髑髏を掲げた潜水艇は島の端、岩で囲まれた目立たぬ場所で横付けにして碇泊する。上陸に備えて船員達が慌ただしく準備を始めており、甲板には下す荷物が並んでいた。船の修理の為、数日程、島に滞在する事が決まり、最小限の荷物を降ろす為だ。


「オーライ、オーライ!」

「お前もサボってねぇで手伝えよ!」

「これの何処がサボってる様に見えんだよ!馬鹿かお前!」

「やんのかコラ!!」

「喧嘩は良いから、さっさと運べー!!」


船員達が次々と荷物を陸へと降ろし、早足に行き交う姿を他人事の様には眺めた。其の隣には監視のベポが居るのだが、監視にしてはに警戒も注意を向けている様子も無く、汗水垂らして働く船員達を眺めている。勿論の手足には拘束器具は無い。ベポ同様、何もせずに二人は甲板の端に佇むだけだった。


「降りるぞ」

「アイアイ!」


荷物も全て陸に降ろされ、船員達は速やかに移動を始める。其の中にはシャチとペンギンを携えたローの姿も有り、手持ち沙汰だったベポを呼び寄せるとベポは元気良く返事を返しての手を引いた。毛皮で覆われた柔らかな手が、の細い手首を優しく繋ぐ。しかし、そんな手つきとは反して、ローやシャチ、ペンギンから向けられた視線はとても冷ややかなものだった。


「そいつは置いていく」

「え!?」

「え!?じゃねぇよ、当たり前だろ!」

「監視は居残り組がするから、さっさと預けて来いよ」


船室の方を指差しながら、ペンギンは呆れ顔で驚愕するベポに促す。船の修理を担当する船員と、念の為に船番として数人の船員が船に残る事は既に決まった事であり、自身も残される事は百も承知だったので、とやかく言う事は無かった。むしろ戦力の大半が船を離れるのだから、逃走する絶好のチャンスだとさえ思っており、困惑しているのはベポのみである。


「嫌だ!!!」

「嫌だじゃねぇよ、船長の命令だぞ」

「それでも嫌だ!!」


呆れ顔でやれやれと息を吐くシャチにベポは強く反対すると、さっと身を捩って抱き締める様にの身体を抱き込み、其の姿勢からと断固としてを置き去りにする事を拒むのだ。つぶらなベポの瞳はシャチやペンギンから移り、刀を担ぐローへと向く。


「ねぇ、キャプテン!ゴロちゃんも一緒に連れて行こうよ!」

「ベポ!わがまま言うな!」

「だって!ゴロちゃん、ずっと船に乗りっぱなしなんだよ?可哀想!たまには外の空気も吸わせてあげなくちゃ!」

「いや、今も十分外の空気吸ってんだろ」


けれどローが反対の声を上げるよりも先にシャチが口を挟み、ベポの要求を一刀両断する。ぐっとベポは言葉を詰まらせると、伏せ目がちに懇願する様にして不安げにローを見上げた。


「キャプテン…」


其の姿は、一昔前に流行った消費者金融のCMで御馴染みだった某犬を彷彿させる。ローは固く噤んだ唇を僅かに緩ませると、ベポとに背を向けて上陸に向けて歩を進ませた。


「支度して来い。1分だけ待つ」


向けられた背中で、確かに出た許可。其れをベポが認識するまで暫しの時間がかかり、ローの隣に携えるペンギンとシャチは肩を落とすも何処が表情は柔らかい。ベポは嬉しそうに笑顔を浮かべると、子供を相手にする様にの身体を持ち上げた。所謂、高い高いの其れである。


「わーい!やったね!」

「船長ぉー、ベポに甘いっすよ」

「そうじゃねぇ。船番に監視させるより、身近に置いて俺等が見てる方が賢明だと思っただけだ」

「またまたー、そんなこと言っちゃって!」


ベポと戯れる、否、ベポに振り回されているを尻目に、シャチとペンギンはローの後を追いながら、其の背中に軽口を叩く。遠下がっていく背中をベポに抱えられながら目で追っていれば、の視界がぐにゃりと歪み、身体全体が激しく揺さぶられた。ベポがを俵担ぎをして走り出した為だ。


「良かったね!一緒に島降りられるよ!」

「(全然良くない…)」

「1分しか無いから早く荷造りしないとね!」


ベポは持ち前の脚力で狭い通路を大股で駆け抜ける。行き先はベポとが共同で使用する部屋だ。ベポは既に荷造りを済まし、他の船員が降ろしていた為、の荷物を取りに向かっているのだろう。は揺れる身体に酔いを感じながら、其れが無駄な行為である事を静かにベポへと告げた。


「あたし、荷物ない」



















「お。早かったな」

「って手ぶらじゃねぇか」


島ではベポに抱えられながら船を降りてくるの姿を目視し、二人の到着を待つハートの海賊団一向の姿がある。ロー以外の船員達は大小様々の荷物を各自抱えており、ベポとを待っていた。ベポとの手ぶらに眉を顰める船員達に、ベポは一切見向きもしなければ、ローの元へと駆け寄って眉を下げるのである。


「キャプテン!ゴロちゃんに服買ってあげて!」

「「「はあ?」」」


ベポの言い分に船員達が声を揃えて首を傾げる。只でさえ船の修理に出費が掛かるというのに、何を贅沢な事を言うのか。船員達が胸に抱く感情は当然の事ではあったが、の身形を改めて見直すと、同時に納得した様に声を漏らすのである。


