ウィルの意識は突如浮上した。薄い布団に包まり、硬い床の上で眠っていたウィルは、瞳は閉じたまま聞き耳を立てる。がボトルを射貫いた後、船で夕食を取った二人は島に再び戻るのではなく船で就寝することにしたのだ。とは言うものの、実際はが断固として島での宿泊を拒んだからである。折角島に停泊するのだし、今まで宿に宿泊したことがないに気を利かせてウィルは提案したのだが、それの案は通ることは無かった。そしてこうして何時も通り、ウィルの寝室のベッドでは眠り、ウィルはリビングの床に布団を敷いて眠っていた。勿論、ウィル自身が久々にちゃんとした布団でゆっくり眠りたいという願望があって宿での宿泊を提案したわけではない、とウィルあくまで主張する。


「(………?)」


空には三日月が浮かび、月の光がゆらゆらと揺れる波を照らす。時計を見れば2時を回っていた。ウィルはすっかり覚醒していたが狸寝入りを続け、彼女が外へ出て行って行くまでじっと待つ。ウィルが目を覚ましたのはの足音だった。静かに、そしてゆっくりとした足取りはは寝室を出て、廊下を歩き、ウィルの眠るリビングを通り過ぎて甲板へと出て行った。が外へと出てから、ウィルは上半身を起き上がらせると暫く扉の向こうに居るの様子を窺うように耳に集中する。しかし何も音は聞こえない。ウィルは一度考え込むように間をおくと、意を決して布団を除けて立ち上がり、扉のドアノブを握った。静かにドアノブを回し、音を立てないようにゆっくりと押して開ければ、甲板の縁に両肘を付いて“グレイマン”を手の中で遊びながら海をぼんやりと眺めるの姿があった。


「…起こしちゃった?」

「いや。………何してんの?」

「…別に。ただ海を見てる」

「海を見るのに“それ”は必要か?」

「………。」


ウィルの問いかけには答えなかった。撫でるようにグレイマンに触れていた指もぴたりと止まる。ウィルは表情こそ何も変化は見せなかったが、意識をズボンのポケットへ向けた。其処にはウィルの愛銃であり相棒であるリボルバーが入っている。万が一、―――否、“グレイマン”が襲ってくるようなことがあれば引き金を引くこともあるかもしれないからだ。


「ウィル、どうしてこの銃は“グレイマン”と呼ばれるか知ってる?」

「さあ。知らないよ」

「グレイマン…この銃を最初に手にした人が、そう呼ばれていたそうよ。彼は瞬く間に連続殺人者として世界に恐怖と共に名を広めた」

「この世界には多くの海賊がいる。ただの殺人者が世界を震撼させるなんて新聞にすら載らなさそうだけど」

「彼は変わった人だったの。グレイマンは食人者だった。食事をする為に人間という食料を狩っていたそうよ。子供は甘くて美味、大人は深い味わい、老人は苦味や酸味が強かった。グレイマンはとても満足していたの。不味い“食事”は一つもなかった。全て其々の味があって全て美味だった」


ウィルは目を細める。銃を再び撫でながら恍惚と語る、その語り口はまるでグレイマン自身を知っているかのようで、あるいはグレイマン自身であるかのようにウィルには聞こえたのだ。ウィルはそっと右手のポケットに手を入れる。握った相棒は相変わらず冷たかった。


「ある日、グレイマンは食事中を取り押さえられて捕まった。彼の刑は死刑にすぐ決ったわ。世界中の人間が彼の死を望んだから。後に彼は本当に死刑となったそうよ」

「…俺はそんな話聞いた事無いよ」

「何百年も前の話だもの。それに、グレイマンの話は政府よって消されてしまったらしいから知らなくて当然。…グレイマンは悲しくて苦しかったの。彼はただ、食事をしていただけなのよ。それなのに周囲からは恐れられ、嫌われ、死を望まれ、殺されてしまった」


は銃をウィルに見せるかのように少し掲げてみせる。月の光に照らされた銃は鈍い色を放っていた。ウィルは静かに自身のポケットの中から相棒を取り出した。構えるわけでもなく、だらりと下ろしたままの銃だが其れがに見えていないわけではない。普段なら銃を取り出したことに危機感を感じても良いものだが、しかしは顔色一つ変えることはなく話す口も閉じることはなかった。


「この銃はグレイマンの愛銃。グレイマンの悲痛な想いをこの銃は引き継いでる。この銃を手にした人達が次々と亡くなるのは、グレイマンを想う銃が新たな持ち主を拒むから。銃は主をグレイマン以外に認めたくないから」

、もういい。やっぱり妖銃は手にするべきじゃなかったんだ。今すぐその銃を置いて、じゃないと俺はに引き金を引くことになる」

「殺す?」

「殺さない。痛い思いをさせるかもしれないけど…。俺だってに銃口は向けたくないさ。でもこのままが妖銃に取り憑かれて命を落すようなことになるくらいなら、少し痛い思いをさせてしまうかもしれないけど、その方がずっといい」

「物騒なこと言わないでよ。大丈夫よ」

「生憎全然大丈夫じゃなさそうに見えるな。…妖銃を置いて、

「置いたらウィルはこの銃を処分するでしょう?」

「勿論」

「なら答えはノー、よ」

「…もう取り憑かれてるのか」

「失礼なこと言わないでよ」


銃口をこちらに構えるウィルの表情は真剣そのものだった。しかしは怯えることもなく平然としており、しかも笑ったのだ。可笑しいことでも聴いた時かのように眉を下げて笑うにウィルは顔を顰める。ウィルは引き金に指をかけた。勿論ウィルが何も思わないわけがなかった。まだ短い付き合いだが、それでも今まで共に生活をしていた人物―――それも年下の非力な少女に銃口を向けるのは胸が痛む行為だ。その痛みに気付かないふりをして、真っ直ぐ銃口を向けた理由はを殺す為では勿論ないのだが、やはり胸が痛んで仕方がない。しかし悔やむ。ウィルは悔やんだ。あの時、何が何でも妖銃を手にすることを止めていればこんな事にはならなかったのに、と。


「ごめんな、

「ウィル、勘違いしてる」

「その妖銃を手放したら、も自分の状態が分かるよ」

「もう…。待ってってば」


今にも引き金を引かんとするウィルには深く深く溜息を吐く。そしてやれやれと肩を落すと右手に銃を持ち替え、あろうことかその銃口を自身の側頭部へと当てた。目を大きく見開くウィル。は綺麗に一度微笑むと迷うことなく引き金を引いた。










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