「この俺が誰かって?この顔を知らねェとは言わせねェ!!」


鼻の長い重力に逆らって立つ男は、高らかに笑いながら胸を張った。其の隣に立つ綺麗な顔立ちの女は腰に手を当てて鼻を鳴らし、男の背後に控える大柄な男は酷く間抜けな表情で笑っている。勿論は三人の顔に見覚えは無く、ベポやペンギン、シャチも同様だったのか曖昧な表情を浮かべており、四人はローへと目を向けると、ローは息を吐いた。


「知らねぇ」


途端膝から崩れ落ちて項垂れる男は酷く滑稽で、女は慌てて男を心配する様に膝を着き、大柄な男は口を両手で抑えながら堪え切れ無かった笑い声を上げた。


「いやん!オヤビンっ!!落ち込まないで!!うそですよ、きっと知っててわざと知らないと…」

「俺を知らない…」

「ぷっ!!ぷぷぷぷぷぷっ!!」


まるで其れはコントの様で目の前の光景に達は揃って呆然とするのだ。名を知られていると踏んで大きな態度で居たのだから、知らないと一蹴された時の凹み様は想像するまでも無い。


「何だ、アイツらは」

「ゴロちゃんも知らないの?」

「知らない。あんなキャラ濃い人」

「!!!」

「いやん!オヤビンっ!しっかりして!!」

「ぷぷぷぷぷぷっ!!ぷっ、ぷぷぷぷー!!」


の零した言葉に更なるダメージを負った男は、顔を強く地面へと叩き付けた。此の場合、意図的に叩き付けたと言うよりも、顔を支える力すら抜けたと言っても良い。女は男を必死に励まし、大柄な男に関してはいっそ声に出して大笑いすれば良いのにと思う程の爆笑っぷりだった。


「俺の名はフォクシー!!!欲しい物は全て手に入れる男!!お前はハートの海賊団、“死の外科医、トラファルガー・ロー”だな!!!」


真っ直ぐとローを指差して吠える男はフォクシーと名を名乗り、女の励ましがあって、すっかり元の調子に戻っていた。フォクシーに名指しされたローはというと、驚きこそしなかったが何故、名を叫ばれたのか分からないと言った風だ。


「我々“フォクシー海賊団”!!“ハートの海賊団”に対し、オーソドックスルールによる“3コイン”デービーバックファイトを申し入れる!!!」

「“デービーバックファイト”…!?」

「ペンギン、知ってるの?」

「ああ…」


今迄ローの背後に控えて様子を窺っていたペンギンが、やベポには聞き覚えの無い名称を聞いて唖然とする。首を傾げるベポにペンギンは小さく一度頷くとフォクシーを目深く被った帽子の下から、フォクシーを睨み付けた。


「戦いの火蓋は互いの船の船長同士の合意の瞬間切って落とされる…」

「?」


ペンギンの言葉に、ベポは今度は反対側に首を傾けた。すると釈然としないベポに、ローが其れが何であるかを説明するのである。


「海の何処かにあるという海賊達の楽園“海賊島”でその昔生まれたゲーム…より優れた舟乗りを手に入れる為、海賊が海賊を奪い合ったという。つまりデービーバックファイトってのは“人取り合戦”の事だ」

「!?」

「何それ!初めて聞いたよ!」


人と人の奪い合い。そんなゲームが海賊間であった事実には目を見開き、ベポもあんぐりと口を開ける。シャチも知らなかった様で、戸惑いの様子を見せれば、フォクシーの隣に佇む女が胸を張って誇らし気に困惑するハートの海賊団の面々を見た。前を全開に大きな胸を恥ずかし気も無く露出する女の胸部に皆がチラチラと目を向けていたのは言うまでもない。


「いやん!そんな事も知らないの?今迄よく海賊やってこれたわね…。1勝負ごとに勝者は相手の船から好きな船員を貰い受ける事が出来るのよ!貰われた船員は速やかに敵の船長の忠実な部下となるってわけ」

「深海の海賊“デービー・ジョーンズ”に誓ってな!!!」


フォクシーがにやりと悪どい笑みを浮かべ、船員の誰かが息を飲む音が聞こえた。シャチは一歩前へと出ると、ゲームを申し込んで来たフォクシーに食って掛かる。


「負けたら…仲間を取られるってのか…!?」

「その通りだ!!なお、敵船に欲しい船員がいなかった場合、船の命、海賊旗の印を剥奪する事も出来る」


踏ん反り返って頷くフォクシーは、相当ゲームに自信があるのか、勝気に満ちた表情を崩さない。そんなフォクシーを一瞥し、ローは落ち着いた声色でシャチに向かって言葉を掛ける。其れは、此のゲームを簡潔に且つ、正しく纏めたもの。


