「うあああああ!!」

「痛ぇ!!痛ぇーー!!!」

「助けてくれ!!」

「ああああああああ!!!」


其れはまるで雨の様だった。頭上から降り注ぐ弾丸に為す術無く逃げ惑う海賊達。弾丸はまるで容赦無く無差別に放たれている様に見えるのだが、周囲を良く目を凝らして見れば敵の海賊達だけが襲われていて、ベポやペンギンの仲間達には掠りすらしていない。


「おい!大丈夫か!?」

「う、うん!」


ペンギンは慌てて膝をついたままのベポへと駆け寄れば、ベポは一度ペンギンへと視線を向けるも、直ぐに華麗に宙を舞い、引き金を引くへと視線を戻す。つられる様にしてペンギンもへと視線を向ければ、は丁度マストの柱の所に着地した所で、其の高台から海賊達を狙い撃ちしている。


「凄いね」

「…ああ」

「俺も、もっと強くならなくちゃ」

「………、ああ!」


にやり、ベポとペンギンの口角が吊り上がる。弾切れになった二丁の銃を其の場に捨てれば、は再び甲板へと飛び降りて駆け抜ける。一気に数の減った敵に、状況は一気に逆転し、此方側が優勢となっていた。逃げ腰の海賊達に、情けも掛けずは追撃を掛ける。


「“ROOM”」


刹那、静かに響いた声と共に、甲板を覆う大きなサークル状の円。異変を察知し、慌てて動きを止めるに海賊達も自分達を囲う不思議な其の円に戸惑うが、やけにベポやペンギンを含む仲間達がほっと安堵する様な様子に、此の能力が味方のものなのだと察知する。刹那、敵船が突如真っ二つに割れて崩壊し、其処から大きな刀を持った、隈の酷い男が飛び出すのだ。


「キャプテン!!!」


ベポが現われた男を嬉々と呼び、甲板からは船長と呼ぶ声が増える。サークル内に男が着地を決めれば、男は大きな刀身を何の苦も無く振るえば一瞬にして海賊達を斬りつけ、左掌を上へと向けたのなら、静寂に包まれた空間に声を震わせるのだ。


「“シャンブルズ”」


誰かの息を呑む音が聞こえた。真っ二つに斬られた体は出血も無く、傷すら見つからなかったというのに、男がそう呟いた瞬間体が突如入れ替わったのだ。己の下半身ではない誰かの下半身が胴体から生え、行き成り視界が上下逆さになったと思えば少し離れた所で自分の体に違う仲間の首が乗っている。手に違和感を感じて視線を降ろせば、其処には見覚えの無い薄汚れた足が生えてた。


「「「ギャーーーーーー!!!」」」


サークル内に海賊達の悲鳴が充満する。慌てふためき走り回り混乱する海賊達を唖然とは見ていた。有り得ない様な出来事が、今まさに目の前で起きている。其の状況を作り出したのは紛れも無く、此の男で、は警戒する様に刀を鞘に納めた男を睨み付ける。


「く、くそ!!何なんだよこれ!!!」

「それ俺の腕だろ!?返せよ!!」

「そういうお前こそ其の足俺のじゃねーか!」

「俺の首何処だよ!!」

「痛!!ちょ、誰か俺の手踏んだだろ!?誰だよ俺の手持ってるの!!」

「勝手に走んなよ誰だよ此の足!!よ、酔う…!うええええええ」

「ローてめぇ!!元に戻しやがれ!!!」


海賊達が喚く中、一際大柄な男が上半身の下にまた上半身を逆さにくっ付けて男を強く睨み付ける。其の風格と頭に被った帽子から見て、此の男が敵船の船長なのだろう。ローと呼ばれた男は不敵に口角を吊り上げて不気味に笑って見せると鞘に収めた刀を肩に担ぎ、無様な敵船の船長を見下ろすと可笑しそうに喉を鳴らすのだ。


「さっさと失せろ。じゃねぇと次は今度こそバラバラだぜ」


其の言葉が決め手だった。顔を真っ青にする船長含む海賊達は、一斉に背を向けて、自分達の船へと尻尾を巻いて逃げ出す。しかし先程船は沈められてしまった故に、乗り込む船は無く、慌てふためきながら海賊達は海へと飛び込んでいった。どうやら緊急ボートが運良く投げだかれていたらしく、命のある船員達は挙って海面に浮かんで揺れるボートへと泳ぐのだ。


