「ライブ?」

「そ!ライブ!」


虎子の部屋で着物から私服に着替えたは、名残惜しそうに「また着物着よなぁ」と言った虎子に曖昧に微笑んで別れ、夕食を食べに食堂に向かえば、既に其処には勝呂、子猫丸、志摩以外の候補生の姿があり、一角に集まって並び食事を取っていれば、突如話題として上がったのがライブである。やけに楽しげに話す燐は満面の笑みだ。


「この後ライブあるんだって!チケット全員分貰ったんだ!も行くだろ?」

「いや、いい」

「何でだよ!行こうぜ!なっ?」


やけに食い下がる燐は、手に箸は握っているものの一向に食事に手を付ける気配は無い。みんなで行ったら絶対楽しい、と説得してくるのだから、他の面々は行く事に承諾したのだろう。ライブが嫌なわけではなく、出来れば部屋でゆっくり休みたかっただけのは、結局燐の剣幕に折れる事にしたのだ。


「分かった」

「よし!じゃあ飯食ったら玄関で待ち合わせな!」


の返答に気分を良くし、大きく頷いた燐は、そう言うと残りの目の前の食事を口の中に掻き込む様に豪快に平らげる。其れから一時間程経過した頃、は身支度を整えて集合場所である玄関に来ていた。身支度と言っても小さな鞄に財布を入れただけの事。玄関には既に燐、雪男、しえみ、勝呂、子猫丸、宝の姿があり、最後に来たのはだったようだ。一行は勝呂と子猫丸を先頭に近くにあるというライブハウスへと向かう。開演前なだけあってライブハウス内は静かであるが、随分と客が既に入っており、彼方此方からは話し声が聞こえる。と言っても客は全て明陀宗で、完全に唯の身内の集まりである。


「え…何で皆おんの…?」

「おう、お前らやっと来たか」

「金造さんに泣きつかれて…」

「俺ライブとか初めてだ!!」

「私も!感動して泣いた時用にハンカチ用意しなきゃ!」


ライブハウスの最後列にある席に腰掛けていれば、志摩が出雲と共に現れた。どうやら他の面々が来ている事を知らなかった様で見知った顔が勢揃いしている事に驚いた様子だった。しかし志摩達が来る事を想定していた勝呂は驚いた様子はなく、子猫丸は笑い、燐は時期に始まるライブに興奮し、しえみはハンカチを取り出す始末である。


「金造の三味線はその筋の人にも認められてんねんて」

「せや」

「まじで?スゲーな!!」

「柔兄!?つか保護者おる!!」


隣の席に座っていた柔造が誇らしげに言えば、八百造が頷いてアルコールの入ったグラスを傾ける。ますます興奮する燐に、志摩は柔造と八百造が居る事に驚愕の声を上げ、勢い良く回りを目を凝らして確認するのだ。見知った顔ぶればかりのライブハウス内に最早言葉が出ないらしい。時期にライブハウスの照明が落ち、静まり返る場内、ぞろぞろと座っていた面々が前の舞台の前へと移動を始める。人混みの中を同じ様に前へと進み立っていれば、静かにドラムが音を刻む音が聞こえ、照明が点いたと同時に激しい三味線やベースの演奏が始まり、金髪をオールバックにセットした金造を筆頭としたバンドメンバーがライトで照らされ、金造の歌声が響き渡る。


「よッ金造!!待ってました!!」

「いてこましたれアア」

「金造さんカッケエエエ」


金造のデスボイスの歌声、過激な歌詞に、強烈な形相。興奮に叫ぶ観客改め身内達。熱気がライブハウス内を包み込む。


「きゃっ」

「いっ、出雲ちゃん!」


隣から聞こえて来た小さな悲鳴と、心配の色が篭った声が聞こえてが目を向ければ、騒ぐ隣人にぶつかったのかよろけた出雲と、出雲を支えようとする志摩の姿が目に入った。


「あはは、結構楽しい。来てよかった」


そう言った出雲は普段の顰めっ面と違って何処か柔らかい。志摩がどんな顔をしているのかは見えないが、はそんな出雲の様子に何処か優しい気持ちになると、そっと静かに人混みを掻き分けて最後尾へと移動し、ライブハウスを後にした。扉を締めれば演奏はとても小さく聞こえるだけで、夜の京都はとても静かである。近くにあった自販機に向かって足を向ければ、財布から小銭を取り出し、自販機へと入れ、無糖の珈琲のボタンを押す。ガタン、と缶が落ちる事を聞き、下から缶を取り出せば蓋を外して一口。冷たく苦い味わいが口腔内に広がった。