「賭ける獲物は“仲間”と“誇り”勝てば戦力は強化されるが、負けて失うものはでかい。そういうゲームだ」


息を飲むシャチとベポを尻目にローはフォクシーを見据えた。其の隣では不安の色を見せるペンギンがローに視線を向けている。船員がどれだけ反対しようと、互いの船長が了承してしまえばゲームが始まるのだ。まさかローがゲームを受けるとは思えないが、其れでも不安は絶えない。


「俺達が挑むのは“3コインゲーム”!!3本勝負!!!」


指を四本立て、其の指と指の間に三つのコインを挟んで翳す。其の3本ゲームの詳細は分からないが、どちらにしろ良いものでは無い事くらいは明白だ。奇数の勝負をするということは、必ず何方かが損失を受けるという事。しかし、からすれば如何だって良い事だ。には何ら関係無いからである。ハートの海賊団と行動を共にしているものの、は船員の一員では無いからだ。


「どうだ?」

「くだらねぇ。そんなゲームに付き合ってる暇は無い」


卑しい笑みを浮かべるフォクシーをあしらって、ローは船員達に一声掛けると踵を返す。ほっとする面々を尻目に歩き出すローの背を船員達は軽い足取りで追った。


「逃げるのか?“死の外科医”とは言われちゃいるが大したことねぇな!!」


煽る様に掛けられた声。フォクシーの挑発に乗る様に、フォクシー海賊団の面々が腹を掲げて笑った。爆笑の渦の中、ローが足先を止めると、ローの後を追っていた船員達は戸惑いローを見上げる。


「船長…まさか…」

「あんな奴、放っときましょって!」


困惑するペンギンに、シャチが慌ててローの説得を試みる。ベポは右往左往としており、は興味無さげにハートの海賊団船長の背中を眺めていた。目深く帽子を被ったローがフォクシーへと振り返る。鍔で掛かった影の中から、彼の鋭い眼光が光った。


「その喧嘩、買ってやる」


一斉に悲鳴を挙げるハートの海賊団船員達とは他所に、フォクシー海賊団船員達は揃って歓喜を上げ、お祭り騒ぎだ。向こうの海賊のシンボルなのか、全員同じ形の仮面を付けた一人の男が、いそいそとフォクシーとローに銃を渡した。そして船長同士が同時に撃つ2発の銃声が天に向って放たれる。開戦の合図だ。














「さーさ、フランクフルトはいかが!?ラムにチーズ、ビスケットに塩漬け肉!!焼きソバもあるよー!!」

『開会式を始めまーす。みなさん静粛に』

「出場メンバーは準備を!!」


島の外れ、人気の無い広々とした草原にフォクシー海賊団とハートの海賊団は集まっていた。真昼間にも関わらず青空には打ち上げ花火が上げられ、数々の屋台に囲まれた其処は、岩や木に引っ掛けられた飾りまで施されてお祭り騒ぎだ。


「あれ美味しそう!」

「おーい!唐揚げ買ってきたぞ!」

「ラム欲しい奴いるか?ついで買ってくるぞー!」


お祭り騒ぎなのは何もフォクシー海賊団だけでは無い。初めこそゲームに渋っていたハートの海賊団も、ゲームが確定すれば腹をくくったのか其の気である。何処を見渡してもある様々な屋台に浮き足立つのも早く、船員達は散り散りとなって屋台を巡り歩いていた。


「ゴロちゃんはどれにする?」

「おいベポ!ゴロちゃんを甘やかすなよ!」

「まだカジノのこと根に持ってるの?」


屋台の前を歩きながら、ベポはに振り返りながら周囲の屋台を指差す。そんなベポにシャチは顔を歪めて咎めるのだが、ベポは眉を下げるだけで言う事は聞かなかった。


「………。」

「あれが気になるの?じゃあ俺も買おっと!」

「ベポ!聞いてんのかよ!」

「シャチはいらないの?」

「いるけど!いるけど!!」


の視線を先を追えば、其処にあるのは良い匂いを漂わせながら焼かれるフランクフルト。ベポはへらりと笑みを浮かべると、後ろで五月蝿いシャチを聞き流しながら、金貨を持ってフランクフルトを販売する屋台の前に立った。


