高らかに宣告されて始まったゲーム。先に動きを見せたのはボールの主導権を握ったフォクシー海賊団側のグロッキーモンスターズで、ペンギンとは陣地の中で敵の動きを観察する。
《さァ“ボールマン”シャチは敵陣でどう動く!?引くか攻めるか!!》
「やるどーーー!!!“投石器タックル”!!!」
《まずは行ったーーー!!“タックルマシーン”ピクルス!!!》
「おっと、危ねぇ!!」
ピクルスが一直線にシャチへと向かってタックルをすれば、慌てて回避するシャチ。そして強く地を蹴ったのなら、呆然と佇むボールマンであるビッグパンは向かって駆け出すのだ。
「さっさと決めて…ベポを返してもらうぜ!」
三日月の形に口角を吊り上げてシャチが飛び上がり、ビッグパンの腕に飛び乗れば、歓声が湧いてシャチの名を叫ぶハートの海賊団一同。シャチは笑みを深くし、ビッグパンの顔目掛けて駆け出そうとするが、ずるりと滑った足元に喉を引き攣らせた。
《突き出したビッグパンの腕で滑るシャチ!!そりゃーそうだね。ビッグパンはドジョーの血を引く“魚巨人”肌はぬるぬるだ!!》
「うおおお、お、おおお。やべ、落ちる!」
「何やってんだよシャチ!!遊びじゃねぇんだぞ!!」
「遊んでなんかねぇよ!!」
バタバタと忙しく足を動かし、滑らせ、今にも滑り落ちそうなシャチにペンギンが青筋を浮かべて怒鳴る。一見巫山戯ている様にも見えるシャチだが、勿論シャチは真剣そのものだ。
「速攻ーーーっ!!!」
ビッグパンが辺り一帯に響く程の大きな声で吼えれば、空いた右腕を大きく引いて、同時にピクルスとハンバーグが走り出す。向かってくるピクルスとハンバーグにペンギンとが身構えれば、ビッグパンは引いた右手で押し出す様に滑るシャチを弾く。大きな手で勢い良く叩かれたシャチの身体は、勢い良くハートの海賊団の陣地にあるゴールへと向かって吹っ飛んだ。
「“パンクパス”!!!」
「ぐあ!!!」
《出たーーーっ!!ビッグパンの超ロングパスーーー!!落下地点に回り込むのはリーダーハンバーグ!!》
シャチの身体が下降し、落ちるであろう地点にハンバーグが走る。ゴールが決められればハートの海賊団の敗北が確定するのだ。何としても決められる訳にはいかない。ペンギンは顔を歪めて舌打ちを零すと、大きく腕を振って走り出した。
「クソッ!!行くぜゴロちゃん!!」
「………。」
《っと、ペンギンとゴロちゃんが走り出すーーー!!けれど何だ?ゴロちゃん、気合いなさすぎで遅い足取りだーーー!!大丈夫かこの勝負!!!》
落下するシャチを救うべく全速力で駆けるペンギンに対し、足を動かしはするもののかなりの低速で走るからはまるでやる気や真剣味を感じられない。実際問題、が此のゲームに真剣に取り組んだところで利益や利点は何一つないのだ。海賊の手助けと言っても過言では無い状況、いまいちには協力的になれないという理由もあった。
「絶対ゴールはさせねぇ!!」
「!!前っ、」
息を切らして走るペンギンのに迫る影に、反射的には声を漏らした。ペンギンが其れに気付いた時には既に遅く、ペンギンの身体が宙に飛ぶ。
「“お掃除タックル”!!!」
「!!!うわっ!!!」
《しかしピクルス、ペンギンをカット!!!そのままピクルス敵陣へ入った!!》
宙を飛び、地面に転がるペンギンを尻目に、ペンギンにタックルをしたピクルスはゴールに向かって駆け抜ける。
《一方ハンバーグ、シャチを空中でキャッチ!!!そして…》
「ぷぷっ!!ゴリラスロー!!」
「うわあああああああ!!!」
「オーライ、オーライ」
《待ち受けるのはピクルス!!!》
ビッグパンが飛ばしたシャチを、ハンバーグが空中で受け止めて、更にシャチを投げ飛ばす。軌道の先には駆けるピクルスがおり、地面に転がったペンギンは素早く身を起こすとピクルスへと向かって駆け出すのだ。
「うおおおおおお!!!」
《今度は逆襲!!ペンギン、ピクルスをカットに向かう!!!》
