「どこが最強のメンバーだよ!!」


両海賊団のゲーム出場者が確定し、マイクを通して大々的に発表されたメンバーは、第一回戦のドーナツレースにベポ、船員二人が。第二回戦のグロッキーリングにペンギン、シャチ、。そして第三回戦、コンバットにローの名前が挙げられた。今はドーナツレースに備え、出場者達が船を作成しており、レースのスタート地点で場所を確保していたハートの海賊団船員、シャチは納得いかないと声を張り上げていた。


「おいおい、シャチ。何がそんなに不満なんだよ」

「何がって、そりゃメンバーだろ!何でゴロちゃんが入ってんだよ!裏切るかもしんねぇんだぞ!?」

「裏切るとは決まってねぇだろ!いきなりどうしたんだよ」

「そんな言い方したらゴロちゃんが可哀想だろ、ゴロちゃんに謝れ!」

「何で俺が謝らねぇといけねぇんだよ!!」


怒り狂うシャチを宥め、咎める船員達だが、シャチの怒りは収まらない。は騒ぐシャチを尻目にスタート地点ですっかり座り込み観戦の姿勢をとるローの背後に立つと、ローは振り返りもせずに口を開いた。


「何だ」

「…あたしを出すのは止めた方がいいんじゃない」

「一度決めた出場者の変更は認められねぇ」


ローの耳にもシャチの反対の声は聞こえている筈なのに、ローは依然として態度を変えない。シャチの言葉は徐々にヒートアップしていき、既に其れは唯の罵倒になっていた。カジノの件が、すっかりシャチに不信感を抱かせたらしい。今更良い様に思われたい訳でもないだが、悪く言われて不快にならない程、自身も割り切れた大人でも無かった。


「それに」


徐々に強く批判される言葉達を、今更弁解するつもりは無い。其れでも、苛立ちくらいはするものだ。其れを知ってか知らずか、ローは言葉を区切って暫しの間を置くと、が思いもしなかった言葉を口にするのである。


「ペンギンがお前を選んでメンバーに入れたんだ。問題ない」


思わず、言葉を失う。仲間に対して絶対的信頼を寄せる、この男に言葉が出なかった。誰も信用していなさそうに見える悪人丸出しの隈の酷い此の男が、酷く大きく見えたのだ。


「あとはお前がしっかり“働け”ば良いだけだ」


振り返った男の顔には笑みが浮かんでおり、はきゅっと唇を噤む。背後では変わらずシャチが喚いてはいるが、ローは気にも留めない。


《さァ両組スタートラインへ!!!》

「キャプテーン!ゴロちゃーん!」


実況アナウンスに従い、出場メンバーがスタートラインへと船を海に放ち、乗り込む。オールで漕ぎ、海面を進んでスタートラインへと着いたのなら、ベポはローとが入る陸に振り返り、大きく手を振った。


「俺!がんばるよー!!」


笑顔と共に、やる気十分と突き出される拳。意気込みは他の船員も同じで、応援するハートの海賊団船員に同じく手を振りまいていた。


《さァさァ!!お待ちかね、勝てば宴会、敗ければ深海!!情け無用のデービーバック!!!第一回戦“ドーナツレース”始まるよー!!》

「ウォーーー!!ポルチェちゃーーーーーん!」

「いやん、任せて!」

《両組スタートラインへついたよ!!》


圧倒的なポルチェへの声援が目立つのは、彼女の美貌に虜になっている男達が多いからか。向けられる熱い視線と声援にポルチェは応える様に笑顔で手を振る。


《ここで一発、ルール説明!!彼方のトンガリ岩が見えるかな!?あの岩を曲がって再び此処に戻ってくる!!!以上っ!!!なお銃、大砲、爆薬、カトラス凶器は何でもOKだァ!!!》


野太い声を上げて吠えるフォクシー海賊団面々は、これから始まるゲームを今か今かとスタートの合図が切られるのを待っている。レースだと言うのに武器の使用が許されている事実を聞き、は此れでもかと顔を顰めた。


