物語はついに終盤へと向かう。涙するのは幾多の人々。









運命の人









その日、は目覚めることはなく時間が刻々と過ぎていく。の看病は交代制で、一時間交代で見ていた。屯所に着き早速凄腕の医師に見てもらったわけだが医師はの容体を見るなり「わからない」と目を見開いた。どうやら原因もなく、身体が勝手に衰弱してきているという。その医師の診断に怒りを表したのは他でもない、総悟だった。


「どういうことでィ!!わからない?そんなことあると思ってんですかィ!?ちゃんともう1回見なせェ!!原因を突き止めるんでさァ!!」

「沖田さん!!」


医師の胸倉を引っ掴み怒鳴り散らす彼の姿はどれ程必死で恐ろしかったものか。新八はそれを凌駕する程の声を張り上げれば一同驚いたように静まり返った。総悟も医師の胸倉を掴んだまま一時停止し、全ての視線が新八へと向けられる。新八はその場で正座し、膝の上にぎゅっと握った拳を震わせながら俯いていた。


は病気じゃないアル。だから医者に見せたところで何もわからないネ」


今度は新八ではなく神楽に全ての視線が向いた。神楽はその部屋の片隅で体育座りをしていた。その口ぶりからして神楽はのあの容体の真相について知っている様子。近藤は目で総悟に合図をすると、総悟は医師の胸倉を掴む手を放して医師を部屋から退出させた。銀時の目が、近藤の目が、総悟の目が、神楽に突き刺さる。すると隣の部屋の襖が開く。交代制の看病、土方の番が終わったのだ。次の番なのは総悟なのだが、総悟としてはやはりこの話を聞いていたい。隣の部屋にが寝かされているわけなのだが、やはり話を聞くなら同じ部屋で聞くほうがいいもの。総悟の気持ちを読み取ったのか何も言わずに立ち上がってのいる部屋へと向かった新八に銀時は静かに新八の名を呼んだ。ぴたり、とその場に足を止めた新八だが決して振り返ることはなく答える。


「僕は以前に神楽ちゃんからその話は聞いてますんで、大丈夫です」


のいる部屋へと足を踏み入れ、後ろ手にその戸を閉める。再び静まり返った部屋。全ての視線が神楽に集まると神楽は立てた膝の上に腕を組んでぽつりぽつりと話し出した。


「…のパピーは夜兎でマミーは地球人、その間に生まれたは夜兎と地球人のハーフネ。だからの身体は特殊ヨ、夜兎であって夜兎じゃないネ。の肌は夜兎みたいに白い肌、でも傘がなくても地球人みたいに外を普通に歩けるヨ。夜兎の血も混じってるアル、も身体能力は高いけどやっぱりそれは地球人に比べてで夜兎程じゃないネ」


神楽はそこまで言うと一度口を噤んで黙り込んだ。普段なら答えを急かす総悟も今回ばかりは大人しい。神楽はぎゅっと己の腕をきつく握って再び口を開いて言葉を繋ぐ。


「少しでも…少しでも天人と地球人の違いを考えたことがあるカ?夜兎も地球人も見た目は然程変わらないネ。でも本質そのものは待ったく別物アル。同じなわけないヨ。夜兎は地球人よりも頑丈で、身体能力も高いし、傷の治りだって早いネ。太陽の光も苦手。それでいて身体の作りが地球人と丸っきり一緒だと思うカ?」


重い、神楽のその言葉は重かった。神楽の言葉を理解した何名かはその表情を一変させた。神楽が言葉を繋ぐ、話すのを止めない。


の中は夜兎と地球人の二つの細胞と遺伝子があるネ。地球人が人なら夜兎は動物と思えば手っ取り早いカ?違うモノが違うモノと上手い事くっつくわけがないアル。の中は毎日戦いアル。夜兎と地球人の二種類の細胞と遺伝子が戦いあって、互いを殺しあってるネ。異常現象。夜兎の長けた所、地球人の長けた所、それぞれあるヨ。だから其々が其々の強い所で勝って、壊していくアル」

「つまり、さっきの容体を見ている限りの推測も入るがあの女の身体の中の細胞は壊滅寸前で、遺伝子には異常が見られる。遺伝子に異常があるなら細胞は平気だったとしても生きてりゃその内早い段階で臓器機能の衰弱、造血能力の低下、自律神経辺りもやれるだろうな。人が一生に作れる細胞の数は決まっていると言う、細胞が死に続けりゃ死ぬ。あの女、長くねぇな」


神楽に続き土方が静かにそう言えば、総悟がその拳を地面に叩きつる。震える拳、歯を食いしばって耐えているのが見える。誰も何も話さない。誰もが予想していたよりも深刻は事態だったのだ。続く嫌な程に静かな沈黙。それを破るように近藤が顔を上げて言う。


