目の前の光景には絶句した。反してその隣に立つヒナは変わらぬ表情で煙草を銜えている。人が避けるようにして近寄らない円形の空間の中心、其処が僅かにこの場に残った人達全員の視線の的だった。無論、とヒナの視線も其処である。既に意識を失い倒れた屈強そうな男達が山の様に積まれ、その上に悠々とした表情で腰掛けるウィルの姿がある。ナイフを軽く投げてくるくると回転させ、キャッチ。そんな動作を繰り返し、ナイフで弄ぶ姿は怪我一つ無い無傷である。周囲には放り投げ出された剣や銃が地面に転がっている事から見ても、戦いはウィルの圧勝だったのだろう。ふと、こちらに視線を向けたウィルはとヒナの姿を認識すると相変わらずの笑顔を浮かべて、片手を少し挙げた。
「よっ。買い物楽しんだ?」
「その様子じゃ大したことなかったみたいね」
「ああ。でかい騒ぎを起こしちまったみたいだな」
積み上げた海賊の山から腰を上げ、こちらに向ってくるウィルは弄んでいたナイフを地面に放り投げ捨てた。どうやらウィルのものではないらしい。ヒナに一つ笑みを零すと直ぐにウィルは視線をへと向けて満面の笑みを見せるが、の表情は硬かった。
「悪ぃ、怖い思いさせたな」
「…別に怖い思いなんてしてない」
「そっか」
言葉ではそう言ったものの、本当は少し怖かったのだ。海賊と聴いた瞬間から視野に入れるのさえ抵抗もあった。しかし、まるで子ども扱いするよう問うてきたウィルに、頷いてしまうのは何だか癪で、ついそっぽ向いて否定する。しかしウィルはお見通しだったらしく、可笑しそうに笑うのだ。
「どういう経緯があって、こうなったの?」
「いきなり声掛けられてさ、そのまま何か分かんねぇけどこうなった」
「全然理解出来ないわ。ヒナ不満」
「いや、だって本当に声掛けられただけなんだって」
不満そうに眉を寄せるヒナに、ウィルはへらへらと笑いながら答える。確かにウィルの説明はあまりにも言葉が足らず状況が全く把握出来ない。しかし追求しても返って来る回答は同じなのだろう、がそう考えているのと同様に、ヒナもそう感じたのか、それ以上は何も言わなかった。
「―――――っ、」
「?」
「どうしたの?」
の異変に気付き、ウィルに続いてヒナが声を掛ける。突如息を呑み、顔色は悪いは落ち着きが無かった。まるで何かを探すように周囲を見渡し、キョロキョロとする様子にウィルとヒナは首を傾げる。
「どうしたんだ?顔、真っ青だぞ」
「…聞こえないの?」
「何が聞こえるんだ?」
「ウィル」
聞こえないと言ったウィルを、まるで信じ難いものを見たかのような表情で見上げる。その状態は酷くなっていくばかりで、徐々に顔は下がっていき、すっかり顔も俯き気味だ。其処で逸早く状況の異変に気付いたヒナがウィルの肩を掴んだ。顔を上げ、ウィルが見たのはある一点を見据えたヒナの横顔である。、習うようにウィルも視線を其方へと向ければ、此処からは未だ距離があるものの明らかに島の観光客等ではない武器を手にした大柄な男達が多人数で歩いて来ていた。
「貴方が倒した海賊の仲間かしらね」
「だろうな。…ヒナ」
「分かってるわ」
ヒナはそっと目を伏せると、両手に下げていた紙袋を全て落すように地面に下ろす。バラバラ、音を立てて地面に横たわった紙袋を見ては顔を上げた。ヒナはフィルター近くなっていた煙草を最後に一吸いすると、それも地面に落として直ぐさまヒールで火を揉み消す。そして新たに煙草を一本取り出し銜えると火を点け、ズボンのポケットから取り出した黒い手袋を装着するのだ。
「、俺の傍から離れるなよ」
「え…、」
「大丈夫だ。絶対怪我させないし、ヒナも傍にいるから」
「ヒナさんも戦うの?」
