その後なんとか誤解も解け、アイスも其々が食べ終わった頃に辿り着いた森の奥地。とウィルが横に並び、少しの距離を開けて対するように黄猿が立っている。「軽い腹ごしらえも済んだからね〜…。やろうかァ…」なんて言いながら首を傾け軽い準備運動の様なものをする黄猿の姿が、には妙に迫力を感じた。態度は相変わらず緩いものの、その纏う雰囲気が一瞬だけ引き締まったような気がしたのだ。


、黄猿さんの胸を撃ち抜いてみな」

「え?」

「言っただろ、ロギアだから平気だ」

「あ、そっか」


ロギアに対し物理攻撃は無効であることをすっかり忘れていた。否、そもそも黄猿が能力者であることを忘れていたのだ。服の下に隠し持っていたグレイマンを取り出し、真っ直ぐ銃口を黄猿に向ける。そして迷うことなく引き金を引けば、まるで其処に何もなかったかのように銃弾が通り抜けていった。銃弾が貫通した箇所は、きらきらと輝く何かで直ぐに塞がれ元通りになる。


「心臓一直線ねェ…。いい腕じゃァ、ないのォ〜〜」

「凄い…。これがロギアの実体のない身体…?」

「そう。でも今の銃弾にもし武装色の覇気を纏えていたら、弾丸は黄猿さんの心臓を撃ち抜いてジエンドだ」

「物理攻撃無効化だけがァ…ロギアの良い所じゃないよォ〜〜。例えばわっしの食べたピカピカの実ィ〜〜」


そう言って何やら腰を少し低くした黄猿。刹那、目の前に居たはずの黄猿が消え一瞬にして目の前に現れた。突然のことに小さく悲鳴の様な声を漏らし、は後退る。


「わっしはァ…体を光に変えれる“光人間”。光速で移動と攻撃が出来るよ〜〜」

「…最強じゃない…」

「それは思うよ」

「他にもォ…」


今の移動が光の速さの移動だったのだろう、その常人では不可能の移動の早さに驚きを隠せない。悪魔の実、その実を食べるだけでこれ程にも強力な力が手に入るのだ。続いて黄猿は指先を遠くに立つ大木へと向けた。その指先から突如光線が飛び出し、大木に当った瞬間、大爆発が起きる。爆音と爆風が起こりそれがその爆発の激しさを物語る。爆風に耐え切れずその場で尻餅を付けば、羽織ったコートを爆風に揺らしながら黄猿は言うのだ。


「手足の先からレーザー光線も出せちゃうんだよねェ〜〜〜」

「何この能力可笑しい人間技じゃない!!!」

「まあ、悪魔の実の能力者だからな」


たったその一言で片付けてしまうウィルには震えた。たった一言、それだけで片付けられるものなのか。悪魔の実の能力を軽視していた。実を食しただけで、これ程までに強大な力を得れるとは思っていなかった。レーザー光線を諸に受けた大木は灰色の煙を上げながら粉砕されており、その威力は凄まじいことが分かる。


「おめーもォ…、ピカピカの実にすれば同じ能力を使える様になるよォ〜〜」

「ピカピカの実凄くない!?」

「まあ、光だからな」


目の前で笑みを浮かべている男がとても大きく見えた。勿論背丈の問題もあるのだろうが、あの圧倒的威力を持つ能力に光の速さで移動可能な点、覇気を使われない限り無効化する物理攻撃。興奮が収まらなかった。自分が高揚しているのが分かる。この能力を、自分も得る手段を持っているからだ。興奮も高揚もしないはずがなかった。


「(この力さえあれば誰にも負けない…!)」

「その顔からしてェ…。ピカピカの実にするのが一番有力そうだねェ…」

「黄猿さん、どうせなら能力の技とか見せてあげて下さいよ。今後の参考にさ!」

「…ウィルの頼みじゃァ…仕方ないねェ〜〜」


ウィルの提案に頷いた黄猿はピカピカの能力から独自で編み出した技を披露してくれた。掌から鏡を作り出し、周囲の木々に反射させて光速移動を可能にする“八咫鏡”や、無数の光の弾丸を撃ち出す“八尺瓊勾玉”。光で剣を生み出す“天叢雲剣”。能力に技名を付けるのが一般的らしく、その由来は三種の神器から来ているのだと直ぐに分かった。全ての技を見終えた頃には周囲の木々や地面は酷い有様になっており、まるで其処に強力な爆弾でも放り投げられたかのようだった。それでも手加減してこの威力だと言うのだから驚く。途中、島の人間が騒ぎを聞きつけ、やって来ていたが、黄猿の顔を見るなり何も言わず慌てて直ぐに引き返して行った事があったが、それ以降、島人がやって来る事も、騒ぎが起きる事もなかった。流石に惨状に不味いのでは、とは不安に駆けられたが、それも「黄猿さんは有名な人だから問題ないよ」なんてウィルの一言で終わった。確かに此処に来る道中、行き交う人々が黄猿を見て騒いでいた事を思い出す。もしかすればウィルが言うように、この場に黄猿という名の知れた、多くの人々が認知している人物、権力者が居るだけで全て問題ないように思えてきた。


