黄猿が去った後、ある程度の食料や消耗品を纏めて購入し、日が暮れる前にとウィルも島を出て、現在真っ青な海の上を航海していた。


「でもさぁ、まさかが覇気使いだとは思わなかったなぁ…」

「あたしだって知らなかった。前から何かよく音が聞こえるなぁとは思ってたけれど」

「あ。もしかしてさ、だから騒がしい島だと、島の宿に泊まるの嫌がってたのか?」

「…うん。静かな島なら平気なんだけど、何か賑やかな島だと偶に良く聞こえるから落ち着かなくって」

「落ち着けねぇなら寝れるもんも寝れねぇもんな」

「そんな感じ」


強い波も無く、穏やかな風が吹く海。あの島を出てから数日が経過するが、その数日はこうして時間ある限り、のんびりと過ごしていたとウィルは二人横に並んで甲板に大の字に寝転がり、雲一つ無い青空をぼんやりと眺めながら他愛ない話を続けていた。しかしそれが長く続かないのは、温かい陽気に眠気を誘われ、そのまま眠りについてしまうからだ。昨日も一昨日も、こんな天気の良い日で、二人は仲良く揃って甲板で寝てしまい、夜もなかなか眠れず遅くまで起きているような、乱れた生活リズムを着々と続けていた。そして今日もまた昼寝をしてしまい、夜遅くまで寝れなくなるのだろう。


さー…、やっぱ能力ピカピカの実にすんの?」

「んー…、そのつもりなんだけどね。駄目かな…?」

「いや…、駄目なことはないんだけどさ。何か覇気も使えてピカピカの実の能力者にまでなられたら、俺師匠なのに直ぐに弟子に追い抜かれちまうなーって思ってさぁ」

「何それ。銃の腕前はウィルに全然まだまだ遠く及ばないよ」

「銃の扱いまで抜かれたら俺の立場無いって」

「立場無くしてあげようか?」

「出来るもんならやってみなって」


そして二人は顔を合せ、同時に噴き出す。楽しげな笑い声が甲板に響き、和やかな空気が流れる。は上半身を起き上がらせると、未だ寝転んだままのウィルを見下ろした。ウィルは、ん?と首を傾げ、そんな姿には目を細め口角を少し吊り上げる。


「(ずっと一緒に居たいって言ったら…、どんな顔するのかな)」


瞳を閉じて、ウィルと出会った頃の事を思い出す。最初こそ警戒していたが、今となれば何故あの時あんなにも恐れていたのかと思う。こんなにも優しい人、他にはそう居ないのに。此の世界に来たばかりの時は、地獄としか思えなかった日々だったが、こうしてウィルと過ごす時間は地獄とは程遠い。保身的になり過ぎていた自分につい笑ってしまった。


「(何だか…幸せだなぁ…)」

?」

「…ううん。何でもないの」


が漏らした笑みを不思議そうに見て、上半身を起き上がらせたウィルには顔を横に振って笑って誤魔化した。幸せだと感じて笑ってしまった、なんて素直に理由を言ってしまったら変な顔をされるに決っているし、自身も恥ずかしくて到底言えそうに無かった。そんな時、自分の身体に細長い影がかかった事に気付き、は俯いていた顔を上げる。すると其処には妙に真面目な顔をしたウィルが右手をの頬へと手を伸ばしていた所だ。刹那、は大きく目を見開き、身体を強張らせる。そんなの反応にウィルも気付けば、手がの頬に触れる前にピタリと動きを止めた。


「………、」

「………ウ、ウィル…、」

「………いや、悪ぃ」


中途半端な所で手を止めたウィルに、おずおずとが声を掛ければ、ウィルはくしゃりと眉を下げて寂しげに笑い直ぐさま手を引っ込める。先程のあの楽しげな雰囲気は何処へ消えてしまったのか、何とも言えない気まずい空気が甲板を吹き抜ける。そしてウィルが勢い良く甲板に顔を叩きつけられた。ウィルの顔は甲板に減り込む。









「…え?」









勢い良く顔面を叩きつけられた所為で、甲板は少し陥没し、木の破片が飛び散る。まるで一瞬、時が止まったかのように強烈な衝撃を受けたはその場から一歩も動けず呆然と座っていた。そして、何故か其処に白いズボンを履いた二本の足がある事に気付く。の足でも、ウィルの足でもない、誰かの足。ゆっくりと辿るように足から視線を上に上げていけば、大柄な男性が立っていた。


