「すみません、姉上。こんな遅い時間に」
「いいのよ。色々と大変なことになってるみたいだし、私だって協力するわ。はい、頼まれてた夜食。いきなりだったから近くのコンビニで買ってきたんだけど大丈夫?」
「はい、全然大丈夫ですよ」
新八は差し出されたおにぎりやサンドウィッチ等が大量に入ったコンビニ袋を受け取った。コンビニ袋を差し出したのは言うまでもないが、新八の実の姉、お妙である。
「そうだったわ、新ちゃん。あの子は?」
「さんですか?」
「そう。ほら、寝巻きに着替えさせた時しか見てなかったからはっきり覚えてたわけじゃないんだけど、其処の道で寝巻き姿で走ってる女の子がいてね。あの子にそっくりだったから」
「え…?」
「新八!大変アル!!」
屯所の門の所にいた新八とお妙。お妙が手を頬に当てて「勘違いだったかしら」と言葉を零しているのを聞きながら新八はまさか、と血の気が引くのを感じていた。そんな中タイミングよく慌てて駆け寄ってくる神楽の様子に新八の不安は募る。神楽は真っ青にさせた顔で新八に言った。
「が行方不明ネ!!」
はひたすら走っていた。初めこそ雪ですっかり冷えてしまった足に痛みを感じていたが長時間走り続けていた所為かすっかりそんな感覚は消え失せてしまった。走る速度を徐々に落とし、歩いて、其処に立ち止まった。乱れた呼吸を整えるように何度も何度も深呼吸をして乱れた髪を手で整える。走ることによって体温も上がり、一時的ではあるものの寒さは感じていない。前も後ろも右も左も全てが雪で埋もれた銀世界。止んでいた雪がしんしんと降り出し始めた。道しるべとなる明かりは夜空に輝く月の光りだけ。派手な建物もなく、広々とした其処にはたった一人で立っていた。此処がの目的地。が来たかった場所。が来なければいけないと思っていた場所。ぎゅむ、と雪を踏む音が聞こえた。其れが連続して何度も。確実に近付いてくるその音には振り返った。雪同様に白い肌。闇にとけてしまいそうな真っ黒のチャイナ服。その間にある妙に浮いて見えるオレンジ色の三つ網にされた髪。やはりその人物は笑っていた。
「神威…」
「もう身体はいいの?」
神威は雪を踏みしめながらの方へと近付いてくる。はふわりと微笑むと、じっと其処に立ったまま神威が来るのを待った。手を伸ばせば触れられる程の距離、其処で神威は立ち止まる。神威はを見下ろし、は神威を見上げた。神威が笑顔のように、は微笑む。
「ううん。もう駄目みたい」
「そっか。じゃあ、死ぬ?」
神威の問いには一瞬、微笑を崩すが直ぐに満面の笑みを浮かべた。
「うん」
神威の手がの頬へと伸びる。この時を、ずっと待っていたのだ。頬に触れた白い指先は、温かい。の頬が冷たすぎるのかもしれないが。はその快い温もりにそっと瞼を下ろし、頬に添えられた手を包むように己の手も上から重ねる。涙腺が緩む、この日をずっとは待ち望んでいたのだ。自身の身体と日々戦いながら、この日この瞬間をずっと待ち続けていた。愛しい人、一生忘れないようにとは瞼を上げて真っ直ぐ神威を見る。その瞳に深く焼き付けるために、忘れないように。神威が頬に添える手を引いての腰へと伸ばした。そして軽く引けばの身体は前のめりになり、神威の身体と密着する。は、幸せで一杯だった。優しく微笑んでは全ての想いをその言葉に込めて口にする。
「愛してます」
「ああぁあああぁぁぁあああああ!!」
の足跡を辿って駆けつけてきた一同。総悟がその光景に絶叫した。の胸を貫き血に濡れた手が引き抜かれ、其処から大量の血液が零れる。雪に敷き詰められた地面が汚れた。自身の力で立っていられなくなったの身体は崩れるように神威の身体に寄りかかって膝をつき、そのまま受身をとることもなく横たわる。を中心に血が広がっていき、周囲を血で真っ赤に染め上げる。身体の上に粉雪が少しずつ積もっていく。溶けることなく、積もる。それは、の命が途絶えた証だった。
「てめぇえぇええええ!!」
「よせ!総悟!」
「落ち着け総悟!!」
瞳孔が開き、怒りに任せて叫ぶ総悟。今にも刀を抜いて神威に切りかかろうとする総悟を土方は羽交い絞めにして必死に押さえ、近藤は刀を抜こうとする総悟の腕を掴んでいた。暴れる総悟の隣、神楽は膝からそこに崩れ落ちる。真っ直ぐのその姿だけを凝視したまま。頬に涙が伝う。止め処なく流れ続ける涙。積もった雪を両手でぎゅっと握り締め項垂れるようにそこに前かがみになって大声を上げて神楽は泣いた。その横にお妙は膝をついて屈めば、神楽の背中を優しく撫でる。神楽は涙で歪んだ顔を上げてお妙の胸にしがみ付いて泣く。お妙は表情を歪ませ、唇を噛みながら震える手で神楽をぎゅっと抱きしめる。新八は口元を手で押さえて動揺を隠し切れないでいた。がちがちと、震えるのは寒さからではない。銀時は黙って新八の頭に手を乗せて、軽く二回叩いた。
「ついて来たんだ」
「これから吹雪になるらしいぜ」