「イヒヒ!!!“スピニングタックル”ーーー!!!」
しかしピクルスは回る独楽の様に身を高速で回転させると襲い掛かるペンギンを弾き、落下してくるシャチをも高く弾き飛ばす。宙を舞うペンギンの姿を目にすれば、次第にの足は速度を落とし始め、周りの光景が遠く、そして音が遠ざかってスローモーションに見え出すのだ。
「(何で頑張るの)」
額縁の中の絵を見る様な、テレビを見ているような、自分だけが切り取られている様な感覚。走る事を止めた足は遂に立ち止まり、は呆然と一連の流れを眺める。だけが孤立し、孤独だった。
《ピクルス!!更に飛んできた“ボールマン”シャチをも空高く弾いた!!!最後方ライン!!押し上げるのはビッグパン!!!落下途中のハンバーグを救い飛ばす!!!》
ピクルスがシャチを弾き、再び空高く舞い上がる身体は、薄汚れて、傷だらけで、血が滲んで、赤を散らす。落下するシャチを敵陣まで乗り込んで来たビッグパンがレシーブでシャチを拾い上げる。グロッキーモンスターズの見事な連携は、やペンギン、シャチ達には無いものだ。
「(そんなになってまで頑張って、必死になって、何になるの)」
叩かれ、投げられ、弾かれ、痛い筈が無いのに決して悲鳴を上げないシャチ。駆けずり回り、何度も向かって行っては対抗し、返り討ちに遭うペンギン。やけに虚しくなるのは何故か。シャチやペンギンの様に真剣になれないからか。だけが無傷で、溶け込めていないからか。それとも。
《敵陣上空ハンバーグ、シャチをとらえた!!!これはーーーっ!!!リングが射程距離ーーー!!!》
「決まるぞ!!!ハンバーガーダンクだーーー!!!」
《早くも決着か!!?》
「「「ぎゃーーーー!!!」」」
「ペンギン!!何とかしろーーー!!」
「ベポを取り返せーーー!!!」
誰にも、必要とされていないからか。
「(何、やってるんだろう…)」
皆がベポの為だと口を揃えて言い、身を削ってベポの為に戦う二人。共に荒波を越えてきた仲間の為だから出来るのかもしれない。大切な仲間の為だから、何としても勝たなくてはいけなくて、形振り構わず真っ向から立ち向かって行くのだろう。
「(馬鹿みたい)」
誰にも必要とされず、居場所も無く、助けてくれる人もおらず、金目当てや面白半分で追ってくる輩しか居ない。何も悪い事をしていないのに、苦しい事ばかりだった。だからこんなに辛くて虚しいのだ。
「シャチしっかりしろーーー!!」
「抵抗しろ!!ゴールされんなーーー!!」
「負けたらもう後が無いんだぞ!!」
「ペンギン早く行けよ!!」
「起きろ!!立て!!走れーーー!!!」
仲間に必要とされ、居場所が有り、助けてくれる仲間に囲まれ、身体を張って救おうと取り返そうとしてくれる多くの仲間がベポにはある。何も無いに対して、ベポはあまりにも沢山のものを持っていた。が欲しいものを全て、ベポは何の苦労も無く、当然の様に持っていたのだ。
「(なんで、あたし、こんな思いしなくちゃいけないの)」
涙さえ出ない悲しみは、今まで何度も味わった不幸の味。枯れてしまった水分は、決して瞳を潤わす事は無いが、胸の中はグルグルと気持ちの悪いものが駆け回る。握った拳と噛んだ唇が今にも裂けようとした頃、鼓膜を揺らす大声が響いた。
「ゴロちゃーーーーん!!!」
縋るように叫ばれた渾名に、暗い沼に浸かりかけていた意識が呼び戻される感覚だった。惹かれる様に声の先を目で追えば、沢山の瞳が向けられている事に気付く。
「走れーーー!!!」
「ゴールされちまう!!」
「アイツらを止めてくれ!!」
「ゴロちゃん!!!」
各自が思い思いに叫び、に頼る言葉を吐く。立ち止まりゲームを放棄した事を咎める声は一つだって無く、唯々困惑し、が男達の密集する集団の端で腕を組み真っ直ぐと此方を見据える鋭い瞳を持つローの姿を捉える。まるで試す様にを射抜く双眼に、ヒュッと音を立てては息を詰まらせた。
「ゴロちゃん…」