「“死の外科医”トラファルガー・ロー!!覚えてろよ、次こそは沈めてやる!!!」


負け犬の遠吠えとはこのことか、敗北し逃げ出す海賊達はオールを素早く漕いでさっさと退散して行く。つい数刻前迄はあれ程、優勢な立場だった敵だが、こんな無様な逃げ方を見せ付けられると、何故こうも苦戦していたのかと甲板に残ったペンギンやベポ含む船員達は渋い顔をしていた。


「トラファルガー・ロー…?」


海賊達が異名と共に口にした言葉を、は呟く。すると、逃げる海賊達を見下ろしていた隈が酷く、パーカーを着用した背の高い其の男は、まるで其れを肯定するようにに顔を向け、不気味な笑みを浮かべるのである。


「俺の名だ」


男、ローはそう言って鼻で笑う。刹那、の脳裏に過るのは最近力を付けて来た北の海から来たルーキーであり、以前新聞の一面にデカデカと其の名を載せていた男の名だ。ぶわり、の中で淀んだどす黒いものが沸き起こり、其の感情は制御が出来ない。頭で考えるよりも早く、近くに倒れていた海賊の所持していた銃を素早く拾い上げると、其の銃口を真っ直ぐローの脳天に向けて構えるのだ。


「!?何してんだよ!!」


銃をローに向け、引き金に指をかけるにペンギンは声を荒げる。しかしは銃を下ろす気配は無く、鋭い目付きでローを睨み、強く銃を握っていた。ローは怯えもせず、そんなを無表情に見つめると、ゆっくりと口を開くのである。


「どうするつもりだ」

「殺してやる」

「初めて会った時の事を思い出すな」


ローは銃を向けられているとは到底思えない様な素振りで、平然とした声色で言う。むしろ、此の状況で落ち着いているのはローだけで、見ている船員達は気が気でないといった風に落ち着きが無かった。それも、つい先程垣間見たの銃を扱う腕前を見ていたからである。


「…あの日は、こんな晴れちゃいなかったが」


痛い程の土砂降りの雨、全てを呑み込む様な大きな波。空には真っ黒な雲が広がり、光は差さず、闇で支配された様な空間。滅多に無い、そんな悪天候の日に転がり込んでしたを、今でもローは鮮明に思い出す事が出来る。びっしょりと身体を濡らせ、凍えながらも一丁前に牙を向くの姿は、まるで弱り果てた小さな子犬の様だった。


「…言いたい事はそれだけ?」

「お前に俺は殺せねぇよ」

「…っ、やってみなきゃ…分からないでしょ!?」


以前にも同じ言葉を吐いたのは、きっと気の所為ではなかった。不敵にニヒルに意地悪く笑うローに、此の上無く苛立ちが増す。引き金に添えた指先に力を込め、はついに弾丸を撃ち放つ。


「船長!!!」


誰かが叫んだ。余裕の無い、切羽詰まった焦りの声だった。弾丸は真っ直ぐローへと向かって飛ぶが、其れはローの前に突如現れたベポに受け止められる。ベポの肉体によって。


「痛ててて…」

「………っ、」


ベポの脇腹から滲み出る血に、の銃を握る手が強張る。弾丸がめり込んだ傷口を手で多いながら、ベポは引き攣ってはいるものの、優しくに笑みを向けた。其れが余計にの心を掻き乱す。敵意の無い、変わらぬ慈しみで満たされた微笑みは、何よりも深くの心を抉るのだ。


「駄目だよ、キャプテン撃っちゃ」

「なんで…、」

「?」

「なんで…っ、!!」


声が震え、銃を構える事すら、ままならなかった。少しずつ下がる銃口は遂に下を向き、は揺らぐ瞳にベポを移す。水分が乾き、喉が驚く程に渇いていて、言葉を紡ぐが、とても其れは情けないものだった。


「なんで守るの!!」


の悲痛な叫びに警戒心剥き出しに殺気立っていた船員達の表情が先ず破顔する。言葉を向けられたベポはというと驚きに目を丸くしており、船員達は息を飲んだ。


「(なんて…悲しそうに…)」


そんな事を、言うんだ。ペンギンは溜まりもしていない生唾を飲み込む。すっかり空気を静まり返っており、中にいた船員達も、甲板に出て来ては其の異様な空気に口を噤んで様子を伺っている。そんな中、問いかけられたベポは出来るだけ優しく、しかし力強さももって答えるのだ。


