足が甲板から離れ、慌てて船の縁に捕まり宙をぶら下がった。まるで胃が口に登ってくるような―――ジェットコースターに乗った時のような感覚を覚える。しかしそれは長くは続かず、船体は大きな水飛沫を上げて他の船同様水面に着地した。


「あれがグランドフォール…」

「航海士さん、ぼーっとしてる暇はないわよ」


船の柱に凭れながら、腰を抜かし真っ青な顔色で泣いて震えるナミに二階からロビンが声を掛けた。そう、レースが始まったのだ。前方や後方で激しい爆音や金属音、悲鳴が聞こえてくる。中には砲撃をくらい、レース開始早々沈んでしまう船もあった。


「なにやってんだよ、こいつらー!!」

「レースがスタートしたんだよ」

「もう何をしてもOKよ」


喚くウソップに冷静且つにこやかに微笑むロビンが無性に恐ろしく思えた。周囲を見渡す。山を一気に下ったことで、先程のような民家が立ち並び観客の島の住人達があちらこちらで手を振っている。そして後方が何やら騒がしい。どうやらこの船を落とそうと無名な海賊が直ぐ後ろまで迫ってきていたのだ。ナミの指示に従い、嫌々ながらもウソップは船の後方にまわって備え付けの砲弾の前に立つ。照準を定めて、迷い無く火を点火すれば、放たれた鉄の塊は船の中央を撃ち抜き船が煙を上げ、乗せたクルー達の悲鳴と共に船が沈む。


「いよーーし!男ウソップ、此処にありってね!」

「(良い腕…)」


拳を握り締め、ポーズを取り誇らしげに言うウソップに、は素直に良い腕だと感心した。しかし、だ。


「(…と、遠い…!)」


慌てて周囲を見渡す。先程よりも川幅が広くなっており、船のスピードこそ落ちたものの、この距離では飛び移ることはある方法以外不可能に近い。


「(でも…!)」


悪魔の実の能力者であるからすれば、能力さえ使用すればこの距離程度の移動は不可能ではない。しかし先程から能力を使用しないのは単純に能力を使用しなければいけないような場面ではないからだ。


「(…陸に近付いたら一気に飛び降りよう)」


悪魔の実、覇気使い相手では効果は無いが、覇気が使えない人間相手ならその力は脅威だろう。しかしは人前では能力を使わないようにしている。それは己の手札を相手に知られるのが恐ろしいからだ。


「やってるやってる!元気だなぁ、みんな」


船首の上に胡坐をかいて座るルフィはとても楽しげに笑った。目の前では他の船と船が激しい戦いを繰り広げられており、悲鳴や金属がぶつかる音、発砲音すら鳴り止まない。コースの川は時折急カーブを描いており、カーブを曲がり切れず民家に突っ込む船もいる。煙を上げて横倒れになる海賊船。海賊船のクルーや、周辺にいた人々の悲鳴が良く聞こえてきた。そして一隻だけではなく、続くように同じカーブで曲がりきれず追突し倒れる海賊船が続出している。ルフィ以外の船員が皆甲板に出てきてその光景を見渡した。


「(冗談じゃない…!!)」


甲板に集結した麦藁海賊団の顔ぶれを見渡し奥歯を強く噛む。この海賊団がどれほどの力を持っているのかは分からないが、その賭けられた懸賞金を見ればその力は歴然だ。只気掛かりなのは、あの可愛らしい鹿のような小動物の姿が無く、代わりに大男のような毛深い人間のような人物がいること。あの小動物と同じ帽子を被っている所から、何かしら関わりがあるのだろうが、どちらにしてもからすれば不利な状況でしかなかった。


「(船長のモンキー・D・ルフィ…あの極悪人面の人って海賊狩りのロロノア・ゾロでしょ…?しかもあの女性の人ってもしかしてニコ・ロビンなんじゃないの…!!)」


最近よく見かける笑顔が目立つ写真と、明らかに堅気じゃない悪い顔を撮られた手配書の写真。当初、居酒屋で遭遇したときは気付かなかったが、こうして麦藁帽子を被った髑髏を掲げた船の上ならば、あの手配書の人間なのだと自覚する。そして以前、幼いながらも賭けられた高額な懸賞金に驚いた手配書に載せられた子供の姿は、今この船で優雅に佇む女性に面影がある。


「(流石にこんな人達同時に相手したらヤバい…!!)」


甲板に集結する彼等から距離を取るように静かに後退すれば、そのまま階段を登って船の後部へと移動を試みる。しかし見られていたのだろう。首筋に刀の切っ先が添えられた。


「………、」

「動くな」


とてもダルそうに、しかし視線と殺気だけはに向けて牽制するゾロには息を呑む。覇気使いではない限り、この切っ先はの喉を抉る事もなく通り過ぎるわけだが、能力者であることを隠し通したいからすれば下手な行動は起こせなかった。能力者であれば、この刀が動けば血が出るのは必然であり、大怪我間違いなしなのだから。


「おいコラてめぇ!!レディに向かってなんつーもん突きつけてんだ!!!」

「てめぇは黙ってろ!!」

「あぁ!?やんのか!!」

「やってやろうじゃねぇか!!」


の首筋には相変わらず刀の切っ先が添えられ、眼前で突如喧嘩を始めたゾロとサンジには身体を震わせた。喧嘩の弾みで切っ先が動いて、万が一にでも首に刀が刺さったら―――そう考えれば恐ろしくて堪らない。そんな時だ、三番人気のボビーとポーゴの巨人族がカーブを曲がり切れず、民家の立ち並ぶ街に向かい、あえて飛び越えようと船ごとジャンプしたのは。しかし速度が足りなかった為、飛び越えれるには距離が足りずそのまま重力に従い落下を始める。二人の巨人は可愛らしい悲鳴を上げて落ちていき、落下地点では黒い煙が立ちこめ、住人達の悲鳴が響いた。そしてそ達が乗るこの船体も、皆が曲がりきれずリタイヤしたカーブに差しかかろうとしていた。