銀時達がいる方向と間逆、神威の後ろから雪を踏みしめて歩く音が聞こえてきた。其処から姿を現したのは夜兎だけが持つ番傘を差して歩く阿伏斗の姿。そして番傘を持つ手の脇にはもう一本番傘が挟まれていた。
「そっか」
笑顔を絶やさない神威。神威はその場に屈むとすっかり冷たくなったの身体に触れる。
「触れんじゃねぇ!!」
刹那、総悟の怒声が飛ぶ。しかし神威は気にも留めずに無視するとの背と膝裏に手を回して抱き上げる。真っ白だった寝巻きの着物はの血で所々真っ赤に染まり、その細い腕や脚にも血が付着して、まだ流れ続けている血が伝い、地面に染みをつくる。顔にまでべっとりとついた血は、の絶命を知らしめていた。同時にそのの白い肌に付着する紅い血の色は何処か神秘的な美しさがある。誰もが一瞬、目を奪われた。
「何ででさァ!!」
神威がその言葉に反応を示した。神威の視線が総悟に向く。総悟は土方と近藤に抑えられながら殺意の篭った目で神威を見ていた。神威の笑顔は崩れない、それが余計に総悟の怒りを煽った。
「気付いてたんだろ!!の気持ちに!!それで何で手にかけることが出来るんでさァ!!」
「それが俺との最初で最後の約束だったからだよ」
「約束だから手をかけるのか!!」
「五月蝿いよ」
神威の青い瞳が総悟に向けられる。その鋭い眼差しに総悟は押し黙った。神威はを抱き上げたまま歩き始める。一歩前へ踏み出すたびに、神威が貫いた胸から血が落ち点々と染みを作る。瞳を開き、笑顔を崩して真剣な顔つきの神威は威圧感があった。
「外野がごちゃごちゃ五月蝿いんだよ、これは俺との問題。何も知らない奴らが首を突っ込まないでくれよ、目障りだ」
神威のその言葉は総悟だけではなく、其処にいる一同に向けられていた。神楽はお妙にしがみ付きながらも顔を上げて涙で濡れたその瞳で神威を睨みつける。其れを横目で神威は見ると視線を瞼を下ろし、眠っているようなに視線を落とした。
「、随分と愛されたね」
「コイツが愛して欲しかったのはてめえだけだったと思うけどな」
神威が銀時の前で立ち止まった。のその表情を見ながら銀時は神威にそう返す。神威はいつも通り、にっこりとした笑みを浮かべるとを少し上に持ち上げて銀時に向かって差し出した。
「愚問だよ」
神威は笑顔だ、清々しい程に。銀時は神威からを受け取る。力の入っていない身体はすっかり冷たくなっていて銀時の腕の中でぐったりとしている。の血が銀時の着物に色を付け始めた。
「帰ろうか、阿伏斗」
くるりと踵を返し阿伏斗に向かってそう言えば、阿伏斗は手に持つ傘を器用に首と肩の間に挟むと脇に挟み持っていた傘を手に取ればそれを神威に向かって投げた。其れは神威の傘。片手で受け止めれば傘を開いて差す。同様に阿伏斗も傘を持ち直すと体を横にずらして神威を待った。
「そうだ」
神威はそう思い出したように言うと足を止めて顔だけを振り返って銀時を見る。そして瞳を開いてを一度見れば、視線を銀時に戻して再びその顔に笑顔を作った。
「桜が綺麗に見えるところに埋葬してあげてね」
それだけ告げれば今度こそ振り返ることなく神威は阿伏斗を引き連れて去っていく。小さくなり、見えなくなっていくその二つの背中と傘。銀時は目を伏せるとの死に顔を見ながら呟いた。それは神威に対しての返事のようであり、に言い聞かすような言葉。
「ああ」
「、まだ生きてる?」
「生きてるよ。…出て行くの?」
「うん。ここにいても仕方がないから」
「そっか…。神威、一つだけ約束して」
「いいよ」
「もし、私が生きてる内にもう一回会うことがあったら、その時は私を殺して欲しいの」
「何で?放っておいても死ぬよね、その身体なら」
「身体に負けて死ぬなんて嫌なんだもん。ねぇ、お願い。私ね、神威がいいの。大好きな人の手で死にたい」
「ふーん…。いいよ、でも俺は此処に帰ってこないよ」
「わかってる。私が神威の所まで行くから、最初で最後の約束だよ?」
「うん。守るから安心してくれていいよ」
「ありがとう。…神威、私ね。神威のこと好き。大好き。愛してるよ」
「うん」
「…私の好きな花、覚えてくれてる?」
「桜だろ?」
「そう。…私、埋められるなら桜が綺麗に見える所がいいな」
「約束は一つだけじゃなかったの?」
「そうだった、ごめんね。でも…桜って本当に綺麗だよね」
此れは青年が故郷を離れる日の話、外では雨が止め処なく降り続けていた。窓の外、雨に打たれながら咲く桜の花を見ながら少女は布団に横たわりながら呟く。青年は少女のそんな姿を見ると踵を返し家を出て行こうとした。少女は上半身を起き上がらせて青年を呼び止める。
「私の運命の人、神威だったらよかったのに」
「がそう想うなら運命の人は俺かもね」
青年は顔だけ少女の方へ振り返って言う。少女の穏やから笑みは驚きに変わるが、すぐに幸せそうに微笑んだ。
「そうだね。神威は私の運命の人」
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