心の傷はアネモネ




桜の木には薄桃色の花が咲き、気温もだいぶ暖かくなりだした春。は雄英高校1−Aの教室で指定された自分の席に静かに座っていた。


「(卒業出来る気しない…)」


斜め前の席には見慣れた金髪の後頭部があり、出来るだけ視界に入らない様に斜め下を向きながら、はぁ、と溜息を一つ。何故こうもが自信を喪失しているのかと言うと、理由は昨日と今日にあった。昨日は雄英高校入学式だったのだが、このクラスは担任である相澤によって個性使用有りの体力テストを急遽行われたのだが、自分の個性の性質上、何一つ活かす事が出来なかったのである。50m走は10秒代で大恥をかき(こんなに遅い人は他に居なかった)握力も15程度(こんなに低い人は以下同文)他の立ち幅跳び、反復横飛び、ボール投げ、持久走、上体起こし、長座体前屈も全て断トツで成績が低く、トータル成績は圧倒的な差を持って最下位だったのだ。あの時の相澤の冷めた視線は忘れたいのに忘れられそうにない。


「(浪人回避の為に入学したのに留年の可能性が出て来たよ…)」


元々ヒーロー志望でも無く、身体を鍛えるなんてした事の無かった身体は、平均を下回る程度の運動能力なのだ。しかも筆記試験もギリギリだけあって、午前中は英語等の必修科目の普通の授業だったのだが既に頭がパンク寸前、半分くらい何を言っているか分からなかったのである。ヒーローとしての個性も肉体も残念で、学力も追いついていないのだから、入学2日目で絶望してしまうのも仕方ないだろう。


「大丈夫か?顔色悪いぞ」

「えっ」


横から聞こえてきた声が自分に向けられていた気がして間抜けな声が零れ、下に落ちていた視線を右隣に向ければ、逆立てた真っ赤な髪が印象的な男子が此方を心配そうに見ていては慌てて笑みを取り繕うのだ。


「だ、大丈夫。ありがとう」

「なら良いんだけど。無理すんなよ」

「うん」

「俺、切島鋭児郎。よろしくな」

「私は。よろしくね、切島くん」


おう、と笑った切島の顔が犬の様に見え、相当自分は疲れているのを実感してしまう。今は丁度昼休み中で、午後の授業がもうじき始まるので大体の生徒はや切島の様に自分の席に座って時間が来るのを待っていた。何処か其の表情がみんな輝いている様に見えるのは、次の授業がヒーロー基礎学であり、担当する教師が超有名人だからだろう。


「(みんなヒーローになる意識高過ぎて私場違いな感じが凄い…なんかごめんなさい…)」


刻々と迫る時間の中で、殆ど話した事の無いクラスメイト達に心の中で謝っていると遂に其の時刻がやって来るのだ。


「わーたーしーがー!!」


誰もが一度は聞いた事のある声と台詞。


「普通にドアから来た!!!」


金髪で兎の耳の様に立った髪に、鍛え抜かれた肉体、そして何より一番は違い過ぎる画風だろう。鼻歌を歌いながら入室すると、ざわつき出す教室。


「オールマイトだ…!!すげえや、本当に先生やってるんだな…!!!」

「銀時代のコスチュームだ…!画風違い過ぎて鳥肌が…」


ヒーロー志望が集まる学校で、其のクラス。平和の象徴と称される人気No. 1ヒーロー。勝己と緑谷が憧れたヒーロー。二人がヒーローを目指したきっかけの人が、今、教卓前に立っているのだ。オールマイトには去年のヘドロ事件で対面した事があるが、オールマイトは覚えていないだろうとは考える。何故ならあのヒーローは毎日沢山の人を救い、支え、関わり、生きている人だからだ。たった数分同じ場所に居ただけの人間の事など記憶の片隅にも残らないだろう。


「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う科目だ!!単位数も最も多いぞ。早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」