「熱ッッくるしぃわーーーッ!!!!」


刹那、響く聞き覚えのある声の叫び。何事かと来た道を戻ってみれば、ライブハウスの前にしゃがむ志摩の姿があった。


「俺あっついの苦手やねん…」


そう呟いて項垂れた志摩は酷く疲れている様にも見えて、は珈琲をまた口に含めば、また自販機へと戻ると今度は冷たいペットボトルの緑茶を購入し、其れを持って志摩へと近付く。


「ん」

「へ…?」


突然目の手に現れたペットボトルに目を丸くさせ、顔を上げた志摩が見たのは仏頂面で缶珈琲を飲むの顔で、一向に受け取らぬ様子の志摩にはペットボトルを突き出す様に志摩の目の前で再度チラつかせると、志摩は戸惑いながらも礼を述べながらペットボトルを受け取った。


「いつの間に外出て来てたん?」

「少し前。いいの?出雲置いて来て」


缶珈琲を口に含み、は何処か疲れた様子を見せる志摩に問い掛けた。出雲と2人で来たのだ、達が居る事を知らなかった事から考えても、志摩からすれば二人きりのデートだと思ってライブハウスに足を運んだに違いない。ならば非常にガッカリした事だろう。


「ちゃうで!なんちゅーか、えっと…とりあえず出雲ちゃんとはそんなんちゃうから!」

「何も言ってないし」


しかし返答は何故か必死な弁解で、は呆れるのだ。からすれば志摩が何処で誰と居ても嫉妬をする訳ではないし、不快ですらない、どうだって良い事だからだ。勝手な勘違いをする志摩に興味も話題も無くしたは、さっさと足を動かし其の場を離れる。


「何処行くん?」

「虎屋」

「ほな俺も」


あろう事か志摩は立ち上がりの隣に並んで歩く。明かりは夜空の月と街灯だけの静かな道を二人は特に会話も無いまま歩いた。どれだけ沈黙が続いただろう。沈黙を破ったのは志摩だった。


「今思ってんけどなぁ、あの穴空いた使い魔なんかちゃんに攻撃的に感じたんやけど、そんな事ない?」


志摩の言う使い魔とはグリムジョーの事だろう。彼以外に穴の空いた使い魔なんて居ないからだ。最も、グリムジョーは使い魔では無く破面なのだが、訂正するのも面倒では其の点はそっとしておく事にした。


「昔からよ」

「昔から知ってるんや」


志摩の視線を隣から感じながら、は夜空の月を見た。初めて会った時も、こんな満月が空に浮かんでいたのだ。


「未だ可愛らしい豹だったら頃から知ってる」

「え?豹?」


夜空の月が輝く下で、同じ虚にやられたのか、死神が仕留め損なったのか、どちらなのかは分からないが傷付いた身体を引き摺っていた豹。犬歯を剥き出しに酷い唸り声を上げて殺気を向けてきた彼をは少しも忘れてはいない。がグリムジョーについて他に話す様子がない事を悟った志摩は、ペットボトルを持ちながら両手を頭の後ろで組む。


「なんかちゃんって不思議やわぁ。死神やからなんか、こう、謎だらけゆーか」


不思議でも謎でも無く、隠し事もしていないのだが、此の世界からすれば死神や、彼方の世界の事は理解し難いものなのかもしれない。此の世界の基準から考えると、ズレが必ず生じてしまうからだ。価値観が、存在が、全てが違うのだから。


「使い魔も使い魔っぽくないし、死神でも治癒が得意な人とかおるんやろ?ごてい…なんちゃらってゆー部隊もあるみたいやし。ちゃんはやっぱ戦闘が得意やったん?」


席とかって強さの順番なん?と立て続けに質問をしてくる志摩には口を噤む。暫しの沈黙が流れるが志摩はの返事を待った。するとは更に暫く経ってから、漸く口を開くのである。


