「おいベポ!起きろ!!」
「うー…」
激しく身を揺さぶられ顔を歪ませながらベポは唸った。揺さぶる手は一向に緩まる気配は無く、より一層激しさを増す。きゅっと一度目を瞑り、ゆっくりと開いたならベポは焦点の合わない瞳を彷徨わせ、視界の中で映った人影に目を擦るのである。
「シャチ…?」
「ほら!早く服着ろ!行くぞ!」
「え…何処に?」
「いいから!」
腕を引き、ベポを起き上がらせればシャチは床に転がっていたベポの衣服を押し付ける。戸惑いながらもベポは受け取れば、己が腰に巻いたタオル一枚で眠っていた事を思い出し、慌てて服を着るのである。ベポが服を着た事を確認したなら足早に部屋を出て、シャチはベポを呼び付けた。
「ほら!早く!」
「何でそんなに急いでるの?」
「いいから!あ、お前ら手空いてる?人手が足りねぇんだ、手伝ってくれ!」
ゆったりとした足取りでベポがシャチの後を追えば、丁度廊下を通った船員二人組を捕まえてシャチは玄関へと向かう。ベポ同様、事情の説明も無く呼ばれた船員達は不思議そうにしつつもシャチの後を追い、玄関へと向かった。靴を履いて宿を飛び出し走り出すシャチを、二人と一匹は慌てて追い掛けるのである。
「何処行くんだよ!」
「何急いでんだ?」
「シャチ早いよ!」
船員達とベポが声を掛けるも、シャチは構わず走る。呼び付けられた理由も分からぬまま、二人と一匹は後を追えば、シャチは迷わずとある建物へと入って行くのだ。其の出入り口には何故か人の群れがあり、其の中を掻き分けて中へと進んで行く。
「カジノ…?」
「何だ、喧嘩か?」
シャチの後を追い、ベポと船員達は人の壁を押し退けて中へと進む。何か見世物でもあるのか、群れる人々はざわめいており、興味津々と中を覗いている。漸くシャチが立ち止まった先には、人々の注目しているテーブルがあり、高く高くチップが積み重なっていた。
「くっそおおおお!」
「イカサマしてんじゃねぇだろな!?」
「俺の全財産…!!!」
頭を抱え呻く若い男と、脱力して椅子に仰け反る中年の男。大量の吸い殻を傍らに今にも食ってかかりそうな男の視線の先には、悠々と椅子に腰掛けチップに囲まれた長い黒髪の少女の姿があった。
「未だ…やんのか?」
そんな少女の背後には顔を引き攣らせたペンギンの姿があり、恐る恐ると少女に問い掛ける。すると、少女は顔を上げて振り返れば、漆黒の瞳にペンギンを写して首を振るのである。
「もう終わり」
椅子から音を立てて立ち上がった少女は、ペンギンの直ぐ背後で立ち尽くすシャチと、呼ばれてやって来たベポと船員達を一瞥し、山積みになったチップを見る。状況を理解した船員達は絶句し、ベポは驚愕に目をひん剥きながら声を震わせた。
「え…なにこれ?」
静かな問い掛けに、返答は無い。
大量の札束を布袋や木箱に詰め、両手一杯に運ぶ男達を引き連れては歩いていた。
「俺、未だに信じらんねぇよ…」
「奇遇だな、俺もだ。全く意味がわかんねぇ」
沈黙を貫くペンギンとシャチの後ろで、シャチに呼び付けられた船員達は遠い目をして歩く。前を歩く二人の間から見えるの背中はとても小さい。が、普段よりも幾分機嫌良さそうに見えるのは勘違いでは無さそうだ。
「神様っていんのかな…」
「さあな…。いたとしたら不公平なもんだ」
「銃の腕は神業並みで、更に運もある…なんか悲しくなって来るぜ…」
の隣にはベポが歩き、其の手には札束と金貨が溢れんばかりに詰め込まれた大きな木箱がある。全て、がローから譲られた布袋に詰まった金貨を資金に膨らませた金銭だ。初めこそ鴨を見つけたと目をギラつかせてを見ていた男達に、ペンギンとシャチが必死にを止めていたのだが、一度ゲームが始まると閉口せざるを得なかったのだ。ダイス、ルーレット、スロット、様々なゲームを行って続く勝ち、勝ち、勝ち。特にトランプでの勝負が凄く、は次々と相手から賭け金を巻き上げていくのだから、圧巻である。
「…本当にイカサマしてねぇんだよな?」
「全部実力なんだよな!?」
「さっきからそう言ってるのにペンギンとシャチはしつこいなぁ。ねぇ、ゴロちゃん」
「………。」
シャチが一度カジノを離れ、ベポを呼び、たまたま通り掛かった船員達を呼んだのは、最終的に得る金銭をペンギンとシャチの二人では持ちきる事が不可能だと悟ったからである。実際、其れは正しく二人は腕に血管を浮き彫りにさせながら重たい其れを持って歩いていた。しつこく何度も同じ問い掛けをするペンギンとシャチに最早は口を開く事は無く、呆れた様子でベポがの代わりに答える。最初こそベポも戸惑ってはいたのだが、順応性が高いというべきか、直ぐベポは追求を止めて素直に金銭をの分まで運ぶのだから余計にペンギンやシャチ、船員二人は困惑するのだ。
「…何だ其れは」
戻って来た宿には、今迄姿の見えなかったローの姿があり、ベポとペンギン、シャチ、船員二人の抱える大金を見て目を細める。同じくローと共にいた船員達も、戻ってしたと其の面々が持つ大金を目にすれば、飛び出さんばかりに目をひん剥いて絶句するのだ。
「お金」
「それは見りゃ分かる。どっか拾ってきた」
「拾ってない」
