暫しの航海の後、辿りついた島は活気のある明るく騒がしい島だった。真っ昼間にも係わらず、頬を赤く染めてジョッキを片手に路上の隅で輪になって乾杯している人も居り、は思わず目を丸くする。そんな様子を横目で見たのか、ウィルは小さく笑うと島へと歩き出した。その後をはぐれないようにも慌てて追う。


「ここは24時間宴会みたいなもんだからさ、楽しいぜ?日が暮れたら飲みに行くか」

「ウィルが飲みたいだけでしょ?」

「そうとも言う!あ、待ち合わせしてる所、この先なんだ」


自身が飲みに行きたい事を、あまりにも清々しく肯定するのでは責めるつもりも注意を促すことも出来ず曖昧に笑った。ウィルは酒好きだった。毎晩必ずワインボトルは3本は空けているし、其処に加えてビールであったり焼酎を飲んだり、特に何でも飲む。しかも顔に全く出ない為、何処が限界なのか、酔っているのかすら他人には判断がつかない。が今迄出会ってきた人間の中でダントツの酒豪であった。


「待ち合わせてる人、やっぱり女の人?」

「ん?なんで女って分かったんだ?」

「何となく」

「これが世に聞く女の勘か」


ウィルは心底驚いたらしく、目を大きく見開いてへと振り返った。からすれば、やはりか、という様な、そんな程度の考えだったのだが、見る見る内にウィルは青褪めていき、寒いわけでもないというのに両腕を両手で擦っている。何をそんなに怯えているのか。不思議に思い、問うてみると何でも以前、ウィルの同僚が彼女に内緒で別の女性と会ったらしく、その日の内に彼女に浮気がバレてしまったそうだ。その時、同僚が何故分かったのだと彼女に問うと、彼女は女の勘と言ったらしい。それ以来、ウィルの周りは女の勘は恐ろしいものであるという認識があるそうだ。


「な、なんだよ」

「いや…。別に…」


呆れた表情で見ていたことがバレたらしい、ウィルがおずおずと言えばは何も言う気になれず、そっと視線を逸らした。くだらない、そう思ったことは言わずに心の中にそっと仕舞っておこうと決めて。より一層沢山の建物が立ち並ぶ島の中心部まで来るとウィルは周囲を見渡す。習うようにも周囲に目をやるが、何せ待ち合わせている女性の顔を知らぬので何も意味がなく、只々島の雰囲気や行き交う人々を眺めるだけだった。


「ここら辺なんだけど…。………あ、居た!おーい!」

「え?何処?」

「あそこ!おーい!」


ウィルがそちらへ手を振りながら向っていく。未だにどの人が待ち合わせた相手なのか分からないでいたはウィルの後ろをそわそわしながら付いて行くだけだった。ウィルの呼びかけが聴こえたのか、長い髪の女性がこちらに振り返る。キリッとした瞳、揺れる長い桃色の髪、白い肌に長い手足と、出る所は出て、引き締まる所は引き締まった身体。頭の上にサングラスを乗せ、花柄のタンクトップに白のショートパンツ、足元には薄桃色の高いハイヒールを履いた美女が其処に居た。超絶美女がこちらに振り向いた瞬間、は思わず息を呑む。


「こいつはヒナ。一応俺の上司にあたる。ヒナ、こっちはだ」

「ヒナよ。よろしく」


思わず大きく口を開いたまま固まってしまう。その美貌に言葉を失ったのだ。暫しの間を置いて自己紹介されたのだと理解すれば慌てて名を名乗り、よろしく御願いしますと添えて頭を深く下げる。嗚呼、恥ずかしい。きっと間抜けな顔をしていただろう、それを見られた事によって込み上げてくる羞恥心に林檎の如く赤面したが。しかし、そんなの思いはウィルにもヒナと呼ばれた女性にも知られること無く、そもそも赤面している事すら気付かれることなくヒナは話し始めた。


