「覇気は見聞色に片寄っとるようじゃな。見聞色はコントロールが初めてにしては良くコントロールが出来ている方じゃが…」

「…ぜぇ、ぜぇ……っ、……はぁ…、」

「武装色はかなり苦手なようじゃな」


が大の字になって地面に仰向けの形で倒れこんでいた。大粒の汗を幾つも浮かべ、荒い呼吸で大きく肩や胸を上下させる。宣言通り、ガープの修行はとても厳しく過酷で、毎日の修行はガープにより、とても緻密なスケジュールに組まれていた。例えるなら数週間で運転免許が取れる合宿みたいなものだ。


「…帰りたくなったか?」

「…いえ、続けます…っ、」


震える膝を手で押さえつけ何とか立ち上がると、また意識を集中させて修行に打ち込む。ガープとの修行は24時間フル稼働で、もう今日で一ヶ月目となっていた。そろそろ身体の限界を感じながらも必死の思いでは覇気を練る。事の始まりは一ヶ月前の事だった―――――。



















「此処なら存分に暴れれるじゃろう」


ガープが現れたその日、船の上で一通り覇気を披露するが結局修行を今迄一度もしたことが無かった為、見聞色の覇気は作動したり作動し無かったりと不安定なもので、武装色の覇気に関しては纏うことすら出来ずに終わった。一先ずの実力を現状把握したガープは、懐からエターナルポースを取り出しウィルへと投げつけ、船を其処に向わすよう指示したのだ。それからは特にこれといった鍛錬をすることなく他愛ない話をしながら、その指針の指す島に着くのをのんびりと待った。島を走らせ二日が経った頃、辿り着いた島は人の居なさそうな緑が生い茂ったジャングルのような場所だった。


「こんなとこで修行するんスか」

「そうじゃ。此処でわしとは修行を行う」

「…ん?」


ガープの物言いに違和感を感じてウィルは首を傾げる。そのガープの言い方はまるでとガープだけの話で、ウィルは組み込まれていないような物言いだったのだ。ガープはウィルの反応を見ると肯定するように頷く。


「そうじゃ。この島にわしとだけが残って修行に打ち込む。ウィル、お前は一先ず六ヶ月後に此の島に来い」

「半年?長すぎだろ!?しかも何で俺だけ仲間外れ?」

「半年でも短すぎるぐらいじゃ!それに覇気の使えん奴がおっても仕方なかろう」


ガープは豪快に笑ってウィルにそう言えば、ウィルは青筋を浮かべ今にも愛銃を引き抜かんばかりの顔だ。は顔を引き攣らせ、慌ててウィルとガープの間に割って入る。こうして仲裁に入らなければ二人の喧嘩はなかなか収まらないのだ。


「ほら、あたしもウィルが居ると甘えちゃうから、ちょっと一人で真剣に頑張ってみたいし」

「………。何かされたらちゃんと言えよ」

「六ヶ月後、ちゃんと言うよ」

「………。じゃあ六ヶ月後、来るからな」

「うん」


渋りつつも、ウィルは何とか承諾するとガープを最後に一度見て、船へと一人戻って行き船を出した。少しずつ遠くなっていく船を、ガープと並んで浜辺で見送る。ああ、行ってしまった。半年間離れるだけだというのに、妙な喪失感がの中で渦巻く。しかし修行を付け覇気を身に付けることを望んだのはなのだ。気持ちを入れなおし、仕切りなおすようにはガープを見る。ガープは歯を見せて笑った。


「やるか」

「はいっ」



















そして始まった修行漬けの日々。起きてる間は常にガープの監視の下、修行が行われ、食事は全てジャングルの中から調達後、調理と言うサバイバル感満載なものだった。風呂なんてものが存在するわけも無く、それでも汗を掻けば入浴はしたいもので、浜辺に打ち上げられていたドラム缶を海水を真水にしたものを溜めて、自分で火をつけ暖めて何とか手作り感のある浴槽で入浴を済ましていた。今迄の人生では体験したことの無い窮屈な浴槽だったが、それでも有るだけマシだと思うと有り難く思えた。寝ている間だけが気が休めるかと思っていたが、寝ている間でも気を引き締めて、周囲を警戒していなければ、ガープの投げた石を顔面で受けることになり痛い思いをすることになる。覇気の修行だけでなく、根本的な身体能力の面でもガープは修行を付けてくれていたのだが、今迄運動らしい運動すら殆どしてこなかったは既にかなり限界に近い所にいた。休んでも休んでも身体は回復せず、周りを警戒し過ぎて眠れず寝不足の日々が積み重なる。そして冒頭の様に修行中に倒れてしまう事が日に日に増えてき、その度にガープが少しの休憩時間を与えてくれるのだが、それが無性には申し訳なかった。元々組まれていたスケジュールには食事と入浴時以外は休憩無しだったのだ。仕方無いとはいえ、自分の不甲斐なさに申し訳なくなる。


