ゴールであるパルティアを目指し、船は彼是数時間は何処にも止まる事無く航路を進む。現在レースに参加している為、何処かに停泊するという手段はまず有り得ないのだが。航海を続けていると流石グランドライン、またもや天候と気候が変わる。先程の雪景色は何処へやら、積もった雪は既に解けて消えており、肌を刺すように冷たかった風も心地よい暖かさのあるものに変わっていた。しかし残念なのは、その空が青々とした晴天ではなく、黒くどんよりとした雲が空一面を埋め尽くしていることと、麦藁海賊団船員+αの乗るゴーイングメリー号の後方に大きな海賊船が迫っていることだ。船の後ろ側に船員全員が集まり、少年は其の相手の海賊の恐ろしさに後退っていた。


「だっはははは!!!てめぇら如きが良く今まで残ってたな!!」

「何だ?うるせぇな」


大きな声で高らかに笑う男は、船に掲げた海賊旗の髑髏がしているように辮髪をしており、その見た目から恐らく彼がこの船の船長なのだろう。ゾロの意見は最もで、船長の男は確かに声が大きく耳が痛かった。良く通る声である。


「あいつ!スタートの時のあいつだ!!」

「ビガロだっけ?」

「へぇ。私達が最後尾だったと思ってたのに」

「んじゃビリはあいつ等か」


一人で何やら話し続ける男に誰一人反応することなく、ウソップを始め其々が思った事を口にしていく。男はどうやらビガロと言うらしく、レース前に一度遭遇しているようなのだがの記憶の中には残ってはいなかった。そして何気なく発したロビンとルフィの言葉がビガロの怒りに触れ、ビガロの顔にある刺青がぐしゃりと歪む。


「んだと!!?」

「事実を突かれて怒った!!」


熱り立つビガロにナミが止めとも言える一言を放ち、ウソップは反射的にパチンコを構えた。鉛の弾を鞄から取り出し、先程よりも騒いでいるビガロに狙いを定めてゴム紐を目一杯を引き、放った。


「捻り潰して…!!」

「あ、当った?」

「ナーイス、ウソップ」

「どーんなもんだい!!」


ゴム紐から放たれた鉛弾は真っ直ぐビガロに吸い込まれていくように直進し、見事ビガロの顔に減り込んだなら、ビガロは最後まで台詞を言えず床へと倒れる。ビガロを狙撃したウソップにナミが親指を立てれば、ウソップはまさか当たるとは思っていなかったのか呆然としてた表情を一変させ、誇らしげに胸を張って笑う。


「(あの髪型…ラーメンマン思い出す。ラーメンマンほど可愛くないけど)」


狙撃されたビガロを心配するように慌しく安否の確認に集まる敵の船員。しかしウソップの高らかな声に、皆が一斉に凄んで振り返り際に睨んで見せれば、途端踵を返して船室の影に素早く隠れ、ウソップは片手を突き上げた。その切り替えの早さには恐れ入るものがある。


「よっしゃ行けー!お前らー!!」

「よっしゃー、ほんじゃー!」

「待てよ」


準備運動とでもいうように両手を回して此れから始まる戦闘に意気込むルフィに掛けられた制止の言葉。ルフィはサンジを見ると、サンジは振り返りもせずビガロを煙草を片手に眺める。そしてゾロが船に向かって歩き出したなら、続いてサンジも歩を進めるのだ。


「今回は二人で十分だ」

「たまには見てろ」


妙にやる気になっているゾロとサンジの背中を、呆然としながらも眺め、引きさがるルフィ。ゾロとサンジは一度強く床を蹴ったなら、高く飛躍し敵船の両側にある船首に其々飛び乗る。どよめく敵船、その甲板に集まっていた敵の船員達は其々が所持する武器を抜いて動揺しながらも構えを取る。


「別には恨みは無ねぇが喧嘩なら買うぞ」

「これから夕食の支度をしなきゃなんねぇんだ」

「「一分で蹴り付けてやる」」


刹那、同時に動き出した二人。その動きに思わず目を奪われる。ゾロが腰に差していた三本の刀を鞘から引き抜き、両手に一本ずつ、そして口に一本銜えて操る三刀流は、一瞬にして周囲の船員を蹴散らした。口に刀を銜える発想はなかなか斬新だが、この際その点には触れないことにする。サンジは床に手をついて回転する形で両足を360度回し、その細い足でゾロ同様、一気に何十人も吹き飛ばした。その強さや迫力に圧倒されるのは致し方がないだろう。


