暗闇から出た先は酒場となっており、とても賑わいを見せる店内は武装した男達が大半を占めていた。酒場を抜け、テラスから周囲をぐるりと見渡し観察すると、まるで山の中にある空洞に居るかのようなピラミッド型の洞窟の様な場所の印象を受けた。天井からは船が吊るされており、中央の真下には水が溜まっていて、其処に座った巨人が向かい合うようにして酒を飲んでいる。各階数には一定の間隔でテラスがあり、テラスの数分の海賊達が海賊旗を掲げてテラスを陣取っており、皆がジョッキを掲げて笑い合う様なとても陽気な雰囲気が漂っていた。むしろ飲んでない人間を探す方が一苦労そうだ。


「よし、飯にすんぞ」


周囲を見渡していれば後方から掛けられた言葉に酷く驚く。振り返れば此処まで連れて来てくれた青年が、此方を見ていたのだ。は青年が誰に言っているのかが理解出来ず周囲を見渡すが、周辺には誰も居らず、再び青年を見れば青年は見事に呆れ顔だった。


「何だよ、連れてきてやったんだ。飯くれぇ付き合え」


青年はそう言うとさっさと空いた丸いテーブル席を陣取って腰を下ろすのだが、は戸惑いの気持ちの方が強く動けずにいた。まさか食事に誘われるとは思わなかったからだ。青年は隣の席に荷物と被っていたハットを脱いで置くと、未だ一歩も動かず突っ立ったままのを見て顔を顰め、向かいの席を顎で指すのだ。


「早く座れって。俺も腹減ってんだよ」


其処まで言われ座らないわけにも行かず、むしろのその眼力に前に断る勇気すら湧いてこず、はおずおずと椅子を引いて青年の向かいの席に座った。しかしマントどころか目深く被ったフードすら脱ごうとせず、椅子に座ってからも大人しくしており食事を頼むような素振りを一向に見せない。背筋は真っ直ぐ伸ばし、まるで緊張のあまり落ち着かないかのようだった。青年はやれやれと溜息を吐く。


「何食う?此処は何でも有るし、何でもタダだ。遠慮せず食えよ」

「…どうしてタダなの?」

「タダだからタダなんだよ」

「…答えになってない」


躊躇いがちに尋ねてみるも、青年は真顔でそう言い切るものだからは息を吐いて暫し黙り込む。そして何やら考え込む様子を見せれば再び口を開くのだが、正面に座る青年と言えば頬杖をついて膨れっ面だった。相当腹が減っているらしい。


「質問を変える。どうしてこんなに海賊が?」

「元々海賊が多い島だ。それに明日はデッドエンドレースがある」

「デッドエンドレース?」


聞き覚えのない単語に首を傾げれば、呆然とする青年。相当の反応に驚いたようで、かくん、と頬に付いていた手から顔が滑り落ちると、今度は「おいおい」なんて言いながら前のめりになってに問うのだ。


「お前、知らねぇで付いて来たのかよ」

「………。」


その通りなのだが、はあえて肯定も否定もしなかった。そうだと肯定してしまうのが何だか癪だったからだ。その反応で青年は図星であることを察知すると大袈裟に溜息を零してみせ、前のめりになっていた上半身を後方に下げて、仕方ないと言わんばかりの態度で説明を始めた。


「この島じゃ不定期に何年かに一度行われるレースがある。海賊の海賊による何でも有のデッドエンドレースだ。ルールは簡単、ゴール地点のエターナルポースを受け取って進んで、真っ先にゴールした者が勝者で賞金を受け取れる。細かい決まりのないシンプルなルールのレース…それが明日開催される」

「此処にいる海賊は出場者ってこと?」

「ああ。此処にいる海賊の三分の一くらいはレースの出場者だ。後は賭けに参加してる奴等…ってとこじゃねぇか?賭けやるつもりなら上に胴元がいるぜ」


「まあ無一文なら賭けも糞もねぇか」なんて後付して青年は笑った。それが妙に癇に障り、は無言で立ち上がる。突如席を立ち、歩き出したに青年が驚いていると、は酒屋を出た所でトランプゲームをしていた海賊達に近付いて行った。突如やって来たに海賊達は眉を寄せる。何せマントに目深く被ったフードの所為で容姿は全く見えないからだ。しかしは構わず、その海賊の頭と思われる男に声を掛ける。


「トランプゲーム楽しそうですね、良かったら混ぜて下さいよ。…金でも賭けて」


の発した声でが女だと分かると忽ち海賊達は表情を一変させて下心の混じった品の無い笑顔で歓迎するように空いた席へと誘導する。は席に着くと、向かいの男達越しに、その後方に驚いた表情で立つ青年を見た。心配と驚愕を混ぜ合わせた様な複雑な表情の青年を見て、は薄っすらと笑みを浮かべる。刹那、青年は背筋が凍るような感覚を覚えた。不気味に口元を吊り上げ笑うを見てしまったからである。


「さあ、始めようじゃねぇか」


海賊の男達が途端に笑みを深め、笑い出す。そして親がカードを切り出し配り出した。手元に配られたカードを見ては笑う。男達からすればが鴨にしか見えなかっただろうが、実際の所、鴨はこの目の前の男達なのだ。そうとも知らずに下劣な笑みを浮かべる男達に、は笑いが止まらなかった。



















