この物語はただ純粋に真っ直ぐと青年を愛した弱き少女とその愛を拒絶する戦士の青年と、少女を愛した剣士の青年。計三人のたった一週間だけの物語である。









運命の人









少女はとある建物の前で足を止めた。其処に大きく刻まれた看板の文字と、親切な通りすがりに描いてもらった地図を交互に見て確認する。間違いは、ない。少女はゆっくりとした足取りで一段一段、階段を確実に上っていく。引き戸の前、備え付けられたチャイムを押した。ピーンポーン、無機質な機械音が鳴る。奥の方から足音が近付いてきた。どうやら留守ではなかったらしい。


「はーい、今出ますー」


横に引かれた戸。眼鏡をかけた大人しそうな青年が目の前の少女に首を傾げた。見覚えのない少女。少女は手に持った地図をぎゅっと握り締めた。そして覚悟を決めたように顔を上げて口を開く。


「何でも屋さんなんですよね?お願いがあるんです―――…」


其れが、全ての始まり。この物語の始動の合図。そして彼女のカウントダウンが始まった。



















「どうぞ」

「有り難う御座います」

「で、依頼ったあ何だ?俺らは金さえ払ってもらえりゃ頼まれれば何でもやるが、見たところお嬢ちゃん、金ちゃんと持ってんのか?どうもそうには見えな」

「何お客さんに失礼なこと言ってんですかアンタはぁあああ!!」


お盆に乗せて運んできた淹れたての温かいお茶を眼鏡の青年は少女の前に置いた。一度お茶に視線を落とし軽く頭を下げて礼を言う少女。そんな少女に向って偉そうな、だらけた姿勢で銀髪の天然パーマの男は少女を品定めするような目付きで心の内の言葉を口にする。其の見かけだけで判断した失礼極まりない発言に眼鏡の青年は人が変わった様に怒鳴った。其の声量でのつっこみスキルといえばその様な大会があればそこそこの上位ランクは獲得出来るだろう。しかし、どうやら少女は銀髪の男の発言を気に留めてはいないらしい。真っ直ぐな瞳で、眼鏡の青年と銀髪の男を見て口を開いた。


「お金は、あまり多いとは言えないかもしれませんがちゃんと用意はして来ています。お願いします。もう時間がないんです」


真剣な声色、表情でそう告げれば少女はハンドバックから札束を取り出して机の上に置いた。少女は多いとは言えないかもしれない、そう言ったが一般的に見れば其れはかなりの額である。見たこともないような札束に銀髪の男と眼鏡の青年は自身に雷が落ちたような衝撃を感じた、二人の後ろにある黒い背景に落ちた稲妻の光が見える。此処で今の状態を補足しておく。少女はテーブルを挟み銀髪の男と向かい合うように椅子に腰掛けており、眼鏡の男はお盆を持ったまま銀髪の男の後ろに立っている。


「で、依頼の方は」


やる気のなさが全開だった銀髪の男はその札束を目にがらりと180度態度を変えた、なんとも現金な男である。椅子の背もたれに任せていた体をしゃんと立たせて少女を見る銀髪の男。眼鏡の青年は態度こそ変わってはいないものの、その大金にごくりと喉を鳴らした。


「ある人を、見つけて欲しいんです。」


其れが少女の依頼。銀髪の男は「ふむ」だなんて言葉を零すと、どうやら仕事を引き受けるつもりなのだろう、「その探して欲しい人の特徴は?」と続けて少女に尋ねた。少女は一度瞼を下ろす、瞼の裏に浮かぶのは今もっとも少女が会いたい人。はっきりと思い出せるその面影。少女は再び真っ直ぐ目の前の男と青年を見た。


