力強く鼓動する心臓。脈打つ其れに押し出され、脳へ、指先へ、下って爪先へ、そしてまた指先へ、最終再び心臓へ。身体の隅々まで巡る血液。しかし一度外傷を負ったのなら、巡る筈の血液は心臓へ戻る事なく外へと流れる。傷から流血する血の様に、流れ出た。


「…ふぅ…」


小さく、息を吐く。身体から絶えず流れ出る其れに疲労感は蓄積するばかりで、立っているのも辛い。鳥籠の様な形をした牢の中、床に座り込んでは目を閉ざした。何度か逃走を図ろうと能力を発動したが、電気エネルギーを吸収する枷と鎖はびくともせずに牢の背後で稼働する大きなエンジンの餌としての雷を送り出した。


「性質悪…」


皮肉な事に愚痴を零す事しか出来ず、其れを聴く者すら居ない。能力を発動せずとも、触れた手首、足首から枷は微量なエネルギーを食らっていくのだ。放電しても吸収され、放電せずに大人しくしていても、奪われる力。普段からあまり能力を使用しないからすれば、こんな何十時間も能力は使用した事が無く、余計に疲労が募る。


「ゴロちゃーん!」


滅多に人が現れない動力室、及び監禁部屋に訪問者がやって来た。相変わらず暖かそうな毛皮の彼は、にこりと笑っての入れられた牢に手を掛ける。


「ご飯だよ!今日のメニューはステーキだって!」


音を立てて錠が外れ、開かれる扉。今日のメニューは、とは言うが、船員達の熱い要望あってか毎日テーブルには肉が並んでいる。今日のメニューは、とは言わず、今日もメニューは、では無いのか。そんな言葉を吐くことすら、億劫だった。


「よー!ゴロちゃん!体調どうだ?」

「悪いなぁ、疲れただろ?腹一杯食えよ!」


ベポに鎖を外され、連れ出された先は船員達がリビングルームとして使う広々とした部屋だ。テーブルの上にはステーキをメインとした数々の料理が並び、船員達が取り囲む様に椅子に座っている。ベポに連れられて現れたに快く手を上げて声を掛ける船員達は皆柔らかい表情だ。


「ゴロちゃんの席は此処な!」


空いた席はテーブルの角を指し、コックは椅子を引いての着席を促す。隣にはシャチの姿が有り、の席の正面、反対側の角席にはローが座っていた。


「おいっ!!」


素早くテーブルに並べられていたフォークとナイフを引っ掴み、ローに目掛けてナイフを投げる。慌てて立ち上がり抑え込むシャチの声も聞かず、すかさずはフォークを握り締めてローに襲い掛かろうとするが、と同じくリビングルームへやって来たベポがを羽交い締めをして、奇襲は失敗に終わった。


「…懲りねぇな」


呆れた表情で溜息を吐くローの後ろでは、深く突き刺さったナイフが有る。手足をばたつかせてベポの腕から逃れようと抵抗するが、腕力ではベポの方が上で、且つ疲労困憊のには其の腕から逃れる術は無かった。突然起きたの反抗的姿勢に唖然とする面々、シャチは安堵の息を吐いての手に握り締められたフォークを奪うとは舌打ちを零してローを睨み付けるのだ。


「食事くらい大人しくしろ。何の為に枷を付けないでいてやるか分かってるのか?」


の手足には海楼石の枷は無い。其れは食事等の最低限の生活行動時以外、牢でひたらすらエネルギーを吸収されているを思い、船員達がローに海楼石の枷を付けるのは止めてやって欲しいと懇願されたからだ。万が一、こうした奇襲を掛けられれば、ローや船員達が抑え込むという暗黙の了解の上で成り立った決断である。


「まあまあ…落ち着けよ、な?」

「ご飯食べよう?冷めちゃうし…」


シャチとベポが揃ってを宥めれば、忌々しげにローを睨みながらは抵抗を止める。拘束する腕を解かれ、空いた席へと座れば始まる食事。駆け込む様に肉を飲み込んでいく船員達の中、も無我夢中で飯を食らった。腹が減っては戦は出来ぬ、である。