「(とてもじゃないけど六ヶ月じゃ足りない)」


六ヶ月、すなわち半年。それはガープがこの島で修行を付けると決めた期間だ。この調子で残りの日数を鍛錬しても、とても使いこなせるような気がしない。焦りが余計にの精神を追い詰めていった。


「少し休憩じゃ」

「え、…大丈夫です!出来ますっ」

「そうじゃない。ちょいとわしが休憩したいんじゃ」


夕暮れ時、徐々に空が黒に染まり始めた頃、突然のガープの発言に思わず上擦った声が出る。見放された、そんな言葉で頭を殴りつけられたような気分だった。慌ててガープに詰め寄り、修行の続行を訴えるがガープは手を横に振って近くの倒れた木の幹に座り込む。まるで付き合え、とでも言うかのようにガープが腰を下ろした隣を叩くと、は戸惑いながらも控えめに隣に腰掛けた。居心地の悪さを感じながら、気を紛らわす為には目の前の焚き火を食い入る様に見る。パチパチと音を立てて火花を飛ばし、燃える炎。暫しの沈黙が二人の間に流れ、先に口を開いたのはガープだった。


「焦る必要はないぞ。六ヶ月程度で習得できるようなもんじゃない」

「…気付いてたんですね」

「わしが何年生きとると思っとるんじゃ、それぐらい分かるわい」


ガープは豪快に笑って見せた。己の情けなさを咎められると思っていた故に、ガープの口から出た言葉にほんの少しだけ安堵する。幾つになっても、怒られるのは苦手なのだ。


「六ヶ月じゃどれ程才能溢れる者でも到底習得など出来ん。わしも六ヶ月で習得まで漕ぎ着けるつもりもないんじゃ」

「じゃあ…この六ヶ月は何処までが目標なんですか?」


素直にその言葉に疑問を感じた。では何の為の六ヶ月なのだろうか、は首を傾げる。六ヶ月だと期間を取り決めたのは、きっと何か理由があるはずで、この組まれたスケジュールも何となくで決められたのではなく、明確な目標があって、それを六ヶ月でマスター出来るよう組まれているようには感じていたのだ。


「基礎以外他ならん。基盤さえある程度作ってしまえば、あとは自分でも鍛錬は可能じゃ。わしとてウィルのように常に傍で教えて行く訳にはいかんからの…。この六ヶ月で覇気の基礎を身に付け、これから一人でも行えるような鍛錬を身を持って覚えることが、この六ヶ月の課題になる」


は納得する。確かに基礎さえ何とか出来ていれば、あとは自力で何とかなると思ったのだ。数学にしても、公式さえ覚えれば後は応用を利かせれば難しい問題も解けないことはない。六ヶ月で覇気を習得するのは確かに酷だ。しかし基礎だけだとなると、この詰め込まれたスケジュールをこなせば六ヶ月後、もしかすれば可能なのかもしれない。ガープの言い分は確かに納得がいくものだったが、それでもが相変わらず強張った顔付きから変わらぬのは、だからと言って不安が拭える訳ではなかったからである。


「どうした?浮かない顔じゃな。大丈夫、自信を持たんか。わしを信じよ」


歯を見せて笑うその姿に、全てを包み込むような包容力を感じた。根拠は無いが、此の人はとても真っ直ぐで優しい人なのだろうと思った。手を差し出せば迷わず握ってくれるような、温かい人に見えたのだ。


「もしくは…もう一つ手がある」

「?」

「ウィルを捨てて、今すぐわしの部下となり、わしの元で修行を継続させるかじゃな!」


ガープが卑しい笑みを浮かべてに言えば、は一瞬の間を置いてクスクスと笑った。にやり、そんな表現が似合う笑みで言われてしまえば、笑いも納まらない。此の瞬間、漸く肩に入っていた力が取れ、緊張も解れた。恐らくガープはの緊張を和らげる為に、あえて冗談を言ったのだろう。笑いが納まった頃、は優しげな微笑みを浮かべてガープに言う。


「六ヶ月、頑張りますね」

「フラれてしもうたな!」


豪快にガープは笑い、片手で顔を覆うような仕草を見せた。わざとらしい其れに、ついついも声を出して笑った。ガープはそんなの表情を横目に見ると、ゆっくりと立ち上がり、薄っすらと見える空に浮かんだ月を見た。


「時期に暗くなろう。今日は少し早いがこれで終わりじゃ。その分明日、みっちりやるぞ」

「はい!」


続いても立ち上がり、ガープに力強い返事を返す。そしても空を見上げた。真っ暗に染まった空と、橙色の空。割合的には黒い空の方が多いが、その境界は綺麗なグラデーションとなっており、とても神秘的で美しかった。










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