六ヶ月に渡るガープの修行は意外にもあっという間に最終日を迎え、ガープとは浜辺に立っていた。空は青々とした快晴で、とても良い天気に恵まれた。広々とした海に一隻の船が見える。とても良く見慣れた船、ウィルの船である。


!!」

「ウィルっ」


碇を下ろし、停泊した船からウィルは飛び出すように降りると一直線にへと駆けて来る。もウィルの方へと向っていけば、その後方でガープは微笑ましげに笑っていた。


「大丈夫か!?ガープさんに何もされてないよな?何かあったら遠慮しなくていいから、ちゃんと言うんだぞ?」

「大丈夫、とてもガープさんは良くしてくれたわ」

「本当か?絶対だな?本当に、本当に何もされてないんだな?」

「お前はの母親か」


早口にそう捲くし立てるウィルに呆れ顔でガープは息を吐いた。それをは面白いと言わんばかりに笑みを浮かべ、漸くウィルが安堵の色を見せた。たった六ヶ月とはいえ、とても長い月日だったとウィルは思う。とても心配で仕方がなかった日々を一時的にでも忘れられるよう、ウィルは懸命にその間仕事に励んでいた。半年振りに見たは、最後に会った日から比べると幾分落ち着き、大人っぽくなった気がした。髪も伸びて、自分と離れた間に成長したの姿に知らない人にでもなったかのような気がして寂しさと喪失感が湧き上がるが、一度言葉を交わせば以前と変わらぬ彼女に、そんな気持ちも全てが吹っ飛んだのだった。


「強くなったんだな」

「分かるの?」

「分かるさ。ずっとを見てきたんだから」


まるで口説き文句とも取れるその言葉には目を丸くするが、以前と変わらぬ笑顔を浮かべているウィルに、も笑みを零した。二人を黙って見守っていたガープは、並々ならぬ居心地の悪さを感じ、自分の存在を主張するかのようにわざとらしく咳払いを一つする。するとウィルとはガープに同時に振り返り、また視線を互いに向けると小さく笑った。


「ガープさん、今迄御世話になりました」

「構わん。わしも若い者と交流出来た久々に楽しい時間じゃった」

「何言ってんだが。ガープさんとこにも若い奴いるじゃないスか」


呆れ顔でそう言うウィルに、ガープは豪快に笑った。は初耳のその言葉に少しだけ驚く。修行を付けてもらっていた六ヶ月間、様々な話もしてきたが、若い部下が居るという話は一度だって出てきた事がなかったからだ。


「そうなんですか?」

「おお。歳はらとあまり変わらんはずじゃ」


にぃ、と歯を見せて笑う姿は、その部下のことを本当に可愛がっているように見せた。そして何か閃いたとでも言うような顔をすると、ガープはから視線をウィルに送る。


「わしはこれから本部に戻る。特に予定がないのならをシャボンディ諸島に連れて行ってやってはどうじゃ。同年代の友人を持つことも大切な事、来るならばわしがあやつらを連れて来よう。それに今迄休み無く修行に時間を費やしておったんじゃ、息抜きがてらシャボンディパークに連れてってやると良いと思うがの」

「シャボンディパークって?」

「シャボンディ諸島にある巨大な遊園地だ。行きたいか?」


遊園地、その言葉に胸が踊り、目が輝くのが自分でも分かった。今までテーマパークとは無縁の生活を送っており、まさかそんなものがあるとは欠片も思っていなかった故に余計に喜びが湧き上がる。そんなの反応にウィルは満足気に笑って言った。


「決まりだな」

「なら先にお前達だけでシャボンディ諸島に行き遊んでおれ。わしはその後、あやつらを連れて合流するわい」


ガープとウィルがそんなやり取りをし、互いに頷けば後にシャボンディ諸島で合流することが決まる。次の行き先はシャボンディ諸島、そして遊園地だ。今から非常に待ち遠しい。島に持ち込んでいた必要最低限の着替えの衣服類を持ち、はウィルと共に船へと乗り込む。ガープは浜辺に居り、時期に部下が船で迎えに来るらしく、それを待つそうだ。は甲板から身を乗り出し、ガープに向って精一杯の感謝の気持ちを篭めて、声を張り上げる。


「ガープさん、本当に有難う御座いました!」

「ええい、礼などいらん!わしが勝手にしたことじゃ!!」


照れ臭そうに表情を歪ませ、視線を泳がせるガープがにはとても可愛らしく見えた。は笑った。曇り一つ無い笑顔だ。そんなを見て、ガープは威厳のある顔付きに優しい笑みを浮かべて言う。