「次の島までどのくらいだ?」

「特に気流も問題無いし、そんなにかからないよ」

「食糧もそろそろ底につきそうだしな…丁度良い」

「酒もそろそろ無くなるし!」


ローがベポへ問い掛ければ、口の中の肉を飲み込んでベポは答える。ベポはハートの海賊団の航海士だからだ。次の島へと胸を馳せ、食事をしながら頷く船員達。


「お前も次の島は降りろ」


ローの目がへと向く。というエネルギー源を得た船は、あれから度々島に到着してもが船から降ろされる事は無かった。というのも、降ろす必要が無かったからである。


「死ぬかもよ」


食事の手を休め、は挑発的な言葉を吐いた。けれどローは動じず、むしろ好戦的に笑みを浮かべるのである。


「お前程度に殺されるとなりゃ、俺も終わりだな」


ローの反応が気に入らず、は苛立ちをステーキにフォークを突き刺して感情を抑えた。はもう逃走を図るつまりは無い。其れはローも他船員達も周知の上だった。はハートの海賊団から逃げる気は無い。ローの首を取る迄は。屈辱的な目に遭わされながら、何もせず逃げるつもりは無い。逃げるのは、ローに其れなりの往復をしてからだ。言葉にせずともの目的を正しく認識している船員達は、ひやひやとしながらローとを交互に見つめていた。



















皆の肝を冷やした晩餐から三日経った昼頃、船は大きな島へと辿り着き、ハートの海賊団一行は上陸していた。ローの宣言通り、檻から出されたは出て行き成りローに襲い掛かった訳だが、其れも直ぐに抑え込まれて未遂に終わる。ぞろぞろと船員を引き連れて島の中心部へと向かったローだが、途中途中、其々が必要物資の調達に別れて行くと、最終残ったのはロー、ペンギン、シャチ、ベポ、の五人だけとなった。


「ベポとシャチはコイツを連れてカジノに行って来い」

「アイアイ、キャプテン!」

「カジノっすか…?」

「資金は多いに越した事は無いからな」


札束の詰まった布袋をシャチへと手渡し、ローは賑やかな騒音を出す建物を尻目に促す。完全に利用されている事には眉を顰めるが、ローは見て見ぬ振りでさっさとペンギンを連れて街へと繰り出す始末だ。取り残されたシャチとベポは、不機嫌丸出しのを連れて街一番のカジノへと向かう。


「今日はどれくらい勝つかなー!ねぇ、俺もゲームしていい?」

「馬鹿!勝った金全部使う気か!?船長に殺されっぞ!」

「そんなに負けないよ!?」

「前にカジノ行った時、身包み剥がされてたの俺は忘れてねぇからな!」


言い争いを始める二人を尻目にカジノへと連行されたは昼間にも関わらず繁盛した建物を見上げて店内へ。此処の島もドレスコードは無い様だが、やはり小綺麗な格好をする客が多く、シャチ、ベポ、は妙に目立っていた。


「よぉ、ちっと俺等と遊ぼうぜ」

「可愛い娘がいる方が燃えるってもんだ!」


早速かけられる声は、鴨を逃がすかと目を光らせる男達と、其の脇に佇む妖艶な女。


「よし!行って来いゴロちゃん!」

「俺応援頑張るからね!」


背後で鼻息荒くいきり立つ一人と一匹に背中を押され、座らされたテーブル。ディーラーがカードを纏め、一度に微笑むとテーブルに座る全員に均等にカードを配り始めた。


「ゲームはポーカーだ」

「ルール、知らない訳ねぇよな?」


きらりと男の金歯が光る。悪趣味だと思いながら、その本音は口に出さずに飲み込んで、配られたカードに目を滑らせた。ポーカーは得意中の得意なゲームだ。男達には悪いが負ける気はしない。は手札を見つめていた目を伏せた。



















