「―――、―――――!!」

「………、?」

「―――き、―――――っ―――!!」

「………ぅ、ん……?」

「起きろってば!!」

「……………ウ、ィル…?」

「もう昼だぜ?見送り損ねるぞ!」


強く肩を揺さぶられ、重たい瞼を何とか持ち上げれば見えたウィルの顔。しかし眠気には勝てず、布団に頭から潜ろうと動けば、その行動は先読みされていたらしい。ウィルの手によって布団を引っ剥がされてしまった。選択肢はもう起きるという一択しかなく、眠たい目を擦りながら上半身を起き上がらせた。少し頭が痛い気がする。


「…あれ、此処何処…?」

「此処はマスターの店の上、マスターの家だ。あの後俺達二人揃ってカウンターで寝ちまったらしくてな。マスターが泊めてってくれたんだよ」

「寝たっけ…?」

「寝たから此処にいるんだろ?それよりさっさと起きる!行っちまうぞ!」

「行くって?」

「ヒナ、休暇昨日迄だったんだよ。もうこの島を発つから、その見送り行くぞ。今はまだ港に居るからさ」

「うそ!?」


驚きのあまり一気に覚醒した頭。飛び起き、慌てて部屋を飛び出した。突如駆け出したにウィルも慌てて走り出す。階段を一気に下り、扉を開けば昨日居た店内へと出た。店はまだ開けていないらしく、グスタがモップを手に床を掃除している。は慌てて其処に立ち止まり、頭を勢い良く下げればグスタもに気が付き掃除していた手を止めて、を見る。顔を上げたとグスタの視線が交わった。


「グスタさん!すみません、布団借りてしまって」

「…そんなことは別にいい。それより早く行かねぇと出航しちまうぞ」

「はいっ」


再度深い御辞儀をすれば丁度ウィルが追いついてきたようで、ウィルが店の扉を開け放ち「急ぐぞ!」と駆け出すのだ。も慌てて外へと飛び出す。人と人との間を駆け続け、辿りついた港では一隻の舟をバックに佇むヒナの姿。は咄嗟に大声を上げた。


「ヒナさん!!」

「!………、酷い身なりよ。ヒナ驚愕」

「あっ!あ、えっと、その…寝起きで…」

ってばなかなか起きねぇから見送り損ねそーだったんだぜ!ヒナからも言ってやってくれよ!」

「ばっ、ちょ!ウィル黙ってよ!!」


寝癖もそのまま、顔も洗わず飛び出してきただけあり、その髪や顔は酷いものだった。ヒナに注意され初めて自身の状態に気付き、恥ずかしさに頬が赤くなる。手櫛で髪をなんとか整えようと何度も梳くが、これは水で濡らさなければ直らなさそうだ。それを可笑しそうに笑うウィルに余計に恥ずかしさが増しては声を荒げる。そんな二人にヒナはくすりと笑った。


「仲良さそうでよかったわ。…、見送り有難う。でもまた直ぐに会えるわ」

「本当にまた会えますか…?」

「勿論よ。また会う日までに、今よりももっともっと強くなりなさい」

「はいっ!!」


ヒナの言葉に強く返事をする。言われなくとも、そのつもりなのだ。ヒナは銜えた煙草を一吸いし、紫煙を吐き出せば今度は視線をウィルへと向ける。その表情はへと向けていたような笑みではなく、真剣なそれになっていた。


「彼には貴方達がこの島に居ることを伝えておくわ。この島に滞在し続けなくとも彼のことだから見付けられるでしょう」

「ああ、そうだな」

「彼って?」


突如出てきた“彼”という単語には首を傾げる。クエスチョンマークを頭上に浮かべるをヒナとウィルは口を閉ざして見つめれば、二人は視線を互いへと向け、ウィルが一度頷く。目の前で起きた二人のアイコンタクト。には全く何がどう話がついたのか分からないが、ヒナとウィルは分かり合っているようで、ウィルが「なぁ、」とに声を掛けた。


「昨日、ヒナと一緒に俺のとこ来ただろ?俺が倒した海賊の援軍が向って来てる時、“聞こえないの?”って聞いたよな?には何か聞こえてたのか?」

「何って…何か、こう、頭に響く音が聞こえた。話し声みたいな。…ウィル達は本当に聞こえなかったの?あんなにはっきり聞こえてたのに」

「俺達には何も聞こえなかった。正確には、多分それはにしか聞こえない音だったんだと思う」

「あたしにしか聞こえないって…」


生唾を飲み込み、は視線を落す。自分にしか聞こえない音など、不気味で仕方が無い。それにそれは凄く困る。例えるなら、霊感のある人が霊と人を判別出来ず異様な目で見られる、そういったよくある光景。皆に聞こえる音と、聞こえない音の区別がの中で出来るようにならない限り、自分がそういった異常者を見る目を向けられる日がくるかもしれないのだ。まるで只のヤバい奴じゃないか。そんなの考えを察したのか、否定するようにウィルは首を横に振って話を続ける。