「良く耐えた、見事じゃ。しかし初心の気持ちを忘れず、教えたことを欠かさず行うんじゃぞ、日々の鍛錬が更なる力となる!!」

「はい!」

「良い返事じゃ。…もう行け、すぐにまた会う」


そして浜辺を離れ海を進む船。浜辺には仁王立ちで佇むガープの姿があるが、島から離れれば離れる程、その姿は小さくなり、終いには見えなくなった。漸く甲板からは離れると汚れた衣服を甲板の隅に置き、舵を取るウィルに声を掛ける。


「ウィルー、お風呂入ってきてもいい?」

「おー、久々のちゃんとした風呂だろ?ゆっくりしてきな」


ウィルの笑顔と了承の返事を聞き、は笑顔を見せれば慌しく浴室へと駆けて行く。ウィルは一人息を吐くと独りでに呟く。


「長かったなぁ」


六ヶ月、あっという間だったと言えばそれまでだが、矢張り長かったように思える。この船で一人で過ごすのは今迄普通だったというのに、それがいつの間にか普通じゃなくなり、一人でこの船に乗るととても広く、とても虚しさがあった。と共にこの船に乗り、当ても無く島を転々とする方が、ウィルにとって当たり前で普通の事になっていたのだ。やっと返って来た当たり前で普通の日常。空いていた小さな穴が、塞がった気がした。



















「………長かったな」

「長風呂しちゃった」


えへ、そんな風に笑うは実に悪気ないものだった。久々のちゃんとした風呂にの興奮はとてつもないものだった。捻れば出る温かい湯、足も伸ばせる広い浴槽。汚れをしっかりと洗い落とす泡だった石鹸。半年ぶりのそれらは、を感動させるのに充分過ぎるもので、その時間、時計の長針が三周する程に及んだ。リビングルームのテーブルに向き合うように着席すれば、が目にするのは久々のちゃんとした食事だ。うっとりと眺めるその姿に、ウィルの口元が引き攣る。


「食べていい?」

「お、おお…」

「いただきます!」


ナイフとフォークを持ち、ステーキを一口サイズに切れば、それをぱくりと口に入れる。口腔内に広がる肉汁とその旨みにの頬は緩みに緩み、その瞳が僅かに潤んだのをウィルは決して見逃さなかった。今まで魚の丸焼きや、生の果物、時には虫や蛙や襲い来る熊を食べてきたからすれば、絶品かつ豪華以外の何でもない食事。只でさえウィルの作る料理は美味しかったが、今日の食事は今までの中でも群を抜いて美味に感じた。


「美味しいー…。また料理上手になった?」

「どうだろうな、あんま変わってないつもりだけど」

「本当?凄い美味しい、本当に!」


の手や口は止まらず料理を喰らっていき、並べられた皿の上に綺麗に飾り付けられていた料理はあっという間に減っていった。殆ど残り僅かになった所で漸くの手が止まり、がフォークとナイフをテーブルに置く。どうやら満足したらしい。


「お腹いっぱい!もう何も入らないわ」

「そっか。折角デザートも用意してたんだが…仕方ないな」

「食べる!!」


勢い良く返事を返すに思わずウィルは噴き出した。はというと「デザートなに?」なんて大はしゃぎだ。この半年間、がどんな食生活を送っていたのかを知っていれば、そのはしゃぎ方も理解出来たのだろうが、何も知らないウィルは、珍しく食い意地を張るを只々可笑しく思うだけだった。冷蔵庫に冷しておいた手作りのプリンを取り出し、自分の前と、の前に小振りのスプーンを添えて置く。スプーンを手に取り一足先に一口頬張ったは頬を赤らめうっとりとプリンを見つめた。


「もう死んでもいいくらい美味しいー!」

「…お前どんな食生活してたんだよ」

「そりゃあ、サバイバルよ」

「サバイバル?」


ウィルがこてりと首を傾げるが、それ以上は口を開くこともせず黙々とプリンを頬張った。あっという間に空になった器に、はまたしても「もう食べれない!」なんて言うのだが、もう一つプリンを冷蔵庫から取り出せば、先程の満腹宣言は何だったのだろうか、また黙々と食べる姿にウィルはもう笑う事しか出来なかった。










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