広い部屋の先には左右に扉があり、は左の、ウィルは右の扉へと向った。ドアノブを捻り、開けば其処には落ち着いた雰囲気のベッドルームがあり、そのベッドもキングサイズで大きなものだった。茶色い木で出来たベッドに、真っ白な皺一つないシーツ。其処に寝転がればとても気持ち良いだろう。床にトランクケースを置いて開け、ドレスを取り出せば身に纏っていた衣服を脱ぎ、ドレスを着る。初めて着るドレスにドキドキしながら身に纏えば、ドレスと一緒にプレゼントされた高い黒のハイヒールに履き替える。小走りに部屋にあった全身鏡の前に立てば、其処に映る見た事のない自分の姿に感動を覚えた。


「すごい…」


目の前に移る自分が、まるで自分じゃないような錯覚を覚えた。ドレスを着る機会は外国に比べ、日本には殆どない。あったとしても、それは結婚式だとか、その様な特別の機会にしか着用する事は無かった。まだまだ先の話になると思っていたが、こうも早くドレスを身に纏う機会に巡り合うとは到底予想しておらず、今にも踊りだしてしまいそうな程、感動していた。


ー、着替えたか?」

「う、うん!」

「入るぞ」


控えめなノックの後、掛けられた声に慌てて答えれば、ゆっくりと開かれる扉。ダークグレーのタキシードを身に纏ったウィルが、髪もセットして其処に立っていた。服装が服装なだけに、その立ち振る舞いも普段より優雅なものに見える。見たことの無いウィルの姿に胸が少し高鳴った。ウィルはそんなの考えも知らず、自身を見たまま何も言葉を発さないに照れ臭そうに笑った。


「似合わない?」

「そ、そんなことないよ!凄く…似合ってる。格好いいよ」

「でもの方が良く似合ってる」


突然優しげに微笑まれながら言われた褒め言葉に、の頬が熱を帯びる。ウィルの視線がの頭から爪先までゆっくりと向けられれば、ウィルは非常に満足気に一度頷いて見せた。


「綺麗だよ、とても」

「ウィル…」

「流石俺が見立てただけあるな!」

「ちょっと」


大きく口を開けて笑ったウィルに、は思わず拳を繰り出した。照れ隠しでもあった拳を難なくウィルは笑って避けてみせると、は悔しそうに、しかし何処か嬉しそうに顔を歪ませれば、ウィルは更に笑みを深くして笑った。



















数時間後、大量の札束を抱えた二人。主にその札束はの戦利品である。頭が見える程に袋に詰め込まれた札束を持ち歩く二人の姿は、擦れ違う人々の視線を釘付けにさせた。しかし、この周囲の反応も慣れたもので、とウィルは普段通りの調子でホテルへと向って歩いている。


「飯どうする?どっかのレストランで取るのもいいけど、ホテルのディナーもなかなかいけるぜ」

「それならホテルのディナーがいいなぁ」


歩けばカツカツ、との高いヒールが地面を鳴らし、カジノに向う道中にあった美容室でセットをして貰った髪がゆらゆらと揺れた。


「それにしても、お前何やってんだ?全勝無敗のギャンブルなんか聞いたことねぇよ」

「何もやってないわ。運よ、運」

「…その運だけで生きていけそうだな」

「それには同意する」


呆れ顔で言うウィルには鼻を鳴らして笑えば、ウィルはそのまま悔しそうに奥歯を噛む。トータルで言えばマイナスは無く、プラスで儲けはしたのだが、ウィルの場合は負けた分を勝って増やしたのに過ぎず、一度も減らすことなく勝ち続け金を増やし続けたの得た額には到底及ばないのだ。


「お帰りなさいませ」

「ただいま。部屋にディナーを頼めるか?」

「承知致しました。直ぐに御持ち致します」


ホテルのロビーに控えていたホテルマンに出迎えられ、ウィルはディナーを頼めばホテルマンは丁寧に御辞儀をする。部屋へと向って行くウィルとを見送る彼の姿は、とても姿勢も綺麗で実に気分が良い。流石此の島一番のホテルとだけあり、従業員接客態度は素晴らしいものだった。宛がわれた部屋へと戻れば札束の入った袋を部屋の片隅へと纏めて床に置く。