「チョッパー舵を切って!!」

「やってるよ…!でも全然効かないんだ!」

「このままじゃぶつかるわ!!」


徐々にコースから外れ、カーブ向かっていく船。船室では舵を何とか切ろうとするチョッパーが身体を仰け反らして踏ん張っているがまるでその効果は無い。


「おい!コース外れかけてんじゃんか!」


慌ててたナミの声を聞きつけたのか、ウソップも慌てたように身を乗り出す。其の時、確かには好機を感じ取っていた。カーブにぶつかるということは陸にぶつかるという事だ。何とかぶつかる事が回避出来たとしても、そのほぼ0距離ならば飛び降りることは難しくはない。ぶつかり船が大破しても、炎上したとしても、正直どちらにしてもにとっては問題外である。何せの身体は実体が無いのだから。無傷で生還出来る。


「(逃げれる!!)」

「蹴り入れたらクッションなるか?」

「出来るかーー!!!…ああ、クッション」


船よぶつかれ、どうかぶつかれ。そんな気持ちを口には出さず念じて入れば、刀を下ろす気配のないゾロが真っ直ぐ冷静に船の行き先を見つめながら呟くように言う。ゾロの提案に即座に突っ込んだナミだが、直ぐに何か手が思いついたのか手をぽんっと叩いて納得気に頷く。刹那、にやりと笑みを浮かべたなら、船首で胡坐を掻くルフィに歩み寄った。


「ルフィ」

「ん?」


明るい声でナミに名を呼ばれ、正面を見ていたルフィが振り返る。簡単にナミが事情を説明し、ルフィに行動を要求すればルフィは「おう!」なんて軽々と承諾すると立ち上がった。


「ゴムゴムのーーー風船!」


被った麦藁帽子が飛ばないように片手で抑えながら、船首から呼び降りると大きく息を吸って体を風船の様に膨らませた。眼前にはカーブを曲がり切れず激突し、横たわった何処かの海賊団の船がある。ルフィはその船に着地すると、達の乗った船はそのまま勢い良くルフィへと突っ込んだ。


「うわっ、!」


強い衝撃が船を揺らし、はバランスを崩し壁に背中をついた。もしも前に倒れていれば首に刀が刺さる結果になっていただろう。通過することは分かっていても、相変わらず怯えてしまうものだ。自ら船体の下敷きとなったルフィは、そのまま横に転がるようにして船体を前へと転がす。ルフィのゴムで膨らんだ身体がクッションになり、船体は何処も傷付ける事無くルフィの動きに合わせ船の上を進み、船体は再び宙を高く飛んだ。一気に街並みが見えなくなり、は絶句する。


「ルフィーーー!!!」


宙を飛び、進む船。置き去りになったルフィに向かってウソップが手を伸ばせば、ルフィは笑顔で手を伸ばし捕まる。


「でも…こっからどうすんだよー!!!」


チョッパーの悲鳴が空気を揺らした。激突して大破こそ免れたが、このまま放っておけば民家の立ち並ぶ地面にそのまま落下、後大破だ。いっそ、それでも構わないから落下してくれと切には願った。


「シエンフルール」


しかしの願いは届かない。船体の横から沢山の腕が生え、其れ等が一つに集結し腕となり、川の近くの民家の外壁を掴んだなら強引にコースの方へと船を引き寄せるのだ。その強い力に勢い良く突然右方向に飛んだ船は、そのまま川へと見事に着地を決めたのだ。は自分の口元が引き攣るのを感じた。


「しっかしまぁ…毎度の事とはいえ、いつもいつもよく生きてるよな、俺達」

「あああありがとうロビン!私の作戦通りね!!」

「嘘つけ!!」


これといった急なカーブも無くなり、穏やかな速度で波に乗り進む船では漸く訪れた落ち着きに皆が気を緩ませていた。呟くように煙草を吹かしながら言うサンジに、ナミは慌てて二階で微笑むロビンに振り返り礼を述べると、すぐさまゾロが突っ込む。ロビンの隣ではチョッパーが青褪め床に伸びており、ウソップは安心したのか胸を撫で下ろしていた。


「さぁ、いよいよね。楽しみましょ」

「おう!ホントにワクワクしてきた!だいぶ後ろの方みたいだけどさ、これからこれから!やっぱり海賊はこうでなくっちゃな!よっしゃー!行くぞみんなー!!」


微笑むロビンに頷くように楽しげに話すルフィ。本気でこのレースを楽しんでいるらしく、船員達も乗り気なようで元気の良い返事があちらこちらで飛んだ。ナミの目がベリーになっており、3億ベリー3億ベリーと呟く姿に少々の不気味さを感じながら、は横目で周囲を窺う。川の真ん中を走行する船では右から飛び降りようが左から飛び降りようが大して陸までの距離は変わらず、しかも遠い。近くの海賊船に飛び移る事も考えたが、そもそも近くに走る海賊船は殆ど無く、あったとしても矢張り距離があり飛び移るのは難しそうだ。


「おいルフィ」

「ん?」

「こいつ、どうすんだ」


チャキ、と首に添えられていた刀がより鋭利な角度で突きつけられる。声を掛けられたルフィは此方を振り向き、の姿を目に映せば無邪気な子供のような満面の笑みを見せた。


「忘れてた!どーすっかなぁ…。んー、とりあえず連れて行こう!」


開いた口が塞がらなかった。










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ロビンの技名あってるのかな?聞き取り間違えてるかもしれません…。

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