心の傷はアネモネ
桜の木は未だ寂しく、花が咲くまでもう少し時間が必要だろう。暦上は春でも未だ未だ肌寒くセーターは必須アイテムだ。肌寒さに手を摩りながら首元に巻いたマフラーに顔を埋める。今日、は折寺中学校を卒業した。
「高校違っても友達だからね!遊ぼうね!」
「もちろんだよ!」
「は雄英だっけ、凄いわホント」
別れを惜しんで涙ぐむ友人の背中を撫でながら、卒業証書の入った筒を片手に友人達と正門へと向かう。校庭には生徒達で溢れており、其々が別れの準備をしていた。
「爆豪と緑谷もだよね」
「結局3人揃って同じ高校進学かー。幼馴染ってそんなに仲良しなもんなの?」
「ちょ、アンタ爆豪と緑谷のやり取り忘れたの?アレが仲良く見えるなら眼科行った方が良いよ」
友人等の会話には苦笑で答えた。勝己は合格すると思っていたが、や、何より緑谷まで合格するとは思っていなかった様で、合格報告をした際には教師達は勿論クラスメイト達も盛大に驚いてくれたものだ。
「まあ、大変だろうけど頑」
「先輩!!」
友人がの背を軽く叩きながら声援を送ろうとした時、其れは見事に遮られる事となる。聞き覚えのある声と、黄色い悲鳴。近付いて来る駆け足の音に振り返ると友人達はにやりと横目にを見るのだ。
「出た、色香紬」
「相変わらずイケメンだよねぇ」
「じゃ、お邪魔虫は退散って事で」
「そんなんじゃ無いから!」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら友人達はこの先の展開を予想してに手を振るのを、誤解だとが引き留めるが友人達は構わずから距離を取るのだ。其の間にも取り巻きの女子達の悲鳴を一身に受ける男はサラサラストレートの茶髪を揺らしながら爽やかな笑みを浮かべて駆け寄って来るのである。
「入学式までに一回遊ぼうね!」
「んじゃまた連絡するからー!」
「ちょ、待っ、」
「先輩!!」
立ち去る友人達を呼び止めようとするが遮られる男の甘い声。其の間に友人達には完全に逃げられてしまった。渋々と振り返れば美少年という言葉が相応しい美しい顔立ちの彼、折寺中学二年の色香紬がにこりと立っていた。
「色香くん…」
「先輩、卒業おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
天使の微笑みの如く美しい笑みを浮かべる色香にはぎこちない笑みを返した。色香は一つ下の学年の後輩で2年間同じ保健委員で一緒だったのだが、それはそれは女子達から絶大な人気を誇るアイドルの様な存在で、彼と話すだけで取り巻きの女子達から睨まれるのだからは色香が少し苦手だった。
「聞きました、雄英行くんですね」
「え、ああ、うん…」
「意外でした、先輩ヒーローに興味なさそうでしたから」
「あはは…」
「俺も来年雄英受けよっかなぁ」
「え?」
「先輩が居るから」
にこり、と勘違いしてしまいそうな台詞をさらりと口にした色香に不覚にも頬に熱が集まり、一瞬言葉に詰まる。その瞬間を見逃さず、色香は更なる追撃を林檎の如く真っ赤なに甘い甘い声で口にするのだ。
「好きです、先輩」
甘すぎる声と言葉、一瞬世界の音が消え去った様な感覚、言われた言葉に目を見開いて、目の前の彼をは凝視した。
「俺と付き合って下さい」
其れは生まれて初めての告白だった。初めて、人に、男の子に向けられ伝えられた好意。胸が熱くなったのは単純に嬉しかったから。けれど。
「あ、えっと…」
彼を傷付けない言葉が見つからなくて、ついつい口籠ってしまう。泳ぐ視線は徐々に下へ下へと落ちていき、早く答えなければという焦りも生まれて余計に言葉が見つからない。結局覚悟を決めて謝罪を口にしようとした時、強い力で後ろから肩を押されてよろければ、反射的に振り返り見る。真っ赤な瞳と視線が交差した。
「んなとこ突っ立ってんじゃねえ!邪魔だブス!!」
「か、かっちゃん…」
相変わらず眉間に皺を寄せて眉を吊り上げ、睨みつけて来る勝己に驚きつつも安堵してしまったのは、かなり良いタイミングで絡んで来てくれたからだ。誰もが震え上がりそうな形相での威嚇だが、色香にはどうやら効果は無いらしく、色香は鮮やかな天色の瞳を勝己へと向けるのである。
「相変わらず爆豪先輩は口も目も悪いですね。こーんなに先輩可愛いのに」
「触ってんじゃねぇよクソが」
「少しくらい良いじゃないですか」
さり気無い仕草での肩を抱いて微笑む色香に、今にも爆破を繰り出しそうな勢いの勝己が色香の胸倉を掴み乱暴に突き押すと、其の力にに回していた手を解放して後ろへよろめく色香は、流石に喧嘩となると勝己に勝てる気がしないからか苦笑を浮かべて降参だと言わんばかりに両手を挙げる。そんな彼に盛大に舌打ちをすると勝己は踵を返し大股且つ早足で歩き出すのだ。
「帰んぞ!!!」
「ちょっ、」
「うっせえ!!」
「(ええええ…)」
相変わらずの傍若無人っぷりに内心悲鳴を上げながら、は慌てて勝己を追うのだ。じゃなければどんな仕返しをされるか分かったものじゃ無いからである。けれど。
「色香くん!気持ちは凄く嬉しかった、ありがとう。でもごめんなさい!」
折角告白してくれたのに何も言わずに立ち去るのは失礼だと思い、開いた距離を補う為に少々大声になってしまったが頭を下げて返事をする。すると色香は予想した返事だったのか、にこりといつも通り微笑んで手を振って見送ってくれたのだ。其れに安心して前を向けば、やけに早く歩く勝己は随分と先まで行ってしまっていて、は慌てて走って追いかけた。
「(初めて告白された…)」
其の事実が頭から離れなくて、ついついまた顔が赤くなる。真剣な表情で、でも柔らかい雰囲気で、好きだと言ってくれた一つ年下の彼。熱い顔を隠そうとマフラーを引き上げて顔を限界まで隠すと、突如勝己が色香とは180度違う表情を浮かべて振り返ったのだから、は思わず肩を跳ねて「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げたのだった。
「たかが告白された位で調子乗ってンじゃねぇぞ!!あぁ!?」
「…え…?」
「え?じゃねぇよクソが!」
言われた事が衝撃的すぎて一瞬頭の中がフリーズする。其の間にも勝己の暴言は止まる事なく続き、の心に小さな影を生んだ。
「(かっちゃんには関係ないじゃん…)」
まるで否定された様な気分で、何も悪い事をしていない色香の事も貶している様に聞こえた。最初は小さな影も、どんどん大きくなっていって黒くて渦巻く感情に自然と下唇を噛んだ。
「(なんでそんな事、言われなくちゃいけないの…?)」
嬉しい気持ちも全部吹っ飛ばされ、唯苛立ちが心を脳を占める。だから、嫌なのだ。嫌いなのだ。
「聞いてんのかコラ!!」
「………。」
これ以上一緒に居たくなくて、声を聞いて居たくなくて、は固く口を噤んで下を向く。
「(かっちゃんなんか…やっぱり嫌い)」
ぎゅっと握りしめた卒業証書の入った筒がほんの少し変形した。
「(雄英行きたくない…)」