心の傷はアネモネ




「教師陣か…此処にこれだけで集まるって事は学校全体に仕掛けて来たって事じゃなさそうだ」

まだ立てねぇよな?」

「え?あー…うん。ごめんね」

「良いって良いって」


変わらず目の前で膝を付く切島の問いに申し訳なくなりながら答えれば、全て吹き飛ばさんばかりの笑顔で返され、切島の腕がの背と膝裏に回り、力強い力で引き上げられる身体。こつんと頬にぶつかる硬い胸板に、の思考は文字通り全て吹き飛ばされた。


「!!?」

「やっぱ軽ぃな!」

「…いや重いよ!?おおおお降ろして!」

「立てないなら歩けねぇだろ?向こうまでちゃんと連れてくって任せろ!!」


生まれてこのかた男子に抱き抱えられた事などある訳が無く(しかも横抱きという女子なら皆が憧れるやつ)(しかもコスチューム的に切島くん上半身ほぼ裸!)恥ずかしさと照れで林檎顔負けな位に顔が真っ赤に染まる。


「(男らし過ぎるよ切島くん!!)」


降ろしてくれる様子も無く、むしろ何故おんぶじゃないのかと問いたいが、あまりにも慣れた様子で平然と抱き抱えて歩くものだから、気にしているのが自分だけの様で其れもまた恥ずかしくて結局何も言えずに口を噤んで、直視出来ない直ぐ其処にある顔から避ける様に両手で顔を覆った。


「緑谷ぁ!!大丈夫か!?」

「切島くん!!?」


を抱えたまま切島は少し離れた所で倒れる緑谷に向かって叫べば、緑谷の視線は切島に移り、そして其の腕の中に居るに気付いて裏返った声を上げた。状況が把握出来ないまま、兎に角目の前の二人に忽ち緑谷の顔も赤に染まる。


「え、あ、ええっと大丈夫だよ!!それより何でお、おおおお姫様抱っこ!?」

「腰抜かして歩けねぇんだと!」

「そ、そうなんだ…!?」


緑谷が聞きたかった点の回答では無いのだが、あまりにも堂々とした切島の態度に、緑谷は自身の気にし過ぎなのかと動揺するのだが、顔を手で隠すの耳が真っ赤な事からして自分は正常なのだとほっとすると、一先ず口を噤んで切島の背後にいる彼を見やる。切島に背を向けさっさと先に他の面々が集まるゲード前に向かって歩き、切島とを視界に入れてない勝己は、もしかすると見ない様にしているのかもしれない。


「(かっちゃんの強敵は切島くん…!)」


緑谷は溜まっていた唾をごくりと飲んだ。


「生徒の安否を確認したいからゲート前に集まってくれ。怪我人の方は此方で対処するよ」

「そりゃそうだ!ラジャっす!!」


立ち止まり緑谷と話す切島にセメントスがゲートの方へと促せば、素直に切島は頷いてを抱えてゲート前に向かって歩き出す。全く疲れの色を見せずに階段を登る切島だが、限界を感じたのはの方だった。


「き、切島くん」

「ん?」

「もう自分で歩ける、絶対歩くから降ろして…」

「わかった」


階段を登りきる手前で切島に頼めば、丁重に降ろしてくれた彼に感謝しながら両脚を地につけた。若干まだ足に力が入り難いが歩けない事は無い。このまま皆と合流したら(主に芦戸と葉隠)に今後どんな弄られ方をするか分かったもんじゃないのだ。


「っ、!」

「おっと!ホント大丈夫か?」

「平気、平気!ちょっとフラついただけだし!」

「落ちたら危ねぇし、俺の肩か腕掴んでていいからな」

「本当に色々ごめん…」

「気にすんなって!」


実際脚はまだ若干の不安が残り、階段という事もある。腕くらいならば、とは切島の腕を掴み、其れを支えに階段を上がれば、のペースに合わせてくれているのだろう、切島はゆっくりと階段を登ってくれた。


「ありがとう、切島くん」

「どういたしまして」


階段を登りきった所で掴んでいた腕を離し、は軽く頭を下げて礼を述べれば、切島は眩しい笑顔をもって答えてくれた。それからは教師と到着した刑事の指示に従って一塊となって集まると、塚内と名乗った刑事が呟いた。


「16…17…18…19……両脚重傷の彼を除いて…ほぼ全員無事か」


此処に緑谷が居ないのは彼の両脚が酷い損傷をしているからである。他ゾーンに飛ばされていた面々も無事に此処に戻って来ており、目立った外傷は無いのだから、かなり結果としては良かった方なのかもしれない。


「とりあえず生徒等は教室へ戻って貰おう。直ぐ事情聴取って訳にもいかんだろ」

「刑事さん、相澤先生は…」


塚内の指示に従い教室に向かおうと爪先をゲートの方へとが向けた時、前へと出て相澤の容体を問うた蛙吹に、ふとは周囲を見渡す。一番最初に敵と対峙した、あの勇敢な一件くたびれた印象を与える相澤の姿が確かに見えないのだ。しかも蛙吹の声も心なしか元気が無いのだからは気になって塚内を見ると、塚内はコートのポケットからスマートフォンを取り出すと素早く操作をして其れを耳に当て幾つか話すと、今度は其れを耳から話してスピーカーにした。


『両腕粉砕骨折、顔面骨折…幸い脳系の損傷は見受けられません。ただ…眼窩底骨が粉々になってまして…眼に何かしらの後遺症が残る可能性もあります。しかも砕けた骨の幾つかがかなり際どい所に刺さっており、摘出するにも容体が酷く手術の目処がついていないのが現状で…最悪の場合失明も可能性としてはあります』

