《ここで一発“グロッキーリング”ルール説明をするよっ!!フィールドがあってゴールが二つーーー!!球をリングに打ち込めば勝ち!!!ただし!!“球”はボールじゃないよ!!》


地面に枝で線を引き、作られたのは正方形の四角が二つ。隣同士に書かれた其れは、ドッチボールの時のコートを彷彿させ、外野の騒ぐ声は観客の様で、クラス対抗の球技大会を思い出す。各コート内の中央には円が一つずつあり、両コートの外には大きな浮き輪が一つずつ設置されていた。


《人間!!!両チームまずは“球”になる人間を決めてくれっ!!!》


どうやら浮き輪がゴールらしい。そしてアナウンスの男によると、球はボールでは無く人間ときた。海賊らしいと言えばらしいが、野蛮なゲームである。


「おめェら、誰が“球”やるんだ?」

「コイツで」

「あの人」

「俺かよ!」


球が付いた被り物を手にフォクシー海賊団の船員が、会話も無く佇むペンギンとに近寄れば、打ち合わせていたかの様にペンギンとが声を揃えてシャチを指す。シャチの反論も聞かず、フォクシー海賊団の船員がシャチの頭の上に球の被り物を被せ、落ちない様にベルトで顎の所を固定すれば、ゲームの準備は整った様なもので、聞き覚えの無い変な音楽が流れ始める。


《おっと聞こえてきた奴らの入場テーマ曲!!これまた“グロッキーリング”無敗の精鋭!!!》


フォクシー海賊団の船首から物音がした。自然と視線は其方へ向き、狐の顎が外れる様に降下する其処には、三つの大小様々な人影。フォクシー海賊団側から大きな声援が上がった。


《そうだ、こいつらに敗北などありえない!!其の名も“グロッキーモンスターズ”!!!今フィールドに…登場ーーーー!!!》


降下し、地面に着いたステージから降りて、三つの人影が堂々とした振る舞いでフィールド内へと足を踏み入れる。大小様々ではあるが、一番小柄な者は最初フォクシーとポルチェと共にいたハンバーグで、其れでもペンギンの二倍程の大きさである。一番大きな者で、ペンギンの約六倍の大きさだろうか。


《先頭には四足ダッシュの奇人ハンバーグ!!!続いて人呼んで“タックルマシーン”ピクルス!!そして最後方には魚人と巨人のハーフ!!“魚巨人”のビッグパン!!!》

「「「………。」」」

《まさにモンスター共の行進!!!さァさァさァ!!第二回戦!!“グロッキーリング”!!!始まるよーー!!!》


正に、唖然。シャチの頭にもある球印は、一番大きなビッグパンの頭部にあり、シャチの顔の大きさと然程変わらない大きさの球は、ビッグパンが身に付ければとても小さく見えた。あの巨大をどうにかゴールの浮輪に叩き付けなければならないのだが、其の方法が全く浮かばない。


「フェッフェッフェ!!!勝ってみろい!!!」


誇らしげに胸を張るフォクシーに、ペンギンとシャチは同時に顔を顰める。安い挑発だが、今の二人には十分効果はあるらしい。大中小と三段階の背丈、球役の魚巨人のビックパンをゴールに叩き付ける事は不可能に等しいが、其れでも彼等は諦め、絶望する所か闘志を燃やすだけだった。


「いけるか?」

「当たり前だろ。ベポが賭かってんだ」


目を血走らせ、背後にメラメラと燃ゆる炎が見えるのは目の錯覚なのだが、身体は彼等から本物の炎が出ているかの様に熱く感じた。燃えるペンギンとシャチから距離を取りながら、は何処か第三者の様な傍観気取りで事を見守る。