「ウィルから話は聞いているわ」

「話ですか?」

「ええ。さ、行くわよ」

「え?え、えええ」


ヒナに腕を突然掴まれ引っ張られ、歩き出したヒナに、は転びそうになりながらも慌てて足を進めた。後ろを振り返れば笑顔で手を振るウィルの姿がある。一体全体どうなっているのかにはとても理解出来ず、何度も交互にウィルとヒナを見るが、ヒナはこちらに見向きもせず、ウィルに関しては直ぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。はヒナを見上げた。横顔すら美しい人だった。


「ヒ、ヒナさん!ウィルはいいんですか…?」

「彼は夜と合流よ。それまでは、わたくしと一緒に行動」


ヒナの言っている意味が、それでもうまく理解出来ずは戸惑いを隠しきれない。そんなの様子に気付き、ヒナは歩を進めていた足をピタリとその場で止めると掴んでいた腕も放してと真っ直ぐ正面から向き合った。そしてポケットから煙草とライターを取り出し、口に銜えて火を点ける。どうやら喫煙者だったらしく、は豆鉄砲を喰らった鳩のような気持ちになった。の中では喫煙者イコール不良という方程式が存在するからである。自身今まで学生だったこともあるだろう、身近に煙草を吸う人は髪を金髪に染めあげ、教師に反発し、制服も着崩して自分なりにアレンジして着用する人々ばかりだったのだ。野蛮なそういった類の人が好む者、それが煙草。そう思い込んでいたが故に、ヒナが喫煙者であることに驚きを隠せないで居たのだ。とヒナの間に紫煙が舞う。


「ウィルに言われたのよ。貴女の話はその時に聞いたわ。女同士の方が貴女も居易いだろうから、気晴らしに付き合ってやってくれないかってね」

「え?」


紫煙を吐きながらそう言ったヒナに、は呆然とした。まさかウィルがそんな風に気遣ってくれているとは思ってもみなかったからである。ウィルと生活する上で、は今迄不便だとか居心地が悪い等は感じた事は無い。それは恐らくウィルが気遣ってくれていたからだろう、今のように。ウィルの配慮が嬉しくないはずが無く、みるみる内に口角が緩み始めた。それを見てヒナは小さく微笑む。


「今日はショッピングでもしようかと思っているの」

「あ、あの!ヒナさん」


再び歩を進めようとしたヒナには慌てて声をかける。呼び止めたその声は意外と大きく、行き交う人々が反射的に振り返る。ヒナは少しばかり首を傾げ、また口から紫煙を吐き出した。そしてはヒナに問う。悪魔の実の能力者が上司に居るというウィルの所属する集団。そのウィルの上司にあたるというヒナも、必然的にその集団に所属する者なのは確実である。今度こそ明確な答えが帰って来るだろう、そう期待しては言葉を繋ぐ。


「ヒナさん、何のお仕事をされてるんですか?」

「…ウィルから聞いてなかったのかしら」


そう言ったヒナは心底不思議そうで眉が寄っている。何せヒナの所有している情報は、ウィルの弟子であり、後に立派な海兵になるという、ウィルから直接聴いたものだった。よって、ヒナの認識では“海兵になる為に現在ウィルの元で修行に励んでいる少女”なのである。何故今更になって職業を聴かれるのかがヒナには理解が出来ないでいた。そもそも、そのヒナの認識やウィルがヒナに話した内容も全て、ウィルの勘違いからのもので、自身海兵を目指して銃の扱い等の手解きを受けているわけではないの事も、それを現段階でヒナが知ることのないものだった。


「そうね…。正義のヒーローというところかしら」


だからこそ、ヒナはあえて冗談を言ってみる。普段ならば絶対に言わないであろう台詞を。別に正義のヒーローだと自身を思っているわけではなかったが、一般的に海軍とはそう思われるものだろう。しかし言ってみれば意外と恥ずかしいもので、徐々に己の頬が熱を持ち始めたことを感じる。自分のキャラではないことを冗談でも口にするとやはり照れてしまうようだ。ヒナは色付いた頬を隠すように顔を背ける。その後方で、は顔を歪ませていた。求めていた回答が返ってこなかったからである。


「(正義のヒーローの仕事って何…)」










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