「色白の肌をしたオレンジ色の髪をした男、名前は―――」

「銀ちゃーん、今帰ったヨー」

「おう、神楽ぁ。客だ客、お前もこっち来い」

「客!?やっとたらふく飯が食べれるネ!!」


引き戸が引かれる音と共に、女の子の高い声が部屋に響いた。其れに気付き視線を少女から玄関に向けた銀髪の男は、帰ってきた女の子に視線を向けてひらひらと手招きをする。玄関に背を向けて座っているので少女はその女の子の姿は見えない。少女はゆっくりと振り返る、玄関の方へと向かって。少女は目を見開いた。赤色のチャイナ服、変わらない青色の瞳に色白の肌、オレンジ色の髪に御団子のヘアースタイル。後ろに大きな犬を引き連れて女の子も少女同様に目を見開いている。少女はやんわりと微笑む。以前、最後に見た時よりも背丈も伸び、確実に一歩ずつ大人へと成長していた女の子に。女の子が右手に持っていたビニール袋を床に落とした。落ちた衝撃で袋の中から衝撃的な程の量の酢昆布が溢れ出る。


…姉ちゃん…」

「久しぶり、神楽。おっきくなったね」

「何で地球にいるアル!!」


部屋に女の子、神楽の怒声が響き渡った。神楽のその激怒っぷりに銀髪の男と眼鏡の青年は何事かと目を見開く。少女、はというと一瞬きょとんとするも直ぐに再びやんわりとした笑みを浮かべた。其れが更に神楽の怒りを募らせる。神楽は床に散らばった酢昆布に目もくれずにズカズカと部屋に入ってくればの目の前に立ってその両肩を引っ掴んだ。


「何でいるアル!!何で故郷から出てきたネ!!」

「だって…、」

「まさか……。アイツ…、まだアイツのこと…?」


動揺を隠し切れない神楽。激怒の次は動揺。只でさえ色白の肌だというのに真っ青になる顔色。心なしかの肩を掴む手が震えているように見える。神楽の瞳は揺らいでいた。まるで自身が口にした言葉を認めたくないような、否定して欲しいような。は困ったように眉を八の字にするだけで何も答えない。神楽は絶望したようにの肩を掴む手を床に向かってだらりと下ろすと表情を歪ませ後退りし俯いた。ただと神楽の様子を見ていただけの男性陣。神楽の様子も気になるが、神楽の言う”アイツ”という方が気になるのが本音。男性陣からの視線に気付いたは神楽から視線を外し、再び二人に向き合うように座れば人当たり良さそうな優しい微笑を浮かべる。


「申し遅れました、私はと言います」

「…ああ、俺は坂田銀時。好きなように呼んでくれて構わねえよ」

「僕は志村新八です。えっと、さんは神楽ちゃんとお知り合いなんですか…?」


いつも騒がしい神楽がこうも大人しいと何だか違和感を感じずにはいられない銀時と新八。相変わらず俯いたまま様子のおかしい神楽を一度横目で見れば、新八は恐る恐るとに尋ねた。は微笑を浮かべたまま「はい」とはっきりと返事を返す。


「神楽とは生まれた故郷が一緒なんです。血は繋がってはいませんが、姉妹も同然な関係だと私は思っています」

「ということはさんも夜兎族なんですか?」


新八の問いに神楽がビクッと肩を震わせた。ではなく、神楽がである。神楽の反応を不思議に思いつつ新八は再び視線をに向けた。は今まで浮かべていた微笑を崩し、何故か苦笑いを浮かべている。其れは何処が自虐的なものにも新八には見えた。そしてゆっくりと口を開きは言葉を繋ぐ。


「私は夜兎であって夜兎でない―――紛い物です」

「え…?」

「坂田さん、私の依頼は引き受けてくれるんですね?」


切なげに、そう告げたに新八は小さく声を漏らした。新八が漏らした声は聞こえていたがは敢えて触れずに銀時へ視線を向けて訪ねる。その物言いはまるで最終確認のような、断られることはないと自信に満ちたものだった。今まで傍観しているだけだった銀時は深刻そうな、何かを探るような瞳でを見る。はそれににっこりと微笑を浮かべるだけ。暫しの沈黙の後、銀時は乱暴に自身の頭を掻いて答える。