「ってぇ…。ちょっとガープさん!!いきなり殴ることないだろ!?」

「馬鹿者!!好いた女子が目の前におって手を出さんと謝るとは何事じゃ!!この腰抜けが!!!」

「別にそんなんじゃなねぇよ!!勝手な想像すんなよ!!」


突然言い合いになる両者には入る隙間もなく呆然と二人を見ていた。ウィルは頭に付いた木屑等を払い落としながら立ち上がり、今にも取っ組み合いに発展しそうな二人。ウィルを突如殴りつけ、甲板を凹ましたのは黄猿よりも年配の男だった。しかし年配とは言えど、その肉付きからしてかなり身体を鍛え込んでいるのが見受けられる。顔に傷があることや、肩に羽織っているのが黄猿と同じコートであることからして、は直ぐにこの男もウィルや黄猿と同じ組織に加入する人物なのだろうと確信した。


「そもそも俺を殴りに来たんじゃないんだろ!?何で殴るんだよ!!」

「確かにわしはお前を殴る為に来たわけじゃないが、あんな男らしくない姿を目にして黙ってられるかァ!!!」

「意味わかんねぇよ!!!」

「わかるわァ!!!」

「わかるか!!!」


胸倉を掴み合い、怒鳴りあう二人を見て、子供のするような喧嘩だとは思った。もうこの際どちらでも良いじゃないか、場が納まるなら。そう思いつつも干渉はせず、傍観を決め込み黙って様子を窺っていれば、ふと視線がウィルと合う。ウィルは暫く黙り何かを言いかけようと何度か口をパクパクと動かすが、結局噤んで唸ると、顔を上げて溜息を一つ零した。


「わかった。もう、それでいいから。…で、ヒナに言われてに鍛錬をつけに来てくれたんだろ?」

「そうじゃ。…お前がか?」


ふと双方の視線を受け、咄嗟に背筋をピンと伸ばす。ヒナに頼まれて鍛錬をつけに来たという台詞に少し前の記憶が蘇る。そして真っ直ぐ男を見ると、問いに答えるように頷きながら言った。


「はい、と言います。あの、鍛錬ってことは貴方が覇気の扱いを教えて下さるんですか?」

「そうじゃ、わしに任せておけ!じゃが…わしの修行は厳しいぞ」

「頑張ります」


姿勢を但し、宜しく御願いしますと頭を下げれば男は顎を撫でながら、ふむ、と頷く。そして肘で突くように隣に立つウィルを小突けば、にたりと口角を吊り上げて笑うのだ。


「良い子じゃないか、ウィル」

「…そのニヤついた顔やめろよ」

「では、。これから暫くの間、わしが覇気の扱いを教えよう。わしはモンキー・D・ガープ。好きに呼べい!」


どーん、そんな効果音が似合いそうな立ち振る舞いで男、ガープはに言った。仁王立ちでそう言い放ったガープはとても力強く一瞬圧倒されるが、直ぐ其の後に浮かべられた無垢な笑顔につられて笑みを零す。そして覚えた違和感。


「(何かこの笑顔…、見覚えがあるような…?)」

「よし、では早速始めるぞ!」

「え?」

「今からすんのかよ!」


突如、肩を慣らしながら始めようと切り出したガープには酷く驚いた。まさか今この瞬間から始めるとは思わなかったからだ。せめて近くの島に上陸してからになると思っていたので、これほど予想外の事は無い。ウィルも同様に島に上陸してからだと思っていたようで、すぐさまガープに突っ込みを入れている。


「なんじゃ、何か問題でもあるのか?」

「別に問題って程の事じゃねぇスけど、船壊したら弁償して下さいよ」

「わしがそんなヘマをすると思っとるんか!」

「さっき甲板へこましただろ!」

「ありゃあ、わしじゃない!ウィルの顔がへこましたんじゃ!!」

「アンタが殴るからへこんだんだろ!!」


そして再び胸倉を掴み合い言い争う二人。仲が悪いことはないのだろうが、普段からこんな感じなのだろうか。上司と部下という上下関係ではあるものの、親しい間柄のようにも見えるのだが、今目の前で起きている怒鳴り合いを見ていると結局どちらなのかが良く分からなかった。暫く争い続け、話が纏まったのだろう、ガープはウィルの胸倉を掴む手を放すとへと向き直り一つ咳払いをする。


「覇気を使いこなすには長く厳しい鍛錬が必要じゃ。一刻も早く始めた方が良かろう。覇気の説明と種類じゃが…説明は必要か?」

「いえ、説明は以前ウィルにしてもらったんで大丈夫です」

「なら説明は省略するが…。ヒナに聞いた話じゃと見聞色の覇気しか聞いとらんが、武装色の覇気は使えるか?」

「多分…使えないと思います。使ったことないと思いますし、」

「まぁ、何にせよ一応確認はしておくか」


拳を握ってみせるガープを見て、は慌てて立ち上がりガープの目の前に立つ。そして修行は始まった。










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