「まいったな」

「…ぜぇ、ぜぇ……」

「まさか此処まで酷いとは思わなかったなぁ」

「…ぜぇ…ぜぇ…、…」

「どうしよっか?」

「知るか……っ!!」


は近くに転がっていたワインボトルを引っ掴むと思いっきり其れをウィルへと投げつけた。まだ整わない息に肩が何度も上下し、口で呼吸を繰り返すの額には汗が浮かんでいる。島を出てから今日で丁度1ヶ月となる。出航してからはウィルの指導の下、あれから購入したオートマチックの拳銃と散弾銃の射撃修行に勤しんでいた。すぐに使いこなせるようにはなるだろうとウィルは踏んでいたのだが、実際の所が拳銃と散弾銃を扱えるようになるまで一週間かかった。曰く、グレイマンの時はグレイマンが銃の扱いを教えてくれたから直ぐに扱えるようになったのだと言う。つまりグレイマンの手助けがあった故の結果だったのだ。故に拳銃と散弾銃が扱えるようになった一週間というかかった時間こそが、実際のの実力なのだ。弾丸の軌道等は読めている為、構えや狙いこそは問題ないのだが、何せ発砲時の反動に身体が耐えきれないようで、どうしても銃口が浮いてしまうのである。それに慣れるまでにかかった一週間はにはとても長く感じられた。同時にグレイマンさまさまである。


「あたし、やっぱ接近戦無理…」

「うーん」


そして現在、拳銃と散弾銃を並程度には扱えるようになった所で、ウィルはに接近戦、つまり体術の修行をしようと提案したのだ。銃があれば大体の敵はあしらえるだろうが、銃が手元に無い場合、もしくは銃を奪われてしまった場合、戦う術を失うのは致命的である。よって護身術程度には身に付けておいた方が良いだろうと考え、もその提案には賛同し修行をすることにしたのだが―――根本的にには体力がなかった。


「あー…。まあ、絶対無理ってことはないんだけどさ?」

「あたしには無理としか思えない」

「まあ、体力向上はあんまり望めないかも。動体視力とか反射神経はマシにはなりそうなんだけど…」


ウィルは目を泳がせながら歯切れが悪そうに言うのだ。は甲板に座り込む。やっと息が整ってきたらしい。体力は鍛えればつきそうなものだが、何せ現在のの体力が異常に無い。無さ過ぎるが故に、どれだけ鍛えてもあまり効果は見られないかもしれないとウィルは感じていた。からすれば現代においてもあまり体力があるわけではないのだが、この世界の人間―――主にウィル等が体力があり過ぎるように見える。こんな化け物染みた体力、には到底つけれる自信がなかった。そして体力云々よりもウィルが頭を抱える点がにはあったのだ。


「痛がりすぎ。今迄怪我とかしたことないの?」

「転んでとかならあるけど…。喧嘩とかしたことない」


ウィルから見て、はそんなに痛くない事でも“とても痛がる”。ちょっと組み手をして、かなり加減はしたもののの腹部に入った拳には異常に痛がり座り込んだのは数十分前の話である。但し、からすれば普通の事だと思っていた。殴られれば勿論痛いし、痛くない拳なんて本当に赤子が叩く程度のものしかない。平和で争いの無い世界で暮らしてきたにとって、ウィルの痛くないというダメージは、とても痛いものだったのだ。


「…例えばさ」

「うん?」

「例外を省いて、あらゆる攻撃を無効化にする事が出来る実があったら食べる?ただし泳げなくなるけど」

「…ウィルの言ってる意味が分からないんだけど」


頭上にクエスチョンマークを浮かべて眉間に皺を寄せる。ウィルの言っている意味を理解出来ないからすれば、その内容はからかわれているようにしか聞こえないのだ。そんな都合の良い果物があるはずないのだから。ウィルは「怒らないでよ」と困ったように笑うと、を手招きし船室へ戻ることを促す。不思議に思いつつも、ウィルに続き、船室に戻ればウィルはリビングを通り過ぎ寝室(今となってはの部屋)にやって来た。ベットの隣に設置されている小さめの棚の上にはランプが置かれており、夜になれば丁度良い明かりを灯す。その棚の一番下の引き出しをウィルが開ければ、其処には丈夫そうな木の箱が仕舞われていた。