「遺伝子レベルの話じゃそりゃぱっと見ただけの医者じゃ分かるはずがないな。…ところで、ちゃんはいつまでもつって話なんだ…?」

「…一年前に聞いた話じゃもうそろそろって言われたアル。だから、本当にもうヤバイかもしれないヨ」


より一層重苦しい空気が流れる。誰もが俯いて思考を巡らせていた。只の病気ならまだ良かった、腕のいい医者を呼んで治してもらえばいいだけの話だったのだ。しかしこれは遺伝子レベルの問題。この世に生を受け産まれた時からの命に関わる異常問題。何をすればいいのか、何が一番最善なのか、何をすべきなのか、誰の頭にも何も思いつかなかった。徐に土方はポケットから煙草を取り出し口に咥えてライターを持つ。しかし火をつけようとする手を止めて煙草を咥えたまま言葉を口にした。


「そういや、あの男と女の関係は何だ?」

「あいつはコイツの兄ちゃんだ」


土方の問いに銀時は親指で神楽を指差しながら答えた。道理で似ているわけだ、あの肌の色、髪の色、雰囲気。土方は納得言ったのか再びライターに指をかけて火をつけよとする。


「言った通りアル。アイツはやっぱりを殺す気」


神楽が呟いた言葉に銀時を除く真選組のメンバーが神楽の方を見た、その言葉は彼らにとって衝撃的なものだったからである。


「お前の兄ちゃんが、あの女をか…?」

「アイツは弱い奴に容赦ないネ。同族どころじゃないヨ。父親も妹も手にかけようとした薄情者ネ。の身体のこと知ってる癖に、の気持ち知ってる癖に、手にかけようとした事もあったアル。酷いことを平気で言うネ。アイツは最低な男ヨ。昔も今も全然変わってないアル。はアイツの事ばっかり考えてるのにアイツはこれっぽっつものこと見てやらないネ」

「つまりちゃんは、お兄さんに惚れてるってことか…?」


土方と問いに神楽はまだ故郷に居た頃のことを思い出す。いつもは神威だけを見ていて、神威は一目すらに向けない。平気で手を上げて、を傷つけ、の気持ちを知っていながら、相手にしない。いつもいつもいつもいつも、だけが振り回されていた。それでもは文句や愚痴一つ零さずに、やはり神威だけを見ていた。近藤の問いに神楽はきつく下唇を噛んだ。そうだ。故郷で知らない人はいなかった。が神威へと抱く気持ちを知らぬ人なんて―――…。


は本当に馬鹿野郎ヨ。アイツじゃ…アイツじゃなかったらもっと幸せな人生送れたかもしれないアル…!!」


痛々しかった、その神楽の言葉は。思わず土方は咥えていた煙草を畳みの上に落とす。重なってしまったのだ。総悟の姉が自分に向けていた感情を知りながらも自分はそれを拒絶していた事と。少し状況が違うようだが、総悟の今は亡き姉も、隣の部屋で眠るもきっと同じ気持ちだろう。煙草を吸う気分ではなくなってしまった。落ちた煙草を広い、ケースの中に戻してポケットに仕舞う。徐に総悟が立ち上がった。向かう先は一つしかありえない。誰も引き止めることはなかった。隣の部屋にいた新八も気付いていたのだろう、総悟がその部屋の戸に行き着く前に新八が開けて部屋を出た。残されたのは薄暗い部屋に一人横たわるの姿。総悟は何も言わずに部屋に入ると後ろ手に戸を閉める。新八は黙って銀時の隣に腰を下ろした。


「どうしてこうも…俺の大事なもんは全部消えてなくなっちまうでしょうねィ…」


総悟は、まるでもう目覚めることがないのではと錯覚してしまう程、青白い肌をした少女の横に正座をして座った。その頬に手を伸ばす。触れたその体温は確かに暖かいが、人にしては少し冷たい。もちろん総悟の言葉に答える者は、いない。瞳の奥が揺らいだ、ぐらついた。


「もう…失うのは御免でさァ…」


の頬から手を引き、痩せ細った手を両手で包み込むように触れた。以前総悟にがしてくれた時のように。そっと、優しく、愛しさを持って。


「なぁ…。俺じゃ駄目ですかィ…?俺なら…アンタのことずっと愛し続けてやれまさァ…。…アイツじゃなきゃ駄目なんでしょうねィ。ごめんなさいって苦笑いでも浮かべて答えるアンタが簡単に浮かんじまった。何で…何ででさァ…!!」


悲痛な、総悟の絞り出したような声が部屋に響く。ぎゅっと強くの手を握ってみても、その手はピクリとも反応を示さない。その手を額に当てる。自身より低いが確かに温もりのある手。確かにの中に流れている血。でもこれも、いつまで続くのだろうか。


「何で俺の大事なモンばっか…何で姉上だけじゃなくてまで…っ!!もう…一人にしないでくだせェ…、」


弱々しい総悟の声。もちろんそれは襖だけで仕切られた隣の部屋、銀時達がいる部屋までしっかりと聞こえていた。誰もが浮かない表情を浮かべてそこにじっと座っていた。時間は刻々とゆっくりではあるが確実に流れていく。神楽の頬に透明な液体が流れた。同時に、隣の部屋でも青年の頬には一筋の透明なソレが流れていた。





















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