デッドエンドレース自体に参加しなくても賭けには参加出来るらしく、賭けるのはレースで優勝する海賊だ。三番人気はボビーとポーゴという巨人族で、中央の真下で酒を飲んでいる人物。二番人気は鯱の魚人であるウィリーらしく、かつてはアーロンのライバルだったらしいのだが、如何せんはそのアーロンを知らない為、それがどれ程凄いことなのかは分からなかった。そして一番人気はガスパーデと言う人物で元々は海軍の本部海兵なんだそうだ。


「アイツは海軍の軍艦を乗っ取って海賊になったんだ。懸賞金9500万ベリー。ウィリーでも懸賞金は2000万ベリー、懸賞金でも圧倒的差だぜ」


賭けの話をしながら、駆けこむように次々と口に流し込み食べていく。タダの料理と言うくらいなので、その程度の味なのかと思ったが、なかなかの味に食欲が進む。とは言えど、暫くろくに食べていなかったとは言え、食べれる量には限度が有り、は数十分後にはフォークを下ろしていた。しかし、どんどん積み上がっていく皿。周囲は思いっきり引いており、構わず其れでも食べ続ける目の前のシュライヤは時折通り掛かる店員が運んでいる他のテーブルが注文した料理を奪っては食べていた。


「シュライヤさん、服が汚れるから着けなよ」

「…おお、悪ぃな。つーかさん付け要らねぇよ、気持ち悪ぃ」

「気持ち悪いって何よ」


汁が飛んでは汚れるからとがエプロンを差し出せば、シュライヤは手を止めはしたものの口だけは相変わらず咀嚼の為に動かし続ける。頬が膨れ上がる程に口腔内に詰め込まれた料理、口の周りにも沢山の汁や料理の欠片が付着している。そんなにも急いで食べなくても料理が逃げる訳じゃないのだから、ゆっくり味わって食べれば良いのにとは思った。


「…シュライヤ。口の周りにもいっぱい付いてる」

「そうか」

「じゃなくて拭きなよ、汚い」

「どうせまた汚れる!」

「…そんな食べ方するから汚れるのよ」


エプロンこそは付けたものの、相変わらずガツガツと飲み込むように平らげて行くシュライヤには注意をするのを早々に諦めた。そして視線を斜め下へと逸らせば、シュライヤの向こう側にあるテーブルでも同じく良く食べる麦藁帽子を被った細身の青年がいるのだが、その席に同席している緑の髪をした強面の男が此方をじっと見ているのだ。それが何だか居た堪れなく、少しの恥ずかしさすら覚える。そして同時に恐ろしくも思った。


「(刀を三本…。あの纏う気迫に、人相…。絶対関わらないようにしないと)」


緑の髪をし、三連のピアスをつけた強面の男は今も尚、シュライヤの背中を見ている。興味を持ったのはシュライヤの様だが、その気が万が一にでも此方に向いてしまわないように用心しようとは心に誓う。


「お、美味そうじゃん。食うから寄越せよ」

「駄目ですよ!これ向こうのテーブルから頼まれたもので」


男の視線に気付いているのか、いないのか。シュライヤは相変わらずの様子で、料理を両手に運んでいた店員の男に絡んで行く。店員は困った様に断るのだが、しかしシュライヤも引こうとはしない。完全に料理に目を奪われていたからだ。ただただ店員を不憫に思う。


「かてぇ事言うなって!後で持って行きゃ…」

「あーーーー!!!」


しかし狙っていた料理達は、シュライヤが横取りする前に突然何処かへと消えたのだ。空になった己の両手を見て驚愕の声を上げる料理を運んでいた店員。シュライヤは表情を一変させ振り返る。その形相に少し驚きつつもも釣られるように其方へ視線を向けた。麦藁の男が相変わらずシュライヤをも上回るような身動きで料理を食べている。


「ねぇ、オーダーしたらまた持って来てくれるし、横取りしないでちゃんと注文しようよ」


麦藁の男を睨むように見つめるシュライヤにが控え目に声を掛ければシュライヤは視線をへと向けた。刹那、響く他のテーブルに着く客からクレーム。料理が遅いことが原因らしく、料理が突如消えた事に呆然としていた店員は慌てて踵を返し厨房へと消えて行った。