「帰る時、絶対大変ね。持ちきれるかな」

「まぁ、最悪ホテルマンにでも荷物運ぶの手伝ってもらうさ」


互いにドレスとタキシード姿のまま、ソファーに腰を下ろせば楽な姿勢を取り、視線を稼いできた札束の山を見る。二人係りで運んできた札束の他にも、ホテルに持ち込んだ衣服類があるのだ。部屋を退室した際、船まで運べるかどうかを気にしていると、ウィルは首元のシャツを緩めながら心配無用とばかりに笑った。確かにあれだけ教育のされている従業員だ、それくらいのことなら頼めばしてくれるだろう。


「で?ギャンブル中、どんなズル使ってんだよ」

「だから何もやってないわ」

「嘘付け」

「嘘じゃないもの」


ディナーが運ばれてくる暫しの間、とウィルは談笑を楽しんだ。とは言っても内容は殆どギャンブルのことで、ウィルが一方的にへ質問攻めをし、が呆れながらもそれを否定するというものだ。空腹も良い感じになってきた頃、部屋にノックの音が響き、運ばれてきたディナー。良い匂いを漂わせて目の前に置かれた食事はフルコースのようで、次々と綺麗に盛り付けられた食事が運ばれてくる。見た目も華やかで、勿論味もとても美味であり、非常に満足のいく食事だった。


「美味しいね。ウィルも今度フルコース作ってよ」

「アホ。んな時間かかるもの作ってられねぇって」

「ケチ」


食後のデザートを頬張りながらそんな話をする。時々笑い、時々真面目な話、今日の出来事を振り返りながら口の中で広がる甘く優しい味に頬を緩ませた。


「風呂、どうする?先入るか?」

「じゃあ先に入ろうかな。ウィルは後でも良いの?」

「おお。つーか腹いっぱい過ぎて暫くは動きたくない感じ」

「そんなに?小食になったんだね」

「違うっつの。がやたら食うようになっただけだって」

「失礼な!」


ガープの修行を終えてから、は以前に比べてよく食べるようになった。とはいえ、とても食べるようになったというわけではないようで、ウィルよりも少し多く食べれる程度のものだ。デザートを完食すると、は立ち上がり浴室の方へと歩を進める。一度だけウィルの方へと振り返れば、はにやりと口角を吊り上げた。


「一緒に入る?」

「ぶっ!!!」

「冗談よ」


丁度水を飲んでいたウィルは、の言葉に勢い良く口に含んでいた水を噴き出すと、は満足そうに笑って今度こそ浴室へと消えていく。残されたウィルは何ともいえない複雑な表情を浮かべ、口元を手の甲で拭えば大きく肩を落として溜息を吐いた。



















「珍しく風呂短かったな」

「シャワーだけで済ましちゃったから」


そう言いながら濡れた髪をタオルで拭うは、へらりと緩い笑みを浮かべながら、つい先程まで居た浴室の事を思い出す。大理石で出来た広い浴室は広々としており、開放的で実に居心地の良い造りになっていた。


「んじゃ俺も入ってくるかな」

「お湯沸かしてあるから冷めない内にね」

「気が利くじゃん」

「ありがとう」


風呂場を出る前に湯船に湯を溜めておく為に押してきたスイッチ。湯が出てくるスピードは、そこそこ早かった為すぐに溜まることだろう。ウィルが浴室に入っていったのを見届けると、は洗面台へと向った。湯で暖まり火照った頬に、常温で置いていた化粧水と乳液を染み込ませる。じんわりと、皮膚に染み込んでいくのが分かる。スキンケアを終えればタオルで水分を粗方取った髪に、備え付けのドライヤーで温風に当てれば、洗ったばかりの髪は良い石鹸の匂いがした。










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