「何だよ…この強さ」

「(ロロノアは想定の範囲内だけど…あの金髪も強いじゃん)」


すっかり腰が引け、真っ青な顔色でその戦いを眺める少年の隣では静かに目の前で繰り広げられている戦闘を冷静に見ていた。宙を舞う男達は次々と冷たい海の中へ水飛沫を上げて落ちていく。


「(船員が少ないとは思ってたけど…もしかして少数精鋭?)」


手配書にも載っていたゾロが、それなりに腕の立つ人間であることは承知済であるが、唯のコックだと思っていたサンジの実力は想定外である。もしもこの船に乗っている人間が、全員これ程の実力を持っているとしたら、これ程やっかいな事はないだろう。


「(あの時無理してでも飛び降りれば良かった…!)」


思い返すのはレース前のこと。ルフィに無理矢理船に乗せられた時のことだ。もしあの時、飛び降りていれば今こうして余計に船を下りる事が困難になることもなかっただろう。後悔だけが募り、過去ばかり振り返ってしまう。そんな時、船が一度何かの衝撃で揺れた。


「何、今の音」


揺れに一番に反応にしたのはナミだった。不信感を露にし、流石に揺れに気付かなかった者は居なかったらしい。其れは敵船でも同じだった様で敵船の甲板では敵の海賊だけでなく、ゾロとサンジまでもが戦闘を中断して周囲を警戒していた。刹那、ゾロとサンジが乗る敵船が突如海から何かが突き上がる様にして一気に空へ向かって上昇する。その反動でゴーイングメリー号は大きく揺れ、咄嗟にはバランスを崩し横転しそうになった少年の背中を掴んで支えた。


「ちゃんと此処、捕まって」

「あ……、」


の指示に言葉にならない返事を返した少年は、慌てながらも指示された通りに柱にしがみ付くように捕まる。上昇していた海はある程度の所で上昇を止め、その海水から大型の海王類が姿を現した。


「「「海王類だーーー!!」」」

「それも超大型の!!!」


周囲を良く見ればゾロやサンジの乗る敵船が乗り上げた海王類の外にも多数の大型の海王類がその顔を海から出している。感情の読み取れない表情で船に乗る船員や、や少年を、じっと見ている海王類に流石のも息を飲む。少年に関しては今にも泡を噴き出しそうだった。


「あ、た、たたたたたた食べられる………!!!」

「だ、黙って!」


目をぐるぐると忙しく動かす少年は、目の前で動かずこちらを見ている海王類に酷く恐怖している。それはも同様の為、気持ちが分からないわけではないのだが、今は海王類を穏便に回避する事が最優先事項な為、無闇に騒ぐことは得策ではない。故に少年に対しても配慮の無い言葉を咄嗟に吐いたのだが、少年の耳にはどうやら届いていないらしい。刹那、複数の人間による絶叫が響く。反射的に振り返れば、海王類の鼻先の上に乗り上げたゾロやサンジも乗っている敵船が、海王類が動いた事により鼻の上を滑り落ちて宙に飛んだのだ。誰だって船が突如急降下したなら悲鳴を上げるだろう。しかも、その落下する船に向かって海王類が大きく口を開いて今にも食べようとしているのだから尚更だ。


「ゾロサンジ!掴まれーーーー!!!」

「「何処へ飛ばしてんだ!!!」」


ルフィが敵船に向かって一気に拳を放ち、助けを出すのだが、その伸びた手は的を外して海王類の左鼻の穴を掴む。敵船を掠りもせずに的外れにも程があるコントロールにゾロとサンジが声を揃えて怒鳴った。左鼻の穴を捕まれた海王類は、それによって生理現象を引き起こそうおとしており、一瞬あらゆる動作を止め、何度か息を大きく鼻で吸ったなら、勢い良く吸い込んだ息を吐き出す。所謂くしゃみだ。


「ぎゃーーーーーーーーーーー!!!!」


少年の絶叫を横で聞きながら、はこれでもかという程に船の縁にしがみ付いていた。大型海王類なだけあって、そのくしゃみは並ではない強烈な突風を生み出し、一瞬にして海賊船二隻を吹っ飛ばす。運良く麦藁海賊団の船は無事に海面に着地出来たものの、ビガロの船はゾロとサンジを乗せたまま横転し何度か水面をバウンドした後、海の中へ沈んだ。


