「島が見えたぞー!!」


誰かの声が、髑髏を掲げる潜水艦に響いた。帆を広げ、風を受けてゆっくりと海面を進む船は決して速くもなく、遅くもない速度で眼前に見える島へと向かって進行する。わらわらと船員の声につられて自室で休んでいた船員達が甲板へと出てき、船の進む先を眺めた。目視は出来ないが、望遠鏡を覗けば微かに見える島の姿。船員達は歓喜を上げる。


「「「肉ーーーー!!!」」」


室内に居ても聞こえる程の大声、全員一斉に発した言葉に、他に何か無かったのかとはひっそりと溜息を吐いた。


「溜息吐いてたら幸せが逃げちゃうよ?」

「………。」

「もう!そんなのだったら俺が貰っちゃうから!」


の隣でソファーに寛ぐベポは頬を膨らませて腰に手をやり立ち上がれば、の頭上の空気を徐に大きく手を広げて掴めみ、大きな口を開けて掴んだ空気を口の中へと含むのである。決して形も味もない其れを、まるで味わう様に咀嚼し飲み込む姿は微笑ましいものではあるが、あえては其れをスルーする。


「ベポー、いるか?」


数回のノックと共に扉越しに掛けられた声。開かれた扉の向こうには名も知らぬ船員が立っており、はソファーに腰掛けたまま視線だけを其方へと向ければ、出迎える様にベポが扉へと歩み寄るのだ。


「どうしたの?」

「いやぁ…ちょっとゴロちゃんに頼みてぇことが…」


船員はベポ越しにを見ながら、とても居心地悪そうに視線を右往左往させながら口籠る。ゴロちゃん、其れは船員達が挙って使用するの呼び名だ。当初は何を言っているのか分からなかっただが、今でこそ其れが自身を指す呼び名であるの事は理解している。呼び名の由来はゴロゴロの実の能力者からゴロを取り、其れだけだとまるでペットの名の様だと誰かが言い、語尾にちゃんが加わって、ゴロちゃんと定着したのだが、ちゃんを付けようが付けまいが、結局ペットの名の様なのだから最早言葉が出ない。


「ちょっと、いいか?」


船員は苦笑を浮かばせてに頼み込む。本日二度目の溜息をは吐き出した。数日前、が能力を以って鉄板を加熱させてみたあの日以来、何かとこうして船員達はの元へと訪れるのだ。其の理由は皆同じ、今回も其の件なのだろう。ベポは眉を下げて困った様にを見れば、は気怠さを隠しもしないで本日三度目の溜息を吐く。



















「ゴロちゃん!こっちも頼むわ!」

「悪い!柱の痛みが酷くてな。これくらいのサイズに…この鉄、引き伸ばせねぇかな?」

「俺の愛刀が真っ二つになっちまったんだよ!!くっ付けてくれええええ頼むよおおおおお!!!」

「ばか!ゴロちゃんは今こっちに忙しいんだ!そんなもん後にしろよ!」

「何だと!?それこそ後回しでいいじゃねぇか!今敵船に襲われでもしたら戦えねぇんだぞ!俺!」


他の部屋よりも比較的広い一室、其の中央には座っていた。周囲には鉄、鉄、鉄、鉄が並び、が居る事を聞き付けてやって来た船員達が、また鉄を持って部屋に訪れて来る。初めは静かだった部屋も何時の間にか汗臭い船員達で溢れており、室温もやや上昇気味だった。頭上を飛び交う言い争い、耳を塞ぎたくなる様な騒音を無視して、は目の前の鉄と向かい合う。


「おおおおおお…!すげぇ…ピッタリだ!」

「何か前より上手くなってねぇ?」

「ゴロちゃん、どんどん器用になってくなぁ」

「これで経費もだいぶ安くつくな!」


只の鉄の塊でしか無かった其れに、青い稲妻が走る。鉄はまるで生き物の様に蠢くと、無数に分裂して円錐へと形を変え、時期に銃弾へと形が変化していくのだ。


「悪いなぁ。こんな事までお願いしちまってよ」


つい今しがた、に銃弾の加工を依頼した船員が、の作った銃弾を掻き集めて去って行く。これから火薬を詰め、実戦で使用出来るように最後の加工を施す為だ。船員が一人去って行けば、新たな船員が鉄を持っての前へと膝をつく。其れを無情に見ながら、または船員の要望通りに鉄を加工する為、雷を帯びた手を翳すのだ。


「(どうしてあたしがこんな事を…)」


そう思いながらも、または己の能力を使って鉄を加工する。銃弾、砲弾、剣の作成、剣の補修、時には船の一部となる材料を必要分のサイズに切り分け、釘に加工をする事もあった。船に乗る時間の一部を、こうしては船員達の頼みを聞いて鉄の加工を行っている。


「大丈夫か?疲れたか?」


鉄の加工を終えたところで小さな溜息を一つ零せば、そんなを覗き込んで心配そうに顔を歪める船員が居る。其の問い掛けは瞬く間に周囲に広がり、船員達はの周りへと集まるのだ。