逃げるものだと思っていた故に、まるで海賊を迎え撃たんばかりの姿勢の2人には戸惑いを隠しきれないでいた。ウィルは兎も角、ヒナは女なのだ。ウィルの上司だとは聴いてはいるが、女であることには変わりない。反して相手の海賊は皆が皆、鍛えているのかガタイも良く、其々が所持している武器も大振りなものが多く強そうだ。仲間をやられた所為か、海賊達の顔付きは怒りに満ちており冷静さの欠片もなさそうに窺える。は逃げるよう促そうと口を開くも、それは直ぐ近くまで来ていた海賊の男に遮られることとなった。
「てめぇが、銃騎士のウィルだな」
「そう呼ばれてるみたいだな」
「俺の仲間をよくもやってくれたな…。覚悟は出来てんだろうな!」
「覚悟なんかする必要あるか?」
「…っ、てめぇ…!!」
顔を真っ赤にし、怒りで鼻息の荒い海賊に可笑しそうに笑ったウィル。ウィルの笑顔すら、相手にとっては腹立たしいのだろう。海賊達は各々の武器を手に取り構え、今にも襲い掛かってきそうな状態だ。一人だけが青褪めている中、ウィルやヒナは動じた様子は見られず、ウィルは言葉を交わした海賊の男を指差すとヒナに振り向いた。
「さっきもこんな感じで襲い掛かってきたんだよ」
「ウィルが煽った原因だったのね。ヒナ理解」
「ごちゃごちゃ何言ってんだ!俺達に歯向かった事をあの世で後悔しやがれ!!」
まるで海賊達を恐れる様子も無く、相手にもしてないウィルとヒナの様子に、とうとう海賊達の怒りが爆発した。雄叫びを上げ、一斉に武器を振り翳して駆けて来るその姿は恐ろしい以外何者でもない。は思わず腰が抜け、その場に座り込むと強く買ったばかりの商品の入った紙袋を強く抱きしめ、ウィルとヒナの背中越しに迫り来る海賊達を見た。
「腹減ったなぁ。片付けたら飯にするか」
「夕食ならパスタがいいわ」
「おらあああああああああああ!!!」
悠長に夕食の話をするウィルとヒナに血走った目で武器を振り下ろす大男。思わず目を逸らそうとしただったが、それは未遂に終わった。その瞬間耳に響いた発砲音。よく見れば、ウィルがいつの間にか銃を引き抜いており、その銃口からは白い煙が噴いている。その目つきは先程までとは打って変わり、今迄が見たことがない程に研ぎ澄まされた目だった。大男は武器を取りこぼし、そのまま傾いて地面に倒れる。それからぴくりとも動く気配がないことから、既に意識はないのだろう。それを合図とでも言うように身動き一つ取らずに居たヒナが、襲い掛かってくる海賊達の方へと自ら進んでいった。一斉に振り下ろされる銀色に光る刃。思わずは目を見開き、叫び。
「ヒナさん!!!」
しかしその心配は杞憂に終わる。迫り来る刃を軽い身のこなしで避ければ、ヒナは両腕を真っ直ぐ地面に平行に伸ばした。その腕に圧し掛かるように海賊達の身体が触れた瞬間、有ろう事かヒナの腕が密着した海賊達の身体の線に添う様にぐにゃりと曲がったのだ。そしてそのまま男達は腕を通り過ぎ、密着していた曲がった腕は分裂して、まるで拘束器具のように海賊達の自由を奪う。黒いその得体の知れない何かに拘束された海賊達の表情は驚きに満ちており、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「おい!もしかしてコイツ…黒檻のヒナか!?」
「わたくしの体を通り過ぎる全てのものは“禁縛”される!!」
禁縛された海賊達は身動きが取れず地面に横たわったまま何とか逃げようと身体を捩る。ヒナにも異名があるらしく、その名を聞けば海賊達は揃いも揃って表情を一変させて後退った。堂々とした構えで煙草を噴かす姿は、とても様になっていて格好いい。先程の士気は一体何処へ行ったのだろうか。殆どの面子が既に戦意喪失しており、は呆然とヒナとウィルの背中を見た。これ程までに圧倒的強さを見せ付けられて、魅入られないはずがなかった。
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