「まじかよ…」

「キャプテンに怒られる…」


シャチ、ベポ、がカジノを出るのは早かった。其れこそ、一時間すら経っていない。肩を落とし顔面蒼白なシャチとベポは、からすれば実に面白いものではあったが、一人と一匹は勿論それ所では無い。ローに預かった金銭は手元に無く、全てをゲームに誘った男達の懐へと吸収されたのだ。大金を一瞬で使い果たし、無一文と化した訳だが、顔色が悪いのはシャチとペンギンだけで、は何処吹く風である。


「さてはゴロちゃん!わざと負けただろ!」

「ええ!?そうなの!?」


シャチが勢い良く振り返りを睨めば、肩を飛び上がらせて目をひん剥くベポ。向けられた疑いの目にはそっぽ向くと、淡々と言葉を紡いだ。


「運が悪かったんじゃない」

「あんなに前、勝ちまくってただろ!?そんな訳あるか!!」

「あの時に運を全部使ったんだよ」

「はああああ!?」

「そもそもあたしにゲームをさせたのはそっちでしょ。負けた事に文句を言われる筋合いは無い」


最もなの言葉に悔し気に口をへの字に曲げるシャチを、ベポが慌てて宥める。実際問題、はわざと負ける様にカードが揃わぬ様に手札を捨てて揃えていたのだが、正直に其れを告白してやる義理は無いのだ。わざと負けて金銭を男達にやったのは、些細なの嫌がらせに他ならない。


「船長になんて言えばいいんだよ!!」

「普通に言えば?」

「元はと言えばゴロちゃんの所為だからな!お前も一緒に謝れよ!!」

「謝る理由が無い」

「こんの…!!」

「わーー!!シャチ!女の子に暴力はダメだよ!!」

「ベポ!!コイツはわざと負けたんだぞ!!?」

「そんなの分からないよ!!」

「いいや!俺には分かる!!」


騒ぐシャチを必死にベポが説得を試みるが、完全に血が上ったシャチには全くもって効果は無い。殴り掛からんと暴れるシャチを、何時ぞやのの様に羽交い締めして連行するベポは、今日程逞しく見えた事は無かった。


「あ、キャプテン!」

「げっ!!せ、船長…」


前方に見覚えある背中を見つけ、ベポが声を漏らせば、同じく気付いたシャチが此れでもかと顔を顰めて口元を引き攣らせる。ペンギンだけでなく他の船員達も合流したのか男達を引き連れて歩くローも此方に気付いたのか振り返ると、どうやら誰かと話していたらしい。ローの前には見慣れないものの奇抜な格好をした男女が居た。


「どうだった?」

「そ、それが…」


簡潔に尋ねるローにシャチは口籠る。其の様子と、シャチ、ベポ、が手ぶらな事に気が付けば、シャチが言い訳をする前に結果を察知し、ローは息を吐く。


「もういい」

「せ、船長!?違うんですよ!ゴロちゃんがわざと負けやがって…!!」

「それくらい分かる」


シャチの言い分を一蹴し、ローは己の被る帽子に手をやった。深く被り直した帽子の下に浮かぶのは僅かに滲む呆れ。しかし、咎めるつもりが無いあたり、結果は元々予想していたらしい。実際問題、以前がもたらしたプラス金を考えれば、今回の損失など痛くも痒くも無いのだから大した問題では無いのだ。


「そいつ等…誰ッスか?」


ふと、行く手を阻む様に佇む男女を見てシャチが尋ねる。男女、主に男は待ってましたと言わんばかりに鼻を鳴らし、隣で露出の高い女がにやりと笑みを深めた。また一つ、面倒事が増えた気がしては踵を返そうとしたのだが、素早くシャチに腕を掴まれて未遂に終わる。勿論其の手は瞬時に振り払ったのだが。










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