、その能力を俺とヒナは“覇気”だと思ってる。…いや、確信してる」

「はき…?」

「そう、“覇気”だ。その能力は俺とヒナには無いから、にしか聞こえなかったんだ。覇気は皆が持ってる能力じゃないし、覇気の存在を知らない人も多い」

「なんで皆が持ってない能力があたしにあるの…?そもそも、覇気って何?」

「覇気は全世界、全ての人間に潜在する“意志の力”だ。例えば気配、気合、威圧とか…まぁ、そんな感覚と一緒。覇気の使い手は“覇気使い”と呼ばれる。覇気の習得は簡単じゃないから、大体の人は覇気は使えないし存在を知らない人も多い。けど、稀に生まれつき使えたり、何か強いショックで覚醒した人もいるらしい」

「…何か…、凄い能力っぽいね」

「凄いも何も、戦闘で圧倒的有利になる能力だぜ?んで、覇気には武装色、見聞色、覇王色の3種類の色がある。の覇気は見聞色で間違いないってのが俺とヒナの読み。見聞色の覇気は相手の気配をより強く感じる覇気だ。鍛錬すれば視界に入ってない遠くの相手の位置や数を把握することが出来るし、相手の動きを先読みすることも出来る。他にも相手の心や感情の動きを読み取ることも出来る。だからにはあの時、海賊の援軍が近付いて来てることが分かったんだ」

「でも、あたしそんな能力持ってなかったよ?鍛錬だってしてない」

「生まれつき持ってなかったんなら、何かのショックで覚醒したんだ。、いつからその“頭に響く音”が聞こえるようになったんだ?」


問われて口を噤み記憶を辿る。気付けば偶に聞こえるようになっていた音。初めは五月蝿くて気になって仕方が無かったが、暫くすれば慣れてきて只の雑音としか捉えなくなり気にすらしていなかった。最初に聞こえたのは、いつだったか。昨日が最初じゃない、その前から聞こえていた。ゴルシル島に上陸した時?いや、違う。あの島に着く前からだった。―――嗚呼、あの時だ。最初に聞こえた時のことを思い出しては口を開く。


「あの日…男達に連れて行かれそうになった日。海賊に殴り殺された女の人を見た時だったと思う。凄く五月蝿かった、気がする」

「…そのショックが覚醒の引き金になったってことだな」


確かにあの時、強烈な衝撃を受けたのを未だ鮮明に覚えている。あれがきっかけなのだと言われれば、成る程と納得してしまう。それほどのインパクトがあった出来事だったのだ。


「ちなみにだ、

「…ん?」

「前に説明した、悪魔の実のロギア系は“例外を除いてあらゆる物理攻撃を無効化する”って言っただろ?その例外の力が覇気だ。武装色の覇気は物理攻撃が効かな能力者の体も、実体として捉えることが出来る。だから弱点を突く以外は武装色の覇気が唯一の対抗策になる」


は思わず声を漏らした。あの時言っていた“例外”、無敵と思われたロギア系の能力に対して言ったウィルのその言葉がずっと何なのか気になっていた。とりあえず、よっぽど強い人と当らない限りは問題ないと言われていたが、成る程納得である。よっぽど強い人とは、すなわち覇気使いの事だったのだ。今日はよく納得する日である。


、わたくしはこれから仕事に戻るけれど、その道中で覇気使いに会って来るわ。その能力は使いこなせる様になっていた方がいい。貴女にその鍛錬をつけてくれるよう頼んでみる」

「え、いいんですか?」

「…ウィルだけじゃなくて、わたくしもの力に少しでもなりたいのよ。ヒナ本心」

「…ありがとうございます」


相変わらず時々よく分からない言葉の表現を使うヒナだが、それは意識して使っているのだろうか。其処の所はよく分からないが、とりあえず分かっている自分の事を思ってくれているヒナの気持ちが、痛い程に嬉しくて笑みが零れるた。それからヒナは青く広い海へと船を出していった。少しずつ遠く小さくなっていく船を、見えなくなるまで見つめていた。










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