「ねぇ、シャボンディ諸島っていつ着くの?」

「そんな遠くねぇからなー…。明日には着くと思うぜ」

「本当!?」


その喜び方は凄まじく、両手をテーブルに付き、勢い良く立ち上がった興奮するの姿にウィルは大きく笑った。


「そんなに楽しみか?」

「だって遊園地よ!」

「遊園地好きならもっと早く連れてってやれば良かったなぁ」


ぼんやりと考えるのは、がガープと修行を始める前に通っていた航路だ。基本的には大体の島がシャボンディ諸島の割と近くにある島ばかりで、何時でも行こうと思えば行ける距離に居たのだ。とは言え、明日にはシャボンディ諸島に着く。明日行ってまた行きたいとが言うならば何時でもまた行けば良いと前向きに考え直した。そんな時だ、が「あのね、」と控えめにウィルに声をかけたのは。ウィルは考えを打ち消し視線をへと向けてどうしたのか問う。


「ウィル、ガープさんに修行をつけてもらってる間、殆ど銃の鍛錬してないの。今日ちょっと見てよ」

「そうだな、久々だし。やるか」


思わぬの申し出に、ウィルは椅子から立ち上がって甲板へと出れば続くようにも出てくる。空はすっかり暗くなり、ウィルは隅に置かれた空のワインボトルが大量に入った木箱からいくつかのワインボトルを取り出すと、徐にそれを海の方へと投げ捨てた。それをがグレイマンで撃ち抜く。それがとウィルの間で行う動くものの射撃練習だった。


「…腕が落ちる所か、なんか上手くなってねぇか?」

「そうかな?あんまり実感ないんだけど」

「照準を定める時間が早くなってる。集中力でも高める訓練とかしてたのか?」

「あー…、そんな感じのもしてた気がする」


そんな話をしながらウィルは次々とワインボトルを海に向って投げる。視線は投げたワインボトルに向けられていたが、全てワインボトル中央を撃ち抜いていた。勿論全て同じ要領で投げているわけではない。時には遠く、時には手前に、勢いよく投げることもあれば、緩やかなカーブを描いて投げるなど、不定期に投げたり工夫しているのだが、それでも全て撃ち抜かれているのだ。ウィルの視線はへと向けられる。ブレなく真っ直ぐ構えられた銃に、研ぎ澄まされた集中力と、獲物を追う鋭い目。半年前とは大違いの彼女が其処に居たのだ。


、充分だ。もうこれじゃ練習にもなりそうにねぇよ」

「え?」

「次からはこんな道具使わずに実践向きの鍛錬にしよう。まぁ、船の上じゃ出来っこねぇから島に着いてからな」


手に持っていたワインボトルを木箱に直せば、ウィルは船室の方へと向き直る。顔だけを振り返れば、其処には褒められて安堵したのか、ほっとしたような、そんな柔らかい表情を浮かべるが居る。ウィルは暫し口を噤むと、その口角を吊り上げた。


、ちょっと来てくれ」

「うん?」


手招きされ、促されるままはウィルに続き船内へと戻ると、ウィルはそのままリビングルームを通り過ぎ、本来ウィルの寝室である現在の寝室へとやって来た。未だウィルの行動が読めないは首を傾げるだけで、ウィルは優しく微笑むと部屋のドアを開ける。


「じゃーん」

「これ…」


真っ暗な明かりの無い私室、そのベッドには何か大きく薄っぺらい箱がある。ウィルに振り返れば頷かれ、戸惑いながらも近付いていき、その姿を近くで確認すれば、薄桃色と赤いリボンでラッピングされた、いかにもプレゼントのような箱が其処にあった。


「開けてみて」


ウィルに振り返れば、そう微笑みながら返され、は高鳴る鼓動を聞きながら床に膝を付いてベッドの上の箱を前にする。恐る恐るラッピングを外し、箱の蓋を開けた。窓から差し込む月明かりで見えたものは、漆黒のロングドレスで、キラキラと光に反射して光るドレスはラメ入りのようで、とても綺麗だった。


「ゴルシル島はドレスコードは無かったけど、大体のカジノはあるもんだ。シャボンディ諸島にもカジノがあるからさ、これ着て一緒に行かないか?」

「…ありがとう、」


ドレスを手に取り、其れを強く抱き締めた。目の奥がジンと熱くなり、涙が溢れてくる。贈り物をくれたことも嬉しかったのだが、自分のことを思い、内緒で用意してくれていたことがには何よりも嬉しかった。





直ぐ近くの耳元で己の名を呼ぶ声が聞こえ、はゆっくりと振り返る。今までに無い位の至近距離にウィルの顔があった。真っ直ぐ向けられたエメナルドの瞳が、目を逸らすことを拒む。ウィルの手が伸びき、頬に触れようとするが、それは触れることなく中途半端なところで止まる。ウィルの瞳がくしゃりと揺らいだ。脳裏に蘇るのは初めて会ったあの日の事。荷物を取りに戻ったあの家で海賊に襲われそうになっていたを助けたあの日、嗚咽と過呼吸を繰り返し、大粒の涙を頬に伝わせながら触らないでと懇願するように訴えたの姿。あの日、手を弾かれ拒絶された日から、ウィルは一度だってに触れたことはなかった。否、触れることが出来なかったのだ。触れたい、しかしその拒絶された日の事を思い出すと、どうしても触れられなかったのだ。そんなウィルの思いを知らぬは少し眉を下げて心配にウィルを見上げ―――


「ウィル…?」


名を呼んだ。それがウィルを縛り付ける鎖を全て引き裂く鍵になった。ウィルは目を見開くと、衝動に任せそのまま勢いよく、そして力強くの身体を抱き締める。今度はが大きく目を見開く番だった。の肩に顔を押し付け、ウィルは口篭った小さな声で呟くようにして言う。


「俺が守る」


耳元で聞こえた声に、言葉に、は言葉を失くした。ウィルの硬く細い身体が、の心や身体を温かくするのだ。その腕の中はとても安心感があり、落ち着く。ゆっくりとは瞳を閉じた。


「ずっと俺が守るから。だから…」


ウィルの言葉が鼓膜を震わせる。抱き締める腕に力が更に篭められた。とても幸せな気持ちだった。









「俺の傍から離れないで」









閉じられた瞳から、光る雫が零れ落ちる。だらしなく降ろしたままだった腕を何とか持ち上げれば、そっとその腕をウィルの背中へと回した。一瞬ウィルの身体が強張ったが、すぐにそれは消えて無くなった。


「うん…。ずっと一緒に居る」


声は掠れ、思っていたよりも小さな声だったが、それはちゃんとウィルに届いていたらしい。ウィルは強く強くの身体を抱き締めた。いつまでそうしていたのかは分からない。二人は暫くの間言葉を交わすこともせず、只々互いの温もりを確認し合うかのように抱き締めあっていた。は薄っすらと閉じていた瞳を開ける。視界に入ったのは無造作に床に落ちてしまった漆黒のドレスとベッドの隣に設置された棚だった。










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