心の傷はアネモネ




敵の襲撃があった翌日、雄英は臨時休校となり、初めて個性を沢山使った疲れからか病院から帰宅して直ぐに入浴を済ませた後、途轍もない眠気に襲われ夕食も食べずにベッドに潜ったは眠りにつき、死んだ様に翌日の夕方まで眠り続けた。母親は未だ海外におり家にはしか居ないので、どれだけ寝こけていようとも誰も起こしには来ないので眠りたい放題なのだ。


「折角休みなのに勿体無い事した…」


いくら嘆いた所で過ぎてしまった時間は戻らない。睨んでいても時計は刻々と時間が過ぎていくことを現すだけでは早々に睨むのをやめると、枕の横に置いていたスマートフォンを手に取れば、着信履歴が三件も入っていた事に驚くのである。学校の間はサイレントマナーモードにしており、切るのを忘れていた所為で気付かなかったらしい。着信は全て光己からのもので、電話に出なかったからメッセージを入れてくれたのだろう、どの用件も食事の事だった。


「(返事遅れてごめんなさい…晩御飯は自分で済ますから大丈夫…ありがとう…っと)」


メッセージに対しての返信を打ち込み送信すれば、は漸くベッドから起き上がった。昨日の夕食なら何も食べてない腹が空腹を訴え、夕食には未だ早いが早急に腹に何か入れようと一階のリビングへと降りてれば、とりあえずと言わんばかりに食パンに齧り付くのだ。


「(もう晩御飯パンでいっか…)」


行儀悪く食パンを食べながら歩き、リモコンを操作してテレビをつければ、丁度ニュースの時間だったらしくニュースキャスターが事件を読み上げていた。其れをぼんやりと聴きながら食パンを齧っていると次の話題は昨日の敵出撃を受けた雄英のものとなり、写り込んだ芦戸や蛙吹、麗日、葉隠、耳郎、八百万に思わず口の中の食パンを吹き出しそうになる。恐らくが病院に向かった後、皆が教室に戻る時に撮られた映像なのだろう。


「みんなテレビに映ってる…すごいなぁ…」


もしが相澤の病院に行かずに皆と一緒に教室に戻っていれば、もれなく此処にも映っていたのだが、完全にその考えが抜け落ちているは最後の一口になる食パンを口の中に含み何度か咀嚼を繰り返すと飲み込んでテレビを消した。コップに水を注いで一気に其れを飲み干すと、其の足で浴室へと向かいシャワーを浴びれば、浴室を出ると新しい下着と部屋着に着替え、濡れた髪をタオルで拭きながら自室に戻るのだ。


「(あ、現代文復習してない…明日四限目にあった筈だからやっとかないと不味いよね…時間割何処だっけ…)」


髪から滴る水滴を鬱陶しく思いながら、鞄の中を探って時間割を探していた時である。カタン、と窓から音が聞こえたのだ。


「(…気の所為…?)」


けれど其れ以降、音は聞こえなくては止まっていた手を再び動かそうとすると、再び聞こえた不審な音。気になってしまえばもう確認する他なく、は窓の前へと移動をするとカーテンの隙間から鍵を開けて窓を開くと同時にカーテンを開くのだ。


「え」

「あ゛」


吹き込む風に目を細めたのは一瞬で、は目の前の人物に目を見開く。ベランダの柵に所謂ヤンキー座りをした勝己と目が合ったのだ。の部屋の窓の丁度向かいにあるのが勝己の部屋のベランダがある為、勝己は自分の部屋のベランダから飛び移って来たのだろうが、何故玄関では無くベランダなのか、や、何か用でもあるのか、だとか、窓を叩いていたのは勝己なのか、等。言いたい事、聞きたい事は割とあった方にも関わらず、そんな事よりもは明らかに機嫌が悪そうな勝己に思わず反射的に窓を閉めたのだった。


「おいコラ何の真似だ。窓爆破すんぞ」

「すみませんごめんなさい」


右手に爆破を起こしながら窓をぶち破ろうとした勝己に慌てて窓を開ければ、窓枠を掴んで威嚇してくる勝己に目を逸らしながら全力では謝った。


「何窓の外確認しねぇで開けとんだアホ」

「変な音するなって思って…」

「窓越しに確認しろやクソが」

「ごめん…」

「俺に謝っても意味ねぇだろ」


サンダルを脱いで全開にした窓から部屋の中に入ってきた勝己は、そう言って舌打ちをすると勉強机に備え付けられた椅子に座り、其れを横目には窓を閉めて鍵を掛けた。


「(あがってくんだ…)」


椅子に座る位なのだ、直ぐに帰る気は少なくとも無いのだろう。そもそも勝己は何だかんだの家に来るのは幼稚園の時以来で、どんなに怒らせた時でも家まで怒鳴り込みに来た事は無かったのだから、余計に何の用かは恐ろしくて仕方なかった。