「ああ。話を戻すが、相手の名前わかってんだろ?」

「はい、私の探して欲しい人の名前は―――」


そこまで告げればは何を思ったのか口を噤んだ。の後ろでは、まるで何も聞こえないようにと耳に手を押さえている神楽の姿。神楽はの後ろにいるのでは神楽のその様子は見えない、知らない、気付けない。否、もしかすれば只ならぬ様子の神楽に気付いているのかも知れないが。は再び口を開く、中途半端に止めてしまった言葉を繋ぐために。


「名前は、神威と言います。神楽の兄です」


愛おしそうに、幸せそうに、そして悲しそうに、は静かにそう告げた。神楽は勿論のこと、銀時や新八にも其の名前には聞き覚えがあった。以前、吉原桃源郷であった一騒動。そこにの探し人がいたのだ。銀時は静かに吸った息を吐き出すとゆっくりと腰を上げて玄関に向かって歩き出す。とすれ違い様。まるでその行き先を阻止するように神楽が銀時の前に立ちはだかる。両手を真っ直ぐ横に広げて行く手を阻む神楽。銀時は何も言わずに神楽を見下ろした。


「行かせないヨ!あんな奴…、あんな奴放っておけばいいネ!!」

「神楽、これは依頼だ。お前が何でそんなに拒むのかは知らねえが、仕事だぞ」

「なら仕事じゃなくなればいいアルか!?」


神楽は銀時に怒鳴る。銀時は気にした素振りも見せずに言葉を返す。神楽が怒鳴ったのは只の八つ当たりだった。神楽の瞳は銀時を映しているのに、全く違う人物を映している。銀時に横をすり抜け、机の上に置かれた札束を引っ掴めばそれを窓の外へと投げ捨てようと振りかぶる。新八は慌てて神楽を羽交い絞めにし取り押さえるも札束を持ったままの神楽は存分に暴れた。冗談抜きでこの札束を捨てる気だ、新八は瞬時に悟る。神楽は自身の後頭部で新八の顔面向かって頭突きをすれば一瞬緩んだ腕から脱がれて窓の方へと駆け出す。しかし、それは銀時の手によって阻止された。


「やめろ、神楽。もう依頼は引き受けた、そんなことしても意味ねぇぞ」

「だって…!絶対駄目よ!!私反対アル!何でヨ!何ではいつもいつもいつも…!」

「神楽」


銀時に腕を掴まれ振り払おうともがきながら神楽は言葉を発する。血の気の引いた顔色、札束がぐにゃりと曲がってしまっている程に力強く握られた手、震える身体。その青色の瞳の奥に見え隠れする感情は酷く揺れていた。銀時は神楽の腕を掴む手の力を強め有無を言わせぬように力強く、そしてはっきりと名を呼ぶ。神楽は理解しざるを得なかった、どんなに足掻いても意味がないのだと。ぽろりと神楽の手から札束が零れぐちゃぐちゃになってしまったそれが軽い音をたてて床に落ちる。銀時の手に拘束されていた神楽も腕も解放されれば、解放されると同時に神楽は膝から床に崩れ落ちた。青白い顔色に、絶望の色が加わった。新八は今までに見たこともないようなそんな神楽の状態に思わず絶句する。銀時はそんな神楽の状態は大して気にならないのか神楽から視線を外し玄関の方へと向けて再び歩き出す、何処かへ出かけるようだ。同時にも椅子から腰を上げて、ハンドバックから1枚の紙を取り出せば机の上にそっと置いた。


「私の連絡先です。見つかり次第、連絡を下さい」

「あ、はい…。」

「では今日はこれで失礼します」


机の上に置かれた紙、そこに記された11個並んだ数字を見て、新八は今だこの状況を飲み込めずながらも返事を返した。は深く90度腰を折って頭を下げれば銀時同様玄関の方へと歩いていく。脱いでいた己の靴を履いて、は引き戸に手をかけようとするが、その前に引かれる戸。同様に靴を履いた銀時が先に戸を開けたのだ。はふわりと微笑み「有り難う御座います」と素直に礼を述べる。銀時とは二人揃って万事屋を出た。階段を下り、歌舞伎町の通りまで来るとは右へ、銀時は左へと曲がる。三歩程進んだは何を思ってか立ち止まり、後ろに振り返ると少し遠く離れてしまった銀時の姿に向かって頭を下げた。