「卑怯じゃない?」

《卑怯だ何だと抜かした奴ァ、一海賊の恥と知れ!!!》

「だとよ」

「…あたし海賊じゃない」


聞こえている筈のないの呟きが聞こえていたかの様に実況の男は声を荒げた。ローがニヤニヤと笑いながらを見れば、は不快感を全面に押し出しながら顔を背ける。


「ベポーーー!!!絶対負けんなよーーー!!」

「負けたらメシ抜きだからなーーーー!!」

「が、がんばるよ!!」


陸から身を乗り出してベポに声援を送る船員達に、ベポはメシ抜きの脅し文句にしどろもどろしながらも力強く頷いた。


《さて受け取れ!迷子防止の永久指針!!精々離れすぎない様にお気をつけて。幸運を祈るよ!!》


空を羽搏く鳥の背から実況する男が、上空から永久指針を投げよこす。空から落下して来る其れを受け取めれば、実況の男は深く息を吸い込んだ。


《位置について!!!レディーーーーーーイ》


長く長く、勿体振る様に引っ張って、男は合図を口にする。レース開始に騒いでいた船員達も、今では大人しく皆口を噤んで開始されるスタートに両チームを食い入る様に見つめていた。


《ドーナツ!!!》


発砲音と共に出される合図。途端一斉に放たれる銃や大砲の弾丸に、は勢い良く振り返った。フォクシー海賊団船員が、皆一斉に武器を持ってベボ達、ハートの海賊団の船を沈めようと攻撃を始めたのだ。


《両組一斉にスタート!!と同時にフォクシー海賊団お邪魔攻撃!!!》


止まない弾丸に水飛沫が飛び、荒れた波に船は今にも転覆しそうで先に進む事が出来ない。其の間にもフォクシー海賊団、ポルチェ率いる船はすいすいと海面を進んでトンガリ岩へと向かって進む。


「何よアレ…!!」

「“妨害”は海賊競技の常識だ」

「そんなの…!!」

「だが、其れはうちとしても条件は同じだ」


フォクシー海賊団の妨害にが苦々しく顔を歪めるが、ローに関しては至って冷静だった。常識だと言われても、簡単に納得出来る筈もなくが口籠れば、ローは其の口元に僅かに笑みを浮かべる。刹那、激しい打撃音や悲鳴が聞こえて再び後方を振り返ると、ベポ達の船を狙撃するフォクシー海賊団の面々をペンギンとシャチを筆頭にハートの海賊団船員達が一斉に殴り掛かっていた。


「………」

「まあ見てろ」


乱闘騒ぎを閉口して凝視していれば、ローは喉を鳴らして笑うと、ポルチェ率いるフォクシー海賊団の船を懸命に追い掛けるベポ率いるハートの海賊団の船を眺めた。


「お前が心配するほど、アイツ等は弱くねぇ」


自信満々にはっきりとした声で、少しの不安の色すら滲ませずに断言したローに、は顔をくしゃりと歪めた。


「心配なんか、してないし」


勝とうが負けようが、仲間を取ろうが取られようが、そんなものにとっては如何だって良い事だ。勝手にすれば良い、ゲームも、奪い合いも。海賊の誇り等、には無いし理解出来るものでも無い。心配なんて、勿論していない。していない、筈なのに。


「(あたしには関係ない…)」


如何しても、ポルチェ率いる船に追い付き出したベポ率いる船から目を離す事が出来なかった。


「そうか」


そう言って、笑みを深めたローが気に入らなかった。



















《勝者!!!デービーバックファイト一回戦“ドーナツレース”を制したのは!!!キューティワゴン号!!!我らがアイドル、ポルチェちゃーーー!ん!!!》

「やったー!ポルチェちゃーん!」

「見たかコンニャロー!共!」

「いやん!ありがとう、みんな!!当然の結果よ!!!」


ドーナツレースはポルチェが率いる船の勝利で納まり、歓喜するフォクシー海賊団に反してハートの海賊団は唖然としていた。ゆっくりと、今ゴールをしたペポ率いる船が岸に上がると、皆は挙って駆け出す。


「おい!どうしたんだよお前ら!?」

「今の絶対追いつけただろ!」

「なんでいきなりスピード落としたんだよ!!」


明らかにゴール目前にして追い抜けそうな距離に居たというのに、突然失速したベポの船に一同は訳が分からなかった。肩で呼吸をするベポと船員達も事態に困惑するばかりで、問い詰め駆け寄る船員達に言葉すら出ない様子で、ローは思案する顔付きで静かに立ち上がると、勝利を収めた敵船船長のフォクシーと向かい合う。


「これで先ずは船員一人いただきだぜェ!!!」

「ポルチェちゃん最強ーーー!!」

「ギャハハハ!誰もこのフォクシー海賊団に敵わねェのさ!!!」


ポルチェを讃えるフォクシー海賊団の歓声に紛れながらも、長い鼻を高らかに、胸を張って踏ん反り返るフォクシーにベポ達に詰め寄っていた船員達は一斉に口を噤んで振り返った。