騒ぐ人の声に掻き消される様な小さな声で微かに囁かれた声に、は恐る恐る目を向けた。誰も彼の声に気付いていないのか、今にもゴールが決まりそうな此の場面に食い気味に観戦する仮面を身につける敵陣の中、一人、否、一匹だけ様子の可笑しい彼が涙ぐんだ瞳でを見ていた。
「た…だずげで…っ!!」
誰の耳にも届かなかった悲痛な救いを求める声は、の耳に確かに届き、其の想いを聞き届ける。本当は聞こえていなかったのかもしれない、口の動きで言葉が分かっただけなのかもしれないし、もしかすれば唯の妄想で、そう言った様に感じただけの勘違いかもしれない。けれど、重要なのはそんな事じゃないのだ。
「(あた、しは…)」
重要なのは、求められたという事。大切なのは、心が揺れた事。
《このゲーム!!勝利はグロッキーモンスターズに確定かーーー!!?》
浅く息を吐けば、一瞬にして身体が溶けるように空気中に分散され、瞬く間に目的地へと導かれる様に飛ぶ。雷速で移動出来る身体は瞬時にシャチを捕らえるハンバーグの目の前へと現れ、シャチは血を流した顔を驚愕に歪ませ、ハンバーグは目を見開き一瞬身を硬直させた。
「海賊なんか、大嫌い」
其の気持ちに嘘は無い。海賊は今でも憎い敵だ。けれど、今だけは、此のゲームの間だけは、手を貸してやっても良いと思う。あんな顔で助けを求められながら、目を背ける事が出来る程、は非情に成りきれなかったのだ。其れもきっと、相手がベポだったから。ベポは何時だっての傍で寄り添っていてくれたからだ。
「お前…!」
「勘違いしないで」
困惑の声を漏らすシャチを遮り、誤解は止めろと促す。ハンバーグから奪い取る様にシャチの腕を引っ掴んで引き寄せ、代わりにハンバーグには雷を帯びた平手を胸に打てば、正に一瞬。目の前に突如として現れたに驚愕したハンバーグは、の手に雷が帯びていた事も、胸に叩き付けられた平手打ちにも気付かず、又、反応出来ないままに感電し、後方へ向かって勢い良く吹っ飛ぶのだ。
《まさかまさかまさかのノーーーォゴーーール!!!!》
シャチを脇に抱えて重力に従って落下するは、其の落下地点で身構えるピクルスを捉え、宙で体制を整えれば、雷速でピクルスの胴体を勢い良く蹴り飛ばす。呻き声を上げてくの字に曲がり、吹っ飛ぶピクルスは同じく吹き飛んだハンバーグを巻き込んでビッグパンの顔に減り込むと、ビッグパンは顔にハンバーグとピクルスを受けながら、背中から地面に砂埃を上げて倒れるのだ。
《グロッキーモンスターズに張り合う三人組出現ーーー!!!壮絶なゲームが!!始まってしまったァーーーーー!!!》
倒れる三人を一瞥し、は華麗に着地をすると、脇に抱えたシャチを地面に下ろす。歓声に湧く声を聞きながら、シャチは信じられないとばからにを見上げた。慌てて駆け寄るペンギンは、戸惑いを隠せずシャチとを交互に見やる。そんなシャチとペンギンを見て、は目を逸らしたのなら小さな声で呟くのだ。
「…ベポの為、でしょ?」
歓声に掻き消されてしまいそうなか細い声は、確かにペンギンとシャチの耳に届き、二人の表情は優しく緩む。
「ああ!!」
「ベポの為だ!!」
仁王立ちのペンギンの隣で、立ち上がったシャチを尻目にはフォクシー海賊団に囲まれるベポを見る。大粒の涙で頬を濡らし、此方を見つめる彼はとても優しい表情でを見ていた。
「これからだぜ!」
「アイツをゴールに叩き込んで勝ってやる!」
意気込むペンギンとシャチに挟まれながら、目はしっかりと身を起こしたハンバーグ、ピクルス、ビッグパンへと向ける。各自、胸や脇腹、顔を抑えて痛みに顔を歪ませており、ダメージは一応あったことが窺えた。ゆらりと立ち上がった大小様々な三人を見て、ペンギンやシャチは身構える。ゲームは未だ続く。ベポを取り返せるか、はたまた他の仲間を更に奪われるか。勝敗は未だ分からない。
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