない!チャンスなんて突然来るものなのよ!」


完全には園子に押されており、止まらない園子に琴音と蘭は最早苦笑するしか無く、全員が下着も脱いで代わりにタオルを体に巻くと琴音が浴室へと繋がる扉を開けて全員が同時に浴室へと足を踏み入れる。浴槽に湯を張っておいてくれていたらしく、浴室は湯気が立ち込めていた。


「そんな女捨ててちゃ、安室さんみたいな超高級物件は落とせないわよ!」

「え!?」


先ずは体を流そうとシャワーのハンドルに手を掛け捻ろうとした瞬間、園子が落とした爆弾につい力加減を間違えてしまい不吉な破壊音が響く。刹那、不自然に訪れた沈黙に全員の視線がの手元へと落ちれば、の手には捻り潰されたハンドルが一つ。


「あ、あははは!ふ、古くなってたのかな!?」

「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

「あたしは大丈夫です!」


反射的にハンドルが壊れた原因は劣化であると上擦った声で偽り誤魔化せば、其れを信じた琴音が顔を真っ青にしてに駆け寄る。両手を振って問題無いと引き攣った笑顔で答えれば、怪我の無いの様子には酷く安心した様子を見せたのだから、は胸の痛みを感じ、胸の中で繰り返し呟くのだ。嘘を吐いてごめんなさい。あたしが壊しました。


「で、実際の所どうなのよ」

「それ私も気になる!」

「安室さんって、あの色黒の格好いい人よね?」

「そうです!」


幸いにもシャワーは二つ用意されており、無傷のシャワーを交互に使い回しながら、園子は逃がさないと言わんばかりに詰め寄り、は引き腰になって、琴音は安室の姿を脳裏に浮かべ、蘭が頷きながらシャワーで髪を濡らした。


「安室さんとは別に…普通の友達?だよ?」

「何で疑問形なんですか?」

「友達って感じでも無いような気がして…」


隣人で、其れ以外にと安室を表す言葉がには浮かばない。普通の隣人よりかは親しい方だとは思うものの、友達と呼べる程、プライベートで何処かへ一緒に行った事は無く、知人と称するには些か壁があるような気がして、兎に角、知人というのは少し抵抗があった。


「あんなイケメンが隣に住んでるのに何とも思わないわけ!?」

「イケメンだと思うけどね!思うけど…」

「けど?」


凄む園子に苦笑しながらは回ってきたシャワーで体を濡らした後、髪を濡らした。水分を吸って重くなった其れが、べったりと肌へと張り付くのを感じながら、そっと目を細めるのである。


「最早高嶺の花というか…」

「まあ…そうよね…」

「見てるだけで目の保養っていうか」

「そうね…」

「安室さん、テニスコートにいる時も凄い人気だったもんね」

「そう言えば人集りが出来てたわね、女の人の。アレって安室さん目当てのものだったのね」


の気持ちを十分過ぎる程に理解した園子は最早苦笑しか出来ず、蘭もシャンプーで髪を洗いながら昼前の光景を振り返りながら口にし、琴音も騒ぎには気付いていたらしく其れが安室に出来た人集りだったのだと知ると目を丸くして驚きを露わにするのだ。


「好きって気持ちは無いの?」


ジト目で詰め寄り尋ねる園子には眉を下げて笑いながら、シャワーを蘭に渡しシャンプーボトルを3プッシュして泡立てた。泡立った其れを髪に付けて更に泡立てて髪を洗い終えた頃には、泡を流し終えた蘭がシャワーを定位置に戻し、自身の髪を絞って水気を切っており、はシャワーをとって髪に付いた泡を流す。


「無いよ」

「うっそ!?無いの!?」


目をこれでもかとひん剥いての両肩を掴んだ園子に、はたじろぎながら誤魔化す様に笑うのだ。そして頭を抱えた園子は一歩後ろに下がると、まるで絶望したかの様に俯くのだ。


「信じらんない!こんな近くにあんなイケメンがいるのに…!」

「もしかして他に好きな人がいるとかですか?」

「付き合ってる人がいるとか?」

「どちらも無いでーす」


園子は完全に背中を向けてしまっていて、蘭と琴音がの恋愛事情について問うが、何方も無いは其れを笑いながら答えて髪を流した。汗臭かった髪が、ほんのりとローズの良い香りがして自然と気分は上がる。役目を果たしたシャワーを定位置に戻そうとして、止めては園子の顔に向けて掛けるのだ。突然襲って来た湯に息が出来ずに噎せた園子を腹の底から笑いながら、は今まで仕返しと言わんばかりに園子にシャワーを向けて言うのである。


「ほーら!早く体洗っちゃお!」

「わ、分かったから!自分で出来るから!」

「そう言わないで、お姉さんが手伝ってあげましょおおおおう!」

「きゃーーーー!!!」









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