直ぐに帰ってくるから暫くこの島で待つように言われ、が島の宿で寝泊りする日々が今日で一週間目である。その間は開館から閉館まで、ずっと図書館に入り浸っていた。


「御嬢ちゃん、また来たのかい?」

「ええ。こんにちは」

「勉強熱心だねぇ」


本を読んでいると館長の老人が声を掛けてくる。それを笑顔で返すと老人は薄くなった頭を掻いて去って行った。すっかり館長とも顔見知りにまでなっていたは再び視線を本へと戻す。この世界は世界中に加盟国を持つ“世界政府”と呼ばれる国家組織によって統治されているらしい。世界政府は今から800年前に20人の王によって作られたらしく、その末裔を天竜人と呼び、天竜人は絶大な権力を所有しているそうだ。天竜人と言えば、は傍若無人な印象を抱いている。もし、あの日ウィルに助けられていなければ今頃はエリッサに売られ天竜人の奴隷になっていたのかもしれないのだ。エリッサは異世界人を天竜人が欲しがらないはずがないと言っていた。恐らく欲しいものは何でも金で手に入れ、奴隷のように扱う人々なのだろう。祖先がどれほど偉業を成し遂げたとしても、子孫が必ずもそうではないのだと感じた瞬間である。他にも海王類や巨人、魚人等、図鑑には記されていなかった悪魔の実の記載も少なからずあり、本から沢山の情報をは得ていた。ちなみに以前目にしたあのカタツムリは電伝虫と呼ばれるそうで、やはりこの世界での電話の役割にあるものらしい。現在読んでいる本は“うそつきノーランド”というタイトルの絵本である。このモデルとなった探検家は嘘をついた罪で処刑されてしまったらしく、嘘を吐いただけで処刑されてしまうのだから恐ろしい世界である。しかし、もしも本当に空島なるものが存在するのであれば一度行ってみたいと思う。絵本を読み終えると本を閉じ、ぐっと背筋を伸ばした。背骨の骨が鳴って気持ちが良い。同じ姿勢を長時間維持していた結果だった。


「次は…」


は絵本を元の場所に片付け、ぐるりと館内を見渡す。一週間、朝から晩まで情報収集を行っていた結果、は一般的な情報程度なら既に所有していた。元の世界に比べて異なる文化や常識が幾つもあったが、似ている点も幾つか見つけることが出来たのだ。名前は日本と同じで苗字に続き名前の順ではあるのだが皆漢字ではなく横文字の名前。警察の代わりにこの世界では海軍が活躍している。血液型はA型、B型、O型、AB型という表記の代わりにX型、F型、S型、XF型というものがあった。恐らく、AB型がXF型だとすれば、A型はX型でB型はF型。残りのO型がS型になるのだろう。しかしそれはあくまで推測の上でしかないの為、近々血液検査でも受けようと心に決めた。は新聞コーナーへと足を運ぶと過去一週間分の新聞を抜き取り席へと戻る。一番新しい日付けの新聞、以前読み損ねた新聞から目を通す。


「モンキー・D・ルフィ…。懸賞金1億ベリー!?」


思わず声を上げてしまい、咄嗟に口を押さえて辺りを見渡す。幸い、他に人は居らず、誰からも訝しげな視線を頂くことはなかったことに安心した。は再び視線を新聞へと戻す。以前一瞬だけ見たこの麦わら帽子を被った笑顔の少年は海賊でそれも1億の賞金が掛けられた犯罪者だったらしい。つい先日まで3000ベリーだったようだが今回1億ベリーに金額が引きあがったそうだ。少年の手配者の隣には、少年の船員と思われる目つきの悪い短髪の男が載っている。明らかに人相の悪い極悪人な風貌の彼に、麦わらの少年とどういう接点があり同じ船に乗っているのかが不思議で仕方が無い。もしかすると、この満面の笑顔の下には恐ろしい悪魔でも潜んでいるのだろうか。気を取り直して新聞を捲り、全ての記事に目を通して情報を頭に叩き込む。一週間分の新聞を全て読み終えた頃にはすっかり日も沈み始めており、窓から優しい朱色の光が差し込む。そんな時だ、ドアをノックするようなコツコツ、と控えめが音が聞こえてきたのは。は音に反応するかのように顔をあげる。一週間ぶりの顔がそこにあった。


「よっ」

「終わったの?」

「ああ。悪ぃ、仕事自体はすぐ終わったんだけどな?何せ移動に時間くっちまって」

「ううん。なかなか充実した楽しい一週間だったから」

って本好きなの?」

「別に。嫌いなわけでもないけどね」


は立ち上がり、テーブルの上に散らかしていた新聞を手に取ると、新聞コーナーの棚へ元通りに片付けていく。そんな姿にウィルは軽やかな音で口笛を吹いた。


「新聞読むんだ。偉いじゃん」

「子供扱いしないでよ」

「そんなつもりじゃないって。…気になる記事はあった?」

「んー…」


悩む素振りを見せながらもがウィルに新聞を翳すのは早かった。最初からその問いに悩みはなく、実際に気になった記事があって読んでいたのだろう。新聞の一面には大きくプリントされた麦わら帽子の少年の手配書があった。ウィルはそっと目を細めて呟くようにして言う。


「“麦わらのルフィ”か」

「ウィル知ってるの?」

「新聞よく読む奴なら知ってると思うぜ。最近勢いに乗ってるルーキーだからな」

「新聞読むの?」

「たまにな」

「偉いね」

「子供扱いすんなって」



新聞を片付けたがウィルへと歩み寄ると、ウィルも扉に凭れ掛かっていた身体を起こし歩みだす。向う先は一週間が宿泊していた宿だ。夕暮れ、二人は横に並んで島を歩く。すっかり島は静かになっており、立ち並ぶ民家に灯りが灯り、美味しそうな匂いが漂ってくる。


「どうする?今日も宿で一泊する?今から出航してもいいけど」

「どっちでも良いよ。でもお金勿体無いから出航してもいいかな」

「この島気に入ってるみたいだったからまだ長いしたいのかと思ってた」

「静かで良い島だもの」


宿に置いていた荷物一式を引取り会計を済ませる。荷物は全てウィルが持ち、は手ぶらでその後ろを歩いた。港に停泊している船が見えてくる。先にウィル、続いてが船に乗り込むとウィルは笑って言った。久々に見る、良い笑顔である。


「次の島な、人と待ち合わせてるんだ。に会わせてやりたくて。きっと気に入るぜ」

「人?どんな人なの?」

「それは会ってからのお楽しみ」


そう告げてウィルはさっさと船室へと荷物を運んでいった。甲板に残されたは一人首を傾げる。ウィルが待ち合わせているという、会わせたい人とはどんな人なのだろうか。結局、何度どんな人なのか問い詰めてもウィルは笑って流すだけだったのでは早々に聞きだすのを諦める。とりあえず、はその相手は女性なのだろうと推測した。蘇るのはゴルシル島で出会った女性、ジャスである。ウィルが決して女垂らしの類の人間ではないとは思ってはいるがウィルは女性によくモテる。島を歩けば大体の女性が振り返るのだ。きっと次に会う女性も、ボンキュッボンの女性に違いない。はそう疑わなかった。










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