「この3つがァ…わっしの代表的な技になるよォ〜〜」

「参考になりました、有難う御座います」

「いいんだよォ〜。…同じピカピカの実にして食べたら御揃いの能力…仲良くしときたいしねェ〜〜」

「そうですね、ピカピカの実にする方向に結構傾いてます。見れば見る程、能力に魅力を感じましたし。…只、黄猿さんの能力を真似るみたいで少し申し訳ないですけど…」

「ん〜〜、気にすることないよォ〜〜。誰もパクったなんて思わないからねェ〜」

「そうそう、そんなこと気にしなくて良いんだって!むしろ黄猿さんの事だからみたいな若い女と同じ能力ってことに喜ぶぞ?」

「ウィルゥ〜〜…人をロリコンみたいに言うんじゃないよォ〜〜…」


能力をピカピカの実にする事に関して、浮かんでくる不安。それを素直に告げれば問題ないと笑う二人に安心を覚える。黄猿とウィルにそう言われてしまえば、無駄な気遣いだったかと小さく笑みが零れた。のそんな様子を見ていた黄猿は、口を噤み観察するかのように、じっとを見つめる。視線に気付いたも視線をそちらへ向ければ、黄猿は薄く笑みを浮かべた。


「さァて…。わっしはそろそろ帰るとしよっかねェ〜〜」

「島中に黄猿さんが居ること、知れ渡ってそうッスもんね。どやされますよ?」

「…覚悟して帰るよォ〜〜」


黄猿は本日“職務をサボって”この島に居るのだ。これから職場に戻るつもりなのだろうが、此処に居た事実は隠し切れはしないだろう。これから誰にどの様にして黄猿が叱られるか、ウィルには想像が付いているようで、彼の浮かべている笑みは悪い顔をしている。苦虫を潰したような顔で黄猿は頭を掻くと、踵を返し場を去ろうとしたが、ふとその足を止めて振り返る。その視線の先にはが居たおり、は不思議そうに小首を傾げた。


「さっきねェ…、異名が何故付いてるのかってェ…聞いたねェ〜〜?」

「黄猿さん知ってるんですか?」


思いも寄らない問いかけには目を丸くした。それは数時間も前に自分が投げかけた質問だったからだ。黄猿はの問いを肯定するように一度頷く。


「事の発端はァ…、ウィルはモテるからねェ、その女達への当て付けに男達がそう呼び始めたのが最初らしいよォ〜〜」

「俺への嫉妬が原因か」

「ウィル、ふざけないで。切実に。笑えないから」


げんなり、そんな表現が相応しい程には肩を落としてウィルに言うのだ。ウィルがモテることを知らない訳ではない。行動を共にしているのだ、訪れる島々でウィルがどんな風に周囲の女性から見られているか、それはが良く知っているつもりだった。


「まァ…。気を付けるんだねェ…。何もおめーの敵は妬む奴だけじゃァ、ないからねェ…」


それだけ言い残し、今度こそ黄猿はその場を去って行った。ゆらり、ゆらり。背中で揺れる正義の文字を、ぼんやりと眺めながら、その姿が見えなくなるまで見送る。残されたとウィルは、その意味深げな黄猿の残した言葉に暫くの間呆然としていた。


「…ねぇ。あれ、どういう意味なのかな?」

「さぁ?俺も良くわかんねぇ」



















一方、潮風に揺られながら海面を進む一隻の舟に一つの影。正義の文字が掲げられたコートを羽織る、黄色いスーツを実に纏った男―――黄猿は本部へと戻る航路に進む軍艦の甲板に一人立っていた。


「なァ〜〜〜んかァ…。臭うねェ…」


独り言だった。ぽつりと呟いた言葉は誰の耳に拾われること無く、潮風と共に消えていく。脳裏に思い浮かぶのは、あの黒髪の少女の事。このグランドライン、確かにロギアの能力者が多いとは言い難いが、それでも目にした事があっても可笑しくはないはずで、噂で聴く程度の事もあるはず。しかし自身が能力を見せた時の少女の反応は本当に“初めて知った”“初めて見た”と言うようなものだった。知識自体はあるのだが、何だかそのリアクションが他とは違う気がしたのだ。何とも言えない妙な違和感が黄猿の中で渦巻いていた。


「調べてみる価値ィ…あるかもしれないねェ〜…」










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