「貴女がエリッサさんですか?」

「ああ!そうさ!」


布を捲り、中を覗いてきたのは白い帽子を被った屈強そうな色黒の男だった。一瞬にして走馬灯のようにの脳内にあの日の出来事がリプレイされる。自然と身体が強張り、強く強く己の身体を抱いた。色黒の男に今まで見たこと無いような笑みを浮かべてエリッサは駆け寄り、さあさあ、と男をの前へと誘導した。そして追い討ちを掛けるように色黒の男の耳元で「此の子だよ」と囁く。思わずゾクッとは身体を震わせた。一体なんだというのだ。は状況が把握出来ずエリッサと男を交互に見る。助けを求めるようにエリッサを見るも、エリッサは不気味な笑みを浮かべるだけだった。


「エリッサさんから連絡があってね。君を保護しに来たんだよ」

「保護…?」

「君の話はエリッサさんから全部聞いたよ。此処の環境は厳しいものがあるだろう?本当は一度此処に捨てられた人間は外に出られないんだけれどね、特別に私が外に連れ出してあげよう」


色黒の男が何を言っているのかが初めは理解出来ず呆然としていただが、その意味を理解したならば忽ちその表情に華が咲く。自然と姿勢も前のめりとなっていた。元の場所に帰れるわけではなかったが、この様な恐ろしい場所に永遠死ぬまで居るのは耐え難いものがあったのも事実である。はエリッサに飛びつかんばかり駆け寄った。


「エリッサさん、有難う御座います!あたし、なんてお礼をしたら…」

「いいんだよ…。アンタも辛かっただろうに。悪かったねぇ、こんな汚い所で生活させちまってさ」

「ううん…。凄く素敵な時間でした。エリッサさんにあの日拾われていなかったら、あたし…あの時に死んでいたかもしれない。本当に有難う御座います」

「よしとくれ、礼なんか言われ慣れちゃいないんだよ…。さあ、お行き」

「エリッサさん…!」


感動のあまり思わず涙が溢れ出そうになるのを堪え、はエリッサに抱きついた。強く強く抱きしめ、心の中で何度も感謝の言葉をかける。そういえば初めて出会った日も礼を言ってばかりだったなんて思い返しながら。色黒の男に行きますよ、と声を掛けられはゆっくりとエリッサから離れ深く深く頭を下げれば色黒の男に続き外へと出る。外にはもう一人男がおり、黒髪の彼も色黒の男同様に同じ白い帽子を被っていた。こうしてみれば二人は同じ格好をしていることに気が付いた。白い帽子に白い服、首元には青いスカーフ。白と青を基調とした同じデザインの服を着用する二人を見て、まるで制服みたいだと思った。


「あっちに舟を停めているんだ。案内するから付いて来てくれるかな」

「はいっ」


色黒の男はとてもにこやかでを緊張をいとも簡単に解く。も此方に来て初めて笑顔を見せた。ゆっくりと歩幅を合せるように歩き出す色黒の男にならい、も歩き出せば入れ違いに外で待っていた黒髪の男は中へと入って行く。黒髪の男の行動にさして気にも留めずはこれから向う安全な地へと胸を躍らせていた。しかしそんな高ぶる感情も一瞬にして醒めてしまう。


「冗談じゃないよ!!」

「エリッサさん…?」


突如聞こえてきたエリッサの怒鳴り声。それがの足を止める原因となるのに十分な理由となった。色黒の男はエリッサの怒鳴り声に気にも留めず、さあ、とを連れようと声を掛ける。しかしの足は其処に止まったままだ。


「異世界人を売ってやったんだよ!この価値が分からない程アンタの頭は馬鹿なのかい!えぇ!?ふざけるんじゃないよ!!世界中何処を探しても異世界人なんて他に出てきやしないんだよ!天竜人が欲しがらないわけが無い!!どうせ此の後ヒューマンショップに持って行って人間オークションにかけるつもりなんだろう!?もうちょっと報酬も弾んでもらいたいもんだね!!これだけしか寄越さないつもりなら異世界人は返してもらうよ!もっと高値で買ってくれる奴に売っぱらってやるわ!!」