「詮索しても無駄だと思うけど」

「詮索してるつもりは無いねんけどなぁ」

「そう」


妙に張りつめた様な空気が流れるのは、と志摩が其れ以上、何も言わなかったからか。沈黙を破ったのは志摩では無く、今度はの方で、凛とした声が響く。


「志摩」


呼び掛けに応じて志摩の目がへと向き、と志摩の視線が合わさる。の瞳は何処か力強く、そんな瞳に志摩は内心、少し驚かされるのだ。


「アンタが何考えてんのか知らないけど、あたしは燐と雪男に害が無ければ其れだけで良い」


其れは牽制。志摩は無意識に呼吸を忘れた。


「他の事はどうでもいいんだよ」


そして、二人が関わらぬのなら他の犠牲は問わないという事実の告白。背中に嫌な汗が伝ったのを感じ、志摩足取りは重くなり、時期に歩みを止めた。は気にする事なく歩み続け、其の背中は遠ざかっていき、夜の闇へと消えていく。


「…はは、なんかバレてるっぽい?」


唯一人、夜道に残された志摩は、困った様に笑いながら、額から流れた汗を肩で拭った。



















翌朝、出発の準備を整え、が廊下を歩いている所、目の前に八百造が現れる。軽く会釈をし、通り過ぎようとするのだが、どうやら偶々遭遇した訳ではない様だった。


さん」


名を呼ばれ、が足を止める。やけに真剣な面持ちの八百造は、有無を言わさぬ表情で口を開いた。


「少し話ええやろか」



















虎屋の玄関先、バスの前に勢揃いした面々が、京都出張所の祓魔師達に向き合う。


「では我々はこれで!」


其々の筆頭となるシュラと八百造は向き合い、握手を交わす。祓魔師や候補生達は各々が関わった者に別れの言葉を掛ける。しえみと出雲は虎子に別れを、勝呂や子猫丸は柔造と向かい合う。其の一歩後ろには頭の後ろで手を組む志摩が、へらへらと笑みを浮かべていた。


「やー、やっと帰りしなやー。も、痛いんも怖いんもカンベンやでー」

「チェアアッ」


そんな志摩の頭部に鋭く振り下ろされる金造の手。痛そうな鈍い音が響くと同時に志摩は反射的に悲鳴を上げて頭部を抑えた。


「痛い!?なんで!!」

「頭の色がムカついてんや…」

「別れ際になって!?おっそ!!」

「ゴルァ!別れ際やぞ仲良ぅせえ!!」


一方的金造の暴力と、されるがままの志摩のやり取りは、何時ぞやの朝食時での光景を思い出す。と言っても、その時は飛び蹴りだったのだが。朝食時は口を挟まなかった柔造だが、流石に別れ際だと仲裁に入るらしい。結局、志摩兄弟は最初から最後までこの様子の様だ。


ちゃん」


何気無く志摩兄弟のやり取りを傍観していたは、不意に名を呼ばれ振り返ると、穏やかな表情の虎子がおり、虎子は僅かに首を傾げて微笑んだ。


「また遊びにでも来てなぁ」


返事は言葉では無く微笑みで返せば、誰かが号令を掛け、順にバスへと乗り込む。も乗り込もうとすれば、乗り込む際に視界の端に八百造の姿が掠め、をじっと見ていた八百造は己にの目が向いた事に気付くと小さく頭を下げるのだ。後から続いて乗り込もうとする燐には視線を前へと戻し、バスへと乗り込めば空いた席へと腰を下ろす。全員を乗せたバスは発車音を鳴らし、ゆっくりと走り出した。



















バスは街中を走り続け、駅に停車する。荷物を降ろし、新幹線に乗り込む為に皆が駅構内に入った所でシュラが招集を掛けたならば、人通りの多い中、祓魔師達と候補生はシュラの前に整列し、シュラの言葉を待った。


「えーっと、よし。じゃ、これから新幹線に乗って一路正十字への帰途につく………と思ったら大間違いだ!!!今から総員水着を買ってきてもらう!!」


そう言ったシュラは何か企んだ様な笑みを浮かべており、シュラの背後にある水着屋を指差し、皆に指示を下すのだ。










戻ル | 進ム

inserted by FC2 system