それからは早かった。次々と海賊達はウィルに撃たれ、ヒナに禁縛され、地に倒れていく。あの多勢がすっかり減ってしまい、逃げ腰の海賊達に先程までの威勢は欠片も残ってはいなかった。


「(強い…!)」


目の前で繰り広げられている戦闘に喉を鳴らして唾を飲み込む。此処まで圧倒的な力の差を見せ付けられれば、最早逃げよう等と声を掛けることすら出来ない。決して海賊達が弱いわけではないのだ、あまりにもウィルとヒナに力が有り過ぎるだけなのだ。


「大体片付いたな」

「早く夕食にしましょう。ヒナ空腹」

「俺も腹減ってきたなぁ…。飯はパスタと酒の美味い店に決定!」

「ふっ、ふざけやがって…っ!!」


不意打ちを狙ってヒナに振り下ろされた剣。しかしまるで最初から分かっていたかのように剣をするりと避ければそのまま腕を突き出し、撓る。上半身を禁縛され、地面に傾いていく海賊の身体。続いてウィルの背後に忍び寄る影。しかし気付いていたのかウィルは横にずれ、そのまま振り向き様に膝蹴りを海賊の鳩尾へ打ち込めば、海賊は大きく目と口を開いてそのまま倒れた。


「威勢だけは一人前だな」

「何人束になっても、わたくし達には遠く及ばないわ」


向ってくる海賊達を次々と倒し、逃げ出そうとする海賊達はすぐさま捕らえる。誰一人其処に逃がすことなく、次々と伸していく姿はには輝いて見えた。


「生き残るのは…強者…」


ぽつりと零れた言葉は誰の耳にも届くことはなかっただろう。恍惚とした瞳で二人の背中を見つめる。強者、それは今の二人に相応しい言葉だった。あれ程に恐れていた海賊達も、二人からすれば只の虫けら同然なのだ。弱者だからこそ恐れる。強者が全てを支配出来る。


「(戦わなければ勝てない。勝たなければ死ぬだけ)」


呪いのように何度もそう心の中で繰り返し唱える。力を持てば誰も恐れる事はないのだ。


「(ウィルの言ってた通り…)」


怖いなら強くなればいいと、恐れるものがあるならば自分をを強くすればいいと、最初に教えてくれたのはウィルだった。あの時は深く考えもせず聞いていた台詞が、今になってその言葉の意味が理解出来る。


「危ない!!」


油断していたのだ。目の前の強者の背中を見て安心しきっていた。“絶対に大丈夫、安全”であると誤認していたのだ。そんな保障は何処にも存在しなかったのに。ウィルの焦った声でやっと気付く。背後にある一つの気配。顔だけを後方へと振り返れば、剣を振り上げた血走った目をした大柄な男が立っていた。日の光で反射する剣は酷く鋭利であるように見える。


「せめて一人だけでも…!!おらああぁぁああぁあ!!」


男が雄叫びと共に剣を振り下ろす。その気迫に血の気が引いた。恐怖からか身体に上手く力が入らず何も出来ず、完全に座り込んだ状態から起き上がれそうにない身体。只々振り下ろされた近付いてくる刃を真っ直ぐ見つめることしか出来なかった。


「しっかりしなさい」


酷くその声は耳によく通った。刹那、両腕と下半身を禁縛される男。振り下ろされた剣は手から零れ落ち、ではなく、その隣の地面に突き刺さった。ヒナが助けてくれなければ今頃この煌く刃に身を裂かれていたのだろう。考えるだけでも身震いする。


「ヒナさん…」

「貴女にはわたくし達が付いてる。触れさせたりなどしないわ」


ヒナは横目にそう言えば、また海賊達へと向って行く。少し離れた所ではウィルが安心したような、ほっとした顔をしていた。その緊張感の無い表情にヒナは小さく溜息を吐く。


「守ると言ったなら、しっかり守りなさい」

「悪ぃ…。さっさと終わらせるか」


困ったように眉を下げて笑ったウィルも、次の瞬間には意識を集中させ、凛々しい顔付きのものとなる。完全にスイッチが入ったらしい。それにヒナは薄く笑みを浮かべると再び残り少なくなった海賊達を見渡した。そして同時に二人は行動を起こす。先程よりも確実に速く、仕留めて行く二人。はその場から一歩も動けずにその成り行きを眺めていた。胸の動悸は徐々に大人しくなり、ふと隣に視線をやれば、其処には先程襲い掛かってきた海賊が意識なく倒れている。


「(…何も出来なかった)」


獲物はいつも肌に離さず持っている。しかし獲物を引くことも、そもそも獲物の存在すら頭に浮かんでこなかった。幾ら腕を磨いた所で、それが実践で活きなければ何の意味も無い。銃の腕はウィルからは褒められるし、自分で言うのも何だが決して下手ではないだろう。しかし、その技術は何の役にも立たなかった。自分の命が危ぶまれた瞬間でさえ、何も行動を起こせず、その先の未来を受け入れてしまうところだった。悔しくて悔しくて、自分が嫌で仕方が無くて奥歯を強く強く噛み締める。強く握った拳は指先は白くなり、爪が食い込んだ。その痛みすら感じない程には自身を悔やみ、怒っていた。