「(っていうか麦藁帽子なんてあの子みたい…)」


ふと、過去に新聞一面を飾っていた海賊の少年を思い出す。そう言えばあの子も麦藁帽子を被っていたなぁ、なんて思いながら、休む間もなく食べ続ける向こうのテーブルに座る麦藁帽子を被る青年を見た。


「あ、ちょっと!」


ぼんやりその背中を眺めていると、慌しく料理を運ぶ店員が隣を横切り、咄嗟に横取りしようとシュライヤが手を伸ばすのが見え慌てて抑止の声をかけるが、シュライヤの手が料理を捕らえる前に運ばれていた料理はまたしても突然消え、続けて厨房から出てきた店員が運ぶ料理も消えた。行き場を失った、中途半端に伸ばされたシュライヤの手が、静かにゆっくりと下ろされる。


「………なに、今の…」


はぽつりと呟く。料理が消える一瞬、とシュライヤの目に映ったのは伸びた手が料理を引っ掴み奪っていくものだった。明らかに人間離れした光景に思わずが絶句していると、小刻みに肩を震わせたシュライヤが突如立ち上がった。その顔には青筋が浮かんでおり、怒っているのが分かる。


「いやいやいや違うでしょ…!!」


慌てては前のめりになり、シュライヤを落ち着かせようとする。どう考えても今抱く感情は、“伸びた手”が料理を取った事に驚愕することであり、伸びた手に料理を“取られた”事に激怒する事ではないのだ。そして伸びた手の持ち主と思われる麦藁の男の席には、緑頭の男がいる。明らかに一般人ではない悪党の人相をした男がいるのだ。どうしても接触は避けたい。しかしシュライヤは既に麦藁の男の背後に立っており、只ならぬシュライヤの気迫に緑頭の男が気付き、素早く腰に差した刀を抜こうと構えを取るが、シュライヤは構わず麦藁の男の後頭部を鷲掴みにし、テーブルに思い切り叩きつける。衝撃で真っ二つに割れたテーブルと、吹っ飛んだ料理と食器達。は絶望した。


「何の真似だ」

「何の真似?」


警戒心剥き出しの緑頭は刀に手を添えたまま、シュライヤを睨み付けた。しかしシュライヤは動じる事なく、強気で緑頭を睨み返し、緑頭の問いをオウム返しする。凄むシュライヤの形相に冷や汗を浮かべ、真っ青に青褪める鼻の長い男と鹿の様な小さな動物。その何の動物なのか厳密には分からなかったが、その小動物はとても可愛らしかった。


「何の真似?何の真似何の真似…それはこっちの台詞だ!!」

「言ってる意味わかんねぇぞ!!」

「うるせーやい!!人の食いモン横から手ぇ伸ばしてぶん取りやがって!いくら手が伸びるからってなぁ…手が伸び…手が……」


互いに声を荒げ、怒鳴り合う二人をテーブルから眺め見守る。威勢良く向かっていったシュライヤだが状況を理解し始めると声量は徐々に小さくなっていく。そして“伸びた手”が料理を取った事を、ちゃんと理解すれば大きく目を見開いて驚愕の声を上げた。


「今こいつ手ぇ伸びてなかったか!?」

「「いや遅ぇーよ」」


見事に息の合った突っ込みを入れる鼻長と鹿。ちゃんと手を付けて突っ込むものだから、はまるで漫才でも見ているかのように思えた。そしてテーブルに叩き付けられたまま身動き一つ取らなかった麦藁の男が、妙に神妙な面持ちでゆっくりと立ち上がりシュライヤを見る。見た所無傷の麦藁の男は、顔に付着した料理の汁を拭いながらシュライヤに視線をやると、シュライヤは目を細めた。


「よーし、覚悟あんだろうな」

「お前…悪魔の実の能力者か」

「だからどうした」


落ち着いたトーンで会話をする二人には驚く。一見、ただの青年だと言うのに無傷な麦藁の男。そして、そんな彼を悪魔の実の能力者であることを見抜いたシュライヤ。双方に純粋に驚いた。そして正面から見えた麦藁の男の顔をじっくりと見る。


「(見たことあるような…無いような…?)」


初めて見るような感覚ではない、妙な懐かしさを感じさせる麦藁の男の顔。けれどそれが何時何処で見たのかが全く思い出せない。一人記憶を巡らせ考え込んでいると後方から聞こえてくる騒がしい音。一時思考を中断し振り返れば、店員にクレームをつけていた奥のテーブルに座っていた海賊達が立ち上がり武器を片手に持ち、此方に向かって来ていた。その形相は怒りに満ちており、徒事じゃない雰囲気には座っていた腰を起こし、ゆっくりと立ち上がる。