オールマイトが突き出した右手に書かれたプレートに書かれた“BATTLE”の文字にはドン底にでも落ちた気分だった。


「そしてそいつに伴って…こちら!!入学前に送ってもらった“個性届”と“要望”に沿ってあつらえた…戦闘服!!!」

「「「おおお!!!!」」」

「着替えたら順次グランド・βに集まるんだ!!」


教室の壁から数字の書かれたケースが仕舞われた棚が出現し、どっと湧き上がる教室は、これからの授業をどれだけ皆が期待しているのかを物語る。


「(普通科に編入したい…)」


いきなり実践って早くない?なんて疑問は以外抱く人間はこの場には居なかった。



















「始めようか有精卵共!!!戦闘訓練のお時間だ!!!」


グランド・βには既にコスチュームに着替えた面々が集まっており、は其の集団の後方の端に居た。


「(みんな個性的…)」


皆のコスチュームを見て先ず思った感想が其れである。勝己は個性が爆破だからか爆弾をテーマにした様なデザインで、中にはガンダムの様なコスチュームの人も居た。女子陣は一人、露出が頗る高くどうも胸に目がいってしまう様なダイナマイトボディの美女も居て、同じ女でも視線に困ってしまう。


髪型変えたんだね」

「邪魔かなって思って纏めてみたの」


全身緑スーツ(何処と無くオールマイトを意識していそうなデザイン)を着た緑谷に声を掛けられ、は髪を弄りながら答えた。普段は耳の高さのツインテールを、今は下の方で一つに纏めたシニヨンヘアだ。


「コスチュームもお洒落だね!」

「要望特に無かったからサポート会社のお任せだよ」


襟は鼻まである高さのあるもので、前と後ろはコスチュームの一番の特徴と言えるだろう、ボタン等の装飾が左右端に付いた白無地の一枚の長方形型の布が太ももの高さまで垂れ下がり、脇は身体のラインにフィットするようなタイトな作りだ。第一関節まである袖口が徐々に広くなっていく長い袖やショートパンツ、ニーハイブーツは全て無地の黒で、コスチュームは金具は金だが他は白と黒のみの配色というとてもシンプルなものだった。其の所為か、の茜色の髪がとても映えるのだが、サポート会社が狙ったのか偶々なのかまでは分からない。


「デクくんの友達?」

「あっ、幼馴染なんだ!」

「そうなんだ!私、麗日お茶子!」

、宜しく麗日さん」


緑谷と話していると会話に入ってきたボブヘアの女子は可愛らしい顔立ちでスタイルも良い。緑谷の僅かに上擦った声に、意識してるんだなあと内心思いながら、にこやかに自己紹介を交わすのだ。とても性格の良さそうな子で早くも麗日には好印象を抱くのである。


「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!!真に賢しい敵は屋内に潜む!!君らにはこれから“敵組”と“ヒーロー組”に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう!」



オールマイトを正面に集まる生徒の中、ガンダムの様なコスチュームを着た男子が挙手をしてオールマイトに問えば、オールマイトは仁王立ちで大声で訓練内容を口にすれば、生徒達にも驚愕が滲んだ。状況設定は敵がアジトに核兵器を隠しており、ヒーローは其れ処理しようとしている。ヒーローは制限時間内に敵を捕まえるか、核兵器を回収する事で、敵は制限時間まで核兵器を守るかヒーローを捕まえる事だそうだ。


「コンビ及び対戦相手はくじだ!」

「適当なのですか!?」

「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップする事が多いし、そういう事じゃないかな…」

「そうか…!先を見据えた計らい…失礼しました!」

「いいよ!!早くやろ!!」


くじと聞いてガンダムが戸惑うが、すかさず自身の見解を口にした緑谷に納得したのか、引き下がるガンダム。オールマイトが用意した箱からくじを順番に引いていく面々、一番最後に箱に手を入れ余った一枚を手にしたが引いたのはEと書かれた文字だった。くじの発表がされ、ペアになった相手は桃色の肌をした、これまたスタイルの良い活発そうな女子で、彼女はにやりと笑ってに駆け寄ってくるのである。


「宜しくね!私芦戸三奈!」

「私は、宜しく芦戸さん」


と芦戸が軽く自己紹介を交わしたところで、オールマイトがヒーローとヴィランと書かれた箱を取り出し両手を入れる。取り出されたボールにはアルファベットが書かれていた。


「続いて最初の対戦相手はこいつらだ!!Aコンビがヒーロー!!Dコンビが敵だ!!」


AとDは誰だっけ、と視線を配らせは表情を強張らせた。


「(かっちゃんと、いっちゃん…)」


最悪の組み合わせだと思ったのは言うまでも無いだろう。









inserted by FC2 system