《我らの誇るグロッキーリング最強軍団に対するのは!!一回戦でお邪魔軍団を蹴散らしたシャチ!!ペンギン!!そしてさっきから全然喋らない少女!!ゴロちゃん!!!》


鳥の背で空を旋回しながら、高らかにマイクを通して実況するフォクシー海賊団の船員に、ほんの少し苛立ちを覚える。の紹介があまりにも雑だ。


「俺達が呼ばれるなんて、どれ程の相手かと思うたど。イヒヒ。なァ、ビッグパン!!」

「…………………………は?」

「ぷぷーっ!!ぷぷぷぷ聞こえてねェ」

「…何だコイツら」

「…さぁ」


耳が遠いのか、かなりの間を置いてピクルスの問い掛けに間抜けな声を出すビッグパンと、二人のやり取りに笑い声を零すハンバーグ。何とも言えない、彼等の独特な空気に毒気を抜かれたのはペンギンやシャチだけでは無く、もだ。両チーム、出場メンバーがフィールドに揃ったところで、此のゲームの審判を務める男がフィールドの中央へとやって来る。


「今からフィールドとボール、何方を取るかを決める。コインの表が出たらグロッキーモンスターズ、裏が出たらハートのチームが決めてくれ」


同意する様に無言の両チーム出場メンバーを見やって、審判の男が弾いたコイン。出たのは、表。


「フィールドorボール!?」

「ボール」

「場所は?」

「どっちでも良いぜ」


フォクシー海賊団の面が出た所で、ハンバーグがボールの権利を取り、審判の男がペンギンにフィールドの選択を尋ねるが、こだわりは無い為、他人任せな返答を返せば、結局今居るコートで各自決まった。


《ボールを取ったのは我らがグロッキーモンスターズ!!ハートのチーム“ボールマン”は敵陣よミッドサークルへ!!試合中“球印”を頭につけた“ボールマン”は二人!!敵の“ボールマン”を敵陣リングに叩き込めば勝ちだよーっ!!!》


ゲームはボールマンが敵陣のサークル内にスタンバイしてからスタートが始まり、ルールは至極簡単で敵陣のリングに叩き込めば良いだけのシンプルなもの。ゲームは未だ始まってもいないのに盛り上がる観客達は、仲間チームへ向けて声援を送り、出場メンバー達の士気が上がっていく。


「よし!行ってこいシャチ!」

「おう!絶対勝つぞ!!」


ペンギンとシャチの拳が合わさり、シャチは大股で敵陣チームへと向かっていく。シャチの両サイドと背後にピクルス、ビッグパン、ハンバーグが立てば、より一層彼等の大きさを感じるのだ。


「お前も協力しろよ!!」


ビシッと人差し指で指され、敵陣へと踏み込んだシャチがに警告をした。まるでが何もせずゲーム中、素知らぬ顔で突っ立っている事を確信しているかの様な口振り。強ち間違いでは無いのだが、不快感を抱かない筈もなく、は眉間に皺を寄せた。


「何で、あたしが」

「ベポの為だ!!」


アンタ達に協力してやらなきゃいけないのよ。そう続く言葉はシャチの張り上げられた声にかき消される。


「このまま、アイツ等に取られたままで良い訳無いだろ!」


胸を張り、大声で放ち、堂々とした佇まいでシャチは敵陣サークルで仁王立ちする。シャチの発言に男気を感じ、沸き立つフォクシー海賊団の野太い悲鳴が耳を劈く。隣に佇むペンギンが横目にに視線をやっているのを感じながら、は唇を固く横一文字に噤んだ。


《そう!言い忘れてたが、これは“球技”!武器を持っちゃゲームにならないよ!!持ってる武器は全部コートの外に置いといてくれ!!》


実況の男が忘れていたと言わんばかりに言えば、渋々とペンギンとシャチは隠し持っていた武器を取り出し預ける。ただでさえ体格差があるのだ。丸腰となれば此方が不利なんてもんじゃない。可能性が実質なくなった様なものである。


「(馬鹿じゃないの)」


仲間の為にと、自ら危険に身を置く事が。武器の使用が禁止されているからといって素直に武器を手放す事が。仲間を取り戻したいならゲームが終わってからでも取り戻せば良い。武器も周囲に悟られぬ様に隠れて使えば良い。ルールが何なのだ、そんなもの。