「えっと…お茶でいい?」

「いらん」

「あ、はい…」


何か話を、と無言が気まず過ぎて当たり障りない事を聞けば一蹴されて凹んだ。次の行動をどうするべきか分からなくては居心地悪さを感じながら黙って唯々窓際に立ち尽くす。すると勝己が机に肘を立てて頬杖をつきながらを見やって目を細めた。


「いつまでそうしてんだよ」

「…ん?」

「頭早よ乾かして来いや!!」

「はい!!!」


目を吊り上げて声を荒げた勝己に悲鳴に近い返事をして逃げる様に駆け足で部屋を飛び出て一階には向かった。ドライヤーがあるのは一階のリビングだからである。


「(光己さん助けてえええええ)」


スマートフォンは自室に置きっぱなしで助けを呼ぶ手段が手元には無い。奇跡でも起きて光己が訪問してくれないかと願ってみるが、そんな都合良く起きる訳が無く、は泣きそうになりながら、ドライヤーを手に取った。



















「遅ぇ!!」

「ごめん…」


髪を乾かし終えた後、少し考えた後には要らないと言われたものの自身と勝己の2人分のお茶を入れて自室に戻った。今日この時ほど自宅の階段でブルーになった事は無い。扉を開ければ目を吊り上げた勝己の怒声がを出迎え、目を合わす事すら恐ろしく下を向きながらローテーブルに二人分の茶を置くと何となくその場に正座した。


「で?」


そう言った勝己はお茶を手に取って一気に半分程飲み干し(要らないって言った癖に)を見下ろした。何の、で?、なのか分からず固まるに勝己の頬に青筋が浮かんで泣きそうになった。


「もうしらばっくれるんじゃねぇよ」


その言葉で勝己の言いたい事を察して、はきゅっと口を噤んだ。


「てめぇの“個性”の話だ」


逃げる事は出来ない。此処はの家で、部屋なのだから。そして昨日目の前で盛大に個性を使ったのだから今更誤魔化す事も出来ない。下手な嘘を吐く方が余計に目の前の彼を怒らせると知っていたからだ。


「何なんだよ、てめぇら。気色悪いんだよ。揃いも揃ってよォ…」


不意に勝己が俯いて絞り出した様な声で唸った。其れに喉が引き攣ったのは、勝己がとても怒っている事に気付いたからだ。勝己の怒りを目の前には膝の上で拳を握る。言う事から今まで逃げていたツケが回ってきたのだ。


「デクとグルか?二人で俺を騙してたんだろ、楽しかったかよずっと」

「違っ…」

「まんまと騙されてたぜ、ムカツイてしょうがねぇわ。俺見て笑ってたんだろ、なァ?」

「違う!!」


勝己の怒りを一身に受け身体が恐怖で震えた。そんなつもりは無かったが、勝己がそう感じていたのも仕方無い。ほぼ同時期に発覚したの個性の偽りと、無個性と思われていた緑谷の個性持ち。怒りながらも笑って責めてくる勝己には久し振りに勝己に対して声を荒げて反論した。小学校の卒業式ぶりだった。


「じゃあ言えや」


全ての感情を削ぎ落とした勝己が、冷静な声で言った。今更隠すつもりも無いは一度口を噤んで乾いて大して無い唾を飲み込んでから、ゆっくりと口を開いた。


「私の個性は…“透過”じゃなくて、」

「知っとるわクソが」

「…初めは私も“透過”だと思ってたんだけど、途中で違うって気付いて…」

「何で直ぐ言わねぇ」

「………から…」

「あ゛?」

「…かっちゃんが、怖かった、から…」


言われるとは分かっていた直ぐに言わなかった理由を問われ、つい小声になれば聞き取れなかったのだろう威圧的に聞き返されて、は腹を括って同じ言葉を今度ははっきりと口にした。怒鳴られるのを覚悟してはきゅっと目を瞑ったのだが、いつまでも暴言の嵐はやって来ず、恐る恐る目を開けて勝己を見る。勝己は眉間に皺を寄せてはいるものの、口を噤んでいた。そして暫しの沈黙の後、勝己が問う。


「で?結局何の個性だよ」


遂に来た其の問いに、は初めて人に自身の個性を告げた。


「…“選択”の、個性」


流石に勝己の目を見ては言えなかった。









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