「あ、そっか。ゴロちゃん身一つだっけな」


何時の間にか視線はローへと集中し、を憐れみながら船員達はローに期待の目を向けた。拘束している人間に其処までしてやる義理は無いと言えば其れ迄なのだが、実際の所、此れまでは数々の手助けをハートの海賊団にしている。船の補修の為の鉄の加工や、折れた刀の補修。肉を焼く為に壊れたコンロの代わりに鉄板の加熱や、皆は知らないが船に減り込んでいた砲弾を取り除いたのもの功績である。襲って来た海賊達も最後はローが撃退した訳ではあるが、形成逆転に大いに貢献したのは言うまでも無くだった。というのに、此処に至るまでの功労者の身形と言えば、風呂にも縁遠く、埃やらで薄汚れたみすぼらしい格好に、ボサボサで絡まった長い髪。


「着替えの服がねぇのは当たり前か」

「船長ー、ゴロちゃんも年頃の女だし、服買ってやってもいいんじゃないっすか?」

「そうっすよ!俺からもお願いします、ゴロちゃんには色々世話になったし」

「俺の刀も直してくれたんですよ!」

「今日までの飯だってゴロちゃんが居なかったら食えてなかったかもしんねぇし…」


男臭い船に乗り込む船員達は、の酷い格好を気にも留めずにいた訳だが、よくよく考えれば此の年頃の女子である事を思えば耐え難い仕打ちであっただろう。島娘達の様に可愛らしい洋服を着て、綺麗に身形を整えて居たい筈なのだ。船員達はローに熱い視線を向ける。


「キャプテン…」


最後にベポがローに訴えかけた。ただ、此れが唯の拘束者であればベポは分からないが船員達は衣服の購入を許可してくれとローに頼む事は無かっただろう。例えが自ら望み進んで行動していた訳では無かったにしても、人情と義理を重んじる熱い海の男達からすれば、此れまでが彼等の利益になる行動をとった事へ対して出来る些細な感謝の仕方なのだ。何十着とは言わない、せめて着回せる程度の数着で良い。其の出費を許して欲しかった。海賊らしく盗んでも良いのだが、其れでは納得出来ない。蓄えたハートの海賊団の資金から、に資金を出す。其れが彼等なりの恩返しなのだ。熱い視線に、続く沈黙。一言も言葉を発さずにいたローが呆れた面持ちで静かに息を吐いた。


「ダメだとは言ってねぇ」


たった一言、其れだけで瞬時に船員達の表情は和らぐ。


「好きにしろ」


金を詰めていた木箱から、両手で漸く持てる程の金貨が入った布袋を取り上げ、ローはベポへと預けた。即ち、此れで買えということだ。


「さすが船長!」

「太っ腹!!」

「さっさと行くぞ。先ずは宿だ」


集団の先頭を切ってローが島の中心の街へと向かえば、一向はぞろぞろと歩き出す。其の最後尾にベポが並び、ベポから地上へ降ろされたがベポに手を引かれながら歩く。久々に踏んだ土は柔らかく、泥濘んだ地面に数日前に雨が降っていた事を悟った。


「良かったな」

「全部使っちまえよ」


何時の間にか後ろへ下がって来ていたのか、シャチとペンギンが笑みを浮かべながらへと声を掛ける。返答に戸惑いを見せるは暫く悩んだ末、静かに唇を薄く開くと、金の礼とは別の言葉を口にした。


「拘束しなくていいわけ?」


其れは純粋な疑問。勿論は拘束されたい訳では無い。手足を拘束されるのは不自由であるし、海楼石はとても厄介だ。あの何とも言えない身体の怠さは二度と御免である。しかしが能力者である限り、付いてくる最大の弱点をもってすれば、簡単にを平伏させる事も、行動を制限する事も可能なのだ。其れを利用せず野放しにする彼等がには唯々疑問であり、不審だった。


「今更だろ」

「枷付けて歩かせたら周りの目もあるしな、目立つし」

「俺等はそんな趣味ねーよ!」

「其れに逃げたりしねぇだろ?」


清々しい顔で、誇らしげに堂々と言い切ったシャチとペンギンに盛大には眉を顰めた。


「そんな保証どこにも無い」


何を根拠に逃げないと言い切れるのか。実際、逃げようと思えば今直ぐにだって可能なのだ。ローの能力は確かに厄介ではあるが先頭と最後尾では其れなりに距離がある。此方も能力を使えるのだから、逃走程度なら簡単なのだ。其れをただ今は実行しないだけであって、しないわけでも、出来ない訳でも無い。


「今、此処で殺すかも」


虚勢でも脅迫でも何でもなく、真実を口にする。しかし、シャチとペンギンは恐怖の色も緊迫する様子も見せなければ、互いの顔を見合わして同時に噴き出して笑うのだから、は思わず顔を強張らせるのだ。


「無いな」

「信じてっからな」


眩しい笑顔でシャチとペンギンはを見下ろし笑った。歯を見せて、屈託無く、仲間の船員達に見せる様な心を開い虚飾の無い笑顔は、まるでの心臓を握り潰すかの様に圧迫感を与えた。


「あの日、見たお前を。俺は信じてる」


あの日、ペンギンの言う其れは海賊に襲われ劣勢を強いられていた戦いを指す。ローの命令で渋々を海楼石の枷から解放したのは紛れも無いペンギンだ。仲間に手を出さないでくれと、項垂れ懇願したペンギンの姿は未だ記憶に新しい。何だか後味悪くなり、は顔を反らす様に雨水を十分に吸った地面へと視線を落とすと、焼けるような痛みを帯びる喉から言葉を絞り出した。


「…簡単に、信じるべきじゃない」


其れは珍しくが彼等に掛けた忠告だった。他人等、信じた所で何一つ良い事なんて無いのだから。ベポが落ち着き無く不安げにを見下ろし、シャチとペンギンもそんなに思わず口を閉ざす。妙な空気を肌で感じながらも、は其れ以上口を開く事は無く、騒がしい先頭と反して、最後尾はやけに静かだった。










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