翌日の早朝。空は未だ少し薄暗く、普段なら今頃夢の真っ只中だろう。しかしそんな時間にも関わらずがこうして外に出ているのは、宿泊した宿の女将が「レースが始まるよ!」なんてわざわざ起こしに来たからだ。正直な所、からすれば有難迷惑以外の何でもないものだったのだが、その女将の気迫には勝てず、こうしてずるずると重たい足を何とか動かして出てきたのである。こんな時間にも関わらず、外に出ている人は多く、川の近くでは既に人が集まっており、家の屋根によじ登って待機している人まで居た。この島には多くの海賊が参加するこのレースを一目見ようと、これだけの人々が集まり、応援に熱を入れるのだ。


「おい!始まるぞ!!」


誰かがそう叫んだのが聞こえた。そして撫でるような優しい風が吹き、ふわりと髪が風に靡いた。そしてその優しい風が突如強烈な突風へと変化する。強い風に顔の前に手をやって耐える人々。も目を瞑り、風に倒されないよう踏ん張った。


「来たぞーーー!!」


風が止み、誰かが叫んだ。目を開ければ先程とは逆方向に流れる川。そして奥のの川や後ろの川の方から歓声が沸き、視線をやる。海賊船に乗った海賊が川を登って来ていた。レース前のパレードが始まったのだ。その歓声はそこ等中から沸き起こり、皆が大きく手を振っている。まるでテーマパークのパレードのようだと思った。


「(女将さんも見てるのかな。…絶対見てるよね。今の内に島を出よう)」


宿代は事前に支払い済みで数少ない荷物は武器と金ぐらいだか、武器は相変わらずコートの下に忍ばせているし、金は少々雑だがコートのポケットの中に突っ込んでいる。特に部屋に残したものも無いので、この騒ぎに紛れて島を発つことを決め、は静かに踵を返した。


「……?」


何だか妙な圧迫感を感じはふと足を止めた。妙な圧迫感は更に増し、嫌な予感がしては恐る恐る視線を下げる。


「…………、」


絶句した。妙な圧迫感の正体は伸びた腕が身体に巻きついていたからだ。ぐるぐると突如巻きついた小麦色の肌をした腕が巻き付いている。この腕に心当たりは痛いぐらいにあった。そして刹那、一瞬にして景色が勢い良く流れ、変化する。次に感じたのは痛みだった。



















「あ!!あいつ!!」

「どうしたルフィ…っておいおい!!」


レース前のパレードにて、周囲の観客達から盛大なブーイングを受けながら川を登っている最中。突如笑顔で声を上げた麦藁海賊団、船長のルフィに皆の視線が向けられる。一番近くに居た長鼻、ウソップは一番にルフィに何事か問うため声を掛けたのだが、突然ルフィが持ち前の能力で川の周囲に沸き立つ人々に向かって腕を伸ばしたのを見て驚愕の色を見せた。人々の間をすり抜け、消えたルフィの腕は黒い小さな人間を引っ掴んできた。


「ちょっと何やってんのよ!!」

「おおおおおいルフィーー!!何取ってきてんだよオメーはよ!!」

「人だ!」

「「分かってるわ!!!」」


大きく口を開けて笑うルフィに向かって歯を剥き出すのはウソップと、この船の航海士であるナミである。ルフィの腕に掴まれ突如船に乗る事になった人間は、伸びたゴムの反動で勢い良く山積みになっている木箱の中へと吹き飛んだ。ルフィはゴム人間の為、打撃は利かない故に無傷だが、無理やり引っ張られてきた人間が無傷である保障はない。伸びた腕がぐねぐねとうねりながらルフィの元の腕の長さへと戻る。ナミとウソップはその木箱の方へと視線を向けた。砂埃を上げ、所々大破された木箱や崩れ落ちた木箱。とてもじゃないが普通の人間であれば無傷では済まないだろう。嫌な汗が滝のように溢れ、二人は真っ青になった。


「何の騒ぎだ」

「船長さんが人を連れ込んできちゃったのよ」


船の後方に居た緑頭、ゾロが仏頂面で甲板の方へとやって来れば、一部始終二階から眺めていた鼻筋の高い女性、ロビンがくすくすと笑いながらゾロに状況を簡単に説明する。しかしあまりにも脈絡のない説明に理解出来るはずもなく、ゾロは「は?」と眉を顰めた。


「大丈夫かな?」

「さあ…。思いっきり頭から突っ込んでたからな」


ウソップやナミ同様、甲板で一部始終を見ていた大男のような姿の、チョッパーと黒いスーツを纏う男、サンジは未だ砂埃を上げた木箱の山を眺めている。チョッパーに関しては心配なのか、落ち着きが無い。それは医者として、サンジが言う通り頭から木箱に突っ込んだ人間を大層心配しているのだろう。