はベポの抱える木箱の中から金貨と札束が溢れ顔を覗かせる布袋を取り出せば、其れをローへと突き出した。訝しみながらローが布袋に見、受け取れば、は表情一つ変えずに言うのだ。
「返す」
「…カジノか?」
布袋から溢れる金銭を眺め、ローがに問い掛ける。は答えず踵を返せば、慌ててペンギンとシャチが、衝撃に身を硬直させる船員達に部屋に運んでくれと金の詰まった木箱と布袋を預ける。の格好はシャチの服のままで、膨れ上がり荷物になった金を一度宿に置きに戻って来ただけなのだ。
「やるじゃねぇか」
何を思ってか、にやりと笑みを浮かべるローを一瞥しては宿を出る。其の後ろを変わらず木箱を抱えるベポが続き、手ぶらになったペンギンとシャチが続けば、は真っ直ぐ街へと向かって進むんだ。今度はカジノには目もくれずに通り過ぎ、服屋が密集する一角へと真っ直ぐ向かえば、一先ず最初に目に付いた店内へと迷わず入るのである。
服を一式購入し、店の更衣室で買ったばかりの服に袖を通す。店内には下着も販売されていたので、一緒に下着も購入したのだが、ペンギンとシャチは下着コーナーへとが向かえば慌てて店内の外へと出て行ったのだが、ベポは恥じらいが無いのか、はたまたクマ故に興味が無いのか始終の傍から離れる事はなかった。着替えの衣服は数着購入したものの、袖を通すつもりは無かったので選んだものは適当なものばかりで、店のロゴが入った紙袋に詰め込まれた新品の衣服は、更衣室の外で待機するベポが持っている。
「わあ!かわいい!」
カーテンを引いてシャチの衣服を傍らに持ちながら靴を履けば、ベポはの装いににこりと笑みを浮かべた。ハイネックの半袖のトップスは、伸縮するタイプの生地で女性らしい曲線を描く。合わせたスキニーパンツとショートブーツを合わせれば、年の割には大人っぽく知的な印象をに与える。長い髪を無造作に高く一つに結えば、はベポを引き連れて店を後にするのである。
「似合ってるじゃねぇか」
「やっぱ女は女らしい格好しねぇとな!」
店の前で待機していたペンギンとシャチは、漸く出てきた二人を見て、ほっと息を吐く。女の買い物は長いと良く言うが、其処まで時間は掛からなかったからである。ペンギンとシャチは着替えも済ませたを見ると、小さく笑みを浮かべたのなら、は手に持っていた衣服を僅かに掲げた。
「洗濯、して返す」
「ん?ああ、そんなの良いって!むしろ俺得みたいな…止めてくれ、そんな目で見るな。すまん、悪かった。もう言わない」
「………。」
軽蔑の眼差しでがシャチを見れば、同じくペンギンとベポも引いた目でシャチを半眼で見つめる。居た堪れなさに直ぐさまシャチが謝罪を口にすれば、二人と一匹から冷たい目を向けられた。
「ま、まあ!洗濯はしなくて良いって!全員一斉に洗濯する時に一緒にやるからさ!」
「………。」
「いや、ほんと。マジで。スンマセン」
頭を下げ、腰の低いシャチには無言で先程まで着ていた衣服を手渡す。ぎこちない動作でシャチは受け取ると、衣服を抱えながら無理矢理明るい声を上げて、空元気に拳を突き出すのだ。
「よ、よし!宿に帰ろう!コックが飯作って待ってる!!」
はは、なんて笑い声を上げて宿へと向かうシャチの足は心なしか早い。其の後ろを無言でペンギン、ベポと続きが歩けば、時折後ろを振り返りながらシャチは宿までの道を大股で進んだ。
眼前に山の様に積み上げられる肉、肉、肉。大皿の上に乗せられた楕円形の其れは最早嫌がらせかと思わせる程にの視界を阻む。じゅるりと誰かが唾液を啜る音が聞こえた。そっと息を呑んでの目の前に聳える、塔の様に高く積まれた其れを食い入る様に見つめる。
「さあ!好きなだけ幾らでも食えよ!」
笑顔でコックがウインクした。が、こんな量を一人で食べれる訳がない。
「「「「「………。」」」」」
「………。」
むさ苦しい程の男臭い面々からの熱い視線。其れすらも煩わしい。は自分を取り囲む様に席に着く男達を直視する事が出来ず、俯きながら静かに肉が存分に乗せられた大皿を押した。例えるなら悪魔に生贄を捧げる様な気分である。
「…一人じゃ食べ切れないし、みんなで分けよう」
「「「「「いいのか!!?」」」」」
「う、うん…」
「「「「「さすがゴロちゃん!!!」」」」」
其れから戦場だった。テーブルの上で行われる肉と肉の奪い合い。誰かがテーブルの上に飛び乗って皿が甲高い音を立ててひっくり返った。身を引いて惨事に巻き込まれない様にと縮こまりながらは白米を口にすれば、味付けは何もされていない筈なのに、甘い味がした。
「何だ、この大量のハンバーグは」
「ゴロちゃんの好物ってんで、張り切って作ってたら張り切り過ぎちまって!」
テーブルの一角に座るローが、ハンバーグに齧り付くベポの隣で呆然と目の前で繰り広げられるハンバーグの奪い合いを呆れた様子で問い掛ければ、コックは頭の後ろに手を添えながらはにかんで答えた。ローの視線がへと向き、白米を食べ進める手が止まる。暫しの見つめ合いが続き、が眉を顰めれば、ローは嘲笑う様に口元を吊り上げた。
「お子ちゃまだな」
デジャヴを感じる言葉に当然の如くイラっとした。
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