「お前…何者なんだよ…」

「しがない只の旅人」


酒屋のテーブルに二人で座る影がある。と、その正面に座る青年だ。しかし先程と違うのは、が酷く上機嫌である事と、青年が非常に驚いている事だ。つい先程、時間で言えばほんの数十分。無一文だったは麻の袋に詰め込まれた大量の札束を自身の隣の席に置いていた。突然海賊達に絡んでいき、ゲームを持ちかけたに戸惑った青年だったが、様子を見ていると八百長試合じゃないのかと疑ってしまう位に彼女は次々と勝って行き、最終的には身包みすら引っ剥がされた海賊達が逃げ去っていくまでゲームは続いたのだ。その光景は強烈なインパクトを青年に与えるには十分すぎるものだった。


「しがねぇ旅人だぁ?おい、さっきのゲーム何やったんだよ」

「何も。相手が運無さ過ぎただけだよ」

「そんなレベルの問題じゃねぇくらい全部圧勝だったじゃねぇか!!」


テーブルを両手で力いっぱい叩いて立ち上がり声を荒げた青年に、近くのテーブルに着く面々は驚いて此方に振り返っていた。と言えば、青年に言われた言葉が酷く良く耳に残り、一瞬表情が固まる。そのやり取りは以前、同じ様に行われた事があった。不快な記憶として思い出さないように心の奥底に沈め蓋をしている記憶。何となくの様子を察知した青年は追求しようとする口を無理やり閉ざすと、乱暴に再び椅子に腰を降ろすと話題を変えるように全く違う話を始める。


「さっきから思ってたんだけどよ。何つー格好してんだよ」

「あまり目立ちたくなくて」

「十分目立つだろ、その格好」

「………。」


呆れ顔でそう言われてしまえばは只黙り込むことしか出来なかった。しかしマントは必需品とも言える程にには重要なものだ。顔を隠すのは勿論、外見や容姿、体系すらも覆い隠して性別も判別出来なくしてしまうマントは確かに目立ってしまうが、それでもこの広い海を女一人で旅するからすれば、とても心強い味方だった。顔を隠せば海軍に見付かる事は激減し、性別が一見判別出来なくなると無駄に絡まれる事も減ったのだ。何時の間にかマントがなければ、まともに外を歩く事が出来なくなっていたような気もする。


「御尋ね者か」

「………。」

「海賊か?」

「違う」


青年の二度目の問いには即答する。その誤解だけはどうしてもされたくなかったのだ。御尋ね者と呼ばれる程、悪行を働いた覚えは無いが、それでも手配書が発行された時点で御尋ね者と呼ばれる枠組みに入ってしまうのかもしれない。しかし海賊と間違われるのは心外だった。


「あんな外道と一緒にするな」


思わず零れた言葉は只の本音である。今でも忘れられない、あの日の仕打ち。一生海賊にカテゴライズする人間は許せそうになかった。そんな思いが篭っていた所為か、その咄嗟に出た声は酷く重く聞こえた。思わぬ反応に青年も驚いたようで薄っすらと開いた口が塞がらない状態だ。は表情には出さず、慌てて言葉を繋ぐ。


「そう言う貴方は?此処にも詳しいみたいだし…海賊?」

「違う。むしろ俺は狩る側だ」

「賞金稼ぎ?」

「あぁ」


薄っすらと口元に笑みを浮かべ、青年は包み隠さず頷く。最近になって名前が知られるようになってきたのだと青年は話した。青年は足を組み、テーブルに肩肘を付くと少しだけ前のめりになりに言う。


「此処にいる奴らは大体が御尋ね者みてぇなもんだ。顔とかそんなもん一々気にしてる奴なんか居ねぇよ。…お前もそのマント、取っちまえよ」


顎で青年はマントを指して言った。それには何とも返事が返せず黙り込む。しかし青年には、そのの反応が予想通りだったようでの様子に笑みを深めるのだ。そして続けて言う。


「そうやっていつまでも隠してる方が目付けられやすいもんだぜ」


青年の言葉に何となく、そうかもしれないなんて不覚にも思ってしまった。マントで全身覆うのではなく、もう少し違う方法があったのではないかと今更になって思う。例えば帽子を目深く被って顔を隠すだとか、スタイルが分かりにくいワンサイズ程、大きな服を着るとか。マントで覆ってしまえば確かに全てが分からなくなるが、同時にその分周囲に怪しまれ注目を浴びてしまう。身を隠せても存在は隠せなかった。今更だが、良いことに気付かされたとは思った。は少しの緊張を持ちながら、ゆっくりと目深く被っていたフードを下ろし、纏っていたマントを解いた。露になるウェーブを描いた黒い髪と白い肌。しかしコートの下に装備している計5丁と1本のナイフは隠しておきたいのでコートは脱がない。簡単に脱いだマントをその場で畳むと、札束の入った袋の置いてある隣の椅子へと其れを置く。恐る恐る正面の青年を見る、青年は小さく笑っていた。


「…思ってたより若いな。俺はシュライヤ。御嬢さんは?」

「御嬢さんって言わないで。あたしは…


互いの自己紹介が終わり、青年、シュライヤは片手を挙げて近くを通りがかった店員を呼び付けた。御嬢さん。その呼び方に何時かの茶髪の青年の笑顔が浮かぶ。しかしその笑顔を掻き消すようにシュライヤに続いて自分が食べたい料理を店員にオーダーした。










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