「悪魔の実は知ってるよな?」

「…知らない」

「…って誰もが知ってることも知らないこと多いよね」

「………。」

「ごめんごめん!えーっとな、悪魔の実って言うのは“海の悪魔の化身”って言われてる果実なんだ。一口でも齧れば特殊な能力が身に付く実で、ちなみに味は滅茶苦茶不味いらしい」

「ファンタジックな実ね。…どれくらい不味いの?」

「知り合いは吐いてた」

「うぇ…」


木箱を取り出し、ウィルはその箱をに向けると、見えるようにして箱の蓋を開ける。布の上に置かれた、半透明の円形のものが其処にあった。は思わず息を呑む。その“悪魔の実”と呼ばれる果実は透けていたのだ。


「す、透けてる…?」

「触ってみて。透けてるけど、ちゃんと感触もあって存在してるんだ。まあ、この実はちょっと特殊なんだけどね」

「特殊って…?」

「悪魔の実は種類があって、食べた実の種類によって得る能力が違うんだ。例えば炎…メラメラの実を食べれば炎を自在に操れる炎人間になる。この悪魔の実の種類は未だ未定」

「未だ無いってどういうこと?」

「大体悪魔の実っていうのは備わってる能力が決ってて実が生るんだけど、これは初めから未定のまま生るんだ。つまり、この実は何の実にでもなれるってこと」


ウィルは悪魔の実が入った木箱を棚の上に置き、沢山の本棚に並べられている本を眺める。目で背表紙の文字を追っていくと、とある本で止まった。その一冊を引き抜くと表表紙に記載されている本のタイトルを再度確認して、それをへと手渡す。


「これは過去に実在した悪魔の実の名前と能力が記された図鑑。もし、が悪魔の実を食べるつもりなら俺はそれでもいいと思ってる。図鑑を見れば分かるけど、ロギア系なら物理攻撃を受け流し無効化できるから相当強い奴が相手じゃない限り攻撃されてダメージは負うことはないし。けど、悪魔の実を食べたら最後、海に嫌われて一生カナヅチになるから良く考えた方がいい。しかも多分が想像している以上に不味いし」


海に嫌われ一生カナヅチになるということは、この海に囲まれ、海の上を移動するのにリスクが伴うということだ。海に落ちれば確実に溺死する、そう解釈していいのだろう。は静かに頷くと、一先ずウィルから図鑑を受け取った。表紙を開けば目次があり、初めは悪魔の実の概要等が記載され、次のページからはイラスト付きで能力について記されている。


「さっき、“例外を省いて”って言ってたけど、例外って言うのは?」

「絶対的な防御力を誇るロギア系でも対抗策はあるってこと。まあ、滅多に居ないからとりあえずは心配しなくていいと思う」


ちゃんと読んでいるわけではないが、さっと目を通した感じでは確かに種類は多いらしい。は図鑑を閉じるとウィルを見上げる。まるで今からが言おうとしていることを理解しているかのように、ウィルは頷いて笑顔を見せた。


「リスクは高いけど一番手っ取り早そうだし、でも直ぐ決めれることじゃないからちょっと図鑑を読み込んでからでもいい?」

「勿論。今日はもう図鑑読んどく?もう動き回る体力も集中力もないだろ?」


は図星を突かれ小さく笑った。やっぱり、そう零してウィルは歯を見せて笑う。時計を見れば割といい時間になっていて、ウィルは昼食の支度をすると言い残し寝室を出た。寝室に残ったはベッドに腰を下ろすと図鑑の目次からページを開き、黙々と読み始めた。










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