「おいおいおい!まだゾロとサンジが!!」

「あ、そうだ!おーい!!!」


無事に着地したことに安堵したのも束の間、ゾロとサンジ不在に慌てるウソップとルフィは海に向かって何度もゾロとサンジの名を叫ぶ。既に海には海王類の姿は無く、海王類は海の底へと戻っていったのだろう。先程まで五月蝿いくらいに叫んでいた少年はと言うと、床に四つん這いで青褪めており、も漸く船の縁から身を離したが顔色はやはり良くはなかった。


「(着地失敗してたら死んでた着地失敗してたら死んでた着地失敗してたら死んでた…!!)」


頭の中で何度もリピートされる言葉と、早いリズムで鼓動する鳴り止まない心音。もしもビガロの船のように上手く着地が出来ずに沈んでいれば、能力者であるが辿る道は溺死のみだ。より近くに直面した死に酷く恐れを抱く。そんな恐怖の中、過ぎったのは一つの疑問。


「おいおい、どーすんだよ!あいつら何処に落ちたんだ!?」

「もしかして今頃、海王類に…」

「「ギャーーー!!!」」


後方の船の縁に両手を着いて、身を乗り出し海を見渡すウソップの後ろで手を口元にやりながら不安げな声でチョッパーが呟く。暫しの沈黙の後、ウソップとチョッパーは真っ青になり、声を揃えて悲鳴を上げた。彼らの頭の中には海王類に食べられた二人の姿があるに違いない。


「大変ね。あれだけ派手に沈んだから何処で振り落とされたか分からないわ」

「幸い、どっちも能力者じゃないから溺れちゃいないだろうけど…」


騒がしいウソップやチョッパーに反して、女性陣は冷静そのものので、ロビンは相変わらず表情を崩さず海を眺め、ナミがロビンに同意するように頷いた。


「おーーーーい!ゾローーーー!!サンジーーーー!!聞こえるかーーーー!!」

「ゾローーーー!!おーーーーい!!!」

「サンジーーー!!返事してくれよーーーー!!!」

「馬鹿!こんな広い海で、そんなの聞こえるわけないでしょ!」


先程から名を叫び続けるルフィに続くように、ウソップとチョッパーも叫ぶ。そんな三人を見てナミは一度溜息を吐けば、呆れながらも男達を黙らせるのだ。


「とりあえず船が沈んだ箇所まで戻るわ。チョッパー舵をきって!」

「わ、わかった!」

「ルフィとウソップは海を見ておいて。もしかしたら手でも振って合図してくれてるかもしれないし」

「「おう!!」」


先程まで騒がしかった男性陣は一瞬にして大人しくなり、チョッパーは慌しく船室に駆けて行き、ウソップとルフィは噛り付くように海に向かって身を乗り出して周囲を見渡す。手馴れた手つきで男性陣を動かすナミにロビンは可笑しそうに笑って、と少年は呆然とした。船長であるルフィよりもナミの方がよっぽど船長らしかった。


「(死んだ…?)」


先程まで目の前にいた二人の背中を思い出す。決して好んでいた訳ではない。二人は海賊なのだから。しかし死を垣間見た瞬間の後だと妙に心が乱れる。普段ならば気にもしないようなことすら、気になってしまった。


「(“見聞色”)」


だからこそ、は覇気を使用したのかもしれない。死んでいたとしてもにとってはメリットしかない、この船から下りる際に障害となる壁が減るだけなのだから。生きている方がデメリットに繋がるのだから、このまま放っておけば良いというのに、まるで探すように覇気を周囲に広げたのは何故だろうか。雪景色の中、優しげな柔らかい笑みを浮かべていたサンジの顔が脳裏に過ぎる。


「(…いた)」


広げた覇気の範囲で見つけた二つの気配。確かに存在する二人の命に安堵の息を吐く。そして、ふと我に返る。


「(なんであたしが海賊の心配なんか…)」


一瞬でも、海賊に対し抱いた感情に内心自分が許せなくて舌打を零す。ゴーイングメリー号は海を着々と進み、ビガロの船が沈んだ箇所まで戻ってきたが、何度ルフィやウソップが名を叫ぼうと返事は無い。それもそうだろう、ゾロとサンジが生みに落ちたのはもっと向こう側だからだ。


「何か言いたそうね」

「え?」

「………。」


突如投げかけられた言葉に顔を上げれば、にっこりと微笑むロビンが居た。睨みつけるように視線を返せば、ロビンの言葉に不思議そうにしたナミがロビンからに視線を移す。はナミを見る。大きな瞳を持ち、綺麗な顔立ちをしたオレンジ色のショートカットの彼女は、その持ち前のスタイルを惜しげもなく披露するタンクトップとショートパンツという露出度の高い格好をして、堂々と立っていた。