「(何の為に、ウィルに修行を付けて貰っていたのか分からないじゃない…!)」


ウィルと共にある事に甘えていたのだろう。名目は修行を付けて貰う為に船に乗った。けれどいつの間にか、修行よりも共にある事の方が重大な事になっていたのだ。ウィルと二人、気のままに海の上を航海して行くのを楽しんでいた自分に気が付いた。確かに憎いものが多く、苦しい世界に何度も心を圧し折られたが、それでも今でも此処に立っていられるのはウィルが居たからだ。誰も知っている人なんて居らず、皆が敵にしか見えなかった世界で、心を許せる人が出来たのがウィルだった。この世界で唯一無二がウィルなのだ。ウィルが居なければ自分は此の世界に生きてはいなかっただろう。ウィルが居なければグレイマンやローリー、ジャス、ヒナと出会うこともなかっただろう。ウィルが居たから、この卑劣で醜い世界も美しく見えたのだ。全てはウィルがいつも傍に居てくれたから。寂しい時、必ず傍に居てくれたからだ。


「ああぁぁぁぁああああああぁぁぁあああぁあああああああ!!!」


自分を奮い立たせるように声を上げ、勢い良く獲物を引き抜き構えた。震える手では銃口はぶれて仕方が無かったが、しっかりと両手にグレイマンを握る。銃口の先にはウィルと、その背後から斧を振りかざして迫る男の姿。


?」


の咆哮に反応し、こちらを振り向いたウィルは唖然としたような、驚いた表情をしていた。それもそうだろう、何せ自身の方へと銃口を向けているのだから。は浅い息を何度か繰り返す。小刻みに震える手は納まらない。そして完全にウィルがこちらに気を取られているその隙に、背後の男は大きく斧を振り被ったのだ。先に気付いたのはヒナで、ヒナは焦りの表情でウィルの方へと駆け出す。続いてウィルが異変に気付き視線を背後へと向けたが、既に斧は振り下ろされた後だった。刹那、は大きく目を見開く。


!撃ちなさい!!」


ヒナの声が遠くに聞こえた。全てが研ぎ澄まされていくような不思議な感覚が身体を支配する。全ての音が遠くに聞こえ、全ての物がスローモーションのようにゆっくりと見えた。激しく脈打っていた鼓動も、震えていた手もぴたりと止む。これが、覚悟なのだろうか。


!!!」


ヒナが叫んだ直後、響いた発砲音。ウィルは大きく目を見開く。そして続け様に聞こえた後方で何かを嘔吐する音。ゆっくりと振り返れば、口から血を流した男が焦点の合わない瞳で空を眺めていた。握っていた掌から斧が零れ落ち、重い音を立てて斧が地面に落ちれば、ゆっくりと男の身体も傾いていく。男の胸には鉛が貫通したような穴が開いており、ウィルは男を最後まで見届ける事無く視線をへと戻した。座り込んだまま、身動き一つ取らずに居たは、真っ直ぐと銃を構え、“的”であった男を見据えていた。その銃口からは僅かに白い煙が立ち込めており、誰からどう見ても男を撃ち抜いたのはであることは確実だった。


「おまえ…」

「…いつまでも、足手纏いじゃないんだから」


驚きを隠せないでいるウィルに、は視線を斜め下へと落としてそう言った。目を合せることが出来なかったのだ。の気持ちを悟ったのか、ウィルは優しげな微笑を浮かべてへと歩み寄る。残り僅かだった海賊達は既にヒナによって全て禁縛されて居た為、誰もウィルの歩を止める者は居なかった。


「ありがとな」

「………別に、」


思わず顔を上げれば微笑むウィルの顔が見える。射撃が苦手なわけでは決して無く、その的を射抜く技術には自信を持っていた。しかし今まではワインボトルや落ちる木の葉を射抜くだけで“人間”を的にしたのは初めてだった。人を殺したのは初めてだった。あまりにも呆気なく、簡単に消えた命。その呆気無さに恐怖する事ことは無かった。“あの男の心臓を撃ち抜く”そう決意して引き金を引いたのだ。殺すと決めて、殺した。だから恐れたり等しない。けれども、それでもやはり胸に何かが突っかかるのだ。底知れない何かが胸の中をぐるぐると蠢く。その何かが気持ち悪くて、何とも言えない違和感に襲われる。しかしそれもウィルの笑みを見れば一瞬で消えたのだ。あの時引き金を引いて男を殺していなければ、今こうして目の前にいる彼は居なかったのかもしれないから。


「(あたしより弱かったから死んだだけ)」


引き金を引いた事は、決して間違いじゃない。何故なら此の世界は強者が生き残る世界なのだから。


「強くなったな」


の胸にすとん、と落ちるウィルの言葉。先程の気まずさは瞬く間に消え去り、は小さく笑った。人を殺した、大罪であることは百も承知。けれど、目の前にあるこの笑顔が今も守られて、此処にある。それだけで、殺人を犯したこと等、どうだってよくなった。目の前の自分を瞳に移した純粋なる無垢な笑顔の前では、あの海賊の男の命など、ちっぽけなものにしか思えなかったのだ。










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