「ルフィ、診てもいいかな?」

「そうだな。木箱ぶっ壊すくらいだもんな!痛ぇだろうなー!」

「「「お前がやったんだろ!!!」」」


まるで自分は悪くないと言わんばかりに清々しい程豪快に笑うルフィにウソップやナミ、サンジが声を合わせて怒鳴った。チョッパーは小走りで山積みの木箱へと近付いていく。まずは木箱に埋もれた人間の救出からスタートしなければいけない。チョッパー一人では大変だろうと、すかさずサンジが歩み寄れば、サンジは木箱に手を掛けようとして停止する。




サンジはその一瞬、確かに殺気を感じ取った。




刹那、勢い良く吹っ飛ぶ木箱。まるで内部で爆発でも起きたかのように勢い良く飛んだ木箱は、勢い良くサンジの顔の真横を吹き飛んだ。その木箱が埋もれていた箇所には黒革のショートブーツがあり、どうやらルフィに無理やり連れて来られたこの人物が木箱を蹴っ飛ばしたようだ。その足をすぐさま引っ込めると、その人物は周囲の木箱の残骸を吹き飛ばし勢い良く飛び出す。其の手にダガーナイフを握り締め、目の前に立つサンジの心臓目掛けて刃を突き出した。


「!!」


咄嗟にサンジは状態を逸らし、そのナイフを何とか交わすとすぐさま反撃しようと右足を持ち上げる。が、その一瞬見えた相手の風貌に思わずその足がピタリと止まった。


「おん、……!!」


その気迫は鋭い刃のように研ぎ澄まされ、瞳に宿る光は強い意思だ。その瞳と気迫に本気で応戦しなければやられると身を引き締めるも、サンジは結局何も出来ずに居た。長いウェーブを描いた髪も、きめ細かい白い肌もその華奢な身体も、その全てが、サンジの脳に“女”と告げている。しかしサンジの心情も知らず、女は止まらない。避けられたナイフを再び振るい、その刃をサンジへと迫らせた。


「……お前は…」


金属と金属がぶつかり合う、高い音が響いた。しかしその音は直ぐに川を囲むように集まっている島の人々の歓声によって掻き消される。放ったナイフを刀で受け止めるゾロは、ナイフをしっかりと握ったまま下ろそうとしない女を見て少し目を見開いた。


「よお!また会ったな!」


麦藁帽子を被った彼が、とても愉快そうに笑顔でそう言った。女、は酷く鬱陶しそうに、ウザったそうに、不愉快そうに顔をこれでもかという程に歪ませる。戦意喪失したを察知し、ゾロは刀を下ろし鞘に収めれば、もダガーナイフをだらりと下ろした。恐る恐る頭上を見上げれば帆に大きく描かれた麦藁帽子を被った髑髏のマーク。


「(最悪…!!)」

「あっ、おい!!」


すぐさま方向転換し、ルフィの居る方向とは間逆の方から船を飛び降りようと縁に向かって駆け出す。慌てて呼び止めたルフィの制止も聞かず縁に足を掛けようとした所で大きく船体が傾いた。先程よりも急な水面を走る船。すっかり周囲にゴツゴツとした岩ばかりの景色になっており、後方を振り返ればすっかり民家や人々が小さくなっている。山の頂上付近まで登ってきているのが一瞬で理解出来た。傾きは酷くなり、壁が床になるほど傾く。


「(飛び降りる?今逃げなくちゃ…!でももし海に落ちたら…!!)」


揺れる船の上、は葛藤する。この急な斜面もそうだが、何せ陸までの距離がそこそこある。猛スピードで駆け上る船体から飛び降りる、その少しの助走で果たして向こうの陸へ無事に着地できるだろうか。正直な所、には出来る確信が持てなかった。もし万が一飛び降りて海にでも落ちてしまえばカナヅチのはそのまま沈む。そして死ぬだろう。簡単に決断は出来ない。そしてついに船が山を登りきり―――船が宙を飛んだ。


「―――――ぅわ…」


思わず声が漏れる。それはとても美しい景色だった。登り始めた朝日が黄色い柔らかな光を放ち、一瞬其処は静寂と化す。ふわりと重力に逆らって床から離れる足。ふわりと浮いた浮遊感は何だか心地よく感じた。時が止まったかのようにすら思えたが、浮かべば後は落下するもの。一気に船体は降下を始めた。










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ロギア系能力者は敵意ある接触(攻撃等)には自動で能力発動。敵意無い接触(握手等)には実体のまま。という御都合設定です。

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