「フランクフルト3つな!まいどあり!」


店員のフォクシー海賊団に三つ注文をして金貨を渡し、受け取った三つの内、一つをに。もう一つをシャチへと渡してベポはフランクフルトに齧り付く。も受け取ったばかりの湯気の立つ其れに小さく一口齧り付けば、予想通りの肉と油が口の中に広がった。


「美味しいねー!」

「うん」

「美味いけど!美味いけど!!」


美味しそうに頬を膨らませながら食べるベポに素直に頷くを見ながら、何処か不機嫌そうにしながらもシャチはフランクフルトを大きな口で、大きな一口で食べるのだ。


「そう言えばキャプテン何処に行ったんだろ」

「彼処に座ってるぜ」

「あ、ほんとだ。何してるんだろ?」

「さあな」


周囲を見渡しながらベポが船長の姿を探せば、早々にフランクフルトを平らげたシャチが、人を集める其の場所を顎で指した。屋台が立ち並ぶ一角、デービーバックファイトと綴られた看板がかけられた高台の上には用意された椅子に腰掛けるフォクシーとローの姿がある。傍にはマイクの前に片手を上げて、進行を務めるフォクシー海賊団の一員、ポルチェの姿があった。


「さーて野郎共っ!!騒いじゃいやん!!!“敗戦における三ヶ条”を今から宣誓するわよ!!」

「ポルチェちゃーん!」

「一つ!!デービーバックファイトによって奪われた仲間、印、全てのものは、デービーバックファイトによる奪回の他、認められない。一つ!!勝者に選ばれ引き渡された者は速やかに敵船の船長に忠誠を誓うものとする。一つ!!奪われた印は二度と掲げる事を許されない!!!!」


ポルチェに向けられる黄色い声援。其れには手を振って応えながらポルチェはデービーバックファイトの三ヶ条を宣誓する。


「以上、これを守れなかった者を海賊の恥とし、デービー・ジョーンズのロッカーに捧げる!!!守ると誓いますか!?」

「誓う」

「誓う」


ポルチェに尋ねられ、フォクシーは勝気に笑みを浮かべ、ローは相変わらず凄みのある剣幕で肯定する。途端、巻き起こる男達の野太い声。主にフォクシー海賊団の船員達のものだ。


「さァ、このコインを見ろ!!!」


椅子から立ち上がり、壇上から降りたフォクシーが海へと向かって歩きながら、ポケットの中から三枚のコインを取り出し翳す。見せびらかせる様に手の中で弄ぶと、其れを握って迷わず近付いた海へと投げ入れるのだ。


「オーソドックスルールによる“3コインゲーム”を…デービー・ジョーンズに報告!!!開戦だァ!!!」


誰かが叫び、雄叫びが上がった。祭りの始まりだと言わんばかりに騒ぎは大きく広がり、ゲームは遂に始まりを迎えようとしている。


「出場者は3ゲームで7人以下!」

「一人につき出場は一回まで!」

「一度決めた出場者に変更は許されない!」


フォクシー海賊団の船員が、ゲームの種目の書かれた、出場するメンバーを記載する紙を差し出し、退散していく。紙を受け取ったペンギンが、ローへと紙を差し出せば、ローは紙に目を滑らせる。


「勝負種目はレース、球技、戦闘…か」


紙を再びローがペンギンへと渡し、ペンギンは困惑した様子でローを見る。ローは刀を持ち直し立ち上がると、困惑するペンギンに指示を下すのだ。


「最後は俺が出る。後はお前が好きに決めろ」


何とも他人任せなローの言葉だが、ペンギンは力強く返事をするとペンを持って迷う事なく、さらさらとペン先を滑らせる。其れをベポが上から覗き見、他の船員達もペンギンの後ろや横、前から記載される名を眺めていれば、ペンギンは書き終えた其れをフォクシー海賊団の船員に手渡すのである。


「誰の名前書いたんだ?」


リストを受け取り、ポルチェの元へ駆けて行く船員を尻目にシャチはペンギンに問い掛けた。するとペンギンは鼻を高くして誇らし気に胸を張って踏ん反り返るのである。


「最強のメンバー編成だ!」










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