「そうだよな!こんなに沢山加工して疲れねぇ訳無いよな!」

「お、俺!なんか甘いもの貰ってくるわ!」

「肩でも揉もうか!?」

「お前そう言ってセクハラする気だろ!」

「なっ、違ぇよ!!」

「嘘吐け!前にゴロちゃん可愛いって言ってた事、知ってんだからな!!」

「ゴロちゃんの前で言うなよ恥ずかしいだろ!?」

「本当の事じゃねぇか!!」

「お前ら黙れよ!!ゴロちゃん疲れてんだぞ!!!」



只の言い争いがヒートアップし、の前で船員二人は取っ組み合いが始まる。仲裁に入る果敢な男が居たのだが、其れは二人によって簡単に押し退けられて、激しい殴り蹴りの攻防が始まるのだ。そっと静かにを抱えて二人から避難するベポは、とても慣れた様子で手際良く、其れも其の筈で、こうした喧嘩は毎回行われるからだ。


「止めようよ、二人共」

「「うるせぇ!!」」

「すいません…」


部屋の隅に身を寄せながら、控えめにベポが制止を促すものの、返ってくる罵声に直ぐさま意気消沈する姿は、これまた最近よく見られる光景で、はベポが打たれ弱い事を思い知るのである。


「ゴロちゃんまだいるか!?」


開け放たれた扉から声を上げたのは、先程甘いものを貰いに部屋を飛び出して行った船員である。喧嘩真っ只中の船員二人の間を潜り抜け、船員はお盆に乗せられたクッキーとジュースを持っての前に差し出すと、へなりと表情を柔らかくさせるのだ。


「コックがゴロちゃんにって置いといてくれたんだってよ!」


差し出された其れに困惑を示すだが、恐る恐る手を伸ばすと船員は嬉しそうに微笑み、ベポは涎を垂らしながら羨ましそうにとクッキー、ジュースを見つめる。赤いストローの差されたジュースに口を付ければ、甘い味が口の中に広がり、疲れがほんのりと少し和らぐ。


「(調子狂う…)」


隣にベポの温もりを感じながら、ストローを吸って喉の渇きを潤わす。しかし、心はまるで曇り空の様にもやもやとしていて晴れない。


「美味いか?」


目の前で笑う優しい男は海賊。隣に寄り添い涎を垂らす白熊も海賊。最早本格的な殴り合いを始めた二人も海賊で、二人を止めようとあたふたする男達も、笑いながら眺めている男達も、皆海賊。絶対に、何が何でも許さないと決めていた、海賊なのだ。


「俺も一口…」

「ダメだ!これはゴロちゃんのだからな!」


何故、こんなにも何とも形容し難い感情を抱くのか。海賊なのに、海賊だと、分かっているのに。彼等は海賊だ。海賊なのだ。なのに、なのに、何故こうも海賊らしくないのだろう。


「…海賊なんか…」


皆、同じ筈なのに。


「?何か言ったか?」


思わず声に零れた言葉が聞こえたのだろう。クッキーに手を伸ばすベポの手を叩く男が不思議そうにを見ていた。合わさった視線だったが、は其の目をさっと逸らし、半分程飲み終えたジュースをベポへと差し出せば、ベポは目を輝かせながら其れを両手で受け取るのだ。


「やったー!!」

「あ!ずるいぞベポ!!」


頬をこれでもかとジュースを含んで膨らませ、喉を鳴らして飲むベポに拳を突き上げながら怒る船員を尻目に、はお皿に乗せられた様々な形をしたクッキーに手を伸ばした。手にしたのは飛行機の形をしたブラウンの色のもの。一口齧り付けば、甘いチョコの味が舌の上に広がる。


「(甘い…)」


齧ったクッキーは甘い。しかし、甘過ぎず、とても丁度いい絶妙な甘さだ。偶然にも捕獲され、乗っている海賊船の船員達も、甘い。監禁部屋が破損したからとはいえ、枷も付けず、ろくに監視も付けず、自由に動き回れる身体を与え、一体何を考えているのか。こうしてまるで同じ海賊船に乗る仲間の様に接する彼等は、自分達が今にも襲われる事など無いと思っているのだろうか。全てが、甘かった。反吐が出る程に。


「ねぇ、クッキーも食べていい?」

「こらベポ!調子乗るな!」


しかし実際は反吐が出る程に甘い筈なのに、反吐どころか溜息が出るだけで、逃走行動を起こそうとしない自分がいる。甘いのは自分なのだとつくづく感じるのだ。簡単な事なのだ。近くにローの姿は無く、腕の立つベポが隣にいるものの、完全にに心を許しているベポなら簡単に振り切れる事など。能力さえあれば、簡単に此の場を切り抜け、船をほぼ把握した今ならば非常用のボートがある場所まで辿り着ける事など、簡単なのだ。


「…いいよ」

「やったー!クッキーももらいっ!」

「ああ!!俺だって…俺だって食べてぇのに…!!!」


ベポはとても嬉しそうにクッキーへと手を伸ばせば、悔しそうに口元を歪ませる男。これ見よがしにクッキーを次々と口の中へ放り込むベポを、とても悔し気に見つめる男はほんの少しの同情すら抱かせる。は小さく息を呑んだ。まるで此の環境に居心地の良さを感じてしまっている様な気がして、やはり反吐が出そうだった。










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