     「クソみてぇな8年間だったとさ」



サンジが少年に話していた言葉が蘇る。まるでそんな過去があった事など決して感じさせない程に、ナミは堂々としていた。素直に自分とは真逆だと感じ、は下唇を噛む。どうしようもない程に、強烈に劣等感を感じた。何故そんな感情を抱いたのかは分からない。しかし今感じる悔しさや悲しみ、嫉妬の情は、きっと劣等感から来るもので間違いないだろう。


「ねぇ、もしかしてなんだけど、あいつ等の場所分かるの?」


まさか、とでも言うよりに目を丸くさせて問いかけてきたナミに思わずは言葉を詰まらせる。其れを質問に対して肯定ととったナミは構わず急激に距離を縮めて両手を顔の前に合わし、頭を下げた。


「お願い!教えて!さっさとあいつ等回収しないとレースで負けちゃうわ!」

「そっちかよ!!」

「当たり前でしょう!?賞金いくらだと思ってんのよ!!」


二人の心配ではなく、賞金の心配をするナミに薄情だと声を荒げたウソップだが、そのナミの剣幕にすぐさま言葉を引っ込める。ナミは再度、に振り返ると「ね?この通り!」と再び両手を合わせて軽く首を傾げるのだ。ナミの視線との視線が交差する。


「―――北東70m先」

「!」


顔をそっぽ向かせて小さな声で呟かれた方向。それを聞き逃さなかったナミはすぐさま振り返り、船室の方で舵をきるチョッパーに向かって叫ぶ。


「チョッパー聞いてた!?」

「北東だな!わかった!」


答えるように返ってきた返事に、本当に聞こえていたのかと疑問が湧くが、相手は動物なのだ。人間よりも耳が良いのは当然だとも思えた。ナミは続いてウソップとルフィへと振り返る。二人は何を言われるのか瞬時に言われるまでも無く悟れば、再び海へと身を乗り出すのだ。針路を北東に調整しなおし、ゴーイングメリー号は海を進む。暫く進めばその先に小さな緑と金が見え、大きく此方に手を振るのが見えた。


「いたぞ!」

「おーーーい!ゾロー!サンジー!」


見つかった二人に届くように、大声でルフィは名を叫んだ。答えるように未だ小さいその影はバシャバシャと小さな水飛沫を上げながら手を振り返す。距離は直ぐに縮まり、ウソップとルフィは海へとロープを下ろせば、全身びっしょり濡れたゾロとサンジが船へと戻ってきた。見事に海水を吸って帰って来た二人の立つ床には、既に大きな水溜りが出来ていた。


「おい!助けるならもっと早く助けろ!」

「そもそもルフィ!あれは本当に助ける気あったのか!?」

「あー、悪ぃ悪ぃ!」


大粒の雫を垂らしながら、ゾロは文句を呟きながらも着ていた上の服を脱ぎ、それを絞る。床にボタボタと大量の水が落ち、出来上がっていた水溜りはまた一回りも二回りも大きなものとなった。サンジは締まりの無い笑顔を浮かべるルフィに詰め寄るが、ルフィは謝罪を口にするものの、その表情は先程から変わらず笑顔である。


「はいはい、その辺にしてさっさと着替えて来なさい!あ、でもこの子にお礼言っときなさいよ。さっさと救出出来たの、この子のおかげなんだから」

ちゃんが?」


見かねたナミが片手を軽く振り、ゾロとサンジを落ち着かせようと声をかける。そしてまるで取って付けたかの様に視線で一度を見たならば、ゾロはは一瞥し、サンジは驚いたように目を丸くしてを凝視したのだ。なんと返せば良いのか分からず、はすぐさま視線を外し甲板から立ち去った。


「(別に助ける為に言ったわけじゃないし…)」


船室の裏まで歩いてくれば、その壁に背を凭れさせ小さく息を吐く。何故あんな手助けするような事を言ったのか自分でも未だに分からなかった。その謎を解明しようと考えれば考えるほど、頭の中が滅茶苦茶になってしまいそうでは思考することを止める。


ーーー!!ありがとなーーーーー!!」


そんな時である、突如甲板の方から聞こえてきた大声は。思わず驚いて背中から壁は離れ、甲板の方へと勢いよく振り返る。近くに気配は無い事から甲板から叫んだのだろう、あの麦藁帽子を被った男が。


「…ってか、勝手に名前呼ばないでよ…」


ぽつりと呟いた言葉は、誰にも拾われることは無かった。










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