怒涛に繰り出されるエリッサの罵声。は時が止まったかのように感じた。エリッサが黒髪の男に投げかけたと思われる言葉が、一体どういう意味だったのか。まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか頭の中をぐるぐるぐるぐる廻る。色黒の男が舌打ちを一つ零し、の肩を掴んで無理やり連れて行こうとすればは反射的にその手を振り払った。男に触れられるのは未だ身体も心も全てが許されなかったのだ。嫌な汗がの頬を伝う。その時、派手な音を立ててエリッサか沢山のコインが入っていると思われる膨らんだ巾着袋を片手に飛び出してきた。


「その手を放しな若造め!返せ!!それはあたしの金蔓だよ!!」

「エリッサさん…?」


血走った目でへと目一杯手を伸ばし掛けてくるエリッサから庇うようにの目の前に色黒の男が立つ。エリッサは直ぐに後から出てきた黒髪の男に腕を掴まれその場で拘束された。しかしエリッサは動じることはなかった。酷く興奮しているらしく、荒い息を繰り返し親の仇でも見るような目でを見ながら黒髪の男の手から逃れようと必死に抵抗しながらをに向かって吠える。


「あたしが!何の見返りも無くアンタの世話をしてやってたと思ってるのかい!?えぇ!?だとしたらアンタはとんだマヌケだよ!!アンタはこれから商品としてオークションに並び、天竜人にでも買われて一生奴隷として生き地獄を味わうのさ!!」


向けられた視線や、投げつけられた言葉が深く深くの心を抉る。エリッサは言いたい事を全て言ったとでも言うように満足げに高笑いをしていると黒髪の男は容赦なくエリッサの顔を殴り飛ばした。それには小さく悲鳴を上げる。殴られたエリッサは見事に吹っ飛び、瓦礫とも言えるゴミ山へと突っ込んだ。ぴくりとも動かず何も発さないエリッサにまさかとは青ざめる。


「来い!」

「っ、いや…っ!はなして!!」


強引に腕を掴まれ引かれ、必死に抵抗するもの抵抗は虚しくそのまま舟が停泊しているという海岸沿いに引き連られていく。そんな時だ、視界の隅に移ったモノ。昨夜海賊達に襲われていた女性が未だ其処で横になっていたのだ。顔中痣だらけにし、目を大きく見開いて口から泡を吹いた状態で。肌の色は真っ青で、よく見ればハエが飛んでいる。情報は其れだけで十分過ぎた。それだけで導き出される答えはたった一つしかなかった。瞬時に理解する、この女性は死んでいるのだと。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


は叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。喉が潰れんばかりに、潰れても構いやしないとでもいうようにひたすら叫んだ。掴まれた腕を振り回し、身体で声で持っている全てのものを使って抵抗する。酷くは恐怖していた。頭に響く声、酷く醜い感情が流れ込んでくる。とてもそれが五月蝿い。


「いやいやいやいやいやいや放して放して放して放して!!」

「チッ、五月蝿い餓鬼だな!」


あの爽やかな微笑みは一体何処へと消えてしまったのだろう。色黒の男は先程とはまるで別人のような顔つきになっていた。苛立ちから出て来たのであろう舌打ちには強く歯を食いしばる。


「(海賊は人を殺す…、この人達は自分のお金の為に人を売る…!)」

「何睨んでんだよ餓鬼!!」


強く恨むような目で睨みつければ、それが癇に障ったのだろう。色黒の男はの頬を拳で殴った。一応は手加減はしてくれていたのだろうが、それでも反動で地面に勢いよく倒れこむ。殴られた頬はジンジンと痛み、そっと手で触れれば熱を帯びていた。










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