「だそうだ…」

「ケロ…」


どうやら通話先は相澤が搬送された病院の様で、容体はかなり良く無いらしい。ますます蛙吹の表情は曇り、其の隣で峰田が祈る様に両目を合わせている事から、この二人は負傷した相澤を見ていたのだろう。相澤については少し思うことがあり考え込む様には俯く間も、塚内は生徒達に向かって自身の知る限りの情報を口にする。


「13号の方は背中から上腕にかけての裂傷が酷いが命に別条は無し。オールマイトも同じく命に別状無し。彼に関してはリカバリーガールの治癒で充分処置可能とのことで保健室へ」

「デクくん…」

「緑谷くんは…!?」

「緑…ああ彼も保健室で間に合うそうだ。私も保健室の方に用がある。三茶!後頼んだぞ」

「了解」


あらかた此の場に居ない人間の状況が全員に共有された事で、塚内は保健室に向かうつもりなのだろう、猫の顔をした部下であろう刑事に指示を出した踵を返す。誰もが見送る其の背中を、クラスメイト達の間を縫って前に出たが慌ててコートを掴んで引き留めた。


「刑事さん、あの…!」

「?」

「私、相澤先生の居る病院に行きたいです。もしかしたらですけど役に立てるかも…しれなくて…」


語尾に連れて徐々に声が小さくなるのは確信が無い故だ。自分でもかなり頼りなく聞こえるのだから塚内には其れ以上酷く聞こえた筈で、却下されるかもしれない不安でおずおずと塚内を見上げれば、彼は予想とは反して真っ直ぐとを見下ろしていて、ぽんっと優しくの肩に手を置いた。


「分かった。そういう事なら病院まで送ろう。私は付いていけないから他の者が付き添うよ」

「あ、ありがとうございます!」


深々と塚内に頭を下げれば早速行こうと背中を押されてゲートに向かう。途中、名前を呼ばれて振り返れば芦戸と葉隠が手を振っていた。


「気を付けてね」

「後でちゃんと説明しろよー」

「うん…!」


行ってくる、と手を振り返し、すっかり元の調子に戻った脚を早足に動かしてゲートをくぐり外へと出た。



















刑事に付き添われて訪れた病院の廊下を、相澤の担当医に案内されるがまま歩いた。窓から差し込む夕陽が廊下に橙色を差し込む。暫く廊下を歩き進めた先の部屋で立ち止まった担当医は一言中へ入室する事を告げると扉を開けて中へとを促した。真っ白な清潔感のある病室の真ん中で、相澤は脈や血圧をモニター管理されながらベッドに横たわっていた。其の身体には点滴等の凡ゆるコードが繋がれおり、傍に置かれた血塗れの捕縛武器が生々しい。


「意識はあります。今は鎮痛剤が入っているので痛みは殆ど無い筈です。砕けた眼窩底骨を取り出さないといけないのですが、正直な所、相澤さんの重傷を負った身体では此れ以上の手術は耐えれる程の体力は無いと他の医師達も判断しており、手術の目処が立っていません」

「…先生は全部知ってるんですか?」

「はい。意識はありますし、会話も問題ありませんから」


ベッドの脇へと移動して包帯の巻かれた相澤の目元を見る。じんわりと滲んだ血が、どれ程の深手が此の布の下に潜んでいるのか想像して身体が震えた。


「…何で此処に居る、…」

「私が…刑事さんにお願いして連れて来て貰いました」


相澤の声は普段よりも小さな掠れた声だった。身体の震えが伝わったのか、の声が少しばかり震え、其れに余計に自信を無くしてしまっては両手を強く握りしめながら俯いた。


「先生、もしかしたら役に立たないかもしれないけど、私…」


上手く言葉が出なくて徐々に小さくなる声。静寂に包まれた病室に響く無機質なモニターの電子音。


「…“出来る”と思ったから此処に来たんだろ」


静かだからか、見透かされたからか、一度大きく脈打つ鼓動。包帯で目元を覆われていても、が苦手なあの鋭い目は自身に今向けられている気がした。けれど、きっと、あの目とは違う色をした目なのだろう。


「失明だって覚悟の上だ、生きてるだけマシだろ。…、お前のやりたい様にやってみろ」


俺はお前を責めない。そう言った相澤の声や口元は確かに笑っていて、は込み上げてくる熱をぐっと抑え込んで精一杯の笑みを浮かべた。例え相澤には見えていなくても。


「…いきます」


そう言って個性を発動した両手を相澤の目元へ。触れる事無くすり抜けた指先、そして掌。手首まで手が沈むと確かな手応えを感じては手首を捻ってまるで掬い上げるかの様な手付きで“其れ”らを相澤の肉体から抜き取った。


「これは…!」


付き添っていた担当医がの両手の平にある“其れ”を見て驚愕の声を上げる。小さく細かい其れらを見下ろして、は心底安堵するのだ。


「先生、私…!」


手の平の“砕けた小さな骨達”を握りしめれば、担当医は「直ぐに検査を!」と病院勤めとは思えない様な声を荒げて部屋を飛び出すと廊下を走って行った。遠去かる足音を聞きながら、相澤は柔らか口調で呟く様に言う。


「やれば出来るじゃねぇか。…それから、ありがとな」


心にじんわりと染み渡る其れは、初めて体験するものだった。


「はい…っ!」









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