「おうおうおう!てめぇら!!」

「さっきから黙って見てりゃぁ、人の料理横から盗みやがって!!」

「俺達が何者か分かってやってんのか!?」

「あぁ!?」


ガラが悪い、その言葉に尽きた。流石海賊と言えようか、自然との目付きは鋭くなり、眉間にも皺が寄る。麦藁の男に向き合っていたシュライヤも海賊達の方へと顔を向けた。


「俺たちはガスパーデの一味だ」


一番先頭に立っていた男が、得意気にそう言う。ガスパーデと言えばデッドエンドレースで一番人気の海賊だ。シュライヤは煽って来るガスパーデの一味と名乗る海賊達を見渡すように全員を見れば、麦藁の男に背中を向けて歩き出し、首に着けていたエプロン取ると、それを押し付ける様にへと差し出す。突然のシュライヤの行動に驚きつつもエプロンを受け取れば、シュライヤは先頭に立つ男の前で立ち止まり向かい合うのだ。


「なんだよ?今更謝ろうってんのか?ん?」

「おい!お前の相手はまだ俺だぞ!」


しかし黙って居なかったのが麦藁の男だった。シュライヤをガスパーデの一味の海賊に持っていかれたのが気に入らなかったのか、麦藁の男がシュライヤの肩を引っ掴み声を荒げる。刹那、その後方に控えていた男が銃を手に取ったのが見えは目を見開く。


「………だから海賊なんか…」


掠れた声で出た声は、何とも憎しみ詰まった声色だった。後方に控えていた男が麦藁の男に発砲し、その銃弾は左胸を射貫いたのだ。撃たれた反動でふらふらと千鳥足で後退する麦藁の男。思わず皆の視線が麦藁の男へと向けられる。そんな中、緑頭だけがを見ていた事を誰も気付く事は無かった。


「うるせぇ」

「ガキ」


ガスパーデの一味の海賊が卑しい笑みを浮かべて麦藁の男に向かって言う。は無性に苛立った。だから海賊なんか嫌いで、存在すべきものじゃないのだ。しかし何時まで立っても倒れない麦藁の男には疑問を感じる。


「(ちゃんと左胸を射貫いてる…。倒れても可笑しくないのに…なんで?)」


は観察する様に麦藁の男を見た。麦藁の男は倒れない。そしてフラッシュバックする、麦藁の男の伸びた手だ。まさか、瞳が徐々に大きく開かれていく。


「よそ見してんなよ」


ガスパーデの一味の海賊がシュライヤに声を掛けるが、シュライヤは見向きもせず麦藁の男を見ている。そしてシュライヤも同様、麦藁の男の異変に気付いたようで、シュライヤは見る見る内に焦りの色を浮かべ、目を見開くのだ。


「効かないねぇ、ゴムだから」


刹那、麦藁の男が受けた銃弾が後方に皮膚ごと伸びて行ったのだ。皮膚を纏った銃弾が目の前を通っていった座って食事を取って居た客達は飛び出してしまうのではないかという程に目を見開き、一斉に伸びた、と叫ぶ。ゴムの様に伸びた皮膚は元に戻る反動で銃弾をも吹っ飛ばし、飛んだ銃弾は海賊達の顔の横を勢い良く通り過ぎて壁へ減り込んだ。麦藁の男が座っていたテーブルに同席していた緑頭や長鼻、鹿は特に驚いた様子は無かったので知っていたのだろう。その面子以外の皆が唖然としていた。海賊達に関しては酷く驚いており、現況である当の本人である麦藁の男は発砲した海賊の男に文句をつけていた。


「おい!いきなり何すんだ!!吃驚するだろうが!!!」

「いや、普通吃驚じゃ済まないんだが…」

「てめぇ一体何者だ!!!」


シュライヤにテーブルへ叩き付けられた時に脱げた麦藁帽子を拾い、其れを被り直しながら動揺する海賊達に向かって麦藁の男は言う。その姿には大きく見開いた。あの新聞の一面を飾っていた麦藁帽子を被った少年と重なって見えたのだ。


「俺?ゴムゴムの実を食ったゴム人間だ!」










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