《第一回戦決着ーーー!!!さァさァでは待望の戦利品!!》


実況の男が楽し気な声色でアナウンスすれば、ポルチェに詰め寄る男達もフォクシーの背後に控えて品定めする様にハートの海賊団面々を見遣った。


《相手方の船員1名!!指名してもらうよっ!!オヤビン!!どうぞーーーーっ!!》


「ちょっと…どうするの」


興奮を隠す事なくアナウンスが促せば、フォクシー海賊団船員達は挙って声を上げた。彼が良い、いや、彼が欲しい。欲しい人材を指差しては、決定権を持つフォクシーへと掛け合う。其の中には少なからずを見つめる者も居て、堪らずがローを呼び掛ければ、ローは目だけ振り返るのだ。其の声は、とても強い芯のある声だった。


「どうもしねぇ。負けは負けだ」

「あんなの絶対外野の所為じゃない」

「言っただろ。妨害は海賊の常識だ」


突然急速に速度を落とした、否、停止したといっても過言では無い船。鈍い動きの船と乗り込んでいたベポと船員二人。明らかに様子が可笑しかった其れは、原因こそ不明ではあるがフォクシー海賊団の妨害に間違いは無いのだ。抗議すればと訴え掛けるが、ローは無駄だとを切り捨てる。


「奪われるのよ」


神妙な面持ちではローに尋ねる。長くは無いがも同じ船に乗っていたのだ。船員達がローに厚い信頼を寄せ、ローもまた船員達を信頼している事くらい、も承知の上である。奪われても良いのか。奪われるというの事は、即ち失うという事だ。それでも、良いのか。はローに問い掛ける。ローはそんなの歪な表情に笑う様に笑みを口元に浮かべると、薄い唇を僅かに開くのだ。


「奪われたら奪い返すだけだ」


隈は相変わらず酷く、けれど強い眼力は少しも霞まない。射貫く様に刺さる瞳に、は閉口した。何も言葉が浮かばなかった。


「まずは一人目…おれが欲しいのは………!!!お前…!!」


フォクシーがハートの海賊団へと向けて人差し指を突き刺す。其の指の先を辿る様に皆が揃って目を向けた。指名された船員は、目を丸くして僅かに喉を鳴らして唾を飲み込む。


「航海士!!!ベポ!!!」

「お、俺!?」


騒ぐフォクシー海賊団船員達に歓迎され、腕を引かれてハートの海賊団から離れて敵船の元へと進むベポに、ハートの海賊団面々は唖然と口を開けた。誘導されてフォクシーの目の前に立たされたベポは、困惑はしているものの其処から逃げ出そうとはしない。


「うフェー!!想像以上にふっかふかだな、オイ!」

「いやん!!オヤビン私にも触らせて下さいっ」

「確かに貰ったぞーーー!!!」


擦り寄る様にベポの体に抱きついて高らかに笑うフォクシーに、ポルチェが自分もとベポの柔らかい毛並みに顔を埋めて胴体に腕を回した。複雑そうな面持ちのベポの目はハートの海賊団達へと向けられており、ベポの目元にはフォクシー海賊団船員達が挙って身に着けている仮面が装着される。今此の時、確かにベポはハートの海賊団から脱退し、フォクシー海賊団の一員となったのだ。


「ベポ…!」

「おいおい、マジかよ…!」


唇を噛んで奪われたベポを見つめ、ペンギンとシャチが呟く。続く様に船員達も情けない声を上げれば、似合わない仮面を付けたベポか、悲しみに暮れた目をローへと向けた。


「キャプテン、」


とても切ない声だった。誰かが涙を飲むのが聞こえた。どうしようも無い気持ちが渦巻いて、は強く拳を握り込む。


「ベポ!お前はもうフォクシー海賊団の一員だぞ。お前のキャプテンは此の俺だ!フェフェフェ!」


オレンジ色のつなぎの上から回されるフォクシーの腕。高らかに笑う其の長い鼻を、圧し折ってやりたいと思うのは筋違いだろうか。例え妨害が常識で許されるゲームであっても、そんな形で得て何の意味があるのだろう。けれど、そんな思いも無駄だと気付く。


「待ってろ」


力強く、ベポを真っ直ぐ見据えて言ったローにベポは一瞬固まるも、直ぐに表情を崩して柔らかな笑みを浮かべた。身を奪われても、心にある絆だけは決して奪われる事は無い。


「アイアイ、キャプテン!」

「だからキャプテンは俺だって言ってるだろ!」


頷き、元気良く返事をしたベポにフォクシーが怒鳴るが、其れを右から左へと聞き流しベポは笑った。やはり、仮面はベポに似合わない。


《さーさー、取引も終了!!俄然盛り上がるデービーバックファイト!!》


次のゲームが始まる。










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