「神楽を―――お願いします」


のその言葉は銀時に届いたかどうかはにはわからない。顔を上げれば更に遠くなってしまった銀時の背中が見える。今度こそは振り返らずにその道を真っ直ぐ歩いてく。は夜兎の持つ番傘を持っていない、その色白の肌に直接日光を浴びながら歩いて行った。



















「神楽をお願いします、ね…」


不意感じたの視線。離れていた所為か少し聞き取りづらかったが確かに届いたその言葉を銀時は復唱した。死んだ魚のような目、やる気を全く感じられないその瞳は何を考えているのだろうか。乱暴に頭を掻けばふらふらと銀時は何処かへと歩いていく。



















「神楽ちゃん、いきなりどうしたの?様子何だか変だよ」

「…何でヨ」

「え?」

「何では…あんな奴…」

「あんな奴って…神威さんのこと?」

「………。」


万事屋に残された二人。神楽は部屋の隅っこで膝を立てて、所謂体育座りをしていた。明らかに落ち込んでいる。恨めしそうにそう呟く言葉は憎悪にまみれていた。只事じゃないと判断した新八は神楽の隣に腰掛けて様子を窺っている。先程から名前を伏せてアイツ、あんな奴と言う神楽に確認するようにの探し人である名を告げれば神楽は新八の予想通り黙り込んだ。これは肯定と取っていいのだろう、そう判断した新八は再び言葉を繋ぐ。


「何でそんなに神楽ちゃんは神威さんとさんと会わせたくないの?」

「…昔からだったアル、はアイツに惚れてるヨ。みんな知ってるネ。でも、アイツはにいつも酷いことを平気で言うアル。手上げようとした事もあったネ。アイツは最低な男ヨ。の身体のこと、分かった上でやってるアル」

さんの身体…?」


首を傾げて問う新八。神楽はゆっくりと視線を隣に腰掛ける新八に向けた。新八は思う、「何て虚ろな目だ」と。神楽は視線を再び床に落とすとぎゅっと膝を両腕で抱いた。力が入りすぎて只でさえ色白の肌が更に真っ白になる。


の身体は特殊アル。夜兎と地球人の間に生まれた所謂ハーフ、夜兎であって夜兎じゃないネ。だからは傘がなくても外を普通に歩けるアル」


「へえ、地球人の血が混じってるから傘がなくても平気なんだ。それで夜兎のあの力もあるって凄いね」

「そんな生ぬるいもんじゃないネ!!」


いきなり人が変わった様に叫んだ神楽。思わずびくりと肩が震えた新八。神楽は自分の行為に我に変えると立てた膝に額をあてて顔を伏せる。その身体はふるふると小刻みに震えていた。新八は神楽のこの状態、発言から推測した。もしかするとの身体自体に何か問題があるのかと。


「…殺される」

「え?」

がアイツに会ったら…はアイツに殺されるヨ。弱い奴には容赦のない男ネ、アイツは確実にを殺すアル…」


ぎゅっと力いっぱい、指先が真っ白になるまで強く膝を抱く神楽。「だからはアイツに会っちゃ駄目アル」神楽が付け足すように呟いた言葉、どれだけ神楽がのことを想っているか新八は痛感した。しかし何時までもこうして落ち込んだままの神楽を見たくなかったのも新八の本音。新八は無理に明るく振舞い、神楽に言う。


「でもそんなこと決まったわけじゃないでしょ?さん、実は凄い強いかもしれないし!」

「新八は何も知らないからそう言えるアル」

「?」

「教えてやるヨ。は―――」


神楽の口から告げられた真実の言葉に、新八は再び絶句した。どうすればいいのかわからなくなったのだ。あの少女の意思を優先すべきか、少女の生を優先すべきか、はたまた他のものを優先すべきか。二人はお互い何も発することなく無言の時間を暫く過ごす。しかし此れはまだほんの少し真実が見えただけのこと。本当の真実はまだ誰にも知られてはいない―――…。











inserted by FC2 system