「大切な人だから」


誰も口を開かない。唯々、ベポの言葉だけが場に響き、は強く奥歯を噛み締める。弾丸は貫通したのだろう、小さな穴を作ったベポの脇腹からは赤い血の雫が甲板に落ち、少しずつ、少しずつ赤く染めて行く。


「キャプテンは、俺の大切な人だから」


ベポは、はにかむ様にして笑った。照れ臭そうに、可愛らしく。其れからどれ程の沈黙が流れただろう。へにゃりと笑うベポと、表情を困惑と動揺に強張るを、皆が黙って見守っている。の瞳は揺らぐ。一体、何なのだと。間違いでは無い、当然の行動を取った筈なのに、何故こうも胸が痛むのか。まともにベポを見る事も出来なくなり、徐々に下がる顔は遂に視線が甲板に移るまでに落ちる。沈黙が続く。しかし其の静寂を破ったのは、他でも無い、ベポに守られたローだった。


「話は済んだか?」


その一言が、どれだけこの場の空気を震わせただろうか。船員達は我に返った様に顔を上げ、ローを見つめる。刀を肩に担ぎながら、ローがベポを追い抜いて船室の方へと歩き出せば、ベポは慌てた様にローの背中を見つめた。其れに気付いていたのか、ローは呆れた様に小さく息を吐き出すと、ベポに一度視線を向けるのだ。


「ベポ、着いて来い。先ずはお前から治療する」

「あ…、アイアイ!」

「それから」


ローは一度、言葉を区切ると視線をベポから外し、再び背を向ける。勝手な真似をした事を叱られてしまうだろうか、そう考え出すとどんどんベポの気持ちは落ちて行く。あんな盾になる様な行動をせずとも、ローは弾丸程度簡単に避ける事が出来たのだろうから。分かっていながら実際見ている事が出来ず飛び出したのは、最早条件反射と言っても過言ではない。ベポはただ、ローを守りたかっただけなのだ。ぐっと強く目を瞑り、ローから掛けられる言葉を待つ。しかし、ローから零れた言葉はベポの予想のものとは真逆のものだった。


「今度からこんな真似はするな」


振り向きもせずに冷たく放たれた言葉だが、其の言葉にどんな思いが込められているか分からないベポではない。心底嬉しそうに笑みを零すと、滴る血をそのままに、元気良くローへと続く様に前へと足を踏み出すのだ。


「アイアイ!キャプテン!」


ローの後ろにベポが付けば、ローは周囲をぐるりと見渡して、意外にも負傷者が多い事に気付く。船の損害は見ての通り悲惨なもので、修理や治療に痛い出費を払う事になるだろう。舌打ちを零したくなる心境だったが、ぐっとそんな感情を飲み込んで、ローは周りに聞こえる様にやや大きな声を出す。


「怪我してる奴等を全員医務室に連れて来い。順番に手当てだ。動ける奴は俺の手伝いと、船の応急処置に取り掛かれ」

「「「了解!」」」

「其処に転がってる奴等は…海にでも捨てておけ」


目で指した“そいつ等”は先程迄戦っていた敵船の船員達であたり、仲間達に見捨てられた憐れな海賊達だ。意識が無いだけなのか、其れとも絶命しているのか、見れば一目で分かるがローは生きているからといって助けたり等しない。そんな情けは持ち合わせておらず、現実的にも今はそんな余裕が無いからだ。一斉にローの指示に従うべく慌しくも動き出す船員達。だけが其の場から一歩も動かずに居た。


「お前も来い。手足の手当てくらいしてやる」


擦れ違い際、投げ掛けられた言葉にドクリと胸が一際大きく鳴る。目がこれでもかと見開かれ、は目一杯唇を噛み、銃を握る手に力を込めた。まるで襲い来る感情を、今にも暴れ出しそうな激情を抑え付けるかの様に、唯々耐える。そして其の感情も一線を越えれば、今度は完全に脱力した。ぶらりとぶら下げた手と、今にも甲板に落ちそうな銃。


「ほら」


の様子を見て居たペンギンが、へと歩み寄り手を差し出した。言われなくとも分かる促しに、は黙り込んだまま其の大きく、傷や豆の多い手を暫く眺めると、静かに手にしていた銃をペンギンの掌に乗せた。ペンギンが銃を握り、そっとの手から離れる。鉄の重みが無くなった手は、重力に従い、だらりと落ちた。










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