「ゴロちゃん、お前も出せよ」

「隠し持ってんの分かってんだからな!!」


海賊の癖に。極悪非道の悪の癖に、弱い者から奪うだけの血も涙も無い輩が今更ルールを守るだなんて、こんなに気持ちの悪いものは無い。


《おいおいゴロちゃん!みんながお待ちだ、早く武器はコートの外に置いといてくれよな!》


急かす実況と、外野の観客達。苛立ちを隠しもせずには一度コートの外へと出たのなら、纏っていたコートのボタンを外し、広げた。露わになる身体中に巻き付けられたベルトと、其処に差される合計五本の大小様々な銃とダガーナイフ。ベルトごと銃を地面へと置き、銃を隠す為に着ていたコートも丸腰となれば着用する必要性は無く、脱ぎ捨てて置いた。


《さァさァさァさァ、まったなし!!ハートのチーム“ボールマン”シャチが敵陣サークルについたよ!!応援にも熱が入ってきた!!》

「踏み潰せビッグパン!!!」

「吹き飛ばせピクルス!!!」

「たたき込めハンバーグ!!!」


身軽になった身でコートに戻れば、ゲーム開始直前の前置きが語られ、フォクシー海賊団の声援が一斉に大きくなり、ペンギン、シャチ、へプレッシャーが掛けられる。しかし、応援はフォクシー海賊団にだけ向けられている訳では無い。


「やっちまえペンギンーーー!!」

「シャチてめぇゴールされんじゃねぇぞ!!」

「ゴロちゃんは無理すんなよーー!!」

「怖くなったらペンギンとシャチに任せて逃げ回れーーー!!!」


何処までも甘いと思う。つい先日、ローに歯向かったことを忘れた訳では無いであろうに、シャチは兎も角他の船員達はの身の心配をするのだ。


「ビッグパン、速攻でぶっ潰して行くど!!!」

「…………………………は?」

「ぷーっ!!!ぷぷぷぷぷぷぷぷ聞こえてねェ」

「い…いやイヒヒヒヒ、いや…お前…イヒヒ…ヒヒ、聞けよっ!!イヒヒヒヒヒヒヒ!!!」

「ぶしし!!ぶししししししし!!!ぶっしっしっしっしっしっしっしっ!!!あァ……………え?」

「ぷー!!!ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」

《いつも勝手に楽しそうグロッキーモンスターズ!!》


敵の会話が、実況のアナウンスが、沸き起こる声援が、全ての音が遠くに聞こえた。視線が自然とベポへと向けば、此方を縋るような潤んだ瞳で見つめる姿が映る。


《さァ、この楽しい勢いでーーー!!時間は無制限!!一点勝負!!!》

「要するに、あのデケェ奴を向こうのリングに叩き込んだら勝ちだな!」


意気込むペンギンを見上げ、は息を飲んだ。本気、なのだと悟る。ベポの為に武器も無く丸腰で此の大きな敵と対峙するつもりなのだと。ベポの、為に。


「策はあるの?」

「ん?いや、ぶっちゃけ無い」


自然と零れたの問い掛けに、ペンギンは少々驚きながらもはにかんで答えた。がやる気になったのだと勘違いしたのだろう。


「けど、ベポは取り戻さねぇいけねぇからな」


真っ直ぐ敵を見据え、口角を吊り上げたペンギンの横顔に見惚れたのは一瞬の事。格好良いと、素直に思った。同時に輝いてさえ見えたのだ。海賊の、男なのに。


「………。」


拳を握れば伸びた爪が深く皮膚に突き刺さって痛みを生み、唇を噛めば弾ける感触と僅かに鉄の味が広がる。馬鹿だと思う。こんなにも必死に懸命に真っ直ぐに生きる彼を、彼等を。


《一回戦で奪われたベポを取り返せるのかハートのチーム!!はたまた再び船員を奪うかフォクシーチーム!!激突寸前!!“グロッキーリング”!!!!いま、笛が鳴るよ!!!》


ゲームが始まる。もう後戻りは出来ない。勝負がつくまでゲームは終わらない。此方が勝てばベポを取り返す事が出来、此方が負ければベポを取り返す事が出来ないだけで無く、更に仲間を失うのだ。


《試合開始ーーーーっ!!!!》


ゲーム開始の笛が鳴り響き、好戦的にフィールド内に居る男達が笑う。沸き立つ野